侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
クロエは部屋で静かに待っていた。
湯気の香りがほのかに残る空気の中、ふたりのノヴァに両側を支えられたセリーヌが、ふらふらと戻ってきた。
湯着はまとえず、肩にかけただけの状態。両手はまだ頭の後ろで拘束されたままで、歩くたびに肌がちらりちらりと覗いてしまう。
クロエはセリーヌの姿を認めると、無言で指輪の遠隔装置を操作した。カチリという音とともに、セリーヌの首の後ろで拘束していた両手が自由になる。
自由になった瞬間、セリーヌは多分ほとんど無意識のまま、自らの胸と股間に手を向けかけようとした。
「まさか、いまから自慰をなさるつもりですか。禁止ですよ」
その言葉に、セリーヌがはっとしたように動きを止める。
「くっ……」
しばらく硬直していたが、やがて諦めたように手を下ろす。だが、脚は無意識に内腿を擦り合わせ続けていた。
拭いたばかりの股間には、すでに愛液がとろりと流れ落ちている。
クロエには、それだけで十分だった。セリーヌがどれほど追い詰められているのか、目に見えてわかる。
なにしろ──彼女を寸止め責めで苛んだ張本人は、他ならぬ自分なのだ。
手を下ろしたセリーヌは、クロエに一瞥を向け、唇を尖らせた。
「うう……クロエの、意地悪……」
か細く、恨みがましい声音だった。
「うわあ、言っちゃった」
片方のノヴァがくすりと笑った。
「でも、あれだけ寸止めされて、まだ意地悪って言えるの、すごい精神力ですよね」
もう片方も、肩をすくめながら囁いた。
セリーヌはふたりに向かって、つんと顔を背けながら、小さく抗議するように言った。
「からかわないでよ……もう……」
「はーい、からかい禁止ですって」
「だって、あまりに可愛いから、つい……」
ノヴァたちは楽しそうに笑いながらも、セリーヌの手足を拭く手つきを崩さない。
その間にも、セリーヌはじっと耐えていた。
クロエには、その姿がいじらしく、愛おしく、そしてますます嗜虐の欲望を呼び覚ますのだった。
そう……。
クロエは自らの中に確かに存在する嗜虐の悦びを感じていた。
最初は、ルシアンとの契約だった。
半年前……。
クロエの実家のレオン男爵家は、寄子として、ヴァレンティーヌ侯爵家という名門の一翼を担っていたが、侯爵家の急激な財政悪化に巻き込まれ、男爵家もまた破綻寸前に追い込まれていた。
救済を求めたクロエの父に対し、侯爵は冷淡に拒絶の意を示した。
そのとき、接近してきたのが、ルシアンを背後に抱えるモントレフォール家……いや、レヴァニア財閥だ。
侯爵家を密かに裏切ること──それを条件に、莫大な借財の肩代わりという契約が提示されたのだ。
クロエの実家──モントレフォール辺境伯家は、ルシアンの財閥の傘下に組み込まれることを決めた。
クロエには、選択の余地などなかった。
実家がヴァレンティーヌ侯爵家を裏切ると決めた瞬間から、侯爵家の中でセリーヌの専属侍女をしていたクロエは、諜報活動の任を帯びることになったのだ。
だが、間もなく手にした情報が、すべてを変えた。
ヴァレンティーヌ侯爵家は、王都屈指の名門でありながら、貴族社会の裏側で蠢く黒い血脈に深く通じていた。悪い噂の絶えないベルモンド伯爵家との密通──。そして、人身売買への関与。すべてが記録と証拠を伴って、手の中にあった。クロエはためらうことなく、それをルシアンに提出した。
侯爵家がいずれ潰えることは、その時点で確定していた。もともと、なにもなくても数年後には破綻したかもしれない。侯爵家の財政は大きく傾いており、すでに破滅の道を歩んでいたのだ。
気づかぬふりをしていただけだった。
男爵家の救済など、もとより不可能だったのだ。
だが、それが決定的なものになっていたのは、そのときから数えて半年前に交わしていたモントレフォール子爵家との婚約の破棄を密かに侯爵が決定していたことだ。
形式は残っていたが、実質的には冷却関係に入りつつあった。
クロエには、すべてが見えていた。
あの了見の狭い男が、王国一の怪物を敵に回したとき、どれほどの報いを受けるか。理解できぬのは、ルシアンの正体を知らない侯爵だけだった。
クロエが思いを馳せたのは、セリーヌのことだった。
あの従順な令嬢が、侯爵家という後ろ盾を失ったとき、どうなるか。
それは、考えるまでもなかった。
あまりに世間を知らず、あまりに傷つきやすい。
孤独と恐怖に呑み込まれ、なにも知らぬまま、ただ搾取されるだけの存在になる。
名門という殻の中で育まれた少女の脆さ──。それが剥がれ落ちたとき、なにが残るのか。
想像するだけで、胸が軋んだ。
だから、クロエは情報を差し出す代わりに、ひとつの願いを提示した。
セリーヌが、たとえ侯爵家が没落した後であっても、生きる場を失わぬように。守られるべき者として扱われるように。生活も、立場も、すべてを保障して欲しいと。
ルシアンは一度だけ笑った。そして、頷いた。
ただし、条件があった。
セリーヌには、十日間だけ、報復を受けてもらう。館に囚われ、調教され、心身を晒される。それが終われば、本人の意思とは無関係に、財閥が責任を持って保護する。
クロエは了承した。けれど、ひとつだけ譲れぬ願いを口にした。
セリーヌの貞操だけは、ルシアン以外には触れさせないで欲しいと。
そして、それもまた、ルシアンは笑って応じたのだ。
「ならば君が、セリーヌのペドとなれ。十日間、徹底的に追い詰めろ。愛情も、哀れみも、一切排除して」
そのとき、胸の奥にひとつの火が灯った。
クロエは頷いた。
セリーヌを守るためなら、どんな役でも引き受ける。たとえ──それが悪魔の役回りであっても。
だが、それだけではなかった。
十日間。好きなように、あの可憐な少女を苛めることができる。
そのことに、期待のような、ざらりとした悦びのような、形容しがたい感情が芽吹いていた。
──自分の中にも、そんな部分があるのだと、初めて知った。
それから、館に通い詰めた。マダム・ルーゼニアのもとでドミナとしての技術を学び、オプセリカとしての修行も重ねた。身体の扱い方、言葉の選び方、責めの深度と強度、快楽と羞恥をどう交差させるか。
一方で、ソニアからは諜報員の初歩も叩き込まれた。
「あんたには資質があるよ。情報屋にも、女王様にもなれるね」
ソニアに、そう言われたとき、クロエはまだその意味をすべて理解していなかった。
そして、オプセリカの半年の修業のあいだ、クロエの貞操も破られることはなかった。
それはすでに、侯爵の命令でクロエがメルキオール=グリュンデルという商家の妾になることが契約されていたからだ。そのときには、処女であることが向こうの条件だったのだ。クロエは、それを説明してルシアンに貞操を守ることをお願いして、それは了承されていた。
また、その契約は、父が救済を侯爵家に求めたとき、わずかな金銭の代わりに提示されたもので、男爵家が立ち直れるには程遠い額であったが、父は了承し、契約は成立していた。
ルシアンが男爵家に借財の肩代わりを申し出る前であり、その後状況が変わったのだが、父はなにもせず、クロエも動かなかったので、商家との契約は残ったのだ。
父がその妾話をどう認識していたのか知らないが、クロエは、それが妾の話を借りたベルモント伯の主催する、もうひとつのドミアンヌの人身売買であることを知っていた。
だから、処女にこだわったのだ。
しかし、クロエは、あえて、誰にも救済は求めなかった。
それは、贖罪だった。
セリーヌを苛め抜く十日間が終われば、セリーヌはクロエを蛇蝎の如く嫌っていることだろう。
ならば、その後はクロエは不幸になろう。そう思っていた。
自分が不幸になることが、大好きだったセリーヌを裏切るクロエへの罰なのだ。
──そして、運命の日が来た。
セリーヌの誘拐が実行され、すべてが始まったのだ。契約が現実に変わった瞬間だった。
徹底的に冷酷に、冷徹にクロエはセリーヌを責めた。あの白い肌を、あのか細い声を、あの震える瞳を。叩き、嬲り、捩じ伏せた。
だが、もっと衝撃的だったのは、その調教の日々の果てに──。
セリーヌが、自ら残ると決めたことだった。
ジャンヌの救出のため。クロエの救済のため。ルシアンに懇願し、自ら館の広告塔になると申し出た。
言葉は、震えていなかった。
覚悟が、そこにあった。
クロエの願いは、叶えられていた。けれど、それはクロエの手柄ではない。セリーヌ自身が、道を選び取ったのだ。
自分がこの館に留まっているのも、選んだわけではない。セリーヌの決断が、クロエをこの地位に繋ぎとめたのだ。
──それでも、もう言い訳はいらなかった。
調教は、今や契約ではない。義務でもない。
愉しみだった。悦びだった。生きがいだった。
羞恥に泣き、快楽に歪み、抗いながらも従ってくるその姿に、クロエは何度も何度も、胸の奥を灼かれるような高揚を覚えた。
もっと見たい。もっと与えたい。もっと追い詰めたい。
そして、その底で、ほんのわずかにほころぶ笑みを引き出したい。
セリーヌがいま、あの疼きに耐えながらも命令を守り、クロエを信じ、従おうとしていること──。
それこそが、いまの自分にとって最も甘美なご褒美だった。
「では、お嬢様、準備いたしましょう。まずは、ドレスから……」
ドレスは深い青のサテン地で仕立てられており、上半身は身体にぴたりと添い、レースの装飾が襟元と袖先を飾る。スカート丈はきわめて短く、膝上どころか太腿の中程まで露わにしてしまう。
脚を閉じればわずかに隠れるものの、ふとした動きで素肌が露出してしまう仕立てだった。
その間、セリーヌは身体のあちこちをびくびくと震わせていた。触れられるたび、寸止めの余韻が皮膚の奥から疼きとなって甦るのだろう。
手は無意識にぎゅっと握られ、次の瞬間にはぱっと開かれ、また力を込めて閉じられる。必死に理性で疼きを抑え込んでいるのが、誰の目にも明らかだった。
「もう……ちょっとは手加減してくれても、いいのに……」
セリーヌのか細い声に、ノヴァのひとりが笑いながら返す。
「でも、そのぶん敏感になってるでしょ? 触るとわかるもん」
「そうそう、ドレス着せるだけで反応されると、こっちも照れちゃうよね」
「うん、でも……少しは優しくしくして欲しいな、本当に……」
セリーヌの抗議ともつかぬ呟きに、ノヴァたちは微笑みを交わす。
着替えを終えたセリーヌは、椅子に座らされる。
クロエは、セリーヌの両手首を背中に回させて、手錠をかけさせた。
ノヴァのふたりが分担し、手際よく髪を整え始める。まずは温風を出す魔道具で髪全体を乾かし、艶のある仕上がりに整える。
「お嬢様の髪、ほんとにきれい。扱うのが楽しいくらい」
「そうそう、ほんの少し手を加えるだけで、ちゃんと形になるしね」
ふたりはそう言いながら、軽く髪にカールを加え、左側の髪をふわりと流すようにまとめる。銀の髪飾りが耳元で控えめに輝いた。
次に薄化粧。まぶたには淡い桃色の影を載せ、頬には血色の良さを演出するための微かな紅。
唇にも、艶を残す程度の色合いで光沢を与え、全体として清楚でありながらも、どこか少女の初々しさを引き出す仕上がりになっていた。
その最中にも、セリーヌの身体は小さく反応を続けていた。
ノヴァが頬に指先を添えただけで、びくりと肩を震わせる。
「やだ、いまので震えるの?」
「これは相当残ってるね。どこ触っても、ぴくってなる」
「……うう、笑わないで、よ……」
言葉とは裏腹に、セリーヌの声はどこか甘えているようでもあり、ふたりのノヴァは顔を見合わせてくすりと笑った。
部屋には、ほのかに甘い香りが満ちている。
愛液の匂いが、髪を乾かしても、化粧を施しても、拭き取ったはずの身体から滲み出し、空気を染めていた。
けれど──それでも、セリーヌはひとことも命令に背かない。
クロエは、そんなセリーヌの芯の強さに、改めて心を打たれていた。
化粧が整ったセリーヌは、薄く紅潮した頬にうっすらと光を宿していた。ノヴァのふたりが一歩下がって見やり、息を揃えて頷いた。
「よし、完璧」
「うん。これぞ、我らがオプセリカ」
クロエは手元の道具をそっと片づけながら、セリーヌの顔を見つめた。視線が合うと、セリーヌは微かに微笑みかけたが、そのまま少しだけ視線をそらした。
表情は穏やかでも、肩に宿る緊張は隠せない。その証拠に、後手に組まれた革の枷の内側で、セリーヌの手指が何度もゆっくりと開閉を繰り返していた。
部屋には、いつのまにか灯りが増されていた。魔灯が自動で切り替わる時間帯だ。温かい橙の光が絨毯に滲み、衣擦れの音だけが静かに響いている。
空気が、ほんのわずかに重くなる。日中の活動が終わり、次の儀式の時が近づいていることを告げるかのように。
クロエは口元に微かな緊張を忍ばせた。喉の奥が渇くようだった。
もう、すぐ──。
なにが「すぐ」なのかは言葉にならなかった。ただ、これからの時間が、決して日常の延長ではないことだけは確かだった。
セリーヌの耳元に、そっと口を寄せる。
「お嬢様。お時間です。まいりましょう」
クロエが立ち上がると、ノヴァのひとりがドアに手をかける。金具の軋みが、静けさの中に響いた。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。いっぱい見せつけてきてくださいね」
「もし感想、聞かれたら、ミナとアヤのふたりのノヴァが仕立てましたって言ってくれていいから」
明るい声が、背中を押すように響いた。
クロエは、そのふたりの横を通りすがりざま、小さな巾着をそれぞれの胸元に押し付けた。
目を丸くしたふたりが、ほとんど同時に口を開く。
「えっ、クロエ様──」
「ま、まさか、ほんとにご褒美……?」
「ほんの気持ち。よく働いたわね。変に節約しないで、ちゃんと自分たちのために使うのよ」
その一言に、ふたりは固まったかと思うと──。
「やったあああっっ」
「これで、今月こそ、孤児院の弟と妹たちに靴を買ってやれるっ」
叫ぶなり、ミナとアヤは手を取り合ってぐるぐるとその場で踊り始めた。
袖をひらひらと振り回し、床の上をくるくる跳ねながら、まるで祝祭の精霊のようだ。
「うちの弟と妹たち、冬でも毛布を取り合って寝てたのよっ。絶対、泣いて喜ぶわあっ」
「ほんとにありがと、クロエ様。これで、あの子たちに少しはあったかいごはん食べさせてあげられる」
顔を赤らめながら騒ぐふたりを、クロエは微笑みながら制した。
「もう……静かに。お嬢様の前ですから」
だがセリーヌは、そんなふたりの様子を見て、微かに笑みを浮かべていた。
緊張の奥に、小さな安堵が見えたようだった。