※この作品はR-18です。

侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従   作:ドン・ドナシアン

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65  懲罰調教

 静寂だった。けれど、空気はやけに重たく、湿っていた。

 

 ソニアの唇は、ジャンヌの唇と繋がれている。

 ふたりのあいだに押し込まれたひとつのギャグ──中心に穴が空いた、柔らかい球体のボールギャグの口枷があり、その外周がぴたりと口元に貼りついてお互いの後頭部で強く拘束されている。

 息を漏らすたびに、濡れた音を立てた。

 お互いの鼻息は荒い。密着している鼻からは呼吸だけでなく、鼻水も垂れていると思う。でもそれを拭う手段はない。容赦なく、お互いの顔を鼻汁で汚している。

 

 穴からは、涎がとめどなく落ちていた。

 二人の唇から、どちらともなく垂れ落ち、顎を伝って、乳房の上に溜まっていた。

 濡れて、冷たく、そして粘ついた雫が、皮膚に小さな痙攣を起こす。

 

 ふたりの乳首は、向かい合う乳首と乳首を糸で強く結ばれていた。

 一本の、細く、硬い糸。乳輪の外周を締め上げるように巻かれ、そして互いの乳頭を貫くように結ばれている。

 胸を逸らすことは許されなかった。むしろ、密着することでしか、この痛みに抗う術がなかった。

 

 下も同じだ。ふたりの脚のあいだ、敏感なクリトリスを糸が貫いていた。ソニアとジャンヌのクリトリスをまとめて括られ、そこから延びた一本が、天井へと引かれている。

 鉄の金具に固定されたその緊張は、わずかな姿勢の変化をも拒んだ。

 しかも、天井からの糸の高さは、クリトリスを強く引っ張り上げる状態にされている。

 ふたりは、爪先で立っていた。いや──支え合って、爪先で立たされていた。

 お互いのどちらかの身体が崩れれば、ふたりのクリトリスは引き千切れる──。そうルシアンには脅されている。

 

 ソニアは、ジャンヌの背中側で手首を拘束されていた。手錠の硬質な冷たさが、骨ばった感触を通じて伝わってくる。ジャンヌも、同じように両手を後ろに回されていて、その指が、汗に濡れたソニアの肩甲骨を探るように触れていた。

 

 なによりも、目隠しが世界を遮っていた。けれど、そこにいるのはわかっている。互いの息遣いと、熱と、皮膚の粘りつく音だけが、すべてだった。

 

 ──苦しい。

 

 けれど、ソニアに向かい合っているジャンヌはもっと追い詰められているようだった。

 彼女の身体は、痛みを悦びに変えやすく、何度も、何度も、糸の振動が伝わるたび、軽いエクスタシーの痙攣がソニアの乳首と股間へと伝わってきていた。

 支え合って立っているが、長時間、視界なく立っていると、平衡感覚がなくなり、どっちが上で、どこが下であるかさえも、わからなくなってくる。

 必死に呻き声を掛け合い、身体を抱き合わせて支えるが、どうしてもぐらりと身体が揺れてしまう。

 そのたびに、激痛の波が、ジャンヌも欲望の律動に変わり、それが、ジャンヌの中で起きていた。

 軍の拷問で壊された神経が、痛みを快楽に変換する──。ソニアは知っていたし、だからこそ、この糸の緊張の意味を理解していた。

 

「んふうっ、ふっ、んふうっ」

 

「ふっ、ふっ、ふっ」

 

 お互いの鼻水交じりの鼻息で、声を掛け合う。

 ソニアも膝で崩れかけている。けれど、ジャンヌが支えてくれている。乳房を寄せ合い、股間を密着させ、脚の裏で触れ合う感覚、太腿と太腿が、くったりと寄り添っている。

 

 人の気配はない──。

 

 ここに置かれて、どれほどの時が過ぎたのかはわからない。

 軽く五時間──。七時間……。いや、もっとかもしれない。

 けれど、足元に溜まる汗の量が、時間を物語っていた。

 見えなくても、それは確かだった。足の指先をすべらせる感触。そこにある、ふたりの汗の水溜まり──。

 

 これは、懲罰だった。

 

 ルシアンに、昨日の貴族院で行われた財閥解体に関する皇太子による王国令の審議──。

 それを否決するためにやったソニアとジャンヌの貴族工作──。

 なにも言わずに、ふたりでやった。

 あの男が、怒らないはずがなかった。

 

 けれど、後悔はしていない。

 

 貴族院の腐った連中を、震え上がらせたかった。

 ただ、それだけだった。

 ドミエンヌの記録庫に残された幾千の映像を使って、脅しをかけた。

 それが彼らの弱さであり、奴らの正体だ。ソニアは、それを見逃せなかった。

 

 ルシアンは怒った。無断で、財閥の意思をねじ曲げたことに。

 しかも、ルシアンは、皇太子と矜恃をかけて、今回の議決に関して、貴族たちを脅迫しないと誓っていた。

 だけど、知ったことではない。

 皇太子と約束したのは、ルシアンであって、ソニアではない。

 ジャンヌも同じ思いであり、考えられる限りの手段で、貴族院に議席を持つ門閥貴族たちを脅迫しまくった。

 

 だから──。

 

 だから、後悔はしていない。

 

 この痛みも、この羞恥も、ぜんぶ──その証でいい。

 

 視線は届かない。

 

 けれど、ジャンヌの存在は、そこにあった。

 ソニアの存在も、いまにも崩れそうなジャンヌのなかに、きっとあるはずだ。

 

 涎の音と、震える脚と、鼻汁の感触と、互いの胸の熱──。

 ふたりで支え合っている。

 それだけが、いまのすべてだった。

 

 必死に、ふたりで抱き合っている。

 抱き合って相手を支えることで、自分を支えている。

 

 それだけの時間が延々と刻み続ける。

 

 意識の端が、ひりひりと擦り減っていた。

 

 ソニアは、もうどれほど立ち続けているのか、わからなかった。

 足の裏はとっくに感覚を失い、爪先の骨が、ひび割れるような軋みを訴えていた。

 けれど、それでも身体は崩れなかった。

 崩れてしまえば、ふたりのあいだを繋ぐ糸が──クリトリスが、裂けてしまう。

 

 それだけは、できなかった。

 

 視界は閉ざされている。目隠しの下で、瞼が熱を持っていた。閉じているのか、開いているのか、それさえもうまく判断できない。

 

 代わりに、耳だけが冴えていた。

 

 水音のような音がした。ぴちょり、ぴちょりと、汗が床に落ちる。ふたりぶんの身体が、それぞれの苦痛を染み出すようにして、空間を濡らしていく。

 

 ソニアの首筋に、ジャンヌの吐息が触れた。

 荒く、濡れた呼気──。

 涎に濡れた顎が触れている。

 どちらのものかは、もはや区別もない。

 ふたりは互いの唇を塞がれ、互いの熱と苦悶をなすり合っていた。

 

 身体が震えだした。寒さではなかった。緊張でもなかった。ただ、筋肉が耐え切れなくなっていた。

 

 腕が痺れていた。背中側にまわされた手錠が、血流を締めつけている。

 指先に、ほとんど感覚はなかった。

 それでも、ジャンヌの背中の温もりが、かすかに伝わっていた。

 背骨の線。肩甲骨の骨ばった硬さ。骨と骨とが、汗と熱とで重なり合っている。

 

 乳首が痛んだ。いや、痛みを通り越していた。糸の締め付けは、もう感覚の奥に沈んでいて、代わりに何か冷たい金属を押しつけられているような錯覚だけが残っていた。

 

「んぐうっ」

 

「んんんっ」

 

 

 同時にふたりの口から悲鳴が迸った。

 下腹部が痙攣した。

 

 糸が引かれている──?

 

 もしかして、倒れている──?

 

 

 天井からの糸が、わずかに、ほんのわずかに動いた気がした。

 それだけで、ソニアの身体は大きく震えた。

 ジャンヌもまた、恐怖しているのがわかる。ソニアを抱きしめる腕の力が増す。

 鼓動が跳ね、股間に鈍い熱が走る。

 痛みだったのか、快楽だったのか、その区別が、もうつかない。

 

 ジャンヌも同じだ。

 

 激しく痙攣していた。時折、ふっと力が抜ける。そのたびに、ソニアの乳房に重みが加わり、唇の拘束が強く引き合わされた。たぶん、ジャンヌも限界だった。

 

 ふたりは、互いの身体に縋りながら、倒れることすら許されず、ただただ時間の重さに削られていった。

 

 どこかで、世界が壊れていく音がした。

 

 内側だった。ソニアの内側で、何かが軋み、捻じれ、崩れていく音がした。もしかすると、涙を流していたのかもしれない。目隠しの裏側が濡れていた。でも、それを確認するすべもない。

 

 ──これ以上は、もたない。

 

 そう思った瞬間、ジャンヌの身体が震えた。

 

 声にならない呻きが、唇を塞がれたまま、鼻から漏れた。

 

 それが、ソニアを支えた。

 

 崩れかけた意識の底で、ソニアは思った。ジャンヌがまだ堪えている限り、自分も堕ちられない。

 

 ふたりで、支える。

 

 ふたりで、壊れる。

 

 いや、もう少しだけ、踏ん張ってみせる。

 

 そのときだった。

 

 遠くから、音が近づいてきた。

 石床に触れる素足の音。複数。靴音ではない──肌の柔らかな接触が、乾いた空気にくぐもって響いた。

 

「八時間だ。よく頑張ったな」

 

 ルシアンの声だった。

 乾いていて抑揚はないのに、それだけで全身の神経が震えた。

 

「口枷と目隠しとを外してやれ」

 

 命じられる声とともに、背後に人の気配が近づく。

 ソニアの頭の後ろで、金属の留め具が小さく音を立てて外され、ギャグの革紐が緩んだ。次の瞬間、唇を塞いでいたボールが、ゆっくりと、だが容赦なく、引き抜かれた。

 

「ん、ぶっ──、くっ、くふっ……」

 

「ぶはっ、はあ、はあ、はっ、はあ……」

 

 唾液と鼻水の混じった音が、ソニアとジャンヌの口腔の奥からこぼれた。

 空気が一気に肺に流れ込む。喉が焼けるように痛む。息を吸うたびに、胸が跳ねた。

 

「はっ……あっ、ああ……っ」

 

 隣からも、激しい呼吸音が聞こえた。ジャンヌも、同じように酸素を求めて呻いていた。

 

 すぐに、目隠しが外された。

 淡い光が、ぼやけた世界に差し込んだ。

 まぶたの裏が痛み、涙がにじむ。

 まだ、焦点が合わなかった。けれど、ゆっくりと視界が戻りはじめたその先に、ジャンヌの姿が見えた。

 その顔を覆っていた布も外される。

 手つきは、どこかぎこちない。けれど、優しさがあった。

 

「大丈夫ですか」

 

 セリーヌだ。

 目隠しを外しながら、ジャンヌの耳元で囁いていた。息がかかるほど近くにいて、目の奥に、涙を滲ませている。

 ソニアの後ろでも、同じ気配がした。

 

「もう少しだけ頑張ってください……」

 

 声の主は、クロエだとすぐにわかった。背中にぴたりと添わせたその肌は、なめらかで、冷たかった。布越しの感触ではない。──裸なのだと、触れただけでわかった。

 ジャンヌの背後にいるセリーヌも、同じだった。身体を密着させるようにして、ふたりの肩と腰を支えていた。

 

 ふたりは、いまも繋がれていた。乳首と、クリトリス。糸は互いを強く結びつけ、汗と涎と羞恥のすべてを貫いていた。

 

 そして、視界の先。横側にルシアンがいた。

 無言で、こちらを見つめていた。

 その身体には、一糸もまとわれていなかった。あらわになった性器が、涼しげな顔と対照的に、存在を主張していた。

 

 彼が指輪に触れた。

 カチリ、と小さな音がして、次の瞬間──天井からの糸がふっと力を失った。高い位置にあった緊張が消え、糸は落下しながら弛み、宙に揺れた。

 

 耐えていた緊張が、ぷつりと切れた。

 ふたりの身体が、同時に崩れた。

 

「あ──っ、うあああっ──」

 

「あがああっ」

 

「お姉さま──」

 

「ソニア様──」

 

 床に崩れ落ちる──その瞬間、天井からの糸は外れたが、身体の糸はまだ繋がったままだった。乳首と乳首、そしてクリトリスを繋ぐ糸。引き合う、結びついた三箇所が、重力に引かれて悲鳴をあげる。

 裂けるような痛みが、身体を貫いていた。

 慌てて、セリーヌとクロエが崩れ落ちたソニアたちを支える。

 そして、ソニアは、密着しているジャンヌの震えが長く続いているのがわかった。

 必死にソニアにしがみついてるが、多分達した。ジャンヌは、快感だけでなく、痛みでも快楽を極められる。そういう身体なのだ。

 

「ああ、ソニア……」

 

「ジャンヌ、しっかり……」

 

 ソニアたちは声を掛け合った。

 ほとんど嗚咽のように喉からこぼれた。

 

 それでも、名を掛け合って抱き合っていた。

 身体を寄せ、傷ついた肌と肌とを、互いに押しつける。

 密着することで、痛みをごまかすように。引き裂かれそうな羞恥も、苦痛も、ぜんぶ互いの腕のなかで覆い隠すように。

 しばらくのあいだ、ふたりでお互いの名を呼び合いながら、ただ必死に、強く、強く抱きしめ合っていた。

 それを、後ろからセリーヌとクロエがしっかりと抱きしめている。

 

 ルシアンは、黙ってふたりを見下ろしていた。

 その視線には、怒りも責めもなかった。

 ただ、静かな慈しみがあった。

 厳しさを湛えながらも、憐憫とも労いともつかない光をたたえた眼差しだった。

 

「全員で風呂に入るぞ。そこで話がある」

 

 その声もまた、乾いていた。

 命令でもなく、赦しでもない。

 ただ、今この瞬間に必要なこととして語られた言葉だった。

 

 拘束は、解かれなかった。

 乳首と乳首を繋ぐ糸も、股間を繋いだ糸も、そのまま残されていた。

 けれど、ソニアはもう抗わなかった。

 ジャンヌの腕がまだ自分を抱いてくれているかぎり、それでよかった。

 

「……動ける、ジャンヌ?」

 

 ソニアはジャンヌに囁く。

 

「なんとか……でも、ちょっと力が入らない……実はいま、軽く果てたかも……」

 

「……ふふ、じゃあ、あたしが引っ張るわ」

 

 そんなやりとりを交わしながら、ふたりは顔を寄せたまま、ゆっくりと横歩きをはじめた。

 足を引きずるたびに、糸が引き合い、三箇所に疼きが走る。

 けれど、そのたびに声を掛け合い、互いの額を擦り寄せるようにして耐えた。

 

 背後から、セリーヌとクロエが支えていた。

 裸のふたりが、それぞれの腰を抱くようにして寄り添い、重みを受け止めてくれていた。

 言葉はなかった。けれど、その手つきが、すべてを物語っていた。

 

 扉が開き、浴場の空気が流れ込んできた。

 ぬるく湿った香り。温水の湯気が肺の奥をやさしく撫でる。

 床は温かく、光はやわらかかった。

 

 誰かが、先に湯船に入った。離れられないソニアとジャンヌを湯船の内と外から誘導してくれ、なんとか湯に浸かることができた。

 やっと、全員の身体が湯に沈む。

 

 温かい湯が、傷んだ皮膚を包み込む。

 汗も、涎も、鼻水も、乳首とクリトリスの痛みも──すべてが湯に溶けていく感覚。

 ソニアは、ジャンヌを抱いたまま、そのまま深く身体を沈めた。

 ジャンヌもまた、腕を緩めなかった。

 まるで互いが自分の一部であるように、ぴたりと密着していた。

 

 浴槽の端に、ルシアンが座った。

 その表情は、静かだった。

 腕を縁にかけ、濡れた髪を背に垂らしたまま、四人をゆっくりと見つめていた。

 

「最初に言っておく。財閥は解体する」

 

 ──そして、話が始まる。

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