東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
世界の終わりを示す終末時計があるという。
その針が零時を差す時世界は終わる。
文字盤となる陰陽太極図に囚われしは二人の巫女。
二人はとうのむかしに事切れこの時計の動力となっていた。
陽(ヒ)の巫女は運命にただ流され弄ばれ。
陰(イン)の巫女は運命に抗い絶望の淵に沈む。
それでも陰の巫女は諦めなかった。
たとえ辿る結末が同じだとしても、終わりなき輪廻を繰り返しては孤独な闘いを続けていた。
しかして時計の針は止まらぬ。
それの意味するところは。
宵闇に包まれし博麗神社。
それまでの静寂を破るは雷鳴のごとく轟く怒号と悲鳴。
飛び散るは血飛沫と臓腑。
それは唐突に始まりそして唐突に終わる。
境内にて累々と連なる人の屍。散らばる数多の肉片。
それは愚かしくも鬼に挑んだ者どもの成れの果て。
正攻法では敵わずと踏んだのかそこらに転がる毒入りの樽酒がその者どもの狡猾さを如実に物語る。
ただそれは皮肉にもより鬼を逆上させるだけの結果となったが。
戦意を失くし逃げようとする者。
あさましく命乞いをする者。
捨て鉢になって斬りかかる者。
そのすべて等しく自らの手で葬り去った鬼は返り血を浴びながらただ淡々と血塗れの両手を眺めやる。
それはまことに不本意ながらしでかした所業。
されどそうしなければ。
「萃香っ」
その騒ぎを聞きつけ社務所から駆け付けて来たのは博麗の巫女。
名を呼ばれた鬼はゆらりと振り返りては巫女へと自嘲の笑みを投げかける。
「悪いな霊夢。とうとうおまえとの約束破っちまった。人を傷つけるな。殺めるな。その約束をさ?……けどよ」
付かず離れずの距離を保ったまま鬼は言葉を続ける。
その距離はもはや決して埋めることの適わぬ隔たり。
「遅かれ早かれこういうことになるのは分かっていたはずだ。だけどそれもいまさらだよな」
所詮鬼は鬼。
鬼と人は決して相容れぬ。
それでもこの巫女だけはこの鬼を受け入れてくれた。
それもこれもあろうことか博麗神社の台所番として。
しかしその役目もこれでしまい。
出会いはあの三日おきの百鬼夜行。
それもそもそもはこの神社の乗っ取りを目論んだ企て。
果てなく催される酒宴により蓄積される妖気を狼煙に、行き場をなくした同胞呼び寄せそこを新たな根城にする。
それを阻んだのもまた。
どうにもこうにもこの巫女を前にすると調子が狂うようだ。
そのせいで今の今まで己が鬼であることを忘れていた。
やれやれと嘆息漏らしがてら瓢箪酒を煽る。
呑み慣れた酒さえもはや血の味しかしない。
「じゃあな」
「待ってどこに行くの?!」
一声上げるなり鬼は巫女へと背を向ける。
案の定巫女は弾かれたように引き止めにかかる。
「飯ぐらい自分でも作れるだろ」
「ばか、そうじゃないわよっ」
そこで鬼は予想外の言葉を耳にする。
あなたはともだちなのよ。
だから放っておける理由ないじゃない。
このお人好しはとことんお人好しのようである。
時折聞こえる嗚咽がなんともまたいじらしい。
それにつられついつい振り向きたくなる衝動を必死に堪える。
「なあ、よしてくれよ。もうここにゃいられん。去るのが妥当だろうよ。それに」
おまえはこの姿を見ても尚もこの鬼を友と呼ぶか。
諭すような物言いの後に自らを戒める枷の悉くを断ち切る。
同時にその身体は禍々しき妖気に包まれゆく。
伊吹萃香とはこの郷に移りし頃より名乗りし名前。
その真の名は。
「萃香!」
どす黒い妖気が晴れるころ、そこにはもうあの愛くるしい姿はなかった。
その代わりにあるのは見上げるほど大きな大きな鬼そのものの姿。
あまりのその巨大さにへたりと尻もちをつく巫女を尻目に、鬼は腰ほどの高さの鳥居を跨ぎて人里へと歩き出す。
その一歩刻まれるごとに轟く地響き。
時折聞こえる咆哮は慟哭にも聞こえた。
「だめっ、萃香っ」
すぐに我に返るや立ち上がりざまに巫女は鬼の後を追いかける。
だがそれも鳥居を抜ける手前で止められる。
「……紫」
「だめよ霊夢ちゃん。ここはもう通行止め。通すわけにはいかないわ」
スキマを介し現れた紫はゆるく両手を拡げながら娘の行く手を遮る。
ここにきての最大の障害の出現にやむなく巫女は身構える。
それを見た紫は目を据わらせる。
「いまのあなたに何ができて?できないわよね。飛べないし発せないのでしょ?」
「っ」
「迷いの竹林に向かったあの時からあなたの様子はおかしかったわね。気付いていなかったと思ってて?」
「……でも、それでも」
「聞き分けの悪い子ね。お仕置きが必要かしら?」
「うるさいっ、おばさんは引っ込んでて!!」
「お、おばっ!?」
突き付ける左手は術を行使する前触れ。
それに怯むことなくなりふり構わず真正面から霊夢は切り込んでいく。
その予想外の突撃に紫は完全に虚を突かれる。
「えっ、ちょっと?!」
瞬く間に詰められるその間合い。
次の瞬間には至近で跳躍した娘に顔面を思いきり踏みつけられていた。
「うへっ」
間抜けた声を上げながら卒倒する紫。
その間際に逆さまに映るその視界の中で鳥居を飛び越えて消えていくその後ろ姿を目の当たりにする。
(飛べないなら跳ぶのか。すごい発想力ね)
どうやら我が愛娘は知らぬ間に自分の手の届かぬところまで成長したようである。
それを嬉しくも寂しくも思うのだが、その状況はなんともまぬけ。
莫迦親ここに極まれりといったところか。
(あーあ、やってらんないわね。……ん?)
やさぐれ気味に見上げる夜空にふと煌めく一つの光。
それは鳥でもなく飛行機でもなく。
ただただ重力の導きに従いこちらに向かって一直線に墜ちてくる。
莫迦に釣られてさらなる莫迦が降って来た。
類は友を呼ぶとはまさにこのことか。
「ちょ、ちょっとぉおおお!???」
慌てて紫が跳ね起きると同時に辺りは真っ白い閃光に包まれたのだった。
北北東の方角から迫る巨大な鬼の姿は一里離れた人里からも見ることができた。
その姿が徐々にはっきりと見えるにつれ、鬼は真っ直ぐに人里に向かっていることは容易に知れた。
火の見櫓の警鐘がせわしなく鳴り響き、町は瞬く間に大混乱となった。
通りは荷物を抱え逃げ惑う人々で溢れ帰り、あちこちで怒声やら悲鳴やらが飛び交う。
親とはぐれ泣く子供の姿もあった。
その子供すら蹴散らし逃げ場を求め駆け回る大人ども。
しかし誰もが思いもつかなかった。
この人里に安全な場所などないことに。
「あー、やっちゃった。やっちゃった。これはお仕置きされっかな、されるとしたらドキツイのがいいな」
博麗神社めがけ降って来た莫迦一匹。
着地と同時に本殿をめちゃくちゃにぶち壊し、その残骸の上に立ちながらゾクゾクと被虐の喜びに震えている。
その莫迦、ついでに変態。
その変態を前に怒りを通り越して早くもドン引き状態の紫は、ひくっと顔を引きつらせる。
「あなたは何?見たところ天人のようだけど。こんなことをやらかして一体どういうつもり?」
「あー、これは失礼。そう我は天人。名は比那名居天子。そして神に選ばれし者」
神という単語を耳にした途端、すっと紫は双眸を細める。
その表情の変化に気にも留めず天人は、水色の長髪なびかせつるぺたの胸を得意げに突き出すようにふんぞり返りながら尚も口上を垂れる。
「神は我にこう天啓を授けた。一向に探れぬ陽の巫女を炙り出せ。そのためには如何なる手段も問わぬと」
「神、ねえ。……それは守矢の二神のことかしら?だとしたらどっちに頼まれたの?それとも両方?」
「へえ、さすがはこの郷の管理人。いろいろと察しているようで。だけどそんなことはどうでもいいからさあ?折檻してくれよー、縄でふんじばっても鞭でぶちのめしても蝋燭で炙ってもいいからさあ?」
「下衆が。ならば望み通り罰を与えてあげるわ。美しくも惨たらしく散るといい」
その一言だけで変わる空気。
「お、おお、なんだなんだ?」
不意に天人の頭上にスキマが開いたと思えば、数多の道路標識が雨霰のように降り注ぐ。
滅茶苦茶な方向を向いた一方通行の標識が天人を取り囲み文字通り八方塞がりに仕向ける。
それは方違え。
無作為に動けば待ち受けるのは死あるのみ。
その原型留めぬほどにその身体は細切れに切り刻まれるだろう。
だが天人は血まみれになりながら平然と一歩前に出る。
そう、まるで何事もなかったかのように。
それどころかその息遣い荒く、発情しきった下衆猫の面をしている。
「よ、よく分からないけど、百回くらいはイけたかも。なあ、もっと、もっと甚振ってくれよー」
「……こいつ」
これにはさすがの紫も気色ばむを得ない。
そんな矢先。
「あら、意外と厄介な相手みたいね」
「そうね、おねえちゃん。だけどぶっ壊しがいがありそう」
手をこまねく紫の両脇からひょっこりと現れるのは吸血幼女二匹。
その突然の出現に紫は目を丸くする。
「レミリアちゃん、フランちゃん?……いつの間に?」
「未来は常に予測して然るべき。そのための備えは怠ってはならないものよ」
「なに気障ってるのよおねえちゃん?なんだか博麗神社が大変そうだから様子見に来てってさくやに頼まれたからでしょ?」
「調子が狂う。だから嫌なのよあなたと来るの。いいわ、それよりも」
「紫、ここはわたしとおねえちゃんに任せて?霊夢と萃香をお願い」
「……わかったわ。だけど、言わなくても分かるわね、あなたたち」
「ええ、もちろん」
二人の吸血姉妹に促されやむなく紫はスキマを開きこの場を後にする。
それが閉じられた頃合いで二人は改めてこの天人と向き合う。
「お、おお、なんだ、今度はおまえらが仕置きしてくれるのか?だ・い・か・ん・げ・い・だっ。細切れでも八つ裂きにでもしてくれっ」
「……おねえちゃん、こいつキモい」
「嫌なら帰っていいのよ。その代わり今夜のプリンはお預けよ」
「っ!おねえちゃんっ!!」
何はともあれ、仕切り直しの第二ラウンドはこうして幕を開けるのだった。
どこに行っても安住の地には辿り着けない。
それは稚児のころに鬼となったその日から宿命づけられたものだった。
鬼となった理由は分からない。
ただ募りに募らせた己に対する周りからの嫉妬の念が己を鬼に変えたようだ。
最初に移り住んだのは大江山。
気付けば己の周りには己を頭領と崇める同胞たちが集っていた。
山の中腹に御殿築き、酒と力比べに興じてその余興ついでに都に下っては狼藉を働く。
そんな愉快な同胞たちと暮らす日常もそう長くは続かなかった。
時の帝と稀代の陰陽師にそそのかされて討伐にやってきたもののふども。
巧妙に修験者に化けた連中はなんだかんだで大好きな酒を勧めて潰れた頃合いで寝首を掻きに来た。
そう、己の真名は酒呑童子。
その黄泉返り。そのついでの幻想郷入り。
次に移り住んだのは妖怪の山。
そこに住んだら住んだで先住者の天狗と河童どもと反りが合わず追放の憂き目に遭い流浪の身となり。
居つく場所もなくようやく見つけたその地すら奪ったのはまた人間。
その手口もまたかつての心の古傷に障り、いやでもあの忌まわしき記憶を呼び起こした。
故に加減を忘れた。
その気になればそのすべて殺さずに済んだかもしれない。
けれど懲りずにまた来るだろう。今度はそれ以上の大勢率いて。
人間とはそういう生き物だ。知恵がある分、余計に始末が悪い。
気付けば人里はすぐ目の前だった。
いまごろ人間どもは慌てふためき無様に逃げ惑っている頃合いだろう。
厄介なのは人里取り巻くあの輝き。
あれにどんな細工が施してあるのかは知らぬが、構いやしない。
たとえそれが結界の類だとしても脆弱な鬼門ならどうだろう。
そのすべて、踏み潰してやる。
無論、そこに巣食う人間どもも道連れにして。
だがその歩みは唐突に止められる。
「……霊夢」
膝屈めて見下ろせば己の行く手を遮るように立ち塞がる小さな小さな巫女一人。
気付かねばあやうくこの巫女すら踏み潰すところだった。
ひょいと人差し指と中指で巫女の襟首を摘まんでは目の高さまで吊り上げる。
「萃香、もうやめてっ。これ以上罪を重ねないでっ」
「まだ言うのかよこのチビ助。邪魔だからすっこんでろ」
「うきゃうっ!?」
かくて巫女は宙高く放り捨てられる。
くるくるとその身体は回りに回って放物線を描きながらやがて重力の導きに従い墜ちていく。
(ああ)
飛べない。
発せない。
そうなった理由も経緯も分からない。
何も分からないままに何もできずにただ墜ちていく。
(何もできなくて、ごめんね)
何もかも諦めてそのまま素直に瞼を閉じようとした時だった。
ただ墜ちるだけの巫女を優しく受け止めたのは。
「まったくあなたという人は、そのまま大人しくしてくださればよかったのに」
「……さなえ」
「おかげでいろいろとややこしくなりました。まったくもって困ったものです。ですが、仕方ありませんね」
名を呼ばれた巫女は困ったような笑みを浮かべてみせる。
それはいまのいままで見せたことのない表情でもあった。
けれどすぐにその表情は真剣そのものになる。
「あなたに語るべきこと伝えるべきことは山ほど。でもその前にあなたに問いたい。守矢の風祝としてではなく、東風谷早苗として」
「 たとえ絶望に打ちひしがれるさだめだとしても
神に抗い神に立ち向かう意志と覚悟はあるか 」