――なんだったかな、これは……
ふと目についた、寝室の書庫に並ぶ書物を引き抜く。
中を開くと、いつだったか薬屋――猫猫が帝に献上する品に紛れさせて持ち込んだ書物だった。
検閲の為に高順が徴収したうちの一冊だったが、忙しくて目を通す暇もなく、そのうちにと収納したまま忘れてしまっていた。
「……………」
こうして改めて読んでみると、内容のなかなかの過激さに軽く眩暈がしてくる。
口淫? 口に陰茎を含んでしゃぶったり舐め回したりするのか? え、更にこれを喉まで飲み込む? 口に出された精液を飲み干す!? 尿道に残る精液を吸い出す……!?
あの娘がこういった知識を上級妃たちに教示するほど豊富に持っているのだと思った瞬間、下半身に微かな痛みが走った。
「――…?」
もちろん自分だってある程度の知識は持っているが、具体的な方法を絵と共に目にすると、興奮を覚えてしまう。
――いや、さすがにこれは上級者向けの技術だろう
頁をめくり、少し前に戻ってみる。
手淫――相手の股間を撫でさすり、勃起した陰茎を優しく握って――…
読んだ瞬間、子昌の開いた狩りの催しで刺客に襲われた際、逃げ込んだ滝壺の裏で猫猫に股間を撫でられ、確かめるようにそっと握られた事を思い出す。
「――ッ」
ビリビリッと刺激が背筋を走ったと思うと、股間に血が集まるのを感じた。久しく感じる事のなかった痛みに、下半身を見下ろす。
「!?」
股間が盛り上がり、服の上からでもそれと分かるほど昂ってしまっている。
宦官にあってはならない状態。決して他人に知られてはいけない真実。
人目のある場でなかった事をむしろ幸運と思わなければならない。
今日は水蓮に暇を与え、一日だけ猫猫に下女としてここに戻ってきてもらっている。
明日にはまた翡翠宮に行ってしまうので、今夜こそずっと話せなかった事と本当の身分を明かそうと思っていたのに、このままでは顔を合わせる事もできない。
雑事を済ませて部屋に引き上げる前にこの私室に呼び出しておいたが、あとどれだけかかるだろうか?
「――とにかく早急に、これをなんとかしないとな」
毎日飲んでいる薬である程度そういった欲求や反応は抑えられていたが、憎からず想う相手に触れられた事を生々しく思い出し、どうやら効き目の許容を超えてしまったらしい。
身に着けているものを緩め、局部を露出する。
「ふっ……ぅ」
ブルン、と勢いよく飛び出したそれは、普段の状態からは考えられないほど膨れ上がり、そっと握ったその熱さと硬さに自分が男であると自覚させられる。
――早く、鎮めないと――…
ゆっくりと扱き始めると、脈打つ陰茎が更に熱を帯び、張りつめていく。
壁を隔てたすぐ傍にあの娘がいるところで、このような行為をしていると考えただけで罪悪感と背徳感が背筋を震えさせ、先走りが溢れ出した。
「はぁっ――あっ――っく」
気付かれぬよう抑えていた声が思わず漏れ出てしまった途端、猫猫が部屋に飛び込んできた。
「壬氏様、どうされました!?」
――間が悪過ぎる!!
「呻き声が聞こえました! 気分がお悪いのですか!?」
続ける事も止める事もできないまま、達する直前の陰茎を咄嗟に服で覆い、真剣な顔で駆け寄る猫猫を制止する。
「く、来るな! なんでもない。俺は大丈夫だ」
「そんな真っ赤な顔をして、大丈夫なはずがないでしょう!」
――話ってなんだろうか
麗しの宦官様――まあ、実際は“あった”のだが――に呼び出され、聞きたくないけれど逃げる訳にもいかないという板挟みにモヤモヤしながら壬氏様の部屋の傍を通りかかった時、呻くような声が聞こえてきた。
――まさか、体調を崩したのか!?
傷病人の処置は早ければ早いほどよい。水蓮様に頼まれている事もあり、私は急いで部屋に入った。
「壬氏様、どうされました!?」
部屋の主は椅子に座っていたが、軽く息を乱し、顔が赤い。
手前のテーブルで見えなかったが、咄嗟に何かを隠したように見えた。
壬氏様は来るなと言うが、熱でもありそうな様子を放っておく訳にはいかない。
「失礼します」
「お、おい!」
近づき、熱と脈を診る為に手を取る――と、持ち上げていた服の裾が落ちて身体に添い、股間が隆起しているのが見えた。
明らかに、誰がどう見ても、どこからどう見ても、男性器が勃ち上がっている。
「「あ……」」
その瞬間に萎えたのか、スッと盛り上がりが沈んだ。
――こいつ――シてたのか!?
「……だから来るなと言っただろう……」
恥ずかしさとバツの悪さを綯い交ぜにしたような表情で、壬氏様は片手で顔を覆う。
この状況をどう切り抜けるべきかと視線を彷徨わせ、テーブルの上に置かれた見覚えのある書物の、口淫の頁が開かれているのが見えた。
ははーん、と思い至る。
話があると呼び出されたのは、そういう事か。
「つまり今夜私が呼び出されたのは、壬氏様の自慰のお手伝いをする為なのですね」
「どうしてそうなる!」
「違うのですか?」
「違うに決まっているだろう! そういう事は憎からず想う相手と――」
言いかけた壬氏様は、何かに気付いたように言葉を切る。
「あ、そうですね。申し訳ありません。私では役者不足でした」
この男の好みは知らないが、一般的に言って自分のような女を好む人間は少ないだろう。
別に自虐のつもりはなかったが、壬氏様は私の言葉を聞いてピクッとした。
「……役者不足?」
「ええ。痩せぎすで胸もないそばかすの醜女では、天女のような美貌をお持ちの壬氏様には釣り合いませんし、食指も動かないだろうと」
「本気で言っているのか?」
なぜか怒ったような目でこちらを見る。
――なんだ? なんで壬氏様はこんな顔をしている?
「本気というか、事実ですから」
戸惑いながら答えると、壬氏様が深い溜め息を吐いてから顔を上げた。
「――よし、決めた。湯浴みをする。手伝ってくれ」
は? 急にどうした?
切り替えの早さについていけないまま、強引に腕を取られて浴場に連れて行かれる。
何がなんだか分からないまま服を脱ぐのを手伝わされ、気が付けば背中を流す為に私も前掛けと腰布だけにされて一緒に浴場に入っていた。
湯桶に汲んだ湯を壬氏様の肩から掛けると、滑らかな肌に湯が弾けて落ちていく。
――まるで、珠のようだ
けれどその身体はしっかりと筋肉がついて引き締まった、毎日鍛錬を積んでいる者のものだ。宦官らしからぬ身体つき。
――どうして以前見た時に気付かなかったのだろう
気付こうと思えばいくらでも機会はあったはずなのに、面倒事に巻き込まれるのが嫌で考える事を無意識に避けてきた。
「それでは、私はここで失礼します」
充分に湯で身体を流し、湯船に浸かるとなった段でそそくさと退室しようとすると、「待て」と、壬氏様に手首を掴まれる。
「お前も一緒に入れ」
「は?」
一体何を言い出すのだ、この御仁は。
「俺が教えてやる」
「教える? 何をですか?」
「隅々まで可愛がって、お前のよいところを全部、俺が教えてやる。それと――」
壬氏様が顔を寄せる。
「――思い知らせてやる。俺が、男なのだと」
掴んだ手首を引かれ、よろけた身体を受け止めた壬氏様に軽々と持ち上げられた私は、気付いた時には湯船に入れられてしまっていた。
――なんだ、この状況!!
湯船で壬氏様に後ろから、肌着を着けたまま抱き締められる。
からかわれているのかとも思ったが、大きな手はあくまで優しく身体を撫で、やがて胸元へときた。乳房、と呼ぶにはあまりに控えめな膨らみをそっと包み込み、繊細な手つきで愛撫する。
――そうか、後宮で美女に囲まれてはいても手をつける事はできないし、何かの事情で宦官として振る舞わなければならない以上、秘密を知ってしまった私くらいしかお相手できる者がいないのか……
本来ならば選り取り見取りだろうに、などと考えていた私をよそに、壬氏様が嬉しそうに溜め息を吐いた。
「お前は胸がないと卑下するが、小さくてもとても柔らかくて、俺は好きだ。いつまでも触れていたい。それにとても敏感なようだ。ほら――」
ふふ、と笑う。
「布越しでも分かるほどツンと尖らせて……お前も感じてくれているのだな」
「いえ、これは反射的なものですので」
「そう、なのか?」
そんなに残念そうに言わないでほしい。
「そうです。ですから、貧相な身体をからかうのはやめてください」
「……なるほど、まだ足りないようだな」
濡れて肌に貼り付く薄布越しにスリスリと乳首を弄られ、弾かれる。
優しく、けれどやむ事なく愛撫され、いつしか痛いほど勃起した乳首は触れられる度に下腹部の奥を疼かせ出した。
「……っ……ん……」
「ようやく甘い声が出始めたか」
――なんだ、これ……?
自分で触っても特に何も感じないのに、ひとに触れられると信じられないくらい気持ちいい。思わず変な声が出そうになる。
「おやめ、ください……壬氏様……」
「ああ、愛らしいな。布にうっすらと赤みが透けているのもいい」
やめる気が全くなさそうな壬氏様にジンジンと敏感になった乳首を弄られ続けて、やがて腰が砕けて立っていられなくなった。
「おっと」
壬氏様は湯船の中でふらついた私を抱きとめ、こちらの顔を見て嬉しそうに微笑んだ。
「お前のそんなとろけた表情、初めて見たな」
「……へぁ?」
今自分がどんな顔をしているのか気にする余裕もないまま、夜着を羽織った壬氏様に抱き上げられて寝所へと運ばれる。
寝台に寝かされ、ギシ、と音を立てて壬氏様が覆い被さった。
「今夜はもう誰もここには来ない。本当はちゃんとお前と話をする為の人払いだったんだが――」
――こいつ、本気で私を抱く気なのか?
いくら選択肢がないからと言って、何も私でなくてもいいだろうに。
それでもこれは、貴人が下女の娘に手を出したというだけのありふれた話。しかもここは外廷で、後宮ではない上に私は壬氏様に身請けされた身だ。
求められれば、応える義務がある。
「……腹を壊しても知りませんよ」
「そうしたらお前が薬を煎じてくれるのだろう?」
やるなら、徹底的に。
それが私の信条で、花街育ちである以上、手を抜く気はない――まあ知識だけで実践は初めてではあるが。
「では、壬氏様。寝台に腰掛けて、脚を開いていただけますか」
「何をする気だ?」
「先程、性の指南書が開かれているのが見えましたので、口淫をお望みなのかと」
「なっ……」
一瞬否定しそうな素振りを見せた壬氏様だったが、その言葉を飲み込むようにゴクリと喉を鳴らすと、「なら、頼む」と寝台から脚を下ろした。
私は寝台から下り、足元に跪く。
「失礼します」
膝を持ってグイッと広げると、男性器が露わになった。
――ほほう、これは――…
「……壬氏様、以前“そこそこの蛙”などと言って申し訳ありませんでした」
「ああ、いや――それはもういい。あの時はお前も混乱していただろうし」
「大変立派な蛙です」
壬氏様の綺麗な顔が引き攣る。
「……蛙から離れてくれないか」
「冗談です。少し緊張しておいでのようだったので」
「お、おう」
「では、触れますね」
顔を近づけフウッと息を吹きかけると、「ぅん……っ」と壬氏様が喘いだ。
そっと手の平を添わせ、優しく撫でる。
蛙――いや、陰茎はすぐにムクリと勃ち上がり、手の中で脈打ちながら硬く熱を帯びていった。
充分に硬くなったところで根元に接吻し、そのままじっくりと舌を這わせると、ブルルッと壬氏様が震える。
敏感な裏筋や亀頭には触れないように注意しながら、唾液を塗り付けるように舐め上げていると、押し殺した喘ぎが漏れ始めた。
「壬氏様、今夜は誰もいないのでしょう? 声を殺す必要はないのでは?」
「それはそうなのだが――ぅッ」
「我慢せず、声を出した方が気持ちよくなれますよ」
「そうは言っても……喘ぎ方なんて分からない――」
「漏れる声を我慢せずに出してしまえばよいのです。恥ずかしがる必要はありません。私は笑ったりしませんし、誰かに話す気もありませんので」
妓楼では、部屋から漏れるそんな声を耳にする事は日常だ。
「せっかく“する”のですから、私は壬氏様に気持ちよくなっていただきたいですし、その手応えが欲しい。私を喜ばせると思って、声を上げてくださいませんか?」
「そういう事なら……」
恥ずかしそうに頷く壬氏様に再び屈んで、陰茎を手で扱きながら睾丸を口に含む。
「そんな、ところをっ!?」
コロコロと口の中で転がし、軽く吸うと、ググッとせり上がってくるのが分かった。
「あー…、あぁっ……ッ♡」
壬氏様も声を上げ始めている――が、まだ恥ずかしさが残っているのか乱れが足りない。
「壬氏様」
睾丸から口を離して名を呼ぶと、こちらを見た壬氏様と目を合わせながら亀頭をパクリと咥えた。
ビクッと震える陰茎の根元を支え持ち、唇をカリに引っかけながらクポクポと吸いしゃぶる。
「く、薬屋――それはっ――」
「ひもひひぃれふは?」
「咥えたまま喋るな……ああっ……く――うぅ♡」
亀頭に舌を擦り付け、頭ごと動かしながら口をすぼめて吸い絞る。尿道に舌先を捻じ込むようにすると、顔を真っ赤にした壬氏様は涙を浮かべて夜着の端を握り締めた。
「あ♡ あっ♡ あぁ♡ っく……! くうッ!!」
壬氏様が歯を食いしばると同時に、口の中に熱い粘液がビュルルッと放出される。
「んんっ」
口いっぱいに注がれた、まるで葛湯のように濃い精液を、舌で確かめてから飲み下す。
――そうか、精液というのは、こんな味なのか……
聞いていたほど嫌な味ではない。それとも類いまれなる美貌を持った高貴な御方は、子種まで他の者とは違うのだろうか?
絶頂の余韻で荒い息を吐いていた壬氏様が、ふと気付いたようにこちらを見やる。
「……お前、“迸り”はどうした?」
「飲みましたが」
“迸り”とはまた随分と古めかしい言い回しをする、と思いながら答えると、飲んだと聞いた瞬間、真っ赤になった壬氏様の陰茎が再びムクッと勃ち上がった。
「……悪い。今まで薬で抑えつけてきた反動かもしれない」
「薬!?」
“薬”と聞いては黙っていられない。
「どのような薬なのですか!?」
その話、詳しく! と身を乗り出すと、壬氏様は何か思いついたような表情をする。
「教えるのはやぶさかではないが――薬屋、口淫で“喉まで飲み込む”というのはできるか?」
「それをすれば、薬の事を教えていただけますか!?」
「あ、ああ」
「では、やります」
壬氏様はこちらの勢いに、自分から言っておいて日和った事を言う。
「安請け合いするな。上級者向けの技術なのだろう?」
「そうですね。慣れていないと難しいと思いますが、喉には自信がありますので」
「自信?」
「毒を吐き出す事に喉が慣れているので、たぶん壬氏様のものでも飲み込めますよ」
「待て。俺はどこにツッコめばいいんだ? 喉に自信がある事か? 吐き出す事に慣れているところか? それとも吐き出すものが毒というところか?」
呆れた顔をした壬氏様は、私の唇を指でなぞってからフッと笑った。
「まあ、お前らしいといえばお前らしいな。なら頼む。だが苦しいようなら無理はするなよ」
「ええ」
舌を出した猫猫の口に、ヌルル、と陰茎が吸い込まれていく。
「ふぅッ」
ジュボッ、ジュボッといやらしい音を立てて吸い絞ってから、一旦口を離した猫猫は深く息を吸い込んで一気に陰茎の根元まで飲み込んだ。
「うくッ――ッ」
先程の口淫も簡単に達してしまうほど気持ちがよかったが、舌の根元を越えた途端に狭くなる喉の奥で感じる熱と猫猫の少し苦しそうな表情が、背徳感をいや増す。
涙目で喉奥まで咥えた猫猫が飲み下すようにゴクン、と喉を鳴らす度、更に奥へと吸い込まれる感覚と、ゴリゴリと喉で締め付け擦られる感触、溢れる熱い唾液が口の端から漏れて顎を伝っていく様子が、またすぐに達してしまいそうなほどいやらしくて気持ちいい。
「……ああ♡ ……んぅっ♡ はっ……♡」
恥ずかしい声が止まらない。
――猫猫の言う通りだ……
声を我慢しないだけで、まるで偽らない本当の自分をさらけ出しているようで、それが快楽を増幅させる。
チカチカと目の奥に星のようなものが弾けて、急激に昂りが極まっていった。
「まっ、待て、それ以上は――…気持ちよ過ぎて、おかしく―― !!」
それを聞いた猫猫は更に喉を締め、口をすぼめて強く吸い絞った。
「ああぁぁあぁ――ッ!!」
ブルブルと震えながら細い喉に直接、精を吐き出す。
「あ♡ ……あぁ♡ ……っ♡」
とろけるような快楽の余韻で頭は真っ白になり、下半身は痺れて腰が抜けたようになっていた。
ズポッと卑猥な音を立てて陰茎を喉から引き抜いた猫猫が、むせて咳き込む。
「だ、大丈夫か……?」
慌てて水差しから水を注いで差し出すと、受け取った猫猫は苦しそうな息遣いを整えてから、ゆっくりと飲み干した。
「……ありがとうございます」
そう礼の言葉を紡ぐ小さな口で性器をしゃぶり、根元まで飲み込んでいたのだと思うと、愛おしくて堪らなくなる。
瞳は潤み、赤らんだ顔は涙と唾液でぐちゃぐちゃで、更なる劣情に襲われた。
「猫猫」
名前を呼ばれ、一度萎えたはずの陰茎が元気になっているのが目に入る。
「……困りましたね、まだ治まりませんか」
――こいつ、禁欲し過ぎて機能が壊れてるんじゃないか?
壬氏様の反応の良さに“自分の技術はなかなかのもの”かと思ってしまったが、そうではなかったのかもしれない。
「猫猫」
もう一度壬氏様が名を呼び、スルリと羽織っていた夜着を肩から落とした。
苦しそうに乱れた息に、余裕のなさそうな真剣な表情。美しい顔と身体に不釣り合いな怒張した陰茎はビク、ビク、と震えて、先から先走りを滴らせている。
寝台に押し倒され、のしかかる壬氏様の美しい瞳の奥に欲望が燃えているのが見え、覚悟するしかないのだと理解した。
――これはもう、止められないな……
「壬氏様」
「ん?」
「私は貴方様に身請けされた身ですので、このような事をお願いするのは分不相応だとはわきまえてはおりますが……」
「なんだ?」
「私は初めてですので、できれば、優しくしてくださると――」
一瞬、目を見開いた壬氏様は、はぁぁと深い溜め息を吐いた。
「お前……それはもう、煽っているだろ」
「煽る? 挑発したつもりはありませんが」
「……まあ、お前はそういう奴だよな」
壬氏様は困惑する私の手を取って指を絡めると、ゆっくりと顔を寄せて首筋に接吻する。
熱い息がかかり、肌に微かな痛みが走った。
「――壬氏様、跡が残ってしまいます」
「残しているんだ。俺のものだと分かるように」
幼い頃より“ひとつのものに執着してはいけない”と、“それが許されない立場なのだ”と教えられてきた。
お気に入りは取り上げられ、隠されてしまう。
そうして諦める事を覚え、責務に忙殺されていくうちに、いつしか大切なものをつくる事ができなくなっていた。
陰謀渦巻く宮中で、信じられる者はほんのひと握り。子供の時分から見知っている者以外、信用できる者はほとんどいない。
皆、宦官『壬氏』を見た目だけで判断し、色目を使い、邪な視線を向けてくる。
だが、この娘だけは違った。
外見に惑わされず、妙に冷めていて、毒と薬にしか興味のないこの娘は、けれどとても義理堅く、命の大切さを知る優しさも持ち合わせている。
時折見せる大人びた表情、深い知識と閃き、理性的でありながらどこか達観した考え方。
貴人と平民の身分差をわきまえているくせ、おもねらないこの娘の事を考えるだけで心が浮き立ち、会いに行く為に面倒な仕事も進んで片付けられた。
不愛想な振る舞いの中に垣間見えるその輝きに誰かが気付いてしまうのではないか、目を離した隙に横からさらわれてしまわないかいつも心配で、彼女の内なる真の輝きを知っているのは自分だけなのだと思いたかった。
本当に欲しいものはなかなか手に入らない。
分かってはいても久方振りに芽生えたこの感情――誰かに見つかってしまう前に自分だけのものにしたいという子供じみた、けれど誰より強いこの気持ちを絶対に譲れるはずがなかった。
刻み付けたい――この娘に。
その肌に。その身体に。その記憶に。その胎に。
生まれて初めての、自分でも持て余してしまうほどの愛おしさを、刻み付けたい。
「……初めて、と言ったな」
壬氏様が優しく指先で前髪を梳いて、言った。
「はい。初めてです」
「笑わないで聞いてほしいんだが――俺も初めてなので、上手くできていなかったら言ってもらいたい」
どう返したらいいのか困る事を打ち明けられ、それなら、と提案してみる。
「でしたら私などではなく、緑青館の夜伽の上手い妓女にでも頼んだ方がよいのでは?」
「お前……何か勘違いしているだろ」
少し怖い顔で、壬氏様が身体を寄せた。
「俺は経験が欲しいんじゃない。お前が欲しいんだ」
そう言うと、壬氏様の唇が重ねられる。
反射的に口を引き締めてしまったが、柔らかな唇から伝わる熱がいつしか強張りを解き、受け入れていた。
「ん……」
壬氏様は接吻をしながら私の前掛けを脱がせると、そのまま身体をずらし、乳首に舌を這わせる。すぐにピンと硬く尖った乳首を焦らすように優しく吸いながら、クスリと笑った。
「やはり、感じやすいみたいだな」
自分は雰囲気に流される性質ではないと思っていたのに、いつもの胡散臭く微笑む仮面をかなぐり捨てて求めてくる壬氏様の様子に、腹の奥にもどかしいような切なさが高まって、疼かせる。
「なあ、お前も声を我慢していないか?」
「我慢している訳では……」
「つまり俺の技術不足という事か」
壬氏様は胡坐をかくと、膝の上に私を乗せた。
「……やっぱり軽いな。お前、本当にちゃんと食べているのか?」
「今、そんな事はいいでしょう。ほっといてください」
「放っておけるか。こんなに軽いんじゃ、不安になるだろ。強い風に簡単にさらわれてしまうんじゃないかと」
「それは――まあ、確かに私は吹けば飛ぶような一介の下女ですが」
「そういう事を言っているんじゃない」
溜め息を吐いた壬氏様は、私の脚を開かせた。
「あの!?」
腰布を外され、後ろから伸びてきた手に膝をしっかりと押さえられ、秘部がひだまで広げられる。
「このようなはしたない格好は――」
「ああ、興奮するな」
広げられた秘部はたっぷりと濡れ、太ももにまで糸を引いて垂れていく。
「触れるぞ」
「っ――」
ゆるゆると、確かめるように指先が滑っていった。
「凄いな、こんなに濡れて――まるで漏らしてしまったようだ」
嬉しそうに言った壬氏様は、ゆっくりと指を膣へと突き立てていく。
「……指一本でも硬い……しっかりと慣らさないと」
――こいつ、本当に初めてなのか!?
いいとこの坊ちゃんはそういう教育もしっかりと受けているのか、初めてとは思えない手つきで愛撫される。
片手で乳首をカリカリと弾かれ、もう片方の手でグチ、ヌチ、と音を立てて膣へと指を抽送され、腰の辺りが甘く痺れていく。
「あっ……あ♡ ……あぁ♡」
生まれて初めて上げる恥ずかしい声が、止められない。
「いいぞ、もっと声を出せ」
私が恥ずかしい声を上げるのが余程嬉しいのか、壬氏様の指遣いに熱がこもる。
「――そろそろ、いいだろうか?」
指だけで気をやってしまい、クタリと寝台に身体を投げ出した私に、壬氏様が圧し掛かる。
その股間には、堂々と陰茎がそそり勃っていた。
「お前には話さなければならない事を話せないまま、こんな事になって悪いと思っている。だがお前も知っている通り、俺も男で、ここまできたらもう止められない」
片脚を抱え上げられ、滝壺で押し倒された時と同じ格好で迫られ、けれどあの時と違い、壬氏様には迷いがない。
もう止められないだろうと改めて思っても、やはり怖い。
明日からの壬氏様との関係性が変わる事、そしてその壬氏様の隠している事を聞かなければいけなくなる事が怖かった。
壬氏様がそんな私の心を見透かしたように言う。
「……怖いか?」
「え?」
驚いて目を見開いてしまうと、壬氏様は少し困ったように微笑んだ。
「俺も、怖い」
少年のようなその表情に、胸の奥に微かな痛みが走り、同時に温かいものが満ちていくのを感じる。
――なんだ、これ……
「……牛黄を渡した時、お前が言ってくれた言葉を覚えているだろうか?」
「えっと……」
なんだっけ? あの時は夢の妙薬が手に入った喜びで舞い上がり、どんな会話をしたか正直よく覚えていない。
「 “お前にとって、俺は俺だ”と、そう言ってくれたんだ」
そういえば、そんな事を言ったような気もする。
「嬉しかった」
壬氏様が気持ちを抑えきれなくなったように私を抱き締め、首筋で囁く。
「本当に、嬉しかった」
そんな深い意味を込めて言ったつもりではない言葉を大切にしてくれていた事に、困惑と同時に嬉しいという気持ちが灯った。
「きっとお前は、俺が何者であろうと変わらない――そう信じられるだけで今は充分だ」
重ねられた肌が、肌から伝わる熱が、抱き寄せられた腕に込められる力加減が、少し乱れた息遣いが、囁かれる言葉が、何もかもがまるで叫んでいるかのように愛おしいと伝えてくる。
――なんだろう、胸が苦しい……
初めての感情に向き合う間もなく、耳に息がかかる程に近い壬氏様に「猫猫」と囁かれ、ゾクッと背筋が震えた。
「あ……」
いつもの嫌悪の鳥肌とは違う、身体を甘く痺れさせる震え。
熱い息で耳を愛撫され、湧き上がった衝動のままに壬氏様の手を取った。
「どうした?」
綺麗だが意外と骨ばった男らしい手にそっと唇で触れ、指を咥える。
チュ、チュ、と咥えた指を吸うと、ブルッと壬氏様が震えたのが分かった。
「……お前も準備ができたみたいだな」
――重い…!
覆いかぶさる壬氏様の身体は思った以上に重く、圧迫感に震える。
先走りのこぼれる亀頭を膣口に押し当てられ、本当にもう戻れないのだと思い知らされた。
メリ、と入り込んだ亀頭が奥を目指して掻き分けていくと、引き裂かれるような熱を持った破瓜の痛みに、我知らず涙が溢れる。
「すまない、猫猫。慣れるまでは動かずにいるから――」
返事もできずに苦しい息を吐いていると、壬氏様が接吻をしてきた。
「んむっ……!?」
これまでと違う、しっかりと合わせた唇の間から舌が口の中を動き回る接吻。
――甘い……?
高貴な方は唾液まで甘いのか、と今まで読んできたどの書物にも書かれていなかった事実に驚いていると、壬氏様も愛おしそうに私を見つめて言った。
「不思議だな。唾液が甘く感じるなんて――」
お互いに甘いと感じる唾液を交換するように舌を絡ませながら、壬氏様の片手がするりと下腹部を撫でる。
「ぅんッ――」
「薄い腹越しに、俺が分かるな。ほら、お前も触れてみろ」
促され、自分の中の挿入物を内側と外側から同時に感じる。
「 “ここ”まで――お前のこんなに深くまで、入っている――…」
嬉しそうに撫でる手の感触に、いつしか痛みは和らいでいった。
「……壬氏様」
「ん?」
「もう、動いていただいて大丈夫です」
「本当に、大丈夫なのか?」
嬉しそうにするかと思ったのに、壬氏様はいたわるような心配そうな目で、念を押す。
「無理はするなよ。駄目だと思ったら、必ず言え」
「はい……」
その気遣いも接吻もまるで恋人に対するそれで、催した性欲を処理する為の手近なだけの存在ではないのだと、ゆっくりと腰を打ち付け始めた壬氏様を戸惑いながら見つめる。
「どうだ? 痛くはないか?」
「痛く、ないです……」
嘘ではなかった。
腹の奥が今まで感じた事のない甘い疼きで痺れて、さっきまでの痛みが嘘のように別の感覚に――あまり認めたくないが“気持ちいい”と感じてしまっている。
膣内が陰茎を締め上げ、形を覚えようとしている事が自分でも分かった。
「おい、そんなに締め付けられたら――ッ」
壬氏様が苦しそうに喘ぎ、抽送が激しくなる。
抜ける寸前まで腰を引き、一気に奥まで貫かれ、それがだんだんと強く、速くなっていく。
いつしか部屋には嬌声が響いていた。
「あー♡ あっ♡ あぁっ♡」
――この変な声、私が上げているのか……?
その喘ぎが自分のものであると信じられないのに、圧し掛かる壬氏様に突き上げられ、奥に亀頭が当たる度に口から勝手に声が漏れ出てしまう。
「いいぞ、もっと鳴かせてやる」
壬氏様は私の腰の下に手を入れて持ち上げると、しっかりと挿入したままグリグリと腰を回し始めた。子宮口を亀頭が押し擦る度、頭がふわっとして、身体の奥に温かいものが広がっていくような感じがする。
「な――なんで――?」
なんで気持ちがいいところが分かるんだ、と涙目で壬氏様を見ると、「ここが好きみたいだからな」と微笑まれた。
――本当に初めてなのか!?
小姐たちは“初めての男は腰を振るだけで精一杯で、相手を気遣う余裕なんてない”って言ってたのに、この男の余裕は一体なんなのだ。
「んああぁぁぁあっ♡ 奥、駄目! これ以上、奥は駄目ですっ!」
思わずすがるように壬氏様の胸に手をつくと、乱れた息遣いの合間に囁かれた。
「……可愛いよ、猫猫」
「きゅ、急になんですか……?」
小姐たち以外に言われた事のない言葉――異性から一生言われる事はないだろうと思っていた言葉だ。
「さっき“お前のよいところを教えてやる”と言っただろう。そんな風に涙を流してよがる顔はゾクゾクしてもっと泣かせたくなるし、俺の愛撫で喘ぐ姿はもっともっと乱れさせたくなる。紅を差した顔は本当に綺麗だし、いつものそばかす顔だって、俺にとっては可愛くて愛おしい。お前のどんな表情も視線も、本当は他の誰にも見せたくないし、独り占めしたい。俺の腕に収まってしまう華奢な身体も愛おしいし、敏感で感じやすいところもいい。だけど華奢だから好きだとかいうんじゃない。お前がそうだから、愛おしいと感じるんだ」
壬氏様が優しく左腕を取り、シュル、と包帯を解く。
実験の跡――治ってはいるが傷痕や蛇の嚙み痕、火傷の痕などで皮膚は荒れ、赤くただれた跡の残る腕に、優しく唇を押し当てた。
「俺の前では何も隠すな。俺にとってはこの傷痕も、お前の何もかもが愛おしいのだから」
「あ……」
溢れる愛おしさが伝わり、どうしていいのか分からずに壬氏様の首に腕を回して抱き寄せる。
「どうした?」
猫猫が脚を腰に巻き付けて、ギュッと抱きついてきた。
すがりつくような様子が嬉しい反面、動きを封じられた恰好に困ってしまう。
「おい、これじゃ動く事ができな――んぅ!?」
陰茎を奥へと導くように、膣の中がうねり始める。
余すところなくみっちりときつく締め付け、絶え間なく痙攣するようにうねって搾り取ろうとしてくる動きは、まるで別の生き物のようだ。
「これも秘術、です……どうでしょうか……私はちゃんと、壬氏様を気持ちよくできていますか……?」
「凄くいい……今にも搾り取られてしまいそうだが――」
少し苦しそうに息を吐く猫猫の後ろ頭を、優しくポンポンと叩く。
「無理はするなと言っただろ。初めてなのだから尚更だ。そんなに頑張らなくても、俺はお前と繋がっているだけで充分幸せで、気持ちいい」
「無理はしていません。私が、したいのです」
いつもと違う、震える声。
「奥に、注いでください」
好きな女の誘いに、抗える男がいるのだろうか?
「いいのか?」
「はい、壬氏様が嫌でなければ」
「そんな事、ある訳ないだろ」
嫌なはずがない。
さっきから、“大切にしたい、膣外に出さなければ”という気持ちと、“滅茶苦茶にしたい、膣内に出して孕ませてしまいたい”という気持ちがせめぎ合い、後者に傾きかけていたのだから。
受け入れられ、求められる事がこんなに幸せだなんて知らなかった。
改めてしっかりと挿入し直し、奥へと押しつける。
「あ、あ、そんなに押し込んだら、子宮が潰れてしまいます……!」
そう言いながらも猫猫は秘術をやめない。痙攣するように絶え間なく、こちらを愛撫してくる。
「ああ、愛らしいな。お前の奥が“子種を飲みたい”とねだるように吸い付いてきて――搾り取ろうとしてくる――♡」
せり上がってくるものを、猫猫に導かれるままに解放した。
「あぁっ、出るっ――ぐッ!クぅッ!!」
――何時間経っただろう……
子宮へと流し込まれた精液が、突かれる度に溢れて飛び散っていく。
あらゆる体位で何度も何度も絶頂し、精液と愛液、汗と唾液で身体中ベトベトだ。
壬氏様は射精の度に “一滴も漏らさずに注ぎたい”とでも言うようにしっかりと奥へと当てたまま、じっくり子宮へと流し込んだ。
何度目かも分からない絶頂の後、二人して寝台に身体を投げ出し、天井を眺める。
「……これだけ注げば、本当に孕んでしまうかもしれないな。だが安心しろ、責任は取る。軍師殿の許しを得るのは骨が折れそうだが――…」
「今、あの男の話を持ち出すのはやめてください」
「ん、確かにそうだな」
妊娠してもおかしくないほど膣内射精されたが、不安はなかった。
「愛している」と囁かれながら身体の奥を突かれ、抉られ、満たされる事がこんなに気持ちがいいと知り、色事をどこか斜に見ていた自分も結局は女であると思い知らされた。
けれど、嫌な気分ではない。
二人で軽い湯浴みをし、ぐっしょりと濡れた寝台を整える。
できるだけ綺麗にしたつもりだが、あのばあやなら、おそらく一目で気付いてしまうだろう。
それを知った時の水蓮や高順がどんな反応をするのか、考えると決まり悪いし面映ゆい――…。
うつらうつらとそんな事を思っていると、私を抱き締めるように横たわっていた壬氏様が囁いた。
「……眠いか?」
「はい……」
「そうだな。今夜は無理をさせた。このまま眠るといい」
そういえば、壬氏様は私に何か話があると言っていたのだっけ。
さすがに今夜はもう、話をするという感じではない。
眠りに落ちる寸前、これだけは言っておかねばならないと思っていた事を思い出した。
「……ご安心ください、壬氏様……月の道の周期から数えて、子ができる可能性は低いですから……」
「そう――なのか……?」
安心させようと思って言ったのに、なぜか壬氏様はとても残念そうだった。
ずっと書きたいと思っていたカップリングを、ようやく書き上げる事ができました~\(^o^)/
塩どころか粗塩対応の猫猫と、割と出会ってすぐにベタ惚れの壬氏の、なかなか進まない二人の関係性にヤキモキ…
早くくっついてほしいですね~