侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
──ヴェルナーは、いつもと同じ時刻に目を覚ました。
場所は、第一騎士隊の隊長室──その奥に併設された仮眠室だ。将校用のそれは、簡素にして秩序正しかった。灰白色の石壁、真鍮の無装飾ランプ、堅牢な軍用寝台、そして、横に据えられた鋼鉄の書架と水差し。整いすぎた空間には、眠気すら差し込む隙間がなかった。
時間は、第六時刻三十三分。
予定通り──。
床に足をついて起き上がると、軽く頷き、扉の向こうに控えていた侍従兵を呼んだ。洗面の準備が、規定通りにすぐ整う。水音、布の手触り、顔に触れる冷たさ──どれも前日と、寸分違わない。
着衣にかける時間も同じ。組紐の位置、襟の折れ方、剣帯の締め加減。
そして、朝食が運ばれるまでの時間、ヴェルナーは木製の書見台に記録書類を広げる。内容は──前日の尋問記録だ。
提出するものではなく、ヴェルナーの私的記録となる。
正式な報告用の記録には、リヴィア──王軍補助部隊所属、兵三級として記載されている。
架空の裁判後に、地方の女性監獄に移送中に行方不明となり、その存在は記録から抹消されることになっている。
一方で、ジャンヌ=ド・ヴァランティーヌという名もまた、侯爵家からの除籍に伴う二階級降等のうえ、国境線での戦死として処理される予定だ。死亡は二箇月後。
書類は、すでに整っている。
リディアとしてだろうと、ジャンヌとしてだろうと、ここでの訊問という名の実験が終われば、身柄は引き渡す。引き渡し先は、上級貴族たちが私的に作っている人身売買ギルド“ドミエンヌ”──。今回のジャンヌは、次の競りの目玉商品として扱われるそうだ。
いずれにしても、ヴェルナーの関心は、人身売買ギルドへはなく、ジャンヌという素材。
ジャンヌ=ド・ヴァランティーヌ。王国騎士・上級将校──。
彼女は素晴らしい、素材対象だ。
だから、元貴族令嬢の女騎士を表向きの世界から消滅させるために協力した。見返りは実験に伴う記録蓄積。
人身売買にかけるので、貞操には手はつけない条件だが、競りにかけられる程の自尊心と自意識の破壊は求められている。
改めて、記録を読み返す。
“精神抵抗は想定以上。拷問の第一段階終了。快楽刺激との交互手法により、対象に一時的脱落の兆候あり。だが、最終的には──自己同一性を維持。”
「わたしは、ジャンヌだ」と言い続けた。何度も、何度も。脳が焼けても、膝が抜けても。
──惜しい、とヴェルナーは思う。
破壊してしまうには、優秀すぎる。耐性の閾値が高いというより、目的意識の根が深い。それを折るには、破壊では足りない。むしろ──解釈をすり替える必要がある。
ジャンヌという自負を保ったまま、従属へ転じさせる。その工程こそが価値だ。
前夜は、深夜第二刻まで続いた。苦痛と快楽の交互刺激。《スピナ》による神経焼灼、続いて魔核反応による性感加圧。そしてまた《スピナ》。
最後に、幻写晶への記録提示──崩れかけたジャンヌ自身に“その映像”を見せた。自己の映像視聴は、むしろ誇りと矜恃を取り戻す反応を示した。実に興味深い。
いずれにせよ、崩壊兆候が明確に出た時点で、ヴェルナーは中断を命じた。
崩すことが目的ではない。服従の定着が目的だ。その数値が知りたい。
ヴェルナーが興味があるのは、ジャンヌという女の崩壊そのものではなく、その"過程"だ。
そこまで記し終えた頃、ノックの音。
「入れ」
声は抑えたが、命令の質量は変わらない。扉が静かに開き、当番兵が朝食の盆を携えて入ってくる。
皿は三つ。主食、副菜、果物──規定通り。
だが、ひと目で気づいた。
「ジャムがないな」
顔を上げることなく、ヴェルナーは言った。
当番兵がはっとした顔をする。手元が震え、声も出ない。
ヴェルナーは手元の記録を閉じ、ようやく顔を上げる。
「当番士官を呼べ。おまえへの懲罰は──後で通達する」
それだけを言って、視線を下げた。
騒ぐ必要はない。だが、秩序を保つには、例外を許してはならない。
その鉄則だけが、ヴェルナーという男の“祈り”だった。
朝食を終えたヴェルナーは、記録の帳面を閉じ、静かに席を立った。
卓上には、食べ終えた痕跡が律儀に残されていた。皿は空で、ナイフとフォークの位置も規定通り。崩れたものは、なにひとつなかった。
時刻──第八時刻十二分。
地下への移動を開始するには、ちょうどいい。尋問の再開は、第八時刻半を基準とされていた。
営舎から地下牢への経路は、第一騎士隊の隊舎でも特殊な導線を辿る。通用門からの動線ではなく、専用の営舎奥にある接続扉を使うのが定めだった。
階段を下りる足音が、石壁に細く反響していた。
ヴェルナーは、無言のまま歩いていた。隊の営舎から地下へ向かうこの経路を知る者は、ごくわずか──第一騎士隊の中でも、直属の二十名だけだ。そのうち尋問に関与を許されているのは、さらに絞られた八名。交替制で、今日の当番は、昨日の四人と入れ替わっているはずだった。
この獄舎そのものが、王国軍の標準配置には存在しない。地図にも、台帳にも記されていない。建築許可の記録さえ、抹消されている。
第一騎士隊本部──その最深層、地中の影にひそむように、それはあった。
かつて採石場だった空洞を再加工した構造は、石壁の継ぎ目ひとつなく、音も光も吸い込まれるように消えていく。通気口は外部には繋がっておらず、空気はすべて魔道循環式。地上との連絡は、徒歩でのこの階段のみだった。
──閉じた世界。
だが、秩序の中でこそ、真の結果が得られる。
階段を降りきった先で、鋼製の扉がひとつ、開け放たれていた。兵の交替は済んでいる。
中に入ると、すぐに礼式に沿って一歩前に出た男が頭を下げた。
「本日担当の第二班、シュトルム以下四名、任務に入っております」
声は短く、整っていた。ヴェルナーは頷きだけを返し、奥へ進んだ。
空気が、湿っていた。
灯は三つ。壁際の油灯が揺れており、中央に吊られたひとつの影を、ゆっくりと撫でていた。
ジャンヌ──。
昨日と同じ格好のまま、四肢を拡げて枷で拘束されている。両手首は天井から吊られ、足首は床に金具で左右へ開かれて立たされていた。腰布すら与えられておらず、均整のとれた女性の裸身が、影のなかで艶めいて見えた。
動きは、ない。
だが、死んでなどいない。
太腿の内側から滴る光が、床にまで落ちていた。床石には、乾きかけた古い染みと、いま落ちたばかりの雫が交じっている。
──股間から、ぽとぽとと。
音を立てて落ちる粘液が、何より雄弁だった。
昨日の終盤、魔核による神経増幅は、解除していない。性感帯の閾値は、最終的には、通常の二十倍に設定して、そのまま。
触れずとも、疼きは続く。呼吸するだけで、声を上げて果てることすらありうる。
──なにもせずとも、彼女は壊れかけている。
「様子は?」
ヴェルナーは振り返らずに言った。
「反応は微弱ですが、定常。脈拍、発汗ともに生存を示しています。昏睡ではなく、沈黙を選んでいるものと判断します」
淡々とした報告だった。優秀な兵を選んだ甲斐がある。
ヴェルナーは、ジャンヌの正面に立った。
見上げていると、ふいに──その顔が、ぴくりと動いた。
次の瞬間。
「──っ……」
音がするより早く、ジャンヌの首が傾いた。
唾が、真っ直ぐに飛んできた。
避ける暇はなかった。
それは、ヴェルナーの左頬にまともに当たり、ぬるりと皮膚に張りついた。体温と粘度の残る感触が、重力に従ってゆっくりと落ちていく。
次の瞬間には、もう手が動いていた。
乾いた音が、地下の静寂に響いた。
平手──感情が先走った証。思考の前に、反応があった。
ジャンヌの顔が軽く跳ねる。だが彼女は、吊られた身体のまま、笑った。
白い歯が見える。
「苛つかせたかったんだ。昏睡のふりしてたかいがあったってもんだ。いい気味だな」
ヴェルナーは、己の手を見下ろした。
失態ではない。だが、例外だった。彼の手は、本来、秩序に基づいて動くものだった。
その秩序を、今、この女は揺るがせた。
「唾を吐いて、なにが変わる。意味はないだろう」
問うたのは、確認ではなく評価だった。
ジャンヌは迷わず答えた。
「意味なんてなくても、すっとするよ」
率直だった。余計な飾りも、怒鳴りもない。ただ、それが「感情の行使」であることを、明確に示していた。
ヴェルナーは、机に移動する。ジャンヌを正面から観察する位置だ。
椅子を引き、机の前に腰を下ろす。
手元の受信盤が、淡く光を揺らしている。ジャンヌの首奥に埋めている魔核《スピナ=グラヴィス》から送られてくる信号が、今のジャンヌの状態を逐一伝えていた。
膣圧──上昇傾向。
神経刺激反応──過敏。
発汗量、呼吸数、瞳孔径、そして愛液の流出。
擬似神経伝達物質──“フェルミア因子”も、確実に増加していた。
──肉体は、抗えない。
刺激に対して、正直だ。意識の反発とは裏腹に、身体は既に従属への初期段階を示していた。
「……やはり、素材として優秀だ」
皮肉ではない。ただの確認。
唾を吐いても、抵抗しても、その奥にある感度の在り処までは誤魔化せない。
「お前がいかに無力かを教えてやろう。唾を吐いたところで、変わらん」
静かに手を挙げた。
「左右から、脇を舐めろ」
部下たちが即座に動く。
ジャンヌの両脇に、兵が顔を寄せた。
舌が肌に触れる。くぼみを掬い、這い、柔らかく吸いあげる。
「はうっ」
魔核《スピナ=グラヴィス》により、性感の神経伝達を、すべて“脇の下”に集中させる設定。兵たちの舌の接触のたび、粘膜がうねるように反応する。
ヴェルナーは、机上の受信盤を一瞥した。
膣圧、発汗、愛液の分泌量──すべてが閾値を超えていた。
そして、フェルミア因子。快楽反応の中心となる仮想伝達物質が、爆発的に上昇している。
──もはや限界だ。
だが、止めなかった。
直後──ジャンヌの喉が大きく跳ねた。
「っあ──っ、く……ああああっ……」
肩が突き上げられ、腰が引き攣る。
脚が拘束を突き破らんばかりに反射し、頭ががくりと垂れたかと思えば、次の瞬間──。
「ひあああああっ……っ、やっ、あっ、や、やめ……やめろおおおっ……」
絶叫だった。
嬌声というには、あまりに激しい。喉の奥を裂いて飛び出す、反射と羞恥と快楽の混濁──。
「んああっ、あああああぁっ、……ぁぁっ、あああああああっ……」
涙と唾が頬を伝い、鼻腔が鳴る。瞼は閉じきれず、目元が震えていた。
その声が、拷問の反応なのか、官能の頂なのか──その境目さえ、既に失われていた。
吊られた身体が、ぐらりと左右に揺れる。
鎖が軋み、床に落ちた愛液が、冷たい石の上にしぶきを描いた。
ヴェルナーは、一切の感情を浮かべず、その光景を見ていた。
崩れた。確実に──果てて、声に出して、羞恥の中で、果てた。
だが──まだ折れてはいない。
その笑みが消えても、あの目の奥の“芯”が潰えぬ限り、彼女は「ジャンヌ」だ。
ヴェルナーは、一時的な性感帯集中を解除してから、記録具を手に取り、静かに書きつけた。
”二日目、肉体刺激反応──成功。羞恥閾値超過確認。
自律崩壊反射──顕著。精神核の保持──継続。
記録:次段階へ移行可。”
椅子から動かず、姿勢を変えることもなく、ヴェルナーは目だけを吊られたジャンヌに向けた。
「……いまのお前は無力だ。唾を吐いた程度では、なにも変わらん」
声は平坦だった。感情の抑揚はない。だが、それが逆に、真の評価として響く。
「局部でも、乳房でもない。脇の下──そこだけで、哀れにも果てた。それがお前だ」
その言葉に、ジャンヌの顔がわずかに動いた。
唇を結び、目尻が揺れる。肩がかすかに震え、頬がこわばっていた。
口惜しさが、その表情ににじむ。
荒くなった息遣いの合間に、眼差しに濡れが滲んでいる。
涙をこぼすほどではない。だが、明らかに、熱がそこに溜まっていた。
ヴェルナーは、言葉を重ねなかった。
ただ、内心でほくそ笑む。
──かなり、余裕がなくなっている。
さっきの唾も、この涙も、“回復”ではなく“反射”だ。
自分を保とうとする防御反応。それだけのこと。
昨日は、苦悶では泣いていたが、口惜しさでは泣かなかった。そのジャンヌがいまは、ヴェルナーを睨みつけて、涙を溜めている。
方向性は合っている──。
彼の視線は、机上の受信盤へと落ちた。
多数の生体反応項目が静かに明滅しているなかで、ヴェルナーが注目していたのは、ただひとつ──
脳内疑似快楽物質。
通称、フェルミア因子。
生体が肉的苦痛、あるいは精神的苦痛に晒された際、痛覚信号を鈍化させるために発生させる一種の“脳内麻薬”。
本来、人が苦しみに耐えうるのは、この因子の自動分泌による。
だが──。
ジャンヌの数値は、異常だった。
これまで《スピナ=グラヴィス》によって解析してきた、どの被験体よりも高い。
──だから、耐えるのだ。
初日の記録と比較すれば、いまの絶頂後のフェルミア因子は、すでに五倍を超えている。
魔核《スピナ=グラヴィス》では制御不可能な領域。
これは、彼女の体内に潜む“自己保存本能”が、極限の痛覚と羞恥を“異化”しようとしている証左だった。
おそらく──このまま快楽と苦痛を併用すれば、ジャンヌの中枢神経系は、どんな些細な苦悶すら、「快」に近似した状態として受容し始める。
そのときこそ、彼女の身体は快楽による降伏ではなく、生存本能による快楽模倣に陥るに違いない。
それは、未だ誰も観察し得なかった状態──。
完全な快・苦連結型適応反応。
ヴェルナーは、この理論を密かに「ヴェルナー理論」と名づける日を思い描いていた。
だが、いまはまだ記録段階。
この素材から、最大限のデータを引き出す必要がある。
彼は、椅子に深く腰を沈めたまま、声だけを落とした。
「……じゃあ、昨日の続きだ」
間を取らずに告げる。
「名前だ。──お前の名は?」
「ま、待て。取引しよう」
吊られたままの女が、口を開いた。
声に含まれた焦りが、わずかに調子を乱していた。ヴェルナーは首を少し傾ける。
「取引?」
本気で理解に苦しんだ。彼女の言葉は、論理ではなく衝動に近い。
「──あの子たちを、卑劣な強姦魔にするな。私が殺した。そう言えばいい。金を奪おうとした。そう記せ。それなら、私は罪を認める」
ため息が漏れた。深さはない。ただの空気の放出にすぎない。
くだらない。冤罪の記録にも、倫理的構図にも、価値はなかった。
ヴェルナーが求めているのは、未来に通じる定量的検証だけだ。
「そんなことはどうでもいい。私が訊ねているのは名前だ」
指先にわずかに力をこめる。
「リディアであるお前が、あの強姦魔の少年たちを殺した。記録ではそうなっている。それが事実だ」
反応が出た。
顔が真っ赤になった。怒りによる反射だ。目の奥に明らかな動揺が走っていた。
「違う。あの子たちは強姦魔じゃない──」
悲痛な絶叫。だが、理屈としての反論にはなっていなかった。
「それは関係ないし、変わらん。それよりも、名前だ」
「死んだ子たちの名誉まで、汚すのか──」
ヴェルナーは冷たく目を細めた。
「平民など、いくらでもいる虫けらのようなものだ。連中に名誉などという概念があるとは、理解しかねる」
そう言って、右手を上げる。神経棒《スピナ》による焼灼命令の合図だった。
そのときだった。
「待て。待ってくれ。頼む」
ジャンヌが再び叫んだ。
声が上ずった。これまでにない反応だった。
ヴェルナーは、指を止めた。
興味を抱いたからだった。ジャンヌが持つ自我の輪郭が崩れたわけではない。だが、明確に様子が違った。
「どうした。まだなにか言いたいのか。名前を言う気になったのか」
返答はなかった。だが、視線と表情がすべてを物語っていた。
脚が震えていた。太腿に走る筋肉の収縮が不自然だった。
鎖のきしみも、異なる揺れで響いていた。
呼吸が浅く、そして速い。動作のなかに、感情以外の“事情”が混じっていた。
そのとき、部下が口を開いた。
「このジャンヌ殿……いえ、このリディアは、小便がしたいのだと思います。一班からの申し送りによれば、昨夜の訊問後、水だけは与えたそうです。かなり飲んだということでした」
ヴェルナーは一瞬だけ沈黙した。次いで、呆れを押し殺すように息を吐いた。
「昨日は何度も失禁しただろう。いまさら……。そこでしろ」
それに対し、ジャンヌが叫ぶ。
「うるさい。それとこれとは別だ」
羞恥が、怒りの形式で吹き出したのか……。
「私はこれでも女だ。……せめて、座らせてさせてくれ」
ヴェルナーは、机上の受信盤へと視線を移した。
フェルミア因子──急上昇。
羞恥を契機とする精神的苦痛が、快楽中枢に影響を与えはじめている。
明確な値だった。嘘ではない。肉体が示す真実。
これは予測範囲内の現象だが、ここまでの跳ね上がりは興味深い。
羞恥と排泄、人格の保護反応。その摩擦が因子を誘発するならば、これは有効な刺激として扱える。
ヴェルナーは、椅子に沈んだまま指をわずかに動かした。
「……失禁するまで、くすぐってやれ。下腹と腰。脇もだ。左右から同時に」
部下が動いた。
指先が皮膚の上を滑る。突くでもなく、撫でるでもない。
皮膚が反射する程度の刺激を繰り返す。限界直前の内圧を維持する手法。
ヴェルナーは一切の表情を動かさず、ただ数値と反応を照合し続けた。
羞恥、排泄、生理的限界──。
その交差点に生まれる“反応”こそが、いま、この素材の本質だ。
命令が下ると、八本の手が、吊られた女の身体に取り囲むように近づいた。
動きは迷いがなかった。脇、脇腹、腰、太腿──全身のくすぐり反応点が、同時に接触を受ける。
最初は、耐えるそぶりを見せていた。顎を引き、腹に力を込めて肩を硬くする。
だが、その防御は、一瞬で崩れた。
「っふ……ふ、く……ふふっ……」
喉の奥で押し殺していた笑いが、次の刺激で噴き出す。
「ふ、あ、は……ははっ……や、やめっ……ふふっ……くふっ、はは、ははははっ……」
ヴェルナーは、椅子に深く腰を沈めたまま、机上の受信盤を静かに見つめていた。
笑いの振動が、全身を揺らす。鎖が軋み、吊られた肉体が宙でよじれる。
「っは、あはははっ、ふ、くくっ、やっ、やっ……っふ、ふふふっ、ふあっ、あははっ、だ、だめだ、だめええっ……ふははっ、くふっ、ひゃっ、ひゃははははっ」
笑いと喘ぎが入り混じり、理性も品位もすでに保たれていない。
目尻には涙が溜まり、鼻に抜ける息が濁る。顎はがくがくと震え、喉が笑いの圧に耐えかねて引き攣っていた。
「っふっ……ふ、ひっ、くくっ、も、無理、もう……無理……ふふっ、あ、ふはははははっ」
笑いながら、暴れ続けていた。
鎖が弾み、固定された足がばたつく。だが、拘束は一切緩んでいない。
完全に制御された空間のなかで、肉体だけが、笑いと苦痛の間を転がされていた。
ヴェルナーは、目を離さず、計測値の変化を見つめていた。
すべての数値が、上昇している。
脈拍。膣圧。皮膚電位。筋肉収縮率。発汗。愛液分泌。
そして、フェルミア因子──快・苦両受容に対応する仮想神経伝達物質。
跳ね上がった。
「ふ、くっ……は、はは……や、やめろ……っ、ふふ……やだ、笑っ……止まらな……」
通常の三倍を越えた値が明滅する。精神苦痛と肉体刺激の複合反応によるものだ。
笑いが激しい痙攣に達したその瞬間──。
脚が強く震え、吊られた身体が反り返った。
次いで、太腿の内側から、液体がこぼれる。
反射だった。
「っく、くふっ……や……あ、あ……」
女の口から、言葉にならないかすれ声が漏れる。
尿道から迸る尿が、勢いよく床へと落ちる。
高い位置からの放出で、放たれた音が、床石の反響で明確に伝わった。
水量が集まる床石が鈍く光る。
ヴェルナーは、一切動かない。
ただ、椅子の上から、記録を見守っていた。
フェルミア因子が、さらに上昇している。
羞恥と排泄、笑いと痙攣。すべての刺激がひとつの点に収束し、脳の中枢を防御反応の快感で塗り潰していた。
ヴェルナーの表情は変わらなかった。
だが、内心では明確な確信が芽生えていた。
──この素材は、計測に値する。
ここまでの因子上昇を見せた被験体は、かつて存在しない。
ヴェルナーは、記録具に手を伸ばした。
視線は、一度も逸れていなかった。
そして、顔をあげてジャンヌを観察する。
いまだに放尿は続いている。
そして、ジャンヌは肩を揺らして激しく号泣していた。
「記録はここからだ。いずれにせよ、今日の検証は、ようやく始まったばかりだ」
《ご感想・高い評価をいただけますと、次の執筆の力になります。どうか応援よろしくお願いいたします。》
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