侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従 作:ドン・ドナシアン
白銀のチョーカーに繋がれた鎖が、ぴんと張っていた。
鎖の先では、ルシアンが歩いていた。ドミエンヌの館内の廊下だ。そこを延々と進んでいる。
ルシアンの歩みは、淡々としていて、ためらいもない。足音はほとんど響かない。けれど、その背中は、こちらの呼吸よりも重たく感じられた。
ジャンヌは、四つん這いになってその鎖に従っている。
強い便意と戦いながら……。
床に膝はついていなかった。
膝を浮かせた姿勢は、思った以上に持久力を削った。太腿とふくらはぎの筋が絶えず震えていた。だが、他の姿勢は許されていなかった。
“クロエは、この姿勢で丸一日、セリーヌを歩かせたらしいぞ──。”
ルシアンがそう言った。
ならば、女騎士であるジャンヌが弱音を吐くどころか、思うことも許されないと思った。
腰が浮きすぎないように、しかし尻が落ちないように、脚と背筋のバランスを微調整しながら進む。
だが、腹の底がきゅっと縮こまり、そこから上がるようにして便意がまたひとつ形を変える。
便意は、鎮まることのない波のようだった。強くなり、弱くなり、また強くなる。だが、確実なのは、時間とともに波が大きくなっていくことだ。
いや、波というよりも──もっと粘性のあるものかもしれない。
じわじわとせり上がっては、肛門の内側をぬるく撫でて、また引いていく。
そして、また来る。ほんのわずか前より、強く、重くなって。
──出してはいけない。
便意は、館の散策が開始される前に施されたセリュースという液剤のせいだ。激しい便意を促すものだと教えられ、お尻から腸にかなりの量の液剤を注入された。それがジャンヌに、激しい便意を与え続けている。
身体は、それを知っていた。だからこそ、出たがった。
理性の境界線のすぐ外側で、本能が手招きしている。
その感覚に、身体の奥がむず痒くなるような、ざらついた不快感と、どこか甘やかな火照りを帯びた。
前掛けは真紅だった。前にも後ろにも、短い布が垂れていた。太腿をなぞる風に、それがふわりと揺れる。乳房の上にも、同じ色の布がかかっていた。だが、四つん這いでは意味がなかった。乳房は下に垂れて、ほとんど晒されていた。
むしろ、それがルシアンの狙いだった。──全裸よりも、僅かに隠されたほうが、羞恥は深くなる。そう言っていた。
魔道具《パニエ・ミニュン》は、筋肉の動きを制御するように設計されていた。足首、腰、背中、それぞれに微細な力の制約がかけられていて、勝手に姿勢を崩すことができない。まるで、見えない糸で釣られているようだった。
制御されているはずなのに、肛門のあたりだけは、自分の意思がまるごと集まっているような気がした。
締めるたび、魂のかけらまで握り込んでいるようだった。
いまの場所は、三階だった。
誓約の室を抜け、管理区の回廊を通って、観察室の手前まで。
通路の両脇には魔道装置の収納棚が並び、その奥には光を通さない黒い扉が、静かに、均等に並んでいた。
「この先には、君が以前いた場所の記録もある。この館で集めた……いや、それ以外の場所でも集めた、多くの上位貴族の醜聞を映像として保管している」
ルシアンが肩越しにそう言った。
声は穏やかだったが、ひどく距離があった。
返事は求められていなかった。
腹の奥で、薬液が揺れていた。
波打つように、押し上げてくる。重くて、ぬるくて、鈍い圧だった。
腸の壁に触れるたびに、身体全体がきゅっと収縮する。括約筋が反射的に閉じて、脚の震えが強くなった。
「……くっ……っ」
思わず漏れたのは、吐息と呻きのあいだのような音だった。
咳にも似ていたが、咳ではなかった。
腹の深いところが、うねりながら声帯を通って、こぼれ落ちた。
それを意識した瞬間に、羞恥がふいに顔を出した。
誰にも見られていないはずの内側が、あらわにされているような感覚だった。
肛門の奥で、便意が膨らみ、熱を帯びて、形を持ち始めていた。
その存在が、自分の中心になっていた。
それでも、前へ進んだ。鎖が引かれるたびに、一歩ずつ、這い進んでいく。
「ここが記録室だ。オプセリカでここにやって来た者は、ジャンヌが最初だな。セリーヌにも教えてない」
ルシアンが重たげな黒鉄の扉が静かに左右に開く。
その先には沈黙が支配する空間が広がっていた。
天井まで届く棚が並んでいた。黒塗りの重厚な木製。魔道記録の小函が、きっちりと詰め込まれ、それぞれに銀の刻印が光っている。
三人の男たちがいた。
深い灰色の詰襟制服に身を包み、姿勢は正しく、表情は無機質に保たれていた。
だが、その瞳の奥には、確かな感情が宿っていた。
彼らはルシアンの姿を認めると、足を止め、礼を取った。
「ここは記録室が全オプセリカの記録、悦数、命令履歴、調教の映像。すべてが保管されている。……君の記録も、当然ここにある。君が耐えることができずに、廊下で排便してしまえば、確実にその記録がここに残るな」
ルシアンの声は落ち着いていた。
どこか遠くを見るようなその横顔を見上げ、ジャンヌは小さく微笑んだ。
「わ、私の記録が、こうして格式ばった棚に収められているとは。……少々、誇らしくもあるかも……」
視線は床に落としたまま、皮肉めいた響きを帯びていた。
だが、言葉に混じる息は浅かった。腹の奥がふたたび強く収縮する。
波のように押し寄せる内圧。腸壁をなぞる鈍い熱が、肛門の筋を打つたびに、全身がその一点に集約されるようだった。
「……ここで働く者たちは、館の外には出ない。他の階のことも知らない。男が働いていることすら、他のオプセリカたちは気づかない……。怖いか?」
ルシアンの言葉に、ジャンヌは小さく頷いた。
そして、顔を上げず、四つん這いの姿勢のまま、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「安心していい。いまさら逃げ出すほど、私は甘くない」
男たちの視線が、身体の線をなぞるように注がれているのがわかる。
胸元をかすめ、尻へ、そして腿の付け根へ。
真紅の布は、揺れても隠すことはなかった。むしろ、わずかに隠しているがゆえに、さらけ出されている以上に、肌を意識させた。
「……ふ、……ぅ……」
漏れた吐息は、押し殺された呻きに似ていた。
羞恥ではない。快感でもない。ただひたすらに、耐えているということ。
それだけが、その音ににじんでいた。
「く、崩れないよ……。私はね……」
ジャンヌは、無理矢理に作った笑顔をルシアンに向ける。
意地だ。
ただ、それを少しだけ茶化すような調子で続ける。
「……もっとも、これ以上視線が集まれば、私でも少しは狼狽えるかもしれないね……」
ルシアンは、なにも言わなかった。
男たちもまた、沈黙を保ったまま、その視線だけが微かに熱を帯びていた。
だが、ジャンヌの背筋は崩れなかった。便意はなおも襲いかかっていたが、ジャンヌはそれを、必死に押しとどめていた。
すでに、全身は脂汗にまみれている。
顎、乳房、腿、膝……そこから滴る汗が記録室の床をぽたぽたと濡らし続けている。
記録室を出ると、再び回廊の静寂が戻った。
魔道燈の明かりが淡く伸び、床の石に四つ這いの影を細く浮かべていた。
ジャンヌの吐息はもう浅く、熱かった。背中からは滲む汗が滴り、真紅の布を下から湿らせていた。
「こっちだ。次は、誓約の室の奥にある“管理塔の回廊”を通る」
ルシアンはそう言ったが、振り返りもしなかった。
その声は、まるで見学案内でもしているかのように平坦だった。
ジャンヌは返事をしなかった。できなかった。
「くっ……うう……」
腹の奥で、もう一波、大きな圧が来ていた。
薬液が重たく腸を押し、括約筋の力が限界に達しかけていた。
冷や汗が、眉の下をすべり落ちた。
──もう限界が近い。
足が震え、腰の高さが一瞬崩れそうになった。
だが、《パニエ・ミニュン》の魔道補正がそれを押し戻した。
崩れることさえ、許されない。
それが、ジャンヌの最後の矜持を縛っていた。
黒鉄の壁に沿って歩くルシアンの背を見上げながら、ジャンヌは、とうとう口を開いた。
その声は震えていたが、語尾には品位が残っていた。
──でも、もう限界だった。
膝裏からふくらはぎへ、震えが抜けなかった。汗は腰骨の窪みを伝い、太腿のあいだに滴り落ちていた。
「……ルシアン。訊ねたいことがあるのだが……」
言葉にするのが遅すぎた。だが、言わずにはいられなかった。
「……私は、いつ……浄室に連れて行ってもらえるのだろうか?」
ほんの一瞬、彼の足が止まったように見えた。
だが、返事はなかった。
代わりに、背を向けたまま、彼は静かに歩き出した。鎖が引かれる。
「ま、待ってくれ。……厠だ。そこに……連れていって欲しい……。そろそろ、限界で……」
それは、ジャンヌにとって“命令”を求めるような声だった。
ジャンヌの誇りが、足首にまとわりつくような鎖となって、その言葉を躊躇わせていた。
しかし──それでも彼女は続けた。
「……お願いだ。どうか、排泄を……許して、欲しい……」
懇願だった。
その言葉を口にした瞬間、心の奥でなにかが崩れたように感じた。けれど、それでも膝をつくことはしなかった。
その崩壊が、自ら選び取ったものであることを証すために。
ルシアンは、やっと立ち止まって静かに振り返った。
「……やっと口にしたな。ずっと言わないのかと思っていたぞ」
彼の声は穏やかだったが、そこには確かな愉悦があった。
「えっ……?」
「もしも君がなにも言わなければ……廊下を何巡もさせて、限界を迎える瞬間まで、歩かせ続けるつもりだった」
ジャンヌの顔が、さっと蒼くなる。
けれど、同時に熱が内側からせり上がってきた。羞恥と怒りと絶望が入り混じった熱だった。
それは誇りの断裂であり、欲望の自覚でもあった。
「……お願いだ。私は、……浄室に……行きたい……」
言葉の最後が、ほとんど喉に絡みついていた。
それでも、ジャンヌは視線を上げた。ルシアンの目を、まっすぐに見据えて。
「ひとつ覚えておくことがある。オプセリカの唯一の自由は、“欲望を口にすること”だ。これは、この館において、オプセリカだけが持つ特権だ。オプセリカは欲望を口にする。逆に言えば、欲望を口にしなければ、叶えられることはない」
ルシアンの声が、再び落ちてきた。
それは指導者の声だった。命令ではない。規律の確認だった。
「わ、わかった……了解した。だが……頼む、排泄を……いや、厠を乞う許しをいただけないだろうか…………。お願いだ」
「ははは、いくらでも乞うといい。それは許してやる。でも、乞うだけだ。廊下を歩き回り続けるから、限界が来て漏らすまで乞うといい」
ルシアンが大笑いをしながら、再び鎖を引いて歩き出す。
「ち、違う。排便……いや、大便……大便をさせてくれ──。お願いだ」
ジャンヌは必死に言った。
ルシアンが再び歩みをとめる。
安堵する。
「わかった、だが、もうひとつ、覚えておかなければならないことがある」
間があった。
「オプセリカの望みは──常に裏切られ、叶えられないということだ。それでも、オプセリカは欲望を口にしなければならない」
そう言って、彼は再び、静かに歩き出した。
鎖が、またひとつ、重く引かれる。
「くっ、あっ……。なぜだ? 私はちゃんと欲望を口にしたのに……。命令に従ったぞ」
「オプセリカが欲望を言葉にせねばならぬ理由は、命令を与える者の愉しみのためだ。……与えられずとも、欲しがる様を見ることこそが、この館の悦びだからな」
「そ、そんな……」
ジャンヌの両脚がわずかに揺れる。
もう、脚の力だけで堪えることはできなかった。
だが、進むしかなかった。
ジャンヌの矜持は、もう耐えることそのものではなく、耐える自分を選び取るという、その一点だけにあった。
しばらく進む。
廊下の先、塔の根元に位置する階段室の扉が、魔道によってゆるやかに開かれた。
そこに、石造りの階段があった。幅はあるが、段差は一段ずつ高く、そして長い。壁面の魔道燈がひとつずつ点在しており、光と影が交互に床を照らしていた。
ジャンヌは、躊躇いがちに階段の縁に脚を掛けた。
──ここを、降りるのか?
四つん這いのまま……。
でも、鎖は、待ってはくれなかった。
ルシアンはすでに、一歩、また一歩と降り始めていた。
「くっ」
鎖が、引かれる。
ジャンヌの身体が、否応なく引き寄せられる。
膝をつけば楽だった。しかし、それは許されない。背中に浮く汗が、魔道具《パニエ・ミニュン》の制御を微かに濡らしていた。
一段目を、なんとか降りた。
腹の奥で、薬液がゆらぎ、腸の中を下から上へ、ねじるように這いまわる感覚が走る。
重い波が、腰の内側から這い上がり、肛門を押し開こうとする。
ジャンヌは、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
尻に力を込める。脚の筋肉を限界まで収縮させ、波の押し上げを拒む。だがその拒絶が、むしろ別の何かを呼び起こしていた。
──違う。こんなはずでは……。
硬く閉じた肛門の内側に、じわりとした熱が集まってくる。
そこにしか、意識がない。まるで身体全体が、ただその一点だけのために存在しているかのようだった。
階段を一段、また一段と降りるたびに、内圧が押し寄せる。
脚が震え、足の裏が滑りそうになる。だが、転ぶわけにはいかない。踏みとどまるたびに、尻を突き出すような姿勢になる。
その姿勢が──どこか、妙に、甘やかだった。
羞恥に濡れた意識のなかで、ジャンヌは、ふと気づいてしまった。
腹の奥で疼く圧が、快感に似ていた。
耐えるという行為そのものが、身体のなかで、違う反応を引き起こしていた。
理性が、ゆっくりと、しかし確かに、感覚に引きずり下ろされていく。
「……なに、を……」
声にならない声が漏れる。
階段の中段、石と石の間に反響する吐息が、わずかに湿っていた。
羞恥だった。戸惑いだった。
そして、それらを圧して迫ってくる、生々しい快感だった。
──私は、いま、欲情しているのか?
違う。そんなはずはない。自分が、こんな姿に、こんな反応に……。
だが、階段の一段を越えるたびに、内側の感覚がひとつずつ、誇りを剥ぎ取っていくようだった。
熱が、焦りと共に腹の奥で膨らむ。
ジャンヌのなかで、“私”という存在が、どこかで、もう手放されてしまっていたのかもしれない……。そう思った。階段を降りるたびに、一段ずつ、誇りが剥がれていくようだった。
ついに一階が見えた。
石造りの踊り場が広がるその先に、重たげな扉があった。次の部屋へと通じる、その扉へ。
ルシアンは振り返らなかった。ただ、鎖を引き続けていた。
ジャンヌは、ひとつ息を吐いた。胸を張ろうとする。だが、誇りを支えるはずの筋肉さえ、いまは快感に震えていた。
──もうすぐ、一階だ。
そのことだけを、心に刻みながら、ジャンヌはふたたび、階段を降り始めた。
階段を下りきった先には、広々とした踊り場があった。
魔道燈の明かりが整然と並び、天井は高く、空気はひんやりと澄んでいた。三階とは異なる、どこか生活の気配が漂う空間だった。
鎖がぴんと引かれ、ルシアンが立ち止まる。
振り返らぬまま、彼は口を開いた。
「そういえば言い忘れていたが……さっき通り過ぎた二階には、ドミナの宿泊用の部屋と各オプセリカの専用居室がある。オプセリカの部屋は、調教室を兼ねている」
ジャンヌは、石床に指を置いたまま、呼吸を整える。
脚は震えていた。だが、なんとか言葉に耳を傾けるだけの理性は残っていた。
「居室には、商会の使いを呼ぶこともできる。服や化粧品、装飾品なども自由に取り寄せられる。もちろん、運動や美容のための施術者を呼んでもいい。許可制ではあるが、オプセリカが美しくあるために必要なものは、館の経費で支給する。……それが、ここでのルールだ」
「なるほど……。なかなか贅沢な待遇だな。牢獄というより、貴婦人の館だ」
「貴婦人も、地に這えば同じだ」
その言葉に、ジャンヌはふと、首をすくめるようにして視線を落とした。
腰まで届く黒髪が、汗で重く肩にまとわりついていた。
いくつかのリボンで束ねられてはいるものの、すでにその形を保つのも難しくなっていた。
そして、ふと、ひとつの思いが口を突いて出た。
「……ルシアン」
「なんだ?」
「髪を、切りたい」
言葉にした瞬間、驚くほどすっきりとした感覚があった。
「その長い髪をか?」
「ずっと思っていたんだ。でも、もう私は行方不明者だろう? 貴族としての私なんて、どこにも残っていない。……だったら、この鬱陶しい髪も、そろそろ切ってしまいたい」
淡々とした口調のなかに、かすかな諦念と、自嘲が混ざっていた。
「昔から、好きじゃなかったんだ。これ。家柄にふさわしい令嬢らしさの象徴だって、言われ続けて育ったけど……ようやく理由ができた。……そう思っただけだ」
軽く首を振る。
濡れた髪が左右に揺れ、頬に張りついた。
ルシアンは、ちらりとその髪に目をやった。
そして、軽く頷いた。
「後日、手配しよう」
ジャンヌは、表情を動かさなかった。
ただ、わずかに目を細め、ひとつ息を吐いた。
なにかが、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
ルシアンがまた歩き出し、鎖が短く引かれる。
「一階部分は共用使用の施設が集まっている。ここは、共用の食堂だ」
石造りの重厚な扉が、魔道圧で静かに開かれた。
中は広かった。天井の高いホールに、長く連なる黒檀のテーブルがいくつも並んでいた。
卓の間隔はゆったりと空けられ、各所に魔道燈の暖かな光が注がれている。
そこには、十数人のオプセリカたちがいた。
どの者も半裸に近い姿で、身体の一部にだけ色布をまとっている者もいれば、複雑な拘束具を装着したままの者もいる。
だが、その誰もが、こちらを振り返っていた。
ぴんと張った鎖の先、四つん這いで進む白銀のオプセリカ──ジャンヌに向けられる視線。
それは驚き、あるいは畏怖。そして、どこか憧れにも似た、混じり合った眼差しだった。
ジャンヌは下を向いていた。
けれど、空気が変わったことは肌でわかった。
濃密な視線の熱が、背筋から太腿へと這い寄ってくる。
「食事の時間帯は、基本的にここで取る。もちろん、ドミナの許可があれば居室に運ばせることもできる……」
ルシアンの声は、あくまで淡々としていた。
「ちなみに、浴場も共用のものがある。もっとも、各室に備え付けられているので、あまり使う者はいないようだがな」
ジャンヌは、その場で動きを止めた。
吐息が、ふたたび浅くなる。
腸を押し上げる感覚がまたひとつ、波となって押し寄せてきた。
視線の集まる空間で、なおも耐え続ける。
それが、いまの自分に課された「矜持」なのだと、ジャンヌは歯を食いしばっていた。
広間の中央で、ルシアンは立ち止まった。
鎖がぴんと張る。ジャンヌもまた、引かれるままに、その場に止まった。
だが、身体の奥で、波のような圧が再びせり上がってくる。
声を発するだけでも、腹筋が軋む。
それでも、ジャンヌは唇を噛み、ほんの少しだけ首を上げた。
「……ルシアン……」
吐き出すような声だった。
けれど、その調子には、必死な響きが混ざっていた。
「……頼む……もう、限界だ……。許してくれ……厠に……」
返事はなかった。
代わりに、背後から女の声が落ちてきた。
「まあ……この娘が、二人目……いえ、三人目の白銀ですか、お館様」
艶やかで、どこか芝居がかった声だった。年齢を感じさせる女性の声だ。
ただ、いまはジャンヌの背後にいるので見えない。また、声に重みがあった。艶があり、それでいて、魂の芯を冷やすような静けさがあった。
ジャンヌは顔を振り返らせなかった。いや、その余裕がなかった。
全神経が、腹の奥に溜まった重圧と、決して緩められぬ一点に集中していた。
一方で、周囲にいる女たちが、一斉にざわめいた
「……白銀……」
「お館様……?」
「本当に……白銀が……」
「妖精ちゃんのほかに、もうひとり……」
囁きが、まるで空気に薄く刻まれていくようだった。
そして、その中心に、自分がいた。
視線が、集まっていた。
まともに服を着ている者は、ほとんどいなかった。
でも、ほとんど裸の彼女たちの間で、自分だけが、ひときわ鮮烈な光に照らされているような気がした。
額から汗が滴る。
「紹介しよう。彼女がマダム・ルーゼニア。このドミエンヌの館の番人だ」
「ソニアから耳にしております。あなたが手ずから扱っておられる娘のこと。もしかして、セリュースの洗礼を?」
「排泄を耐えさせている。彼女はいずれは、僕の護衛にするつもりだ。ソニアは僕の腹心的存在だから、彼女を僕に常駐させるわけにはいかない。代わりが必要だった」
「それで、この白銀の彼女を専属の護衛に?」
「そうだ。戦闘能力は、ソニアにも劣らない」
「……なるほど……。お館様が、人を信頼なさるようになったのであれば、それは重畳ですわね」
女性が喉の奥で笑った。
女が、ジャンヌの斜め前に歩み出てきた。
その姿を、ジャンヌは伏し目がちに、ちらりとだけ見上げる。
──黒衣の老女だった。
深く落ち着いた黒の法衣のような衣が、足首まで真っ直ぐに垂れている。
教団の女神官を思わせるような装束。けれど、装飾の華美さはなく、むしろ質素な印象を与える。
ただ、細部に至るまで徹底された仕立てが、その簡素さに格を添えていた。
背筋はまっすぐに伸びていて、体格は小柄なはずなのに、威圧感がある。
──この女が、“館の番人”……。
ジャンヌは、唇をかすかに引き結んだ。
内臓を焼くような便意が、鋭い波となって背筋を走り抜ける。
だが、女の姿に気圧されながらも、最後の矜持を奮い起こすように、顔を下げたまま膝を保ち続けた。
「いや、信頼じゃない」
ルシアンが応じる。
「信頼ではない?」
マダム・ルーゼニアが首を傾げるのがわかった。
「考え方を改めただけだ。……裏切らないように調教する。それだけの話さ」
「そういうことですか。それで、お館様自らが?」
「そうだ。いまは、その最中だ」
ふたりの会話は、ジャンヌのすぐ頭上で交わされていた。
けれど、まるで彼女など存在しないかのように、語り口は淡々としていた。
脚が震えていた。
肌には細かい汗が浮かび、粟立った鳥肌が、肩から尻にかけてひとすじに走っている。
絶対に緩めることのできない箇所があった。
そこを意識すればするほど、呼吸は浅くなった。
「……ルシアン……。お、お願いだ。もう……無理……。か、厠に……」
ジャンヌは呻くように言った。
崩壊が近い。
それは自分でもわかる。
しかし、まさか、食堂で漏らすわけにはいかないのだ。
「でも。鍛えられているように見えるわりには……堪え性が不足ですか?」
女が、ジャンヌを見下ろすように言った。
その声は、賞賛とも、侮蔑ともつかぬ色をしていた。
しばらく、彼女の視線がジャンヌに注がれ続ける。まずは目だけで値踏みするように、ジャンヌの姿を舐めるように見下ろした。けれど、その瞳には嫌悪も憐れみもなかった。ただ、観察する獣のような冷徹な光があった。
こちらを見下ろしているのはわかる。
だが、目は合わなかった。まるで、人ではない“何か”を品定めしているようだった。
ルーゼニアの動きは、ほとんど気配を伴わなかった。
そして、黒衣の裾がわずかに揺れたのが見えた。
次の瞬間、腰元から、細い棒状のものが静かに抜き取られていた。
「外見は素晴らしいですね、合格でしょう。身体もいい。でも……」
手にしたのは指揮棒のように見えた。
銀色の細長い軸に、先端だけが黒く光っている。
何に用いられるものか、見たこともない──だが、直感が、ただの飾りではないと告げていた。
「……肝心のオプセリカとしての素質はどうでしょう。妹君は、利口でしたし……素直でもあられますが……」
ルーゼニアの声が、低く落ちる。
すると、その棒が、唐突に身体の下に差し込まれた。
乳房の下、垂れた柔らかな膨らみのあいだに、ひやりとした金属の感触──。
そのまま、棒の先が、片方の乳首をつんと突いた。
「──ひうっ、ひんっ……」
身体が激しく跳ねる。
ルーゼニアが棒の先端でジャンヌの乳首に触れた瞬間──棒の先端が、かすかに震えだしたのだ。
ぴり、と。そして、容赦のない振動の刺激を──。
「くあっ、うわっ、や、やめっ」
そこだけ空気が震えるような感触が、乳首を中心に伝わった。
震えは小さなものだったが、体内のすべてがその一点に引き寄せられるかのような錯覚に襲われた。
「動くな。耐え続けろ、命令だ」
ルシアンの声が飛ぶ。
ジャンヌは必死に身体を硬直させた。
ルーゼニアの棒は、乳首からゆっくりと乳房を表面を進み、腹部を撫ぜ、下腹部に向かっていく。
激しい振動をしながら……。
「ふ、くぅっ……っ……」
こぼれた声は、耐えるための呻きだった。
反射で背をそらしかけたが、それすら魔道具に制される。
背筋は伸びたまま、脚は震え、尻に溜め込んだ圧が軋むように高まっていく。
「や、やめてくれっ」
ジャンヌは堪らずに悲鳴をあげた。
マダム・ルーゼニアの振動する棒がいよいよ下腹部……しかも、クリトリスに接近してきたのだ。
だが、逃げるなという命令だけは守る。
そして、──ついに、振動がクリトリスに当たる。
「んくううっ」
全身を突っ張らせた、
歯を喰いしばる。
最悪の瞬間が訪れたと思った。
とにかく、全身全霊を崩壊寸前のお尻の一点に注ぎ込む。
その代わりに、クリトリスへの刺激には完全に無防備になる。
「くああっ、くううっ」
ジャンヌは昇りつめながら悲鳴をあげていた。
だが、アナルに込める力だけは──懸命に締め続けた。
がくがくと痙攣しながら、全身を突っ張らせる。
昇りつめた──。
便意は肛門の皮一枚でアナルの出口に殺到していたが、なんとか最後の崩壊だけは防ぎきった、
震えにあわせて、括約筋の制御が揺らいだかもしれないと思ったがまだ、耐えきっている。
でも、まだ──。
終わってない。
絶頂しても、排泄感がなくなるわけではない。
ジャンヌは懸命にアナルに力を入れ続ける。
でも、我ながら、よく耐えた──その一言でしか、語れなかった。
息は荒く、額から汗がぽたぽたと石床に落ちていく。
マダム・ルーゼニアの棒がやっと離れていく。
「……反応は、上々ですね」
ルーゼニアの声が、どこか愉しげに響いた。
だが、声色には冷酷な光も宿っていた。
すると、ルシアンがふと口角をわずかに緩めたのが見えた。
その表情は、どこか皮肉げだったが──そこには、確かな評価の色があった。
「……よく、耐えたな」
その一言に、ジャンヌの背にわずかな熱が灯った。
誉められることなど、いまの自分に残された誇りの一部には違いなかった。
「厠に連れていってやろう」
その言葉に、喉の奥が詰まった。
ジャンヌは目を閉じ、腹に力を入れ直す。
間に合う──そう思いたかった。
ルシアンがゆるりと視線を向けた。
「ルーゼニア。厠の準備は整っているか?」
マダム・ルーゼニアが、さっと一礼する。
「厠? ……はい。ご指示を受けたとおり、隣の広間に整えております」
その返答に、ジャンヌはようやく小さく安堵の息を吐いた。
それが甘かったと気づくのは、次の瞬間だった。
──もう、身体が限界だ。
だが、それでも。
あと少し、あと一歩──。
両手を床につけ、四つん這いのまま、再び進み出す。
脚は震えていた。腹は熱を帯び、背筋に走る汗は冷たい。
ふくらはぎの筋が攣りそうになりながらも、身体は前へと進んだ。
その背後で、ヒールの音が静かに響く。
マダム・ルーゼニアが、なにも言わずについてくる気配があった。
すでに、背筋を支えるのは気力だけだった。
羞恥の炎は絶えず内側から燃え上がり、だが、その中で、ジャンヌは静かに唇を噛みしめていた。
でも、“厠”という言葉に救われた。
広間の扉が開いた。
それが“終点”だと、ジャンヌは直感した。
すでに意識は、輪郭を保っていなかった。
白銀のチョーカーに繋がれた鎖が静かに引かれ、彼女は、そこに入っていく。
耳には、金属の感触があった。誰かが何かを装着したのだと気づいたが、いまはどうでもよかった。
いま必要なのは──ただ、間に合うことだった。
床は滑らかだった。温かい。
だが、視界に映ったのは、大きな「円形の大きな銀飾りの陶器の皿」──。
その周囲には、半裸の女たち──オプセリカたちが並び、対になるように、黒衣の男たちが立っていた。
彼女たちの視線が、同時にジャンヌたちに向けられる。
白銀のチョーカー、足元の鎖、その先の男。犬のようにほとんど裸で這うジャンヌ……。
──これは、見世物だった。
ジャンヌは、ゆっくりと皿の中央へと導かれていく。
まるで神殿の供物のように。
ルシアンが、さっきの大きな皿の位置で足を止めた。
ほんのわずか、顎を傾け、ジャンヌを見下ろす。
「着いたぞ。……約束通り、厠だ」
その言葉に、ジャンヌは小さく震えた。
──厠。たしかにそう言った。許してほしいと、乞うた。
でも、ここは──。
「……こ、これが……?」
声が、喉で潰れた。
ルシアンは、ゆっくりと笑った。
「言っただろう。犬用だって。……だから、こうして用意した。排泄用の大皿だ。匂いや液体部分も含めて、皿に当たった瞬間に分解して土に変える。排泄後は放っておいて構わない。カーストと呼ぶ召使いたちが片付ける」
「そ……そんな……」
「オプセリカの欲望は口に出すことしか許されない。そして、それが叶えられるとは限らない」
静かな声だった。
だが、その冷たさは、鋼のように硬かった。
「私は……人間だ……」
ジャンヌは呻く。
「そうだな。だが、オプセリカに準備があるのは、この“厠”だけだ」
ルシアンが冷たく言った。
足は震え、尻には、もはや締めつけるだけの力が残っていなかった。
もう、どこにも行けない。
ジャンヌにもそれはわかっていた。
でも、最後の一点──排泄という行為の、その瞬間だけは、自分の意思で選びたいと思った。
「わ、わかった……。こ、この皿にする……。でも、お願いだ……。せめて、せめて……周りの人を……」
「──いいから跨げ」
ルシアンの拒絶の言葉を聞いた瞬間、ジャンヌの内側から、なにかが剥がれ落ちた。
──これが、現実なのか。
羞恥では足りない。
これは、屈辱でも、凌辱でもない。
自分のすべてを、無意味なものとして見せつけられている。
膝はつかないが、完全に曲げて、お尻を皿に向かってさげる。
だが、それでも、ジャンヌは膝を崩さなかった。
でも、せめて、排泄という本能の最中でさえ、背筋だけは伸ばしていよう。最後の一点だけを守ろうとした。
足元には銀の皿。
視線の先にはルシアン。
まるで、神に向かって乞うような格好だった。
周りには大勢の見知らぬ男女……。
「ジャンヌ、これは儀式だ。オプセリカとして生まれ変わるためのな」
ルシアンがジャンヌの横にしゃがむ。
すると、その手がすっとジャンヌの股間に伸びた。
なにが起きたか理解できなかった、
突然に、ルシアンがジャンヌの股間をゆっくりと愛撫を始めたのだ。
「ひいいっ、いやああ」
ジャンヌは悲鳴をあげた。
自分の声とも思えなかった。
まるで、別の誰かがあげているような心の底からの動顛の声だった。
頭のなかが真っ白になる、
次の瞬間、凄まじい痙攣が五体を席巻し、燃え狂った奔流が奔流となって、お尻から皿に向かって吹き出したのがわかった。
もうなにもわからない。
ルシアンの指が快楽の波を引き起こし、気がつくと生理のままに烈しいゆばりまでも迸らせていた。