※この作品はR-18です。

侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従   作:ドン・ドナシアン

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64  貴族院の議決

 静寂というには、あまりにも熱を帯びていた。

 

 王都の中央議場。重厚な石造りの半円型ホールには、上段の傍聴席まで人の気配が満ちていた。席はすべて埋まり、立ち見の者まで出ている。高位貴族の家令から、黒衣の評議員、そして──一部に許可された平民の姿まであった。

 

 この日の議事は、ただひとつ。

 

 《レヴァニア財閥解体の是非と、関連諸施設の国有化裁判》──。

 

 裁判ではない。だが、平民紙も、保守寄りの貴族紙さえも、見出しには「裁判」の語を掲げていた。

 

 《財閥の魔王、姿を現す──今日、王都議場にて裁判開廷》

 

 《黒幕の正体、ついに露見。本日裁判》

 

 セリーヌは、傍聴席の前列に座っていた。隣にはジャンヌ。仮面はない。黒髪をなびかせ、凛とした横顔が、緊張に沈む空気を照らしているようにさえ見えた。

 ふたりの装いは、議場の空気とはあまりに馴染まなかった。

 ドミエンヌから与えられた礼装──整った縫製、仕立てに一分の抜かりもないが、丈が短い。椅子に腰掛けた彼女たちの腿はむき出しで、光に照らされていた。

 

 傍聴席にいる者のなかに、視線を隠そうとすらしない者がいるのも、セリーヌは知っていた。

 だが、いまはそれどころではない。

 壇上は、まだ空だった。

 議長が口を開けば、開会が宣言される。

 

 ──そこに、現れるのだ。

 

 扉が開く気配に、議場の全員がぴたりと沈黙した。

 

 ひとつ、ふたつ。

 靴音が、静かに床を打った。

 現れたのは、黒の外套をまとった男。装飾はない。襟には、軍位も階級も刻まれていない。

 ただ、その姿だけがすべてを語っていた。

 

 ルシアン=モントレフォール──。

 

 レヴァニア財閥の“総帥”──その正体が、ついに議場に姿を現した瞬間だった。

 空気が、軋む。

 

 誰もが息を呑み、誰もが目を逸らせなかった。

 セリーヌは、目の前のその背を見つめながら、ただひとつのことだけを確かめようとしていた。

 

 ──この男は、どこまで孤独を選ぶのか、と。

 

 開会の鐘が三度、重く鳴り響いた。

 

 議長席に着いたのは、白銀髪の老侯爵だった。代々、議会運営を任されてきた家柄で門閥貴族派。普段から財閥への不信を隠そうともしない人物。

 

「本日、議題は一件のみ──レヴァニア財閥の諸機関解体と、それに伴う財産・技術資産の国家移管について、であります」

 

 議長の声が響くたびに、傍聴席に微かなざわめきが生まれては、すぐに収束していった。

 

「まずは、関係者の陳述を求めます。レヴァニア財閥、総帥──ルシアン=モントレフォール殿」

 

 名が呼ばれると、議場の中央──証言台のように設けられた低壇に、ルシアンが一歩踏み出した。

 

 セリーヌの心臓が、すっと冷たくなった。

 

 そこにいるのは、ドミエンヌの総責任者でもなく、策略家としての彼でもない。

 

 堂々たる威圧を身に纏いながら、それでいて、どこか涼しげに立っていた。

 

「……ご挨拶は、必要かい?」

 

 その第一声に、議場全体が、わずかに緊張を解いた。

 冷たさも、敵意もなかった。ただ、あくまで用件だけをこなしに来たという態度。

 だが──それこそが、もっとも恐ろしい態度でもあった。

 議長が咳払いをして答える。

 

「自己紹介は必要ありません。すでに、貴殿が“レヴァニア財閥の総帥”であることは、王家より通達を受けております」

 

「じゃあ、本題に入ろう」

 

 ルシアンの声は、どこまでも平坦だった。

 

「この国は、いま、財閥が国家を脅かすという仮説のもとで、僕に責任を問おうとしている。それは理解している」

 

 議場の空気がわずかに動いた。静かな敵意と、鋭い注視。

 

「でも、問われるべきなのは、本当に僕かい? それとも、この国をここまで放置してきた君たちか?」

 

 その言葉に、セリーヌは隣のジャンヌがぴくりと反応するのを感じた。

 ルシアンは、最初から正面を突く気なのだ。

 それは、敵を怒らせることにもなる。だが同時に、何かを変えるための唯一のやり方でもあった。

 議長が、ゆっくりと立ち上がった。

 重々しい声が、議場に落ちた沈黙を切り裂くように響く。

 

「モントレフォール殿。ひとつ確認しておきたい。──レヴァニア財閥は、その始まりから、王国の制度の外に存在してきたと、そう仰るつもりですか?」

 

 その言葉に、場内のいくつかの目がルシアンへ向けられた。

 セリーヌはルシアンの横顔を見つめていた。彼はわずかに頷く。

 

「ええ、制度の外です。制度の下では、僕たちに席はなかった」

 

 ルシアンは、少しだけ前に出る。

 

「最初から、王国に選ばれることはなかった。推薦状もなければ、家門もない。技術を持ち込んでも、王立院には三度、門前払いされた」

 

「それで──諦めたのですか?」

 

 議長の声には、批難というよりも、探るような温度があった。

 

「いいえ。諦めなかったから、ここにいる。屑鉱から始めて、魔核の安定抽出法を確立した。設計図を書き直し、廃棄された研究素材から、兵站用の魔道具を生み出した」

 

「それで?」

 

「グラフィア晶石工房も、アーケイン技術院も、王国に拒絶された者たちの避難所として始まったのです。どれも、求めたのに与えられなかったものの集積です」

 

 議場がざわめいた。

 セリーヌは、貴族席の一部が色を変えるのを目撃する。

 議長は一呼吸置き、低く重い声で続けた。

 

「しかし──君たちは、いまや国家の技術基盤の三割を掌握している。いや、それだけではない」

 

 わずかに、間を取る。

 

「グラフィア晶石工房の高純度精錬技術は、事実上、他に代替不可能なものとなった。王国のあらゆる魔道具、軍事兵装、行政運用に至るまで──それらを動かす魔晶石の八割以上が、レヴァニア財閥から供給されている」

 

 議場がざわめく。

 セリーヌは、いくつかの貴族議員が顔を見合わせるのを感じた。

 議長は、あえてその動揺には目もくれず、さらに言葉を継いだ。

 

「精錬技術を握られ、魔力供給の回路を抑えられ、そして王国の魔道防衛網すら無効化され得る手段を有する。そのような存在を──我々は本当に、ただの民間財閥と呼んでよいのか?」

 

「レヴァニア財閥は、紛れもなく、民間財閥ですよ」

 

 ルシアンの返答には、皮肉のような響きがある。

 傍聴席がざわめく。

 

「貴殿の力は、もはや国家の枠を超えている。君自身が意図せずとも、君の存在そのものが、王国という枠組みに対する圧力になっているのだ」

 

 その声には、威圧でも怒りでもなく、ただ現実を突きつける重みがあった。

 それは、穏やかにして、強い言葉だった。

 ルシアンは、短く息を吐いた。

 それから、静かに告げる。

 

「僕たちは、競争を望んでいたわけじゃない。ただ、居場所がなかったから、作った。門が閉ざされていたから、別の入り口を探しただけです……。けれど──その結果が、こうなった」

 

 そして、彼は言った。

 

「もう一度問う……。でも、問われるべきなのは、本当に僕かい? それとも、この国をここまで放置して君たちかい?」

 

 会場が一瞬、静まり返る。

 ルシアンは構わず、視線を上げた。まっすぐに議長を見た。

 

「財閥がここまで大きくなったのは、僕が上手くやったからじゃない。君たちが、その必要を生んだからだ」

 

「まさか」

 

「いや、百年前、魔道技術の応用を志した者たちは、すべて王家の統制下に置かれた。平民は、どれだけ知識があろうと、技術を学ぶ機会すら与えられなかった。君たちは、魔道は貴族のものだと決めつけて、平民を制度の外に追いやったんだ」

 

「魔道具を安全に操るには、魔道力による制御が必要。魔道力のない平民は、そのために貴族に守られていた。それが真実なのですよ」

 

「でも、魔道具は生活に必要だった。僕らは欲しかった。“灯り”が。“熱”が。“動力”が」

 

「欲しいものは与えられたはずです。王国の歴史を曲げるつもりですか?」

 

「いいや。許されなかった。“技術”を持つことすら、罪にされた。そうだろう? だから僕たちは、地の底から始めた。地図にない街の地下で、誰にも知られず、魔晶石を削った。──君たちに求めても、与えられなかったからだ」

 

 声には熱があった。だが、それは怒りではなく、焼けつくような静かな記憶の熱だった。

 

「ルシアン=モントレフォール殿、いささか、話がずれたようだ。いま、議論にしているのは、レヴァニア財閥の持っている力の”現在”だ。過去のことではない」

 

 議長が呆れた様子で言う。

 だが、ルシアンは聞いている様子もない。議長ではなく、この議会に集まる全ての者に視線を向けている。

 

「……グラフィア晶石工房は、僕が十三のときに作った。最初の炉は、壊れた下水道の奥で、使い捨ての鍋と、盗んだ火晶石で作った。指が溶け、目が焼けた。それでも、“あの寒さ”よりはましだった」

 

 静かなざわめきが広がる。

 セリーヌは、周囲の貴族たちの間に、微かな戸惑いが走るのを感じた。

 

「……そのとき、僕は知ったんだ。王家は、僕らを見ない。貴族は、平民に与えるべき未来を持っていない。だったら──奪われないように、自分たちで作るしかなかった」

 

 そしてルシアンは、まっすぐに言った。

 

「それが、レヴァニア財閥だ。技術を与えられなかった者たちが、血を吐くようにして築き上げた生存のための技術帝国なんだよ」

 

 議長は、眉をひそめ、机を指で打った。

 その音が、議場のざわめきを切り裂くように響く。

 議長が口を開く。

 

「──ルシアン=モントレフォール殿。ここは回顧の場ではない」

 

 その声には、明確な苛立ちがあった。

 

「“現在”は、過去の延長にある」

 

 ルシアンは、微動だにせずに答える。

 

「語るべきは“いま”だ。過去がいかに苛烈であろうとも、我々が直面しているのは、財閥が掌握した“現在”の権力構造であり、王国の安全保障に関わる“未来”の問題だ」

 

 議長は、ぴしゃりと言い放つ。

 しかし、ルシアンはとまらない。

 

「そして、“未来”は、いまをどう扱うかで決まる。技術を独占している? 違う。僕らは選ばれなかった者たちが、選ばれなかったまま積み上げたものを、誰にも渡さず、守ってきただけだ」

 

 ルシアンは言った。

 議長は机を軽く叩く。

 

「言い訳にはならん。問題にしているのは、君の技術的成功ではない。君が築いた構造が、王国全体の安全を脅かしていることだ」

 

 場内がざわめく。

 

「王国がそれを危険だと考えるなら──問題なのは、力を持ったことじゃない。持っていない側が、いつまでも持とうとしなかったことだろう?」

 

 ルシアンの声が静かに広がったとき──

 

 重く、しかし明晰な声が、その空気を断ち切った。

 

「──よろしい。ならば、いまの延長にある未来について、私が語ろう」

 

 レオナルド皇太子だった。

 王家の衣を纏い、静かな威厳を漂わせながら、議場の中心に立つ。

 

 議長は立ち上がり、一礼した。

 

「殿下──このような場に、御自ら……」

 

「王国の骨組みを左右する議題だ。しかも、民の耳目を集める。王家が黙って見ていては、無関心と受け取られかねない」

 

 レオナルドは応じた。

 

「ルシアン。君が語りたい過去ではなく、我々が問いたい“未来”について、いまここで語ってもらおうか。王家も、耳を貸す価値があるかどうか、見極める必要がある……。まず前提を明らかにしておこう」

 

 レオナルド皇太子が言った。

 ルシアンは、わずかに肩をすくめただけだった。

 

「グラフィア晶石工房とアーケイン技術院、これらは単なる企業ではない。王国のすべての魔道具は、もはやグラフィアの高純度魔晶石なしでは稼働しない。魔道精製技術の独占が、レヴァニア財閥の背骨だ──。その背骨を使って、王国の防衛網までも突破できる技術を有しているという点が問題なのだ。君個人の意志ではなく、構造として危険だと申し上げている。その状態であることを認めるな、ルシアン?」

 

 レオナルドは語気を強めた。

 

「……まあ、認めよう」

 

「よろしい──。即ち、君はもはや、王国と対等な、いや、それ以上の影響力を持ち得る存在になっている。それを放置すれば、王家の統治は空洞化する。だから、手放してもらう。グラフィアとアーケインの一部を、王国の手に渡せ。これは懇願ではない。命令だ」

 

 レオナルドの言葉には、一分の隙もなかった。

 

「断れば、どうなると?」

 

 ルシアンは穏やかに問い返した。

 

「王家の力を見くびるな。断れば、王国は必要な法的措置を取らざるを得なくなる。議決による強制措置も検討されよう」

 

 レオナルドは静かに言い切った。

 

「私怨ではない。王国の存立に関わる問題として、正当に処理されるべきものだ」

 

「つまり、僕と関わる者たちも、危険にさらされるというわけだ」

 

 ルシアンの声音が、わずかに冷たさを帯びた。

 

「王国は、国家の秩序を守るために動く。断じて恫喝ではない。だが、行動を起こさねばならぬときには、王家もまた冷酷であることを選ばねばならない」

 

 レオナルドはその眼差しを緩めず、毅然とそう述べた。

 

「ルシアン、もう一度問う──。君は──王国の魔道網が、すでにグラフィア晶石工房を基盤とし、君が擁するアーケイン技術院の解析技術なしには、その維持も運用も不可能な状態にあることを認めるのか?」

 

 レオナルドの声音は静かだったが、その言葉の意味するところは鋭利だった。

 ルシアンはわずかに目を伏せ、しかし頷いた。

 

「認める……。王国の全域に張り巡らされた魔道網は、数年前からレヴァニア製に置き換わっている。王家の砦も、貴族の屋敷も、平民の工房も例外ではない。すべて、僕の技術の上に立っている。それは否定しない」

 

「よろしい。つまりは、そういうことだ」

 

 レオナルドは頷き、静かに一歩前に出た。

 

「この状況そのものが、王国の安全に関わる重大な問題であるということ。……なるほど、君自身は、正しい矜恃を持った常識人だ。平民の生活を向上させ、慈愛を注いだ、まさに救世主と言ってもよい」

 

 声は穏やかだったが、重さを帯びていた。

 

「だが、君を継ぐ者も同じなのか? 君の抱える部下のすべてが同じ精神を持ち得るのか? 君は、裏切られたことはないのか? 君の言葉に従わない味方が、かつてひとりもいなかったのか?」

 

 会場に静寂が満ちる。

 

「私は、君という人間には、確かに敬意を抱いている。私情を交えるならば、君は歴史に名を遺すべき英雄だ。だが、いま私が語っているのは、個人ではない。構造だ。体制だ」

 

 その声は、議場の奥までくっきりと届いた。

 

「国家の中枢に関わる安全保障が、一民間組織に独占されている状況を、王家が看過することはできない。たとえ、この私が、将来の歴史家に民を抑圧した不当なる王家の徒と呼ばれることになろうとも──」

 

 その瞳には、一点の迷いもなかった。

 

「私は、この国の骨を、責任を持って守らねばならない」

 

 レオナルド皇太子は、議場の中央へと静かに歩を進めた。

 その動きだけで、場内の空気が引き締まる。

 

「よって、私はここに決断する──」

 

 その声は静かだったが、議場の隅々にまで明瞭に響いた。

 

「レヴァニア財閥──その中核を成すグラフィア晶石工房およびアーケイン技術院を、王国の管理下に置くこと。王国の魔道基盤の三割以上を独占し、魔道防衛網すら突破可能な技術を有する一民間組織が、国家の中枢に存在する。この状況は、もはや個人の所有で済む範囲を逸脱している──」

 

 ひと呼吸置き、レオナルド皇太子はさらに続けた。

 

「これは、いかなる感情からの提案でもない。国家の安全保障上の判断だ。以上の内容をもって、私は王国令としての発布を宣言する」

 

 ざわめきが広がる。議長が席を立った。

 

「本王国令は、王国法第十四章第三節、国家安全保障に関する緊急施政に基づくものと見做します。したがって、これを否決するには、全議員の五分の四以上の明確な反対票が必要となります。議会の多数決ではなく、国家的例外措置としての扱いである」

 

 その議長が威厳をもって告げた。

 議場が静まり返るなか、ルシアンがゆっくりと口を開いた。

 

「決議には従うよ……」

 

 短く、しかし明確に。まっすぐに、レオナルドを見据えて。

 その言葉に、場内の空気が微かに震えた。

 セリーヌの隣で、ジャンヌがわずかに息を吐いた。

 それは敗北の吐息ではなかった。誇りを保ったままの、静かな受容だった。

 議長が再び静かに立ち上がる。

 

「反対をする者の起立を求める」

 

 場内は、一瞬、沈黙に包まれた。

 セリーヌは、固唾を飲んで議場を見つめていた。胸の奥に、冷たい絶望感がじわじわと広がっていく。ルシアンは自らの力を差し出した。王国のために、己の矜持を削ってまで。なのに──。

 ジャンヌは隣でなにも言わず、黙ったままだった。唇を結び、ただ前を見据えている。

 

 静まり返る議場の中で、最初に立ち上がったのは、ヴァレンティーヌ侯爵だった。

 

「王国令に反対する」

 

 セリーヌの兄。かつては王家に与する姿勢を貫いていた男が、いま、誰よりも早く、ルシアンに忠誠を示した。

 

 一瞬、時間が止まったようだった。

 

 だが、次の瞬間──。

 門閥貴族派の重鎮、ヴァルマン公爵が立ち上がる。

 

「反対」

 

 その言葉を皮切りに、次々と席が軋む音が響いた。

 

 議員たちが、まるで競い合うかのように、次々と起立する。

 

 気がつけば、約六十名の議員のうち、ほぼ全員が立っていた。

 

 セリーヌは呆気にとられたまま、その光景を見つめていた。

 

 その中で、ただひとり、座ったままでいる男がいた。

 ベルモント伯爵──顔を真っ赤に染め、周囲に怒鳴り散らしていた。

 

 傍聴席が騒然となった。

 

 皇太子レオナルドも、王族席の演説台で、その光景に唖然としていた。

 

 セリーヌは、まだ信じられない思いで状況を受け止めていた。

 

 しかし、隣にいるジャンヌが、少しも驚いていないことに気づいた。

 彼女の眼差しは、最初からこの結末を知っていたかのように、揺らぎなく静かだった。

 騒然とする議場のなか、セリーヌは小さな声で訊ねた。

 

「ジャンヌお姉さま、どういうことなのでしょうか? なにか知っておられますか?」

 

 貴族院の門閥貴族がことごとくルシアンの味方をするなど、あり得ない。

 可能性があるとすれば──あのドミエンヌの館で垣間見た、上級貴族たちの醜聞の映像。あれで脅したのではないか。

 

 ジャンヌは、不敵に笑った。

 

「私の知っていることは多くはない。ただ、ソニアとともに、ルシアンと皇太子殿下の話し合いの場にはいた。そのときに貴族院の決議のことも出て、ルシアンは矜恃にかけて、今回について門閥貴族の脅迫はしないと約束した。もしも、ルシアンが汚い手段をしたとでも考えているなら、それは否定しておく。ルシアンは断じて、脅迫などという手段は使ってない」

 

 ジャンヌの声音は低く、周囲には聞こえぬよう声を抑えていた。

 この大騒ぎの中では、セリーヌとジャンヌの会話が耳に入る者もいないだろう。

 

「そうなの……ですね」

 

 セリーヌは一応は納得してみせた。だが、腑には落ちない。

 すると、ジャンヌは口もとに笑みを浮かべた。

 

「……だが、ルシアンは矜恃にかけて誓ったが、私もソニアも、ルシアンではない。勝手にやったことは、ルシアンが約束を破ったことにはならんということだ」

 

 その言葉に、セリーヌは息を呑み、思わずジャンヌの顔を見つめた。

 ジャンヌは、涼しい顔で視線を前に戻していた。

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