※この作品はR-18です。

侯爵令嬢物語【完結】〜羞恥と快楽の果てに令嬢と女騎士の姉妹が選んだ甘美な隷従   作:ドン・ドナシアン

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9   ペドとスレア

 屋敷の中に入り、硬質な石の床に革靴の足音が響くたび、セリーヌの腹はさらに重くなる。

 セリュースの液剤で強制された腸内の圧迫は、既に限界に近かった。

 歩みを進めるたびに、クリトリスに嵌められているレコルがセリーヌの官能を苛むことも、セリーヌを追い詰めている。

 両手をお腹に当てて、俯き加減に進むのだが、ついにセリーヌは歩けなくなってしまい、その場に立ちどまってしまった。

 与えられていた淫具によるアナル栓なしに、排泄を耐えるのはもう不可能だ。

 

「……お願い、もう……もう無理ですわ、マダム……」

 

 声は震えていた。廊下にたちこめている香の中、彼女は膝を折り、外套を握りしめていた。

 ぼたぼたと汗が床に落ち続ける。

 

「まだ、刻限ではありません」

 

 マダム・ルーベリアは、冷淡な声で言い放った。

 

「でも……」

 

「この館では、“排泄”という行為にも礼儀があるのです。無秩序に刻限を乱すこと、それは──誇りを汚す背信に等しい」

 

「で、ですが……」

 

 耐えるように太腿を閉じたセリーヌに、マダムの視線が突き刺さる。

 その一瞥だけで、彼女は言葉を呑み込んだ。

 

「矜持を試されるこの十日──。貴女はまだ“命じられる悦び”を知らない。ならばまず、命じられぬまま耐える屈辱を学びなさい。命じられる悦びは、自らの矜持が、命令によって砕かれたその後にしか、芽吹かぬものです」

 

 淡々とした声。そのひとつひとつが、セリーヌの心を切り裂いていく。

 羞恥、苦痛、そして、どこかに微かに混じる、得体の知れぬ熱……。

 ふと、背後で衣擦れの音がした。

 

「さあ、お嬢様……」

 

 後ろからクロエが心配そうに、セリーヌの背中に手を当てて声を掛けてきたのだ。

 外套の裏地には、肌をくすぐる羽根があるので、そうされると、ぞわぞわというくすぐったい快感が走るのだが、いまはあまりもの便意の強さに、それほど気にはならなかった。

 

「クロエ。彼女を“教室”まで連れて行きなさい。拒絶するなら、彼女のベドとして所持している道具で、セリーヌ様に罰を与えなさい。彼女に嵌めさせているレコルから、どこまでも強い電撃を流せるはずです」

 

 セリーヌはびっくりした。

 股間と乳首を妖しい官能で苛むレコルの環に、そんな機能があることは知らなかったのだ。

 

「お嬢様、マダムの言葉は絶対です。歩いてくださいね」

 

 クロエが制服のジャケットの内側から、あのレコルを操作するカードを取り出す。

 

「ひっ」

 

 思わず小さな悲鳴をあげてしまい、セリーヌは再び足を前に進める。

 だが、便意はもう本当に切迫しているのだ。

 そして、限界だと思っていたさっき以上の強烈な波が押し寄せてきた。

 渾身の力と気力を総動員して、お尻に力を入れる。

 

「姿勢を崩さぬようになさって」

 

「……は、はい、マダム……」

 

 だが、少し進んだところで、またもや限界が襲った。

 もう、気力はともかく、筋力が言うことをきかなくなった。

 ついに、両膝を床につけてしまった。

 

「……これ以上は……」

 

 声は震えていた。廊下に薫り漂う香の中、彼女はひざまずき、薄絹の裾を握りしめていた。

 だが、返された言葉は容赦なかった。

 

「刻限ではありません。クロエ、電撃を……」

 

「お、お待ちください──。せめて、刻限を教えて下さい」

 

 セリーヌは声をあげた。

 すると、マダム・ルーベリアが細く長い指で懐から銀の懐中時計を取り出す。

 

「刻限まで、あと七時間と十二分ですね。この館では、“朝食後”、“就寝前”が清めの儀にあたります。命じられた刻限以外に排泄することは、獣にも劣る所作ですわ」

 

「そんな……、そこまで……。無理です──」

 

「立ちなさい。そして、歩きなさい。教室で館の掟について教えます。あなたの排泄の時間などありません」

 

「で、でも……」

 

 セリーヌの涙が零れた。だが、少し前にいるマダムは、セリーヌたちに歩み寄ることすらしない。

 

「仕方ありません。クロエ、命令です。レコルに電撃を流しなさい」

 

 マダムが冷たく言い放った。

 すると、クロエがセリーヌの腕を持つ。

 

「……さあ、お嬢様、立つのです。足で歩けなければ、四つん這いでも構いません。進んでください」

 

 クロエがセリーヌの腕を抱えて立ちあがらせる。

 セリーヌは、動けば響くレコルによる刺激に耐え、歯を喰いしばってなんとか立ちあがる。

 だが、それは自分でも奇跡のようだと思った。

 もう動けない……。

 

「クロエ、わたくしは、懲罰を与えなさいと申したのです──。命令に従いなさい──」

 

 マダム・ルーベリアの声が鋭く跳ね、石造りの廊下に反響する。

 その声は苛立ちというよりも、まるで館の“秩序”そのものを脅かされた怒りのように響いた。

 だが──クロエは動かなかった。

 レコルを操作する魔道具のカードを握ったままの手をゆっくりと下ろす。そして、セリーヌの肩に添えた。

 

「……申し訳ありません、マダム。けれど、お嬢様……、いえ、セリーヌの“ペド”として……。与えられた調教師としての役目において、セリーヌ様の限界を見極めるのは、わたしの仕事です」

 

「……ペドねえ……。でも、あなたにペドが本当にできるのかしら。あなたのスレアは命令に従わずに、動かなくなっていますけど? なにも考えることなしに、命令に従う快楽だけを味わえばいいスレアと違って、ペドには責任と覚悟、なによりもスレアを躾ける技術が必要なのですよ」

 

 マダムの目が細くなる。

 セリーヌは、その言葉に小さく目を見張った。

 “ペド”──この館に到着したときに。そういえばルシアンが、セリーヌの“ペド”がクロエだと言っていたが、「調教師」の意味だったのかと思った。

 そして、“スレア”という言葉は初めて耳にしたが、ペドに調教を受ける者をそう呼ぶらしい。

 

「わかっております。わたしは誰よりも冷酷に厳しく、お嬢様を躾けます」

 

「あなたの本質はスレアです。ここで泣きながら受けた調練を思い出させましょうか?」

 

「い、いえ、わたしはペドです。お嬢様の……」

 

 見上げるクロエの横顔は真剣だった。

 だが、一方で、その手がかすかに震えていた。

 はっとした。

 

「なら、知りなさい。命令を拒絶したスレアには罰が必要です。あなたには、しっかりとそれを知っているはずですわ。ペドがスレアを庇って規律を乱すなら、躾けられるべきは誰なのか……。わかっているのでしょうね?」

 

 マダムは滑らかにそう告げると、袖を払って、鞭を取り出した。

 彼女の目が獣のように細くなる。

 だが、クロエは一歩も退かなかった。

 セリーヌの肩に手を添えたまま、わずかに顎を上げて言う。

 

「……心得ております。ですが、レコルの電撃は……、この方の排泄を耐える力を一瞬で消失させます。まだ、早い……。実際、お嬢様はまだ我慢しておりますわ。わたしは限界まで、耐えさせます」

 

 マダムはしばし無言だった。

 だがその沈黙は、怒りの前の静けさだった。

 

「ほう……。ならば──お前が代わりに、罰を受けるのね」

 

 しなる鞭が空を裂き、音を立てて床を打った。

 クロエの脚が一瞬びくりと揺れる。

 それを見ていたセリーヌは、驚愕した。

 ……怖くないのかと、喉元まで声が出かけた。

 だが、その瞬間、気づいた。

 クロエの脚が、震えているのだ。

 

 ……違う……。怖くないわけではない。震えるほど怖いのだ。それでも私を庇ってる?

 胸の奥が少しばかり、熱くなる。

 セリーヌは、ふと、自分でも理解できない感情を覚えた。

 それは、恐怖や羞恥ではなく──愛しさに似た、温かいものだった。

 

 そのときだった。

 廊下の向こう、しんと張り詰めた空気を裂いて足音が響いた。

 ゆっくり、だが確かな歩調……。革靴が硬質の石床を鳴らす。

 

「……随分と騒がしいわね」

 

 黒衣の装束を身にまとった妖艶な絶世の美女──。ソニアだった。

 その声が響いた瞬間、場の空気がぴたりととまる。

 

「なんのご用で、ソニア? “ペド”同士の内輪もめに興味が?」

 

 マダム・ルーベニアがソニアにゆっくりと向き直った。

 

「いいえ。ルシアン様の命令を伝えにきただけよ。ところで、その鞭をどうするのかしら。また、勝手に令嬢を毀すつもりじゃないでしょうねえ」

 

「これは命令違反に対する正当な指導です。関係のない者が口を挟む筋合いはありません」

 

 マダムが吐き捨てるように言う。

 

「関係のない? ふうん。じゃあ、ルシアンの命令を伝えに来た私は、どんな立場かしら?」

 

「お館様のご命令? なんです?」

 

「セリーヌを……。そしてクロエも……。直ちにルシアンの私室へお連れするようにと」

 

 その瞬間、ルーベリアの眼が細くなったのがわかった。

 

「それはできません。お館様ご自身が、夕食までにこのスレアを躾けるようにと、はっきりおっしゃったのですわ」

 

「だから、なんなの? ルシアンは、命令を覆す権利があるわ」

 

 すると、マダムが大きく嘆息した。

 

「……あの方は、まだ“矜持の掟”を理解されていないようですね。この館は、誰のご命令でも動く場所ではございません」

 

「わきまえなさい、マダム。また“毀す”気? まあいいけど、あんたの“矜恃”ごっこは、とりあえず中断よ。ルシアンがセリーヌを呼んでいるの」

 

 その第一声に、マダム・ルーベリアの眉がぴくりと動く。

 

「ごっこ……って、言ったかしら?」

 

「当たり前でしょう。あんたの気紛れで、何人毀れたと思ってんのよ。いい加減にしなさい」

 

「“毀した”のではなく、毀れたのですわ。器とは、試されて初めて価値がある。砕けたなら、それまでのこと。価値を示すことができなかったから潰れたのよ」

 

 その言葉を聞いて背筋が冷たくなった。

 毀れる? 試される? ──そして、価値がなかったと断じられる。

 もしかして、セリーヌもそうなるのか?

 

「──この前の令嬢のこと覚えてる? あの赤毛の」

 

 その名に、マダムの指が一瞬とまる。

 

「……もしかして、三期前のことを言っているのですか?」

 

「そうね。あなたの“矯正指導”で精神を崩した伯爵令嬢よ。痙攣と錯乱を繰り返して、最終的に、人の視線に触れるだけで発作を起こすようになった。原因は、四足強制訓練。それも器具で糞尿禁止の処置をして二週間──。犬ともまぐ合わせたんだっけ」

 

 セリーヌは胸の奥がぐらりと揺れるような感覚に陥った。

 伯爵令嬢……。貴族の娘が、そんなことをされ、そして毀された……?

 しかも、犬……。

 

「……あれは、父親によって“治療として同意”が取られていた例ですわ。貴族の家名を背負う以上、あの“制御調練”は不可欠でした」

 

「不可欠? じゃあ、前回のあの子は? “花嫁教育”だとして送り込まれた十六歳の新妻よ。あんたの言う躾の途中で泣きながら嘔吐していたわよね。最終的に、あんたの“訓練”のせいで、婚前に遡って破談になったのを忘れたのかしら?」

 

「破談になったのは、彼女の“自制心の欠如”が露呈したせいです。私は“真実”を見せただけ……。虚飾では嫁げない、それが“現実”ですわ」

 

 マダムの声は揺れない。けれど、その言葉があまりにも冷たくて、セリーヌは自分の心がごりごりと音を立てて削れるように感じた。

 “躾”という言葉の下で、どれだけの娘たちが“毀された”のだろう。

 セリーヌも──そのひとりになってしまうのかもしれない……。

 一方で、ソニアが、口の端を歪めて笑った。

 

「相変わらずね、聖職者くずれの癖に……。よくそんな冷たいことが言えるわ」

 

 その言葉に、マダムの目がわずかに揺れた。

 

「……ふふ。あら、私が聖職者くずれなら、貴女はなんなの? 孤児上がりの平民が、男ひとりに拾われただけで“貴族気取り”。まさか、あのお方の寵愛で、自分が誰かになれたとでも思っているのかしら?」

 

 突き刺すような言葉。

 

「少なくとも──誰かの命令に従うしか能のない、毀れた人形よりはマシよ。貴族に裏切られて家を潰されて、神に縋って、教義にも見捨てられた骨の折れた修道女」

 

「黙りなさい、あの方の膝でしか存在価値を見出せない“下女”が」

 

「上等じゃない。貴族の娘だったくせに、いまは貴族の令嬢を“毀すことでしか快楽を得られない倒錯者が──」

 

「ええ、そうかもしれませんね。でも、毀すことついて、あなたには言われたくはないわね。あんたこそ、お館様の政敵をさらっては、幾人毀したのかしら? 自殺するくらいに追い詰めるって、本当にあれは仕方なくやってんの? それとも趣味?」

 

「あら、あたしは優しいわよ。自殺という手段を与えるんだもの。毀れる前にね。それに、あたしは敵には容赦ないの。無秩序に毀すあんたよりはましよ」

 

 セリーヌはぞっとした。

 そもそも、セリーヌもルシアンの政敵の娘になるのだろう。

 なにしろ、セリーヌの父親の侯爵は、まったく一方的な理由でルシアンとセリーヌとの婚約を破棄しているのだ。

 

「……このセリーヌ様は、お館様の敵では?」

 

「いまはね。確かに、この娘、セリーヌ=ド・ヴァランティーヌは、かつて“ルシアンの婚約者”だった。でも、もしかしたら、“元”がなくなるかもしれない」

 

 マダムの目が細くなる。

 

「……どういう意味なのですか?」

 

「ルシアンは結構、この娘を気に入っているわ。あたしにはわかるのよ」

 

 その言葉の意味をすぐには理解できなかった。

 けれど、だんだんと深く胸に響いてくる。

 どういうこと……?

 すると、マダムが、長く細く、息を吐いた。

 

「……そう……。なら、認めましょう。あの方が自分の手で躾をしたいというのでしょう」

 

 そのマダムの声には、諦念のような響きがあった。

 

「クロエ。セリーヌを、お連れなさい。“彼”の意志よ」

 

 ソニアはセリーヌたちに振り向く。

 クロエが、私の肩に手を置いた。

 

「行きましょう。最後の力を振り絞ってください、お嬢様」

 

 その手の温もりを感じて、我に返る。

 しばらく、便意さえ忘れかけていたが、セリーヌは現実に引き戻された。

 

「お嬢様。……ご案内します。ルシアン様の部屋までは、矜持にかけて我慢してください……、そして、ルシアン様のご命令があれば、排泄を許されると思います」

 

 セリーヌは頷いた。

 この向こうに、セリーヌが望む「命令」がある。

 それだけでなく、許しがあるのかもしれない。

 もしかすると──“かつての婚約者”としてのなにかが、まだ残っているのかもしれない。

 セリーヌは、最後の最後の力を振り絞って、一歩ずつ再び歩みを始めた。

 

 


 

 

 廊下を進んでいったセリーヌとクロエがマダム・ルーゼニアの視界から消えた。

 

 静寂が戻る。

 ルーベリアはひとつ吐息をつき、ゆっくりと回れ右した。

 まるで舞台が終わったあとの女優のように……。

 

「……やれやれ、ずいぶんと派手な芝居だったこと」

 

 軽やかに笑うルーベリアの言葉に、ソニアが笑う。

 

「派手にしないと“彼女”には届かないでしょ。あの程度の追い込みで心が揺れるなら、確かに安上がりかもね。懲罰はそれで心に届かないなら加えればいいのよ。まあ、あんたの仕事だけど」

 

「それにしても、“また女を毀す気か”なんて、あなたにしては随分な言い方ね、ソニア。一体全体誰のことよ。話を合わせるのに、一生懸命に記憶を辿らないとならなかったじゃない」

 

 ルーゼニアは呆れた気持ちでソニアを見る。

 ソニアが戯けたように肩を竦めた。

 

「演技も役目のうちよ。マダム・ルーベリアの“虐待趣味”って噂も、少しは利用させてもらうわよ」

 

「あんたの方が余程に残酷じゃない。女子供も見境なく殺す氷結の女アサシンがあの侯爵令嬢を庇うようなことを言って……。違和感しかないったら……」

 

「あたしが陰でなにをしてるかは、ルシアンには言わないのよ。ある程度は気がついてると思うけど、ルシアンは残酷にはなり切れない。あの子は悪党を気取ってるけど、本質は悪人にはなれない優しい子なんだから」

 

 ルーゼニアは思わず噴き出した。

 ルシアンの作った「王国」には大勢の部下がいるが、総帥であるルシアンを「あの子」と呼べるのは、このソニアだけだろう。

 ルーゼニアとソニアの笑みが静かに交錯する。

 

「──ところで、ひとつだけ気になったのだけれど……」

 

 ルーゼニアは思い出して訊ねた。

 

「ん?」

 

「さっきの話よ。お館様がセリーヌ様を婚約者に戻すかもしれない”──ってやつ。あれって、本当なの?」

 

 すると、ソニアのいつもの鋭さが消え、素の顔がふっと覗く。

 

「……さあ。知らないわね」

 

 ソニアが肩を竦め、悪戯っぽく微笑む。

 

「知らないの?」

 

「でも、嘘ではないわ。多分、ルシアンはセリーヌを気にいってるわね。いつもの気取った態度に拍車がかかっているもの」

 

 ソニアがくすくすと笑った。

 ルーゼニアは、そのソニアの反応から、満更、嘘ではないのだろうと思った。

 誰よりも、いや、ルシアン本人以上にルシアンを知っているソニアだ。

 考えてみれば、一度はルーゼニアに任せたセリーヌをすぐに呼び出すなど、ルシアンにしては珍しい態度だったかもしれない。

 執着かもしれないというソニアの言葉は、あるいは正鵠を射ている可能性もある。

 

 まあいいか……。

 あとは、ルシアン次第だ。

 おそらく、セリーヌのヴァランティーヌ侯爵家は、早晩、ルシアンに潰されるだろう。だが、ルシアンの表向きの新興子爵としては、没落した上級貴族の元令嬢というのは、悪い婚姻相手ではない。

 むしろ、政略の必要のないルシアンとしては、都合がいいのかもしれない。

 

「……そういえば、クロエの反応……。珍しく真剣に、わたしに歯向かったけど、あれは本気だったのかしら。あの侯爵令嬢を脅すために演技をすると、あんた、事前に伝えた?」

 

 その言葉に、ソニアはぴたりと動きをとめた。

 

「はっきり言うけど、あの子は“聞いてない”わよ。あんたのこと、本気で──心の底から怯えてるわ。あたし自身はちょっと見ただけだけど、あのクロエの震えは、多分演技じゃなかったと思う。心の底からあんたを怖がっていて、それでもペドとして、あんたに逆らったのよ」

 

 そして、ソニアが肩を竦めた。

 

「へえ……、だったら、思ったよりも根性があるのね。もしかしたら、いいペドになるかもしれないわね」

 

 ルーゼニアは、思い出しながら言った。

 震えながら、ペドの境地を語ったクロエはよかった。少なくとも、あの正直そうな侯爵令嬢は、クロエに強い信頼感を覚えたに違いない。

 ペドとスレアに必要なのは、お互いの強い信頼関係と愛情だ。

 そう意味では、あのやり取りは十分に、なにも考えてなさそうな侯爵令嬢の心を少しは打ったに違いない。

 そして、ルーゼニアは、さらに思い出したことに、首を傾げた。

 

「そう言えば、あんたが回した報告で、クロエが学園を卒業したあと、侯爵家の命令で、“あの加虐趣味の五十男”に婚約させらるというのは、まだ最新の情報なの?」

 

 そんな書類を読んだ気がする。

 ルーゼニアとクロエが即興で語った毀れた女の話は、両方ともそのクロエの婚約相手の話だ。

 

「……あたしの報告書は事実を記しただけよ」

 

「じゃあ、本当ということ? あの侯爵令嬢は自分の侍女がそんな不幸な結婚をしようとしていることを知ってるの」

 

「セリーヌにはそれらしいことを匂わさせたけど、多分“破談になった”とでも受けとったと思うわ……。でも、実際には三家で“契約”が交わされている……。クロエの意思じゃあ、逃げることは不可能ね」

 

 ソニアの言葉に、ルーベリアは瞳を細めた。

 

「でも、クロエはもう“お館様の庇護”にあるはずよ。お館様は、クロエを助けるつもりはないの?」

 

 すると、ソニアは小さく首を振った。

 

「ないわ。クロエがルシアンに差し出した“願い”は、セリーヌのペドになること──それだけよ。その代償として“契約”が果たされた。ルシアンは願いを叶えた以上、それ以上の庇護はしないわ。“契約は公平に”。あの子のやり方よ」

 

「悪党を気取っているということ? 悪党のことは、わたしたちに任せて、善人を気取ればいいのに。根っからの悪人には、成り切れないんだから」

 

「それがあの子の可愛いところなのよ」

 

 ソニアが愛おしそうに眼を細めた。




《ご感想・高い評価をいただけますと、次の執筆の力になります。どうか応援よろしくお願いいたします。》

 また、拙作『異世界で淫魔師ハレム』がカドコミでコミカライズ中です。合わせて応援お願いします。
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