侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
──ジャンヌ=ド・ヴァランテーヌは、鉄の檻のなかで目を覚ました。
まず気づいたのは、自分の姿勢だった。
四肢を床につけ、這いつくばるようにして眠っていた。──いや、眠らされていた。
背中で手首が引かれている。肩をわずかに動かすと、固い金属の感触が背骨を伝って返ってきた。
手錠。しかも、両手首が背中の上で交差されている。
脚をずらそうとすると、足首も、掌も、すでに自分のものでないような違和感があった。
脚先に視線を向ける。白く柔らかな布地に包まれた足首の先を包む《パニエ・ミニュン》があった。
記憶が蘇る。
背中側の両手首にも、同じものがあると思い出す。
──《パニエ・ミニュン》は、二本脚での歩行を不可能にする四肢歩行強制具だ。
昨夜、自らの意志で装着を受け入れた、“人間”を“四つ脚の獣”に変える屈辱の道具である。
いまは背中で封じられているが、拘束がなくても、グローブに包まれた手ではものを掴むことはできない。
見た目は可憐。だが、中身は獣を作る。立ち上がるという人間の動作を、グローブ形の魔道具が拒む構造だ。
舌を動かそうとして、はじめて口の中に異物があることも思い出す。
赤いボールギャグ。声を封じられたまま、夜を越えたらしい。唾液が喉の奥に溜まっていた。嚥下もままならない不快感。だが、不快だと思う自分は、すでにいない。
なによりも、股間だ。
……そう、股間が問題だった。
脚のつけ根を横断する麻縄が、灼けるような痒みの熱を残していた。
香油の残香が、神経を弄ぶように疼きと刺すような痒みを誘う。僅かに身体を動かすたびに、縄が肌を擦り、疼きが痒みに変わり、また疼く。
昨夜、ルシアンがジャンヌに言ったのは、この館に初めて泊まる者は、例外なく、最初の夜は館の洗礼を受けてもらうことになっているという掟のことだった。
セリーヌですら、受けたと教えられ、ジャンヌはどうするのかと訊ねられたとき、迷わず答えた。「もちろん、初夜の洗礼として、最も苛酷な方法を用いてくれ」と。
戯れや羞恥ではなく、真の意味で試されることを求めた。
誰の命令でもない。これは、ジャンヌ自身の選択だった。
そして、痒みを発生させる股縄で檻の中を七転八倒し、最後には気を失った。
失神するまでの責め──あれを「敗北」と思う者がいるなら、好きにするがいい。
だが、ジャンヌは乗り越えた。身体は嬲られたが、まだ、心は折れていない。
苛酷であればあるほど、ジャンヌは自分自身に近づいていける──。
その確信だけが、いまのジャンヌの芯だった。
檻の外、鉄格子の向こう──。
朝の光を受けた円卓で、ルシアンがスープを口に運んでいた。
静かだ。優雅だ。美しいほどに残酷で、完璧な統治者のように。
──そして、間違いなく、昨夜のジャンヌの支配者だった。
その目が、こちらを見た。
目が合うわけではない。ただ、ずっと見られていたような気配が、皮膚の内側を這っていた。
口は封じられ、声は出せない。
だが、ジャンヌは、唇をわずかに動かした。
笑っていた──誇りを手放さぬまま、快楽に沈む“獣”の微笑で。
檻の外でスプーンの音が止んだ。
「ようやく、目を覚ましたか、ジャンヌ=ド・ヴァランテーヌ?」
その声は、真鍮の冷たい器のように澄んでいた。ルシアンと女四人で愛し合ったときの昨夜の少しだけお
鉄格子越しに向けられたルシアンの視線は、感情というものを持たない彫像のようで、ただ観察している。
だが──その無表情の奥に昨日と同じものがある。支配。命令。試練の強要とともに、それを愉しむ女への情念のよなもの……。
「昨夜の洗礼は、無事に終わったのかな? ジャンヌは、よく耐えた。……まあ、正確には、気を失っただけだけどね」
ルシアンは椅子を引き、立ち上がる。
足音が石の床に乾いて響いた。
鉄格子のすぐ前に来て、彼は手を腰の後ろに組み、声の調子を落とす。
「いま、口を封じられたまま、調教を拒否することもできる。だが──君にふさわしいのは、命じられて黙って耐えることではない。君自身の誇りで、それを請え」
その言葉は、静かに突きつけられた刃のようだった。
沈黙が落ちる。
鉄格子をはさんで、ふたりのあいだに、ただ緊張だけが流れていた。
ジャンヌは、かすかに頷こうとした──。
だが、それより早く、痒みが身体を貫いた。
太腿のつけ根に、じんと走る微かな熱。
それが輪を広げ、全身をゆっくりと焼いていく。
縄瘤が肌を擦るたびに、昨夜の香油の残香が疼きを呼び起こし、
神経の奥に火がついたように、感覚が跳ね上がる。
「んんんっ……」
呻きが、喉の奥で漏れた。
言葉にならない、否、ならないように封じられた音だった。
──昨夜、あの苦悶の果てに意識を手放したあの痒みがいままた、じわじわと、跳ね起きようとしていた。
──逃げ場がない。
拘束された手足。腰をずらすことさえ自由にならず、痒みに身を任せるしかない。
痛みではない。だが、これは明確な“責め”だった。
鉄格子の向こうで、ルシアンが一歩、音もなく近づいた。
視線が合う。だがその目は、相手の苦痛ではなく、変化を見届ける者の冷静さだった。
「……痒いか?」
ボールギャグ越しに、ジャンヌの喉が震えた。
抑えきれず、声にならない呻きが洩れる。
「あぐ……うっ……」
声とは呼べない。だが、訴えだった。
ルシアンはその音に満足したように頷くと、檻の前に木の椅子を移動してきて腰をおろす。
「外して欲しければ──そこで腰を振って、達して見せろ。その姿勢のまま、終わらせてみせることができたら、ギャグと股縄は外してやろう」
脳に直接、棘が刺さったような屈辱だった。
あまりにも──あまりにも卑しい命令。
だが、ジャンヌの内側は、それを拒絶しきれなかった。
羞恥に震え、顔を伏せる。だが、ルシアンの声が追い打ちをかける。
「──ほう。自ら館に入ることを選んだくせに、案外、意気地がないものだな。セリーヌのほうがまだ素直だったぞ」
その言葉に、誇りが焼かれた。
喉の奥で怒りが燃え、ジャンヌは顔を上げた。
──なら、見ていろ。
犬が前肢をあげるように膝立ちで上半身だけをあげる。
腰を──動かす。
自らの意志で。
媚薬の熱に支配された身体を、誇りで突き動かす。
「んっ、んんっ、んふうっ」
鼻息がこぼれ、ボールギャグの小さな穴から唾液が糸を引いて迸ったのがわかった
縄瘤が擦れ、跳ね、奥に火花が散る。
羞恥のなかに火照りが滲み、快楽が滝のようにせりあがる。
来る──。
鋭敏なジャンヌのいまの肉体は、あっという間に快感を拾いあげてせり上げる。
「んんんっ」
いくっ……。
ジャンヌは腰を激しく動かしながら、全身を突っ張らせた。
だが──。
届かない──。
なぜか、ぎりぎりで大きな波が留まっている。
必死に腰を振る。
でも、むしろ引いていく。
どうして……?
快感はある。
それなのにいけない。
おそらく、この窮屈な体勢のためだと思った。
大きく腰を振るには限界もある。
限界まで腰の振りを大きくする。
前後だけでなく、横にも。
屈辱とかの問題ではない。
「んんっ、んんっ、んんんんっ」
縄瘤が伸びたり縮んだりしながら、クリトリスと肉層を苛む。ルシアンがテーブルから持ってきた飲み物を口にしながら、そのジャンヌの姿を眺めている。浅ましい姿を見られている。
そう思うと、汚辱めいた甘美感がジャンヌの身体の中で燃え始めてきたのがわかった。
「んああっ、ああっ」
ジャンヌはボールギャグ越しに喘ぎ声をあげる。
今度こそ、いきそう──。
ジャンヌに、痙攣のような震えが走った。
しかし……。
どうしても達することができない。
もう少し……。
もう、ちょっとなのに……。
必死に腰を動かす。
でも、何度、腰を振っても同じ……。
あと少し、というところで、波がすっと引いてしまう。
縄の角度を変えてみる。
重心を移す。
もっと速くと思って、全身の筋肉を総動員して腰を振る。
汗がしたたり、髪が濡れるほどに身体を使っても──
跳べない。
ほんの少しの波だけが足りない。
あとちょっと……。
ちょっとなのに……。
ルシアンが小さく笑った。
「そういえば、昨夜も──無意識に、そんな風に腰を振っていたな。記憶にないのなら、それはそれで面白い。だが、忘れるな。僕からの許可のない自慰は禁止だ」
ジャンヌの目に、怒りとも絶望ともつかぬ光が揺れた。
──知らない。覚えていない。
だが、疼きに負けて、勝手に決まりを破って、自分がみっともなく喘いでいたのだとしたら──腹が立った。
誰にではない。自分に、だ──。
とにかく──。
──もう一度。
腰を揺さぶり、双臀をうねらせる。
クリトリスはさらに引き締まり、じーんと背骨まで貫くような快感が込みあがってきている。
「んんんっ」
今度こそ──。
いくっ──。
いや……。
だが、やはり届かない──。
同じことが続く。
何度も、何度も……。
幾度目かの断崖で涙が滲んだ。
屈辱感ではない。口惜しさだ──。
どうして、ぎりぎりで留まるのだ。
なぜ、最後までできない……。
濡れた身体に、どうしても辿り着けないもどかしさ、ルシアンの命令を実行できない不甲斐なさが、ただ涙腺を押した。
そして──。
「もういい。出てこい、ジャンヌ。縄は外してやろう」
魔道錠の外れる音がして扉が開かれた。檻の下半分。這いながらであれば、檻の外に出られる隙間……。
──でも、まだだ。
まだ、終わっていない。
「んぐううっ、んぐうっ──」
ジャンヌは、首を強く横に振った。
拘束されていても、それだけはできた。
「いや、無理だ。いいから出てこい」
ルシアンは笑った。
さらに魔道錠のはずれる音。背中で両腕に嵌まっていた手錠もとれた。
そんな……。
もう、ちょっとだったのに──。
あと、ほんの少し……。
命じられたことすら成し遂げられない。なんのためにここへ来たのだ──自分に、怒りが湧いた。
ルシアンが微笑んでいる。冷徹な仮面ではなかった。悪戯を見つけた少年のように、素直な笑みだった。
「実はな。その縄瘤には、極小に加工した《セグナ》という魔道具が練り込まれている。快感が頂点に達した瞬間、神経を逆流させる“寸止め装置”だ。……つまり──一生かかっても、昇天はできん」
唖然とした。
すべてが──最初から計算だったのか。
「とにかく、そのくらいに濡れれば充分だ。……館のオプセリカとして、相応しい姿になってもらう。次は浴槽だ。行くぞ」
心の底から愉しそうに笑った。
言葉の意味が脳裏に沁みてゆくにつれ、煮えたぎるような怒りが膨れあがっていった。
「んぐううっ」
あまりに口惜しさにジャンヌは檻の中から吠えた。
「そうやって吠えると、本当の犬みたいだな。いいから出てこい」
ルシアンは笑っていた。
檻の下半分だけが、静かに開いている。
ジャンヌは、仕方なく這い出ていく。《パニエ・ミニュン》のせいで、四つん這いにしかなれない。それ以外の姿勢になろうとすると、それだけで手首足首に包まれているグルーブ部分が滑って体勢を保てないのだ。
乳房を床に擦るように、檻の外に身体を出していく。胸が石床に擦れるたび、羞恥が肌を焼いた。
だが、頭と胸の半分が外へ出た──その瞬間だった。
重みが、押しつけられた。
「んぐうっ」
ルシアンの黒革の靴。問答無用で、頭頂を踏み抜いた。
痛みよりも、恥辱がまさった。
動けない。顔が床に押しつけられ、唾液がこぼれる。
呼吸が乱れ、熱が内側に溜まっていく。
誇りが軋む。
「ジャンヌ、これが支配される者になるということだ。許可されなければ、二本脚で歩くことも許されない。顔を踏まれ、犬のように扱われ、理不尽な扱いをされる。これが、この館のオプセリカだ。後悔しているか?」
ルシアンがジャンヌの後頭部を踏みながら言った。
そして、頭を踏んだまま、ジャンヌの後頭部に手を伸ばす。ボールギャグの留め具を外して、口から引き抜いた。
「……だ、誰が、後悔すると言った」
かすれた声だった。喉は乾き、唇は濡れていた。それでも、吐き出されたその言葉は、泥を這い進む蛇のように低く、熱を孕んでいた。
ルシアンの足は、なおも頭の上にあった。
「ほう……。ならば、誇りは捨てずに、悦ぶんだね?」
そう言って、彼は踏みつける力をわずかに強めた。
「くっ」
頭蓋が軋み、顔が床にめり込む。視界は潰え、鼻先が冷たい石に押しつけられた。
──だが、たしかに悦びはあった。
喉の奥が震えた。快感だった。
言葉を投げ返されたその瞬間──、反発よりも、なぜか身を委ねるような安心があった。
誰かにすべてを握られ、計られ、玩ばれること……。屈辱のなかにだけしか、触れられない場所がある──
その感覚が、腹の奥でふくらんでいた。
息を吐く。唾液とともに喘ぎが洩れる。
とろりと、愛液がこぼれて、股縄に沁みるのを感じる。
なぜ、濡れるのか──自分でもわからなかった。だが、濡れは、身体よりも先に心が支配されていた証だった。
快楽は、すでに、命令と屈辱の言葉に宿っていた。
だが、その誇りが奇妙な熱に変わっていく。焼かれ、溶かされ、快感へと染まる。
辱めに震えていたのに、なぜか身体が沈みたがっていた。
ジャンヌは、唇を噛んだ。
それでも、感じていた。
この支配の下で、初めて、自分だけの感覚を手にしていた。
カチリと首で音がした。
なにかを喉元に嵌められる。冷たく、美しい環だった。
一瞬後、どうやら首にチョーカーを嵌められたのだと理解する。
「この館のオプセリカは二種いる」
ルシアンの声は、低く乾いていた。
「オプセリカ……? ああ、この館で、支配され調教される者……だったな……」
「ああ、新人研修の白のノヴァ。ノヴァ研修の終わった上級の赤のオディエンヌだ」
「これは、何色?」
ジャンヌは首を動かさずに問いを投げた。
「……これは、どちらでもない」
「どちらでもないとは?」
「白銀だ。僕が選んだ特別な女に与える……」
「ああ、そういえば、セリーヌがしてたな……。いや、ソニアもしてたか?」
「僕は何度も裏切られたことがある。だから、もう誰も信じられないと思った……。でも、ソニアだけは別だった。だから、なにか特別なものをあげたかった。それでソニアが選んだのが、白銀色のチョーカーだった」
低く、遠くを眺めるように言ったその声は、かつての傷を抱えた者の声だった。
「そう……なのか……」
「うん……。でも、考え方を変えることにした」
「変えるとは?」
「裏切らないように躾ければいい。だから、二人目をセリーヌにした。そして、ジャンヌが三人目だ」
「わ、私は裏切らないぞ」
「どうかな……。そう思っていた仲間も、裏切るときは裏切る。僕が学んだのは、それだ。人には色々なしがらみがある。そのしがらみが僕との関係よりも大きければ裏切るよ。そんなものだ」
胸が疼いた。
ルシアンについて調査をしたとき、彼が多くの裏切りを経験していることは知った。おそらく、本来の彼はもっと善良な人間なのだろう。そうでなければ、平民の生活を楽にするために、貴族たちの残酷な反撥を受けながら、魔道具を拡げたりはしないし、儲けもないのに、娼婦たちに無償の高位治療薬を配布したりはしない。
彼は信じていた者に幾度も裏切られて、冷徹な悪人の仮面を被るようになっていったが、信念だけは曲げなかった。
そして、人を信じることが怖くなったというルシアンが、信じられる者の象徴としている白銀のチョーカーをジャンヌやセリーヌに与えるというのであれば、とても光栄なことだと思った。
首に絡む銀の環が、自分の意志を封じ込め、体温を取り込んでいくようだった。
「ジャンヌは、僕を裏切ることはない。絶対にだ。そうなるように調教する。君も、セリーヌも……」
「私はルシアンを裏切らない……」
ジャンヌは言った。
だが、それにはルシアンはなにも答えなかった。
ジャンヌの頭から脚をどけて床にしゃがみ込む。そして、ジャンヌをルシアンの膝の上に引き寄せた。
「……ようこそ、館へ」
そう言って、ルシアンは口づけをした。
唇に……。
舌が唾液とともに、ジャンヌの口の中に入ってくる。舌を舌で愛撫される。身体が痺れ、全身が甘美感に包まれる。
火花のような感触が全身に走った。
口づけをされながら、ルシアンの片手が、ジャンヌの腰へと伸びる。片手で器用に股縄が外された。
「んああっ、ああっ」
ジャンヌは全身を震わせた。
いまだに口づけが続いたまま……。
片手で縄がなくなったばかりの股間に触れて乱暴に愛撫される。優しくはない。だが逃さぬ強さがジャンヌを燃えあがらせる。
「んんっ、んっ、んああっ、んああああ──」
肌が熱を帯び、息が詰まった。
身体が激しく震えた。
指が膣の中に入りこみ、掻き回される。
疼きと痒みが凄まじいほどの快感に置き換わる。
すぐに大きな波が来た。
全身が震え、身体が弓なりになる。
「んぐうううっ、んふうう──」
口づけと愛撫を受け、ジャンヌは快楽の昇天を極めた。もちろん、拒むことなく、その快楽を全身で受けとめた。
「達したな?」
ルシアンがジャンヌを床におろす。
「う、うん……」
ジャンヌは、横たわったまま頷いた。
「身体を洗う。来い」
ルシアンがジャンヌの首に手を伸ばした。装着されたばかりのチョーカーに細い鎖が接続されていた。嵌まったというよりは、魔道的な手段で鎖の先端が接続した感じだ。
「くっ、待って──」
鎖で引っ張られて、チョーカーが喉を絞める。まだ、ジャンヌはまだ床に身体を横たえたままだったのだ。慌てて身体を起こす。だが、いまのジャンヌには四つん這い以外の体勢がとれない。
四つん這いのまま、歩くルシアンを急いで追う。
鎖の音が、石の床にやわらかく反射した。
白銀のチョーカーからのびる鎖がルシアンの手で引かれる。
ジャンヌには、自ら四つん這い進む以外に術がない。足も、腕も魔道具に支配されている。
「膝を床につけるな。それが犬の歩き方だ」
「わ、私は犬か」
「そうだな。今日一日は、犬として扱ってやろう」
ルシアンが部屋の奥に向かいながらくすくと笑った。
膝をあげる。お尻が高く浮き、羞恥が拡大する。顔の位置が低くなり、その体勢が、羞恥という名の熱を生んでいた。だが羞恥は、痛みではなかった。むしろ、どこか身体の奥を整えるような奇妙に律儀な痛みだった。
「少しは、犬になることに慣れてきたか?」
ルシアンが揶揄うように言った。
ジャンヌは、なにも答えなかった。
答えられる問いでもなかった。
声に出せば、言葉はどこかに落ちてしまう気がした。
扉が開いた。中は浴場だった。まだ脱衣所だが、脱衣所と浴場の仕切りはなく解放されている。ただ湯気は見えるが、こっちの脱衣所には来ない。
また、浴場では豪奢な天井があり、無数のランプが空中に浮かび、その光が水面に踊っていた。空間全体が湯気を抱いて、どこか幻のように歪んでいる。
床に這いつくばったまま、ジャンヌはその風景を見ていた。とても幻想的な光景だった。
「入ろう」
ルシアンが服を脱ぐあいだ待たされ、また、鎖が引かれる。
湯気が肌に触れた瞬間、ジャンヌの胸が小さく震えた。それが熱のせいなのか、呼吸の乱れなのか、自分でもうまくわからなかった。
「姿勢を保っていろよ。言っておくが、勝手に達するな。気持ちよくても死にもの狂いで耐えろ」
浴槽の縁に着いたとき、ルシアンがしゃがみこみ、手をのばした。ジャンヌの背に掌があてられた。洗浄液の泡を載せたルシアンの手が肌をなぞっていく。柔らかく、しかし逃がさぬように。
「あっ、いやっ」
ジャンヌは思わず声をあげる。
ゆっくりと、力強く、肩から腰、腰から腿へ──丁寧に、その掌は移動していった。
快感はすぐに込みあがった。
ジャンヌは必死に歯を喰いしばった。
肌を洗浄液とともに撫でられながら、ジャンヌは目を閉じた。肌を擦られる快感がジャンヌを追い詰める。
「よがるな。じっとしてろ」
ルシアンが笑う。
だが、感じるなと命じながら、ルシアンはそういう場所だけ執拗に手で洗い続ける。乳房を手が這い、お尻の亀裂に指が這う。
クリトリスをくすぐられ、指で二度、三度と股間の亀裂を擦られる。
「はっ……んっ、くうっ……」
懸命に腹に力を入れる。とにかく達しない。
それだけを考えて、懸命に自制心を保つ。
白い湯気が、音もなく揺れていた。
身体の洗浄が続く。
ルシアンの指がチョーカーの下に差し込まれ、首筋の汗を拭う。
背中に手が当たり、肌の表面が丁寧に撫でられていく。
力の入れ方が絶妙で、決して乱暴ではない。だが、逃れようのない拘束があった。
肩が、胸が、腹が──ひとつひとつ、過去を剥がされていくような感覚だった。
乳房の下をくぐるように指が滑る、
全身が激しく震えた。
ぬるく、甘い熱が、胸の奥でひらいていった。
大きな波紋が、繰り返し全身に広がっていく。
「ジャンヌの肌は、想像よりも素直だな」
ルシアンが言った。
「い、言うな──」
ジャンヌが言えたのは、それだけだ。
「じゃあ、雌犬オプセリカとして相応しい姿にしてやろう。それとも、矜恃として誓ったけど、剃られるのはいやか?」
ルシアンがにやりと笑う。
剃毛のことだとすぐにわかった。
ジャンヌは四つん這いのままルシアンを睨む。
「なにを言う──。剃ってくれ。いまさら、怖じ気づくものか──」
陰毛を剃られる。それは羞恥だ。
しかし、それがジャンヌが選んだオプセリカというものなのであれば、それは当然に受け入れる。
「さすがはジャンヌだな。じゃあ、仰向けにひっくり返れ」
身体が傾けられ、仰向けにされる。
視界が開け、湯気の向こうにルシアンの輪郭が揺れていた。
「剃るぞ」
膝を立てられた。
その奥、もっとも敏感な場所に布ではなく指先があてられる。やわらかく、だが確実に、そこに触れた。
「んふうっ」
熱が弾けた。
喉が震え、身体が小さく弓なりになる。
言葉にならない声が鼻腔から漏れた。
「これは君の儀式だ。もう君は、古い皮を脱ぎ捨てる」
銀の器具が近づいた。刃は小さく研がれていた。
「くっ」
クリトリスのまわりから、恥毛がゆっくりと、そして美しく剃られた。
そして、また動く。
剃られるたび、風が通るような感覚があった。まるで、感覚そのものが開いていくようだった。生まれ変わる瞬間が、ひとつずつ刻まれていく。
そのたびに、膣奥から上がってくる疼きがあった。
必死に跳ね返らず、抗わず、ただ受け入れていく。
裸になった感覚が羞恥ではなく悦びに変わっていくのが、じわじわとわかってしまうのだった。
剃り残しを指で確かめながら、ルシアンがつぶやいた。
「終わったぞ、ジャンヌ」
羞恥と悦楽のあいだで息が詰まった。胸がふくらみ、皮膚が波打つ。
ジャンヌは唇を噛んだ。
──これが、支配されるということなのか。
いや、違う。これは、受け入れるということだ。
命令でも懲罰でもない。
甘やかされた罠でもない。
ただ、抗わずに落ちていくという感覚だった。
「温まろう」
まともに立てないジャンヌは、ルシアンに抱えられて浴槽に入る。
浴場の湯は、驚くほど滑らかだった。
肌を撫でる水の感触は、まるで絹のように柔らかく温かかった。
天井には高い丸窓がひとつあり、そこから差し込む光が湯面にゆらゆらと反射していた。だが、本物ではない。あれは魔道具だ。ジャンヌにはわかった。
ルシアンに湯に立たされる。四つん這いの姿勢で。
ジャンヌは、その四つん這いの姿勢のまま、そっと呼吸を整えていた。湯の中に肩まで浸かると、身体がようやく人間としての輪郭を取り戻すような気がした。だが、それは錯覚だった。
ルシアンの手が、背後からそっと伸びてきた。
指が髪に触れ、滑らかに動いていく。まるで、自分の髪ではないようだった。洗髪の手つきは丁寧で、まったく力がこもっていない。だが、なぜか全身の神経がそこに集中する。
首筋に湯が流れると、身体がふと震えた。
それから、肩、腕、腰──ルシアンの手が、少しずつ下りていく。なにかを問われているような、いや、逆らえないほどのやさしさがそこにあった。身体を洗われるだけなのに、言葉にならない熱が湧いてくる。
湯の音にまぎれて、小さな吐息がこぼれ続けた。
感じてしまっている。そんなはずじゃないと思っても、身体は素直だった。洗う手が肌に触れるたびに、感覚が鈍くなり、やがて鋭くなっていく。
どこまでが快感で、どこまでが羞恥なのかわからない。
確かなのは、湯の中で、数度も幾度も、大きな震えが走ったこと。
でも、達してはないと思う。
ルシアンの命令だったから……。
ジャンヌは懸命に我慢した。
「隠れ処の頃と比べれば、かなり制御できるようになった。ところで、身体を使うぞ。耐えなくていい」
言葉の温度が、腰に置かれた手のひらの重みとともに、じんわりと染み込んでくる。静かな予感のようだった。
次の瞬間、その手が腰をとらえ、ルシアンの怒張がお尻の下を滑って、ジャンヌの股間のなかへと入り込んでいく。
「えっ? あっ、ああっ」
驚きは声になる前に消えて、動きが始まっていた。律動。呼吸の隙間を縫って、深く揺さぶられていく。
快感は唐突だった。波ではなかった。もっと硬くて、輪郭のあるもの。それが中から跳ねるように押し寄せてくる。
──耐えなくていい。
その言葉がどこかの鍵を外した。重たく閉じていた扉が音もなく開いて、身体がそこへ引きずられていく。
「あっ、いっ、いくっ、いくくっ」
眼の奥に光がちらついた。背中を冷たい汗がすべり落ちていく。腰の奥から火が立ちのぼり、四肢の筋肉がこわばった。痙攣が始まる。理性の余白を、炎がゆっくりと焼いていく。
「んあああっ」
息が噴き出す。熱い、乾いた息だった。頰が火照り、意識が浮きあがる。
ほどなく、奥のほうで吐き出される熱が伝わってきた。ルシアンが果てたのが、皮膚越しにわかる。
「ジャンヌが色っぽかったからな。予定にはなかったが使わせてもらった。こういう道具のように扱われるのは、気に入らないだろうけどね」
苦笑まじりの声が、静かに耳をくすぐった。男根が抜かれる感覚が残っていた。
「い、いや……光栄だ……。こんな私でよければ……」
それは見栄でも嘘でもなかった。すべてを肯定するような沈黙が、背中を撫でていく。
彼が抱えている過去の傷。その深さも重さも知らない。けれど、その癒えにほんの少しでも関われるのなら、何にでもなれると感じていた。
湯の音がやさしく響いた。ルシアンが自身を洗い、それからこちらの股間にも手を伸ばした。ふたたび、甘い震えが腹の奥から立ち上がってくる。
今度こそ堪えようと、歯を食いしばる。けれど、快感はまるで気配を変えて忍び寄り、静かに身体を内側から満たしていった──。
「いくぞ」
鎖を引かれて湯の外に出される。達したばかりの身体で四つん這い歩きは辛かったが、懸命に四肢に力を入れて踏ん張った。
浴場から脱衣所に戻る。
湯上がりの室内は、外気よりわずかに暖かかった。
四つん這いのジャンヌに向かって、ルシアンが魔道具を作動させる
髪に向かって温かい風がかざされ、吹き抜けていく。髪が柔らかく揺れる。気がつけば、喉の奥が乾いていた。
次いで、乾いた布で身体を拭かれる。
頬、首、腕、胸……指の腹が肌の上をすべると、そこだけが別の質感に変わっていくようだった。
触れられているのは皮膚だけなのに、それ以上の深さまで、感覚が届いていた。
またもや、ジャンヌは必死に突き抜ける快感と戦わなければならなかった。
──この男は、なにを考えて、私に触れているのだろう?
……洗浄、剃毛、温浴、愛合、乾燥……。一連の行為は、いまの自分を“調えて”いく儀式のようだった。剥かれていくのではなく、拭い去られていく感覚。過去も、拒絶も。
ルシアンはなにも語らなかった。ただ、その静けさが、逆に答えを迫ってくるようだった。
そして、快楽の拷問のようだった全身の塗布が終わる。
そして、また部屋に戻る。今度はルシアンが最初にいたテーブルの足元。
ルシアンがテーブルの脚に鎖を結び、すぐに床にスープ皿が置かれた。
「犬の飯だ。一日、犬として過ごしてもらう。それが今日の調教だ」
食事──。
けれど、盛りつけられた内容は珍奇なものだった。肉、果物、甘い菓子、そしてパン。いずれも、誰かの手がついたあとのようだった。
ルシアンの食べかけか──と気づくと、喉が詰まった。
そこに、さらにルシアンの飲みかけのスープ、紅茶、水がかけられる。
まさに、犬の餌……。
「餌だ。食べろ。命令だ」
「わ、わかった……」
ためらいは一瞬だった。
その一言で、ジャンヌは顔を皿に近づけた。
四つん這いのまま、唇で食べ物を掬い上げていく。手は使えない。ただ、犬のように、口だけで食べるしかない。その恥辱が、なぜか心の奥を揺らしていく。
……だが、一日を犬として過ごすと命じられた時点で、これは当然に受け入れなければならないことだ。
どんな命令があっても、逆らわないと決めたのはジャンヌ自身だった。
それが、どういう意味かはまだわかっていないかもしれないが……。
そのとき、ふと、身体の後ろに気配を感じた。
言葉を発する間もなく、なにかがお尻に触れた。
お尻の穴──?
なにかを軽く突き刺される?
「ん──っ」
声が漏れる。自然に。
背筋が弓のように張る。手は動かせない。反射的に振り返りたいのに、それができないもどかしさが、むしろ身体を反応させた。
抵抗は躊躇った。
それはやってはいけないことだと思った。
なにか──液体のようなものがお尻から腸に向かって注入されていっていると悟った。
視界が滲む。
けれど、それ以上の反発は──浮かんでこなかった。
だが、一体全体、なにをされているのか……?
「これはセリュースだ。強い排便を促す薬液で。すぐに便意が襲う。強烈なね」
ルシアンが背後で笑った。
便意──?
「えっ、どういうことだ──?」
ジャンヌは、自分の身体から血の気が引くのを感じ、思わず声をあげた。
「羞恥を統御するには、まず排泄という本能の羞恥を越える必要がある。犬として扱うなら、それすら管理されることに慣れてもらうさ。当然に、食事もそうだが、排泄も犬としてやってもらう。それがどういうことか、わかるな?」
ルシアンが事も無げに言った。