侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
──電撃が、まだこない。
セリーヌは、いまにも息が詰まりそうだった。
焦れきっていた。
呼吸がうまく整わない。肺の中がざらざらして、吐いた息がそのまま皮膚に刺さる気がする。
合図がない。
なにも来ない。
なにもはじまらない。
目隠しの奥で、まぶたを強く閉じた。
首と両手首はギロチン台に挟まれ、わずかな身動きもできない。
脚は左右に開かれ、突き出された腰が重力に晒されている。
空気が触れるだけで、全身が粟立つ。
呼吸も、心拍も、うまく制御できない。
焦れていた。焦がれていた。
皮膚のどこかが震え、脳の奥が擦れていた。
──お願い、早く。
身体が欲している。頭がそれを否定する前に、反応が先に走り出す。
ここは、ドミエンヌの館。中二階の、ルシアンの私室。
石造りの静かな部屋。その奥に設えられた調教用の一角に、セリーヌは固定されていた。
黒布のアイマスク。耳を塞ぐ耳栓。口には穴あきのギャグ。
アイマスクと耳栓は、ルシアンの傘下の“セレノア商会”のフォロニアと称される調教用淫具であり、光も音も言葉も、世界から奪われている。
ただ、肌だけがむき出しだった。
だからこそ──次の一撃を、皮膚が待っていた。
──ぴりっ。
「っ、お……ん、んぅっ……っ」
きた──。
ボールギャグ越しに、唾液が泡になって弾けた。
クリトリスに、一閃の電流──。
針が刺さったような電撃の激痛に、セリーヌの身体が跳ねた。
声にならない声が、喉の奥から溢れる。
直後、レコルが激しく震えだした。
内腿に這う振動が、セリーヌの股を抉るように揺さぶる。
腰が砕けそうになる。それでも、逃げられない。
そして──ルシアンが、来る。
背後から、容赦なく突き上げられる。
鋭く、深く、的確に。
セリーヌの中を、肉と熱が貫いていく。
「んぁっ……おっ、おっ、ん、んっ……」
唸るような喘ぎが、押し殺しきれずこぼれ出た。
腰が揺れ、股が濡れ、身体が勝手に応える。
──けれど、そこで止まる。
ルシアンの動きが、断ち切られる。
レコルの振動も、嘘のように静かになる。
もうちょっと。あとほんの少しだけ与えてくれれば、セリーヌは悦びの頂点に行ける。
でも、そこまでは与えてくれない。
残酷に中断される。
そして、次まで待たされる。
だけど、その“次”はいつなのか……。三十秒後? 一分後……? もっと長く?
わからない。
視界も、聴覚も遮断されているセリーヌには、知る方法はない。
ただ、待つだけ……。
セリーヌは、ひとつ息を吐いた。
けれど、息を吐き切る前に、次の焦燥が胸を掻きむしった。
「っ……ん、んん……っ」
喉の奥が震える。
次が欲しい。電撃が欲しい。
その痛みが来なければ、再び得られるはずの快感にも辿り着けない。
頭の中が、沸騰しかけていた。
自分がなにを待っているのか、どうしてそれを欲しているのか。
そんなことは、もうどうでもよかった。
ただ、ひとつだけ確かなのは、セリーヌの全身が、あの痛みを、あの合図を、次の快感への扉として待ち望んでいたということだった。
今日の調教は、待つ時間を快感にする訓練──。
呼ばれたのは、朝食のすぐ後だった。
ルシアンが午前中の予定を空けた──。
そうクロエから告げられた瞬間、セリーヌの胸はきゅっと締めつけられた。
嬉しい、はずなのに、どうしようもなくこわかった。
クロエとふたり、館の中二階へ向かった。接近防止の魔道は、クロエだけじゃなく、もうセリーヌについても対象から外しているそうだ。すでに知っている経路で進む。
その奥まった扉の向こうにあるのが、ルシアンの私室。
ルシアンが業務をする部屋なのだけど、セリーヌにとっては、調教室という印象。セリーヌにはもう見慣れた場所。
このルシアンの部屋では、調教はルシアンが主であり、クロエは「助手」と決まっている──。
その言葉を思い出すたび、喉の奥がひりつく。
クロエに見られていることが恥ずかしくて、嬉しくて、どこか苦しい。
けれど、それよりも、ルシアンに触れられることの方が、何倍も重かった。
触れてほしい。命じて欲しい。
褒められたい。叱られるのでもいい。
それだけで、セリーヌの心は満たされてしまう。
そんなふうになってしまった自分を、いまはもう止められない。
でも、まだこない。
焦燥が、皮膚の内側を焼いていく。
呼吸が不規則になる。涙が、鼻の奥でじわりと滲む。
苦しくて、どうしようもないのに、それでも待ちたい。
だって、次のあれがくれば──。
──ぴりぃぃ……っ。
「っ……お、おぁおっ……っ……」
次の電撃は、明らかに、これまでと違った。
刃のような刺激が、ひと刺しでは終わらず、長く、深く、粘るようにクリトリスを焼いた。
痛い。けれど、怖くない。
むしろ、その持続する痛みが、セリーヌの胸を熱で満たしていく。
くる──。
今度こそ、くる。
セリーヌの内側が、拡がる期待感でわずかに震えた。
喉が鳴る。
唾液と涙と汗が一度にあふれ出して、全身の感覚が一点に集まっていく。
──ずん。
ルシアンが動いた。
さっきまでのような焦らすような、寸止めのための抽送ではない。
ひとつひとつの律動が、セリーヌを達せさせるためだけに打ち込まれてくる。
深く。重く。ためらいなく。
背筋が引き攣れ、視界の奥で白い光が弾ける。
レコルも、これまでにない振動を与えてきた。
奥から抉るような重低音のうねりが、骨盤の内側まで広がる。
快感が、臓腑を焼いて駆け上がる。
「んっ……っお、おおおおっ──っ」
セリーヌの身体が、ひときわ大きく跳ねた。
唸るような喘ぎが、喉の奥から突き上がり、ギャグの奥で泡のように砕けた。
絶頂。
脳の奥が真っ白になって、時間が断ち切られる。
全身の筋肉が硬直し、内ももがびくびくと震え、突き出された腰が跳ね続ける。
けれど、それでも──止まらない。
律動は、続く。
レコルも、止めてくれない。
そのまま、二度目が押し寄せる。
「っ……んっ、ん、んぅ……っお、おっ、おおおお──っ」
達した。
でも、その最中に、ルシアンの熱がさらに深く入る。
そして──その中で、彼の身体が震えたのが、セリーヌにも伝わった。
脈打つ熱が、セリーヌの奥に注がれていく。
「んんんんんんっ」
その瞬間、全身の力が抜けた。
なにも考えられなかった。
ルシアンの精が与えられている。
ひとつの言葉もない幸福感が、静かに、深く、身体の隅々にまで染み込んでいく。
それは、悦びだった。
待ち望んで、焦がれて、渇望しきったその先で──ようやく得られた、ご褒美だった。
セリーヌは、ぼんやりと頬を濡らしながら、首を垂れたまま息を吸う。
そのとき、音が、戻ってきた。
ゆっくりと、耳栓が引き抜かれる。
石壁に反響する微かな足音。呼吸の音。空気の揺れ──。
それが、ひとつずつ、感覚として戻ってくる。
続いて、目隠しが外される。
閉じていたまぶたに、ひやりとした空気が触れた。
光がまだ見えないのは、目が涙で潤んでいるからか、それとも──。
頬に、そっと指が触れた。
次の瞬間、首と手首を挟んでいた枷が、音もなく外された。
ぐらりと傾きかけた上体を、両腕がしっかりと抱きとめてくれる。
「お疲れ様でした」
聞き慣れた、優しい声。
クロエ──。
その声音に、セリーヌの胸がじんわりと熱くなる。
ボールギャグをゆっくりと外された。
糸を引いた唾液が、顎先から滴り落ちる。
クロエは、それをためらいもなく舌で拭った。
頬、唇、顎の輪郭、そして口の中へ──。
「……んっ……んっ……」
セリーヌは、舌を引こうとした。
けれど、無意識に、舌を返していた。
重なる唇。触れ合う舌。
それは、いつの間にか、口づけのようなかたちになっていた。
甘くて、恥ずかしくて、それでいて切ない。
触れ合うだけで、胸の奥が熱くなった。
「ルシアンというよりは、クロエの方が恋い焦がれてる恋人みたいね。ルシアン、いいの?」
からかうような声が落ちた瞬間、セリーヌの身体がびくりと跳ねた。
見えていることを忘れていた。
目を泳がせると、部屋の奥──ソファーの一角に、ソニアが座っていた。
「それはそれで、育てがいがあるというものだ」
ルシアンが余裕ある声音で応じた。ルシアンはすでにソファに腰掛けている。
肩の力も抜けた、静かな戯け──。
けれど、その一言には揺るぎのない支配が滲んでいた。
セリーヌの心臓が、どくんと跳ねる。
言葉にできない感情が、喉の奥でじわじわと溢れていく。
また、ソニアの隣には、もうひとり。
マダム・ルーゼニアが、背筋を真っ直ぐに座らせていた。
どこか測るような眼差しで、こちらを見つめていた。
そのマダム・ルーゼニアが静かに口を開いた。
「合図と報酬の連環……なるほど、これは“反射条件の訓練”ですね」
痛みを合図として与え、その直後に快感を重ねることで、身体がその刺激を悦びの前触れとして覚え込む。
繰り返しによって、やがて痛みそのものが快と錯覚されるようになる──。
マダム・ルーゼニアが淡々と説明した。
さっきまでの調教には、そんな意味があったのかと思った。
「この子も、業が深い……。というか、あなたも手のかかる女を選んだわね、ルシアン」
ソニアが肘掛けにもたれ、くすりと笑った。
「なかなか効果的です。身体に教え込む反応系としては、即効性と持続性に優れています。館でも導入を検討してみる価値はあるかもしれません」
ルーゼニアはそう締めくくると、静かにルシアンへと視線を移した。
セリーヌの背筋に、ひやりとしたものが這い上がった。
見られていた──。
最初から、すべて。
身体の跳ね、喘ぎ、達してしまったあとの無様な姿まで、あのソファーから。
羞恥が遅れて胸を灼く。
喉の奥が熱くなる。
さっきまで蕩けていた身体が、みるみるうちに硬くなっていく。
視線を伏せる。けれど、それすらも逃げのようで、またつらい。
「調教の途中だったが、ある情報が入った。セリーヌも聞け」
ルシアンの声が、乾いた空気に落ちた。
すぐに、重ねられた布が肩に掛けられる。
柔らかく、あたたかくて、大きな布だった。
裸の肌をすっぽりと覆われるだけで、呼吸がひとつ落ち着く。
「座れ」
言われるまま、セリーヌは脚を引きずりながらルシアンの前へ向かう。
クロエも一緒に腰を下ろした。
ソファーの並ぶ一角。
石の床に敷かれた緋色の絨毯。
どこかで空気が張りつめている気がした。
「念のために聞くけど、クロエとセリーヌはいいのね? 極秘情報よ」
ソニアが言う。
その声は、やわらかいのに鋭かった。
「構わない。セリーヌに関係あることだ」
ルシアンが即答した。
その言い方に、なんの迷いもなかった。
「ルシアンがそう決めたなら、いいわ」
ソニアは、ゆるく笑った。
けれど、その眼差しは、どこまでも真剣だった。
クロエの手が、そっとセリーヌの指に触れる。
それだけで、呼吸が落ち着いた気がした。
「なるほど、やっとご決断をされたということですね。重畳です」
マダム・ルーゼニアが、静かに頷いた。
短く、確かに──それは承認の返答だった。
その意味するところはわからないが……。
──空気が変わった。
ルシアンがわずかに姿勢を正すと、手元の魔道紙束をひとつ持ち上げた。
「ついさっき、ソニアが持ってきた情報だ。調教を中断した理由もそれだ──。読む必要はない。端的に言えば……」
ルシアンが乱暴に紙束をテーブルに叩きつける。
「……ジャンヌが行方不明になっている──」
セリーヌの心臓が一瞬止まったように感じた。
「行方……不明? ジャンヌお姉さまが?」
反射的に口が動いた。信じられないというより、理解が追いつかない。
「ジャンヌは第二騎士隊の大隊付としてある調査任務に就いていたわ。まあ、はっきりと言えば、ルシアンに関する調査ね。それで、その任務が終わって、本人の希望もあって国境警備隊へ異動──表向きはね。でも、出発したはずの日以降、ジャンヌは王都を出ていないの。そこまでは、あたしたちが一昨日から確認済み」
ソニアだ。
ルシアンが小さく頷く。
「付け加えておくが、ジャンヌにもセリーヌと同様、こちらで軽い監視をつけていた。侯爵家への報復対象としてな」
──そうだ。セリーヌはようやく思い出した。
考えてみれば、セリーヌ自身も監視されていた。
というより、誘拐同然に連れてこられたのだった。
けれど、気づけば──この館が、自分にとって“居場所”になっていた。
「ジャンヌがどこに消えたのか、まだ確証はないわ。ただ、手がかりはあるの」
ソニアが語調を強める。
「……二日前の早朝、第一騎士隊が王都下町へ極秘出動してる。管轄外なのに、理由も記録もなし。これが一つめの状況証拠」
「二つめは、ヴァランティーヌ侯爵家のことだな」
ルシアンが引き継いだ。
「この数日で、侯爵は莫大な借金を作っている。僕から受け取った資金と同額──いや、それ以上の額を。一日ごとに膨らむ構造だ。打ち手はもう残ってない。まあ、これは状況証拠にもならないがね……」
「二つめを補足する情報として、上級貴族を中心に“ドミエンヌ”という人身売買組織が形成されてる。この館と名前が被ってるけど、当然、関係ないわ」
「……えっ、ドミエンヌ?」
セリーヌがつぶやいた瞬間、マダム・ルーゼニアが吐き捨てるように言った。
「名前が同じというだけで怒りしか湧きません。あのような愚劣な行いと、この館の崇高な理念が混同されるなど──これは冒涜です」
「まあ、ドミエンヌというのは、もともと旧王朝にあった矯正施設の名称だ。もしかしたら、この館がその名称を使っているのが気に入らなかったのかもしれない。でも、始めたのが、婦女子を集めての性奴隷としての人身売買だから、おそれいる。まあ、名目は、妾だったり、愛人契約だったりするけど、実際には性奴隷だ」
ルシアンが肩を竦める。
「とにかく、問題は、借金で首が回らなくなったあんたのお父さんによって、ジャンヌがそこに売られた……。いえ、売られそうになっている可能性があるってことよ」
ソニアが真剣な表情で言った。
「まさか……。そんな……ジャンヌお姉さまが……お父様がそんなこと──あるはずが……」
セリーヌの声は震えている。あり得ない。そんなことあり得るわけがない。
まさか、よりにもよって、侯爵である父が娘であるジャンヌを人身売買に売るなど……。
「いえ、あり得ます」
すると、突然にクロエが冷静な口調で口を挟んだ。
「ヴァランティーヌ侯爵は、その人身売買ギルドの“ドミエンヌ”の幹部のひとりですから」
「えっ?」
セリーヌは唖然とした。
だが、クロエが言うのだから、そうなのだろう。
でも、まさか……。
「もちろん、名ばかりの旗頭だけどな。お父上は、ただ名前と立場を利用されているだけだと思う。まあ、同情の余地は皆無だが……」
ルシアンが言葉を重ねる。
そして、さらに続ける。
「……だが、それでも──売った可能性は高い。実際、第一騎士隊の出動と、ジャンヌの消失は一致している」
「そして、あたしが持ってきたのが、最新情報というわけ」
ソニアが小さく首を振る。
「第一騎士隊の営舎で怪しい動きがあるわ。さすがに中までは潜れない。でも、断言していい。ジャンヌは、そこにいる……。しかも、かなり酷い拷問を受けてる……」
部屋の温度が変わった。
「このところ、第一騎士隊に拘束された女たちの多くが、行方不明になっている……。その女たち、のちに見つかった例では、ほとんどが精神を破壊されてる。意思を持たない人形のようになっている。奇妙だと思わないか?」
ルシアンだ。
「えっ……精神……破壊? 人形……?」
セリーヌは、絶句した。
「向こうのドミエンヌの“商品”も同じよ。ドミエンヌで売られる奴隷たちの症状も、ほぼ一致するの。要するに、繋がってるのよ。第一騎士隊とドミエンヌ……もうひとつのドミエンヌが……」
ソニアが続ける。
セリーヌの口から息が漏れた。
目の前が、にわかに暗くなる。
「ジャンヌお姉さまが……あそこに……? 精神……破壊……。人身売買……」
視界が揺れた。
立ち上がった──気づけば、床に額をこすりつけていた。
裸身を包んでいた布もとった。
ルシアンの足もとに全裸でしゃがみ込む。
「お願い、ルシアン様。助けてください。ジャンヌお姉さまを──」
土下座だった。
肩が震える。
「対価も出せず、契約もできないなら、頼むな。甘えるな。セリーヌ」
ルシアンの声は冷ややかだった。
「……いいえ、出せます。対価なら、あります」
セリーヌは、顔を上げた。
涙を拭わないまま、まっすぐにルシアンを見る。
「わたし……フォロニアの淫具の広告塔になります。侯爵令嬢のわたしが、どんな淫具をつけられて、どんなふうに感じるのか。訊ねられれば、すべて説明します。隠しません。調教されていることも、悦びに堕ちていることも。堂々と、どこでも」
一瞬、空気が凍りついた。
誰もが、息を呑んでいた。
セリーヌは続けた。
「……ですから、わたしとクロエを、この館に引き取ってください。そして……ジャンヌお姉さまも、助けてください──」
「なん……だと?」
ルシアンが目を細めている。
「はあ?」
また、ソニアは目を丸くしている。
クロエは絶句していた。
けれど、唯一、マダム・ルーゼニアだけが静かに頷いたのが、横目でわかった。
「ほう……ならば、このドミエンヌの精神についても、あなたが普及してくれるということですか?」
ルーゼニアが静かに訊ねた。
「はい。します。ここがどんなに素晴らしい場所か、わたしはどこにでも堂々と説明します」
「少なくとも、堂々と素晴らしいと触れ回る場所じゃないことは確かね」
ソニアが苦笑するような声で言う。
「いつも、あなたとは意見が一致しませんね、ソニア。…… 一度、あなたも“オプセリカ”として一定期間、調教を受けてはいかがです? 私が責任を持って精神を叩き込んで差し上げます」
「冗談じゃないわよ。なんで、あんたに──」
ソニアが真っ赤になって立ち上がる。
「やめないか、いまはセリーヌのことだ」
ルシアンが咳払いする。
そして、セリーヌを睨んだ。
「……ならば、明日から、学園の制服のスカート丈を半分にするぞ。下着の代わりに革の貞操帯を嵌めさせて、寸止めアタッチメントの“セグナ”を装着だ」
「……好きなように扱ってください。わたしは商品見本です。どんな扱いでも、まったく結構です」
セリーヌは言い切った。
ルシアンが肩をすくめる。
「……わかった。条件を受け入れよう。広告塔としてどういうことをしてもらうかは、これから相談するとして──覚悟だけは、しかと確認させてもらったからな」
その声が静かに続いた。
「クロエの婚姻話は消滅させてやる。その代わりに貴方は一生、この館の性奴隷だ。僕専用のな。クロエはお前のペドとする。クロエも一生だ」
「いけません。わたしのために、お嬢様が犠牲になるなどっ」
クロエが立ち上がろうとした。
「犠牲になんてなってないわよ。このお嬢様は、多分、喜んで受け入れてるわよ」
ソニアが冷ややかに言った。
「その通りです。ありがとうございます、ルシアン様」
セリーヌは、再び土下座で頭をさげた。
次の瞬間、クロエが椅子を飛び降り、セリーヌと同じようにルシアンの足もとにひれ伏す。
「ありがとうございます。ルシアン様──。ありがとうございます。お嬢様も……」
「まあいいだろう。クロエには諜報員としての素質があるし、セリーヌも使い道はいくらでもある。僕に得しかない契約だ。これは、法的拘束力を持たせる。クロエも含めてだ」
ルシアンだ。
顔をあげた。
一転して、愉しそうに微笑んでいた。
「まあ、最初からそのつもりだったんでしょう? さもないと、こんな極秘事項だらけの情報交換の場に混ぜるわけないもの」
ソニアが皮肉っぽく笑う。
「ふっ……」
ルシアンは短く鼻を鳴らす。
そして、ふたりの頭に手を置き、言葉を続けた。
「……だが、セリーヌとの契約で、ジャンヌを助けるわけではない」
セリーヌははっとなった。
愕然とした表情のまま、声も出せずに固まる。
「……セリーヌの申し出とは関係なく──ジャンヌは、もともと僕の報復対象だった。だから、ジャンヌは誘拐する。場所が、第一騎士隊の営舎内というだけだ」
「ちょっと待って。それ、本気で言ってるの? あの営舎に突入するってことよ?」
ソニアの顔から血の気が引いていた。
「そうだ。しかも、突入には人数をかけられない……。だから僕も行く……」
ルシアンが静かにうなずく。
「……は、はあ? ちょっと、だめよ、だめに決まってるでしょう。なんで、ルシアンが前線に出るのよ──」
ソニアが珍しく声を荒げる。けれど、ルシアンは首を横に振るだけだった。
「ソニアも一緒だ。それなりの人数はかけるが、実際に突入するのは、僕と君になる。財閥内で君に次いで戦えるのは僕だ。しかも、僕には魔道力がある。第一騎士隊の営舎に配備されている警備魔道具に、応用的に対処できる可能性がある」
「それでも、危険すぎるわよ。あなたを失ったら、財閥が瓦解しかねないのよ」
「他に適任者がいれば、言ってみろ。いないだろう」
ソニアは言葉を失い、ぎり、と歯を食いしばった。
セリーヌはただ、震える指でクロエの手を握りしめていた。
ルシアンが、ジャンヌを救いに行く──。
自分との契約など関係ない。
それどころか、ジャンヌはルシアンの財閥の秘密を調査して、軍に報告した敵だ。
でも、ルシアンはジャンヌを見捨てないと言ってくれた。
命までかけてくれると……。
セリーヌは、なにがあっても、この人のために生きると決めた。
石の床の冷たさを、足裏が伝えていた。
そして、ルシアンは、静かに言葉を落とす。
「準備はすぐに始める。突入は遅くとも二日後」
誰も、逆らわなかった。
ドミエンヌの館の空気が、ぴんと張り詰めたように冷えていた──。