東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
『月の章』の続編、幻想郷の終末を巡る壮絶な絆の物語が開幕!
- これは、数多ある幻想郷のうちのとある幻想郷における物語 -
(……どうしよう、やっちゃった)
「その日」、博麗霊夢は人生最大の危機に陥っていた。
膝の上の空っぽのお皿。そのお皿の上には三本の三色団子の串。
逆さまにひっくり返してもビタ一文たりとも出てこない空っぽの財布。
傍らに立つは少々呆気に取られたような顔を浮かべる若旦那。
ここは人里、「餡蜜堂」。店舗前の飲食用のベンチ。
その現場にて博麗の巫女がしでかした痛恨のミス。
それは「無銭飲食」。
当然ながら狙ってやったことでは断じてないのだが「やってしまった」のである。
しかもよりにもよって、常日頃から世話になってる「檀家」の店で。
ついでに食べ終わるころまで無一文であったことを失念していたというおまけつきだ。
「あ、あのぅ、霊夢さん?」
「は、はひっ!!」
支払いの段階になって一向に代金を支払わないこの娘を前に不審げに問いかける若旦那。
その声かけに思わず声を上ずらせる貧乏巫女。
その顔は滑稽なくらいに蒼白になって滝のような汗がだらだらと垂れ流れている。
「まさかとは思いますが、そのまさか、ですかね?」
「え、えー、そ、その、そ、それは……」
まさに万事休す。
博麗霊夢の物語はここで終わりを迎えるかと思われたその矢先。
「よう、どーした、霊夢?」
「っ、魔理沙、ちょうどいいところに!」
横合いからひょっこりと顔を覗かせがてら声をかけるのは、金髪の幼馴染み。
その娘、「通りすがりの魔法使い」。故にどこにでも現れる。
そんな神出鬼没の娘がこの現場に居合わせるのもまるで不思議ではない。
思わぬ助っ人(?)の登場に驚くも、霊夢はこれ幸いにと若旦那を横目にひそひそと幼馴染みに事情を打ち明ける、のだが。
「ね、だからお願い、助けてっ」
「助けろつってもな。……おまえ、あたしに金返すのが先だろ?それはいつ返してくれんだ?」
「はうっ!?で、でも、そ、それとこれは?お願い、立て替えて!」
「あー?悪いな、金も返さねえ奴にこれ以上の義理立てする筋合いなんてねーし?まあ、頑張れ?」
「そ、そんなっ!?頑張れってどう頑張るのよ!??」
金銭関係にはとことんドライな幼馴染みはどんなときでも崩れることなくドライだった。
声をかけるだけかけて、ひらと片手を上げがてら無情にも大ピンチの友人を見捨てて歩き去ってしまう。
歩き去るついでに呼び寄せた箒に跨ってひゅーんっとどこぞへと飛んで行ってしまった。
(……ああっ)
金の切れ目が縁の切れ目とはまさしくこのことなのだろうか。
縁が切れるついでに命運も尽きたようでもあるが。
とにもかくにも、この娘は完全に詰んでしまったわけで。
そして店主である若旦那もこの「現行犯」をおめおめ見逃すはずもなく。
警察も裁判所もないこの幻想郷、軽微な犯罪に関しては当事者間で始末をつけるのが通例となっている。
したがって。
「まあ、ここではなんですし。詳しい話は店の中で聞きましょうか?」
「は、はひっ」
その通例に則り直接手出しされることはなくても少し強めの言圧に促され、店の中へと連れ込まれようとしたところで。
「……あのう、そこのお二方、如何されました?」
「おや、貴女は?」
「ああ、これは失礼を」
その現場に偶然出くわした娘は、不審げな店主の問いかけに応じるように目深に被っていた市女笠をゆっくりと虫の垂衣ごと脱いでいく。
秋風に吹かれ弄ばれるように揺れるは長い緑の髪。蛙をあしらった髪留め。
心持ちふくよかな肢体を包むは紺の縁取りの白衣と紺袴。
その手に握られるは短冊のような札を差した幣。
「守矢の遣いの者です。よろしければお話をお聞かせ願えませんか?」
柔らかな物腰で店主に告げやる娘の顔には見覚えがあった。
そしてその娘もまた何かしら悟ったかのように店主の傍らで硬直している博麗の巫女の顔を見るなり、にっこりと微笑むのだった。
それから。
「ありがとう。あなたのおかげで助かったわ。それにしても気前がいいのね。立て替えるついでに奢ってもくれるなんて?」
「いいんですよ、センパイ?センパイの窮地を助けるのは後輩として当然のことじゃないですか?」
「センパイ、かあ?そこは変わんないのね。なんかそう呼ばれるとくすぐったいというか」
「えー、そこは慣れてくださいよ。わたしにとってセンパイは憧れの人なんですから?センパイのことはいろいろと聞いてますし?」
「そう?そうなんだ。ならなおさら、かっこ悪いところを見せちゃったかもね?」
修羅場を潜り抜けたその現場、ベンチに並んで座る二人の巫女。
始末がついたのでもはや用なしとばかり、あの若旦那は店の中に引っ込んでいる。
守矢の遣い。そして博麗の巫女。
二人は「既知の関係」。
とはいえ、実のところ直接会うのはこれで「二度目」。
久方ぶりの「再会」に自然と会話も弾む。
一番最初に出会ったのは確か「太陽の花畑」であったか。
ただあのときは突然の雨にやられ、ろくに会話をすることなくお別れしたのだったか。
「ああ、そうそう、センパイ?最近なんかお悩みごととかありますか?」
「悩み、かあ。んー、ここのお店、うちの檀家さんなんだけど。さっきの若旦那の奥さんの具合があんまりよくなくて」
「そうなんですか?ちょっとあの人ピリピリしてるなーって思ってたらそういう事情があったんですね」
「うん、まあそうね。それと娘さんのこととか。よくここでその子とその奥さん、お母さんのことで話をしたりとか」
「ん、そうなんですね。……ところでセンパイって自分のことで悩んだりしないんですか?」
「え、わ、わたし?」
「そう、そうです。わたし、センパイのことすごく興味あるし。もっとセンパイのこと知りたいんですっ」
「え、ええ、っていきなり言われてもなぁ?……ふぁっ!?」
ここで守矢の遣い、東風谷早苗は唐突に話題を切り替えてのける。
急な話題転換にテンパる博麗の巫女などお構いなしに、身を乗り出しがてら翠の双眸でその顔をじぃっと覗き込む。
食い入るようにその顔を覗き込まれるついでに塞がれる唇。
その柔らかい感触を感じただけで、ぼっと耳先まで赤くなる。
弾かれたように霊夢は早苗を突き放そうとするが、途中でくたりと力尽きてしまう。
自身の両肩を掴んでいたその両手が滑り落ちてだらりと垂れ下がっていくのをつぶさに早苗は見つめる。
連なる長き唾液の糸が伸びながら互いの唇が離れていくころには、霊夢の双眸からは完全に光が消え失せていた。
「 センパイってほんとかわいいですね。わたしよりもちょっとちっちゃくて
まるで 『 お と う と 』 みたい 」
それは言霊。
しかしそれに気付くことなど今の霊夢にできるはずもなく。
ましてや、抗うことなど。
そしてその身体は「変わり果てる」。
ぱっと見の外見はとりたてて変わったところはない。
それでもただひとつ違うのは。
「センパイ。これでさなえはひとつ罪を犯しました。でも許してくださいなんて、絶対に言いませんからね?」
ことのすべてを終え、早苗はどこか寂しげな微笑を交えながらそう告げていく。
しかしそれが当の本人に届いたかどうかなど定かではない。
ただいずれにせよ。
これは「ひとつのはじまり」。
それからまた物語は紡がれていくのだった。