紬ぐ所以は見果てぬ愛を 作:ドットワリー
耳の穴にどろりと流し込まれるような囁き声。触れるか触れないかという距離で纏わりつくのは、自分より幾分も小さな少女の躯──……
「体温が上がっているのをここからでも感じますよ。おや、つまりは体が火照っているようです。おかしいですねぇ……あなたの肉体は人形である私との間に遺伝子を残したがっているのですか?」
はっと我に帰った男は迫る影紬を右手で押しのけ、逃れるように身をよじる。自分は何を考えていたのか。散々煽られるまでこの馬鹿馬鹿しさに気が付かないだなんて本当にどうかしている。
悪辣を極めた影紬の事だ、こんな訳の分からない事を言い出すだなんてこちらの反応を見て楽しむ為に弄んでいるだけに違いない。
「おっと、中々につれない反応ですね。意外や意外……」
しかしそれでも、指で口元を隠してくすくすと笑い、挑発的な薄目の上目遣いでこちらを見上げてくる彼女からは視線を逸らすことさえ躊躇われるような魅力が漂っている。
本来なら彼がどれだけ力を込めて押そうが引こうが小揺るぎもしないであろう影紬はあっさりと尻もちを付くようにソファの上に倒されて、両膝を前に揃え、足を横に流した姿はまるで女の子らしい仕草そのものだった。
「何だかおかしいと思います? いつもより頭がぼーっとして……普通なら『お前なんて』と一笑に付すところを、不思議とドキドキが止まらない自分が自分でないみたい……?」
何かしたのか、と情けない声で問いを放つ男に対して「いいえ」と答える。即答だった。
「実はね、
それどころか──幾ら便利とはいえ録画機能すら付いているやも知れない人形などをそこら中に作られ、どれほど感覚に優れているかも分からない私が何食わぬ顔で同棲する状況。何かを言及されたくなくて、我慢して、我慢し続けて……ここ数日間、吐精にすら至っていないのではありませんか……?」
完全に図星を突かれて何も言えないまま動揺する男を尻目に、さも愉快そうに微笑みながらソファを立った影紬はやれやれと肩を竦めて背を向ける。
「私は誰にも危害を加える事はできません。そういう約束でここに居ますし、どこぞの神の怒りに触れて混沌の海にばら撒かれたくないですからね。だから私はあなたに何を強制することもありません──しかし、どうでしょう」
肩越しに覗く目。それは先程よりも遠くにいるのに、何故だか魂の芯を震わせるように思えてならない言葉の誘惑。耳を貸してはいけない。わかっているのに、なのに──……
「良いんですよ、ほら、
気が付けば男は寝室の扉を後ろ手に閉めていた。楽しげに周囲を見回す影紬が中にいるのにも関わらず。流石にここまで入れてもらうのは初めてですねと、何食わぬ顔で独り言を呟いている。
「それで、これからどうしたいんですか?」
意地の悪い笑みを浮かべてベッドの縁に腰掛ける影紬。できないのか、やらないのか、どうやら本当に自分からは何をするつもりもないようだ──そしてここまで事が及んだ時点で、男はようやく、自分の置かれている状況と猛烈な焦燥感を自覚した。
「
こちらが全てをやらなくてはいけないのだ。これは、いよいよ誰に言い訳ができる事でも、なし崩しに受け入れればいいだけの事でもなくなってしまう。自分の意思の形を、くっきりと炙り出されるかのようなざわついた感覚。
意図的に脱力しているのであろう影紬の服に手を掛けるのは、まさに抵抗のない等身大の人形を着替えさせるような感覚に違いなかった。
ただし、それは確かな意思をもって自分の行為をじっと見つめてくる人形で。
そんな彼女に対して自分が今からやろうとしている事は───
「ふふ……これは何とも形容し難い、凄い目をしてますよ。鏡があれば見せてあげたいくらいです」
男は、自分が服を脱がせた影紬の裸体を前にして息を呑んだ。それと同時に普段の彼女がいかに己の”人外らしさ”を消していたかを実感させられる。
手足の指や表情の滑らかさが逆に浮いて見えるほどの典型的な球体関節人形の構造。肩肘や膝は勿論のこと、胴体も人間らしさより可動域を優先する腹部を中心とした三分割方式。
だが不思議と欲望を萎ませる類の気後れや異物感のような感情は湧いてこず──むしろ柔らかそうな小ぶりの乳房や露わとなった女性器に備わる無機的な質感が、その異形と共に映える非常に背徳的な官能を訴えかけるようでならなかった。
だって、これを見させられるのは初めてでは無いのだ。
普段の生活の中から。何かにつけて人形部分の一部を晒し、何気ない顔をしつつも瞳の奥で挑発的に嘲る色をちらつかせて。初めは忘れようとしていたのに、何度も、それは少しずつ頻度を増やして。その度に少しずつ、何かがこじ開けられるかのようにこの心がざわつかせられてきた。
特にこの前は、そう。わざわざリビングに無数の工具を広げた中でスツールに腰を落ち着けながら──今にして思えば酷く、これ見よがしに。ズボン一枚の上裸姿で、自分の腹部を開いて弄る様子を見せつけてきていたのだ。
『おっと失礼……ふふっ。まあまあ、こんな物は単なる人形の整備の光景ですよ。まさか変な気を起こしたりしませんよね……?』
もう我慢できない。この影紬のせいで自分の心はこんなにも捻じ曲げられたのだ。その責任を取らないといけないのはお前の方だ。
カチャカチャと音を立てて何とかベルトを外し、ついに男は影紬の前に自らのモノを曝け出した。涎のように先走り汁を垂らし、獰猛に怒張するその様は”影紬への欲情”という、背徳そのものと言っていい反応の度合いをむざむざと見せ付けているかのようであった。
「よっぽど溜め込んでいらしたのですね。それも私のからだに塗りつけることを想像して……私のために大きくしたのを見せつけるように……そんなに切なそうにひくひくと震えて。本当に、男の人のおちんちんは素直なんですから。
かわいらしい玉袋もずっしりと重そうで、こうしている今も頑張って子種を次々と作っている精巣の元気な様子が目に浮かぶようですね……♪」
そのまま息を荒くして人形の躯をベッドに押し倒して覆い被さろうとする男を前に──影紬はピクリと指を動かす。彼女と過ごすようになってから何度も目にした事がある、糸で結び付けた物体を操る時の動作だった。
次の瞬間、中途半端に脱げていただけの男の衣服がするすると器用に脱げていく。一体何を──と思うべき所なのだろうが、極度の興奮から体が火照り汗に濡れ、意識が朦朧としかけている男は何の疑問も持てずにされるがままでいるのだった。
(確かにあなたの意思で、しかし半端にやりかけた事のお手伝い。それぐらいをして差し上げるだけなら”危害を加える”事にはならないでしょう──といっても、ふふ、聞こえておりませんか)
互いに裸で向き合うまでに至った二人。だが影紬の方からはそれ以上の動きは無いようだった。どうすれば良いのか、人形のからだで一番気持ち良くなれるのかは分からない。それでも、極上のからくり仕掛けが詰まっているであろう影紬の作り物の膣内に男性器を包み込まれ、そこで思い切り腰を振る事ができたらどんなに気持ちがいいのだろうか──……
『私との間に、子供を作ってみませんか?』
そこで男はかろうじて思い出す。直前に影紬が言い出した台詞。どういうつもりかは分からないが、膣内に射精するのはとにかくまずい。”愛”を理解もしていない女が興味本位で作る子供の父親にされるなど、あってはならない──……
「ふふ、何ともけなげな事ですね。つらそうな顔……無理をして我慢などなさらない方がよろしいのに」
それでも腰の奥から煮え返る欲情を抑えることができずに、男は押し倒した影紬のぴとりと閉じた両脚の間に、その隙間に興奮した男根を擦り付けた。
脈打つ陰茎をぬらぬらと覆う透明な我慢汁が潤滑油となり、無機物の太腿にそれを染み込ませるように塗りつけられる。にゅぐ、にゅぐっ……と押し分けるような感覚に男は苦悶が混ざった恍惚の表情で歯を食いしばる。
反発性が高めのシリコンのようにひんやりとした冷たい感触で気持ち良く、心配していたような硬さは無いようだった。いくら人形といっても魔物としての体のつくりが前提にあるのか、男のモノをあらゆる部位で心地よく刺激できるように想定されているという風にすら感じられた。
「……♪」
だが、
徹底的な魔物の責めで家畜のように精液を搾り取られる。為す術もなく幸せに射精させられる。
心の奥底で密かにずっと憧れていた体験と程遠いような現状。にも関わらず、溜まりに溜まった精液は出口を求めて尿道の根元まで通り抜けようとしている。その感覚がすぐ近くまで来ていた。
きっと今のままでは、中途半端な絶頂を迎えて影紬の作り物の太腿の間にちょろちょろと情けないお漏らしを撒き散らすことしかできない。だらしない気持ちよさにしがみ付くだけで何の意味もない射精。
こんな所で、終わってしまう。
「いいんですか……?」
ピクリと、動かしていた腰が止まる。
男の本能をくすぐる、嘲りの混じった笑みと誘惑の声。影紬は覆い被さられて仰向けのまま両手をこちらに伸ばし──あたかも愛おしげな感情を錯覚させるような手つきで、両頬に添えてくる。
「私に射精してしまったら当分は動けなくなるんですよ。今でさえ、ご自分で一生懸命に刺激しなければ高められないのに……気持ちいいの、これで終わりになってしまいますよ?」
そう、これで終わり。
だけど、せっかく終わるなら──……
「その前に、一回だけ。本当の魔物の
ひと擦り、ふた擦り、ぞくぞくっ……て。どれだけ気持ちよくなれるのか、最後に少しだけ試してみませんか?
大丈夫ですよ、本当に──妊娠。させたくないのなら。たったそれだけ我慢して……すぐ抜いてしまえば、何も問題ないのでしょう……?」
まるで全力で走った直後のように荒い息を浅く吐き、心臓がばくばくと音を立てて高鳴っていく。
理屈のことなど考える余裕もないうちに──単なる浅ましい動物としての本能だけが、人形の股に覆い被さるオスの腰をぐぐっと浮かせた。
太腿に挟まれた男性器がカウパーに塗れながらぬっぷりと抜き取られる感触だけでイキそうになるのを必死に堪えて──興奮のままに膨れ上がった亀頭の先端をビクビクと揺らしながら、影紬の陰部に狙いを定めた。
「そう、お上手です。よくできました……
……その情けないお顔と格好。
本当にいじらしくて、ふふっ、
でも……とっても格好いいですよ……?」
駄目だ。
こんなにもわざとらしく。ただただ意図的な声と仕草で本能を煽られているだけに過ぎないのだと、理解できているはずなのに。
これのやったことは、もはや犯罪や背徳なんて言葉では足りない。ただひたすらに、世界に喧嘩を売るような所業だった。救いも後悔もなく、踏みにじれるものすべてを踏みにじった。笑いながら、何も残らないものを求めて。それは罪という言葉で済ませるにはあまりにも深く、濃く、人智の及ばぬほどに穢れた所業だった──それなのに。
恋してしまっている。
最低最悪、あまりにも冒涜的。そんな悪事の限りを尽くしてきた彼女のことが愛おしくて、好きで好きでたまらない。そんな影紬とお互いの生殖器を密着させているという事実が、この上ない歓喜と充実感を腹の奥から湧き上がらせては胸を満たしてしまうのだ。
「──冗談だと思った、本当にできると思わなかったなどと後から言われては困りますので。改めて念の為に言っておきますが」
ベッドの上でまさぐられる男の両手が、影紬の小さな手のひらを見つけ、恋人のように繋ぎ合わされていく。
「子供ができるというのは”本当”です。私のお腹には今……そうですね、言わば『柔らかい細工箱』のような機構があり──」
影紬の整った形をした口から男の耳に流し込まれるのは、人形たる彼女を構成する無機のからだが子供を身籠るための背徳的な仕掛けの事実。
この胎内に収まる機構が捕まえた一匹一匹の精子から遺伝情報を分析し……男の特徴と母体である彼女自身の特徴を受け継がせ、発生時点で非有機的な材料のみを用いた一種の構成物を組み上げる。
それは精子に由来する父親の遺伝的情報と、母体人形の構成情報──「設計遺伝子」とでも言うべきものが密着し、絡み合う過程の段階であるのだと。
「ですからつまり……実は、生じる存在は有機物ではありません。
ただ
亀頭が作り物の膣口にゆっくりと摩擦されながら入り込んでいき──登り詰めた射精感の限界を感じ、腰を押し込む動きが止まる。
「分かりますか? ここであなたが、びゅるびゅる……っと気持ちよく射精してしまうと、何が起こるか。
ご自身の生身の遺伝情報が人形のそれと絡み合い、無機物の中に遺されていく……肉体の本能は普通の女の人に託すことを望んでいたはずの遺伝子が、冷たい物質の中に潜り込み、混ざり合っていく。
ほら……目の前にいる私の。顔の造形や、躯の構造、そして性格の特徴に、肉体の遺伝子を混ぜ合わせることを強く想像してください……?」
届いてすらいない。
膣壁に陰茎を磨き上げられる感触も、男を悦ばせるための仕掛けが一つでも動いている様子にも、まだ辿り着いてもいないのに。
それなのに、膣の入り口に亀頭だけ包み込まれた男性器は、その中に何かを注ぎ入れたがるかのようにぴくぴくと脈を打ってやまない──
「大事な遺伝子を生身の肉体ではなく、無機物に間違えて絡み付けてしまったのにも関わらず……
父親として、オスとして、遺伝子を残した満足感。本能で感じてしまうんですよ……?」
両手を繋ぎ、強く握り。
腰を突き入れることもできず、かといって抜く刺激すら射精に繋がるまでに登り詰めてしまっていることに気が付けば、全てが遅かった。
「この私との間に赤ちゃんを作って、産んでもらって……
暖かい家庭、築いてしまいましょうか……♪」
ぴゅるっ、と。
脳みそに流し込まれた単なる言葉の意味だけが最後の後押しとなり──男性器の脈動と共に、ぎとぎとに粘つく濃厚な精液が送り込まれた。
膣内の気持ちよさを楽しむことすらなく、亀頭の部分だけが挿入されている情けない状態で。
お互いを繋いでいる陰茎が、脈打ちながらそこを通る子種を必死に注入している様子すら、外からはっきりと分かるまでに。
「んん、ふふ……♪」
ぺとっ、ぺとっ、と飛び散った精液が無機物のからだの奥底に付着していく。本当に取り返しのつかない事態を避けたいのなら、挿入している男性器を今すぐにでも膣から抜かなければならない。まだほんの少しだけなら体は動く、それくらいの事なら絶対にできる──……
しかし、男が取っていたのは真逆の行動。
好きな人のことを妊娠させ、子孫を残すことの幸福な満足感しか男の頭には無かった。
出した精液を少しでも奥に塗り込むための、子種を確実に受精させるためのオスの本能。引き抜くのではなく──
むしろ、影紬の膣の奥深くまで。甘えるように男性器をぐりぐりと押し付けてしまうのだった。