東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
「 守矢の風祝ではなく東風谷早苗としてあなたに問いたい。
たとえ絶望に打ちひしがれるさだめだとしても、
神に抗い神に立ち向かう意志と覚悟はあるか 」
血の色に滲む半月の下で投げかける問いかけ。
それは早苗の告白の始まり。
「さなえ、それってどういうこと?それよりも、その頭どうしたの?怪我してるじゃない」
唐突に切り出されたその言葉に霊夢はただ狼狽えるしかなかったが、それでも相手を気遣う余裕だけはあった。
額を隠す前髪の下から流れ出る鮮血は、目の前の少女が負傷していることを如実に物語っていた。
それはついぞ先刻出くわした暴徒どもの一撃をもらった際にできたものだ。
何度となく廻り廻っても堂々巡る守矢の分社建立の是非。
それに苛立ちを募らせに募らせた一部の狂信的な信者ども。
人里に建てられぬのならばかの妖怪神社に建てれば良い。
そこに巣食うものすべて駆逐した暁には晴れてその本懐が叶うだろう。
その極論に達した者どもが引き起こしたこの騒動。
元々温厚だった鬼はこれに激怒し、なりふり構わず己が能力を駆使して報復と称して人里を襲おうとしている。
「密度を操る程度の能力」。
その能力により巨大化した鬼は凄まじき地響きを立てながらその歩みを止めないでいた。
それは早苗ですら予期し得なかった悪夢でもあった。
口封じに頭を鈍器で強く殴られそのまま捨て置かれた状況から目覚めたときにはもう遅かった。
このままこの鬼の侵攻を許せば、間違いなく人里は壊滅する。
もはや一刻の猶予などないのは自明の理であった。
そんなのっぴきならぬ切羽詰まった状況の中、ここに来ての優しさに触れながらも早苗は「違う、そうじゃない」と被りを振る。
「こんなのは大したことではありません。そんなことよりいまはわたしの話を聞いてくださいっ」
焦るあまり紡ぐその言葉も自然と早口になる。
思うように言葉を紡げぬことに歯がゆさを覚えながらも早苗は尚も必死に訴えかける。
「いまこうしている間にも世界は確実に滅びへと向かっている。それを止められるのはわたしとあなただけだ。だからわたしと」
「……さなえ?」
ともすれば二人の距離は互いの鼻先が触れ合うほどに近かった。
しかしその必死の告白も予想外の方向から遮られる。
それを遮ったのは。
「だめよ、そんな借り物みたいな口説き方」
「紫?」
「……紫さん」
唐突に二人の元にスキマを介して現れた紫は、やれやれと呆れ顔で大仰に肩を竦めやる。
その左手には今しがた通話を終えたばかりの「携帯念話」なるアイテムが握られていた。
それを懐に引っ込めつつ、嘆息交じりに早苗へと声をかけやる。
「もっと自分に素直なあるがままの言葉で語りなさいな。『言霊使い』なのでしょ、あなたは」
「言霊使い」。
それこそが早苗の本質。
その単語が出た途端、早苗は双眸を僅かに震わせる。
どうやらこの幻想郷の管理人はなにもかもお見通しだったようである。
紫はそんな早苗の表情の機微に構うことなくお説教をする。
「せめてこのときぐらいは自分の気持ちをしっかりと伝えなさい。後悔してからじゃ遅いのよ」
「でも今は時間が」
「時間稼ぎくらいならしてあげるわよ。だから安心して心置きなく語りなさいな」
そう言うや紫は鬼、酒呑童子の面前にひらりと降り立つ。
行く手を阻む新手の邪魔者の出現に酒呑童子は苛立たし気にそれを見下ろす。
「紫よ。おまえはニンゲンとアヤカシ、どっちの味方だ?どっちの味方なんだ?」
その回答次第によっては。
「さてね」
頭上に翳される大きな大きな足裏を目の当たりにしても、紫は紫で全く動じる素振りを見せない。
そして肝心のその回答すら、どっちともとれない極めて曖昧なものだ。
そんな曖昧な回答にさしもの酒呑童子も色めきだつ。
「だけど旧き良き友人であるあなたをこのまま見放すつもりなどない」
それはこの郷の管理人としてではなく、一個人としての主張。
個人として友の暴走を止める。
その動機だけでいまここに立っている。
それだけで充分だった。
凛とした佇まいを崩さずに紫は尚も言葉を重ねる。
「それにね。この郷にはニンゲンとアヤカシどちらも必要なのよ。もちろん、萃香、あなたもね」
「……っ」
「伊吹萃香」。
それはこの郷に流れ着いてから名乗った名前。
だがその名はもう捨てた。
捨てたはずのその名を呼ばれ、酒呑童子は少なからずとも心の琴線が震えるのを感じた。
不意に双方を隔てるように一陣の風が吹き抜けた。
それが収まる頃合いで音もなく現われるのは、ふたつの式。
その二体は主を護るべく主の元に馳せ参ず。
九尾の式、八雲藍。
二尾の化け猫、橙。
このふたつの式は主である紫が求めれば、どこからでも現れることができた。
二尾の化け猫はともかく、九尾の式はかつて畜生界を席巻したほどの歴戦の猛者でもある。
新手の厄介なふたつの障害物の出現に、さしもの酒呑童子も迂闊に手を出すこともままならなくなる。
「早苗」
「……はい」
「早くなさいな。でないといい加減怒るわよ?」
「っ」
有無を言わさぬ紫の言圧に押され、腹を決めざるを得ない早苗。
ただそれでも思いの丈のすべてを吐き出すのには躊躇いがあった。
何故ならこの身は「不完全ながらも」常に監視下に置かれているから。
苦虫を噛み潰したようなその顔がより渋味を増していく。
「早苗っ」
痺れを切らしたかのように語気荒く発破をかける紫。
追い込まれた早苗は頑なに双眸を閉ざした後に刮目する。
「センパイ」
絞り出すようなその声は早苗自身でも分かるほどに震えていた。
顔はこの上なく紅潮し、昂るあまり肌寒い秋の夜にも関わらず額にはうっすらと汗まで滲んでいた。
見栄もプライドも、そして常時監視下に置かれていることへの躊躇いもなにもかもかなぐり捨てた。
いまの自分自身はとてもかっこわるく、無様に見えるのかもしれない。
けれど、それでも。
「あなたはわたしにとってあこがれのひと。阿求さんの小説に出てくるあなたの物語を読んだ時からわたしはあなたの虜になりました」
手に取った「求聞史紀」なる風土史。
それは稗田阿求という一人の少女が綴るこの郷に纏わる壮大なる物語。
その一節一節に必ず出てくる博麗の巫女の系譜。
同じ巫女として彼女たちの物語は早苗を魅了するには十分すぎるものだった。
特に博麗霊夢という少女の物語は現在進行形で続いている。
その物語に夢中になるあまり、稗田邸に寄宿するたんびに作者本人にさながら専属の編集者のように話の続きをしつこくせがんだりもした。
そうそれこそが阿求が早苗を「厄病神」呼ばわりせしめるゆえん。
そしてその当代の巫女が今こうして目の前にいるという事実。
その肝心の告白すら、もはや意中の相手に対する愛の告白めいたものへと変わっていた。
しかしそれもすぐに哀しげな響きへと変わる。
「……けれどわたしたちは本来ならば相容れぬさだめ。故にわたしはあなたに対し非道の限りを尽くした」
信者を集めるには博麗の巫女は障害でしかなかった。
そしてそれ以上にじぶんの崇める二神は、恐ろしい計画を目論んでいた。
その計画に必要なモノ、ふたつ。
それはじぶんと、そして。
「でもそれでもたとえ赦されないとしても」
「電化普請」を軸に信者集めに奔走すれど、その計画の片棒まで担ぐことは早苗の本意ではなかった。
常時監視下にあるとはいえ、あの二神はじぶんを通して感覚的にしか物事を把握できない。
それを逆手にとって繰り返す背反行為。
すべてはこの世界を守るため。
そして何よりも大好きなあこがれのひとを守るため。
とにもかくもまずは博麗の巫女の存在を悟らせぬようにすることが最優先だった。
そのためにあの茶店で再会した折に「一切の能力」を封じ、目立たなくさせた。
それでもこの少女は動くことを止めずあちこちを駆けまわる。
それではいつかは気取られ、贄として捕らえられてしまう。
そうなればあの計画は完遂され、この世界は間違いなく滅びる。
やむなく取った手段は間接的に死へと追い込む「黄泉送り」。
されど、この巫女は「戻ってきてしまった」。
それですべては破綻した。
そしてこの八方塞がりの只中で「いま」に至る。
目の前の少女に対し、償えぬほどの罪を犯したことへの自覚はあった。
そんなじぶんがこうしてその少女に向かって告白している。
それはどれほどおこがましく、滑稽に感じられるかもしれない。
けれど。
「 わたしは『大好きな』センパイのいるこの世界を守りたい。だから、だからお願いっ。
わ た し と 一 緒 に 戦 っ て ! 」
それは嘘偽りのないあるがままの言葉。
心の底から迸る魂の叫び。
その叫びを受けた博麗の巫女は。
「…………」
ふと見上げた先に見える涙交じりの少女。
その顔を見るなり呆けたように開いたその唇はいつしかうっすらとした笑みへと変わった。
何も言葉を返さずに、そっと霊夢は早苗へと左手を差し伸べていく。
それはいつもいつも繰り返してきた仕草。
それだけで自分の意思を伝えるのは充分だった。
いまの自分は空も飛べない。
スペルも使えない。
文字通りの何もできないただの役立たず。
そ れ で も 。
「……センパイ」
それはとても小さな手。
その手を躊躇いがちに見つめた後、早苗はその手をしっかりと握り締める。
同時にその少女にかけていた「呪い」を解き放つ。
それだけで変わる空気。
直接目で見える訳ではないが、二人を取り巻く覇気が激しい奔流を伴い唸りを上げていた。
不意に早苗の頭の奥で誰かしらが呼びかける声が聞こえた。
けれどそれに構ってなどいられない。
「……いくよ、さなえ」
「はい、センパイっ」
いくつものわだかまりを乗り越えてすっかり意気投合する二人。
そんな二人の様子を微笑まし気に眺めた紫は、二人のために両手を高々と掲げて合図を送る。
飛 べ 、 と 。
その合図に応えるように、二人の巫女は先行する式神二匹よりも遥かなる高みへと舞い上がるのだった。
「あン?なーんだ、あっちに居たのか、陽の巫女は。じゃ、こっちは外れかあ?」
「いまごろ気付くなんてなかなかの間抜けね。目障りだからそろそろ消してあげるわ」
崩壊した博麗神社を背景に対峙する天人くずれと吸血姉妹。
この期に及んでようやく状況を把握した天人くずれを鼻先で笑いながら、姉であるレミリアは構えていたスピアの切っ先を突き付ける。
「お、やる気か、やる気だなっ。いいよいいよ、それじゃあたしも」
それに応えるように天人くずれも自らの得物を召喚しようとしたときには、もう目の前には肉迫するレミリアの姿があった。
「おいっ、いきなりかよ、この卑怯モン!」
その間抜けたツッコミすら言い終わらぬうちに繰り出される一突き。
やむなく天人くずれはギリギリのタイミングで飛んでこれを間一髪で躱すのだが。
「は?」
ひゅんっと耳元で不吉な風鳴り音が聞こえた。
この莫迦はやはりどこまでも突き抜けるくらいに莫迦であった。
背後を突くその者の存在は、この吸血姉妹の片割れ。
愚かしくもその存在を忘れていた。
そして、その片割れ、妹であるフランの備え持つ能力は。
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」。
とんぼを切ったフランはその返しで両脚を揃えてその背を勢いよく踏み抜く。
それだけで面白いくらいに背骨の砕ける音が鳴り響いた。
「ぐがっ」
致命打を受けてただ墜落するだけの天人くずれを今度は地上から態勢を立て直したレミリアが待ち構える。
突きつけるのは一枚のスペルカード。
それはレミリアにとってのとっておきだ。
「 Das Urteil des Himmels ohne Gnade über die Dummen.
(愚かしき者に慈悲なき天の裁きを)
” Göttliche Strafe Davidstern !! "
(天罰 スターオブダビデ) 」
天人くずれが最期に見たもの。
それは遥かなる高みから爆ぜるように降り注ぐ容赦なき弾幕の嵐だった。
それは霊夢にとって久しぶりの感覚だった。
重力の戒めを解き放ち、当たり前のように空を飛ぶ。
そして。
そのすぐ隣にはかけがえのない友がいた。
その少女のことを良くは知らないけれど。
でもそれでも。
眼下を見下ろせば救うべき友がいた。
その友は博麗神社にて「三日おきの百鬼夜行」を起こした張本人。
二度と悪さができないように懲らしめた後に、その友は居場所がないと嘆いた。
それなら、と提案した。
ずっとここにいてもいいよ、と。
不思議なことにじぶんのことに関してはひどく無頓着で。
そのせいでよく「怠け者」と周りからは呆られる。
それに加えて「努力」だの「根性」といった精神論とはひどく無縁で。
ただ類まれなる「幸運」のおかげで結果的に「成功」へと導く。
そんなじぶんに対する周りの評価などそれこそ千差万別。
そのひとつひとつにいちいち向き合うつもりもないけれど。
それでも譲れないものひとつだけ。
す べ て は 友 の た め に 。
そこには人も妖も関係ない。
つまらない種族の垣根など飛び越えた遥か彼方にちっぽけなじぶんなりのこだわりがある。
それこそが霊夢が数多の異変を乗り越えて博麗の巫女としてやっていく上での辿り着いた境地だった。
「いくよ、さなえ」
「はい、センパイ」
二人は祓い棒を振り上げ交差させ、それを起点にそれぞれの巫力を融合させていく。
同時に二人の頭上に発現せしめるのは、超特大級の陰陽玉。
「……っ」
不意に早苗の脳裏にまたノイズが走った。
それを振り払うように早苗は被りを振る。
「だいじょうぶ?」
「あ、ああ、すみませんっ。問題ありません」
「ならいくよ」
二人は呼吸を合わせてスペカを発動させる。
それは霊夢にとってのとっておき。
「「 霊符 『 夢想封印 』 」」
それはまさしく太陽のようなまばゆい煌めき。
ただただ不吉で不穏で不気味な闇夜がその一瞬だけで完全に打ち払われる。
(やれやれ、「また」それか。……好きだねえ)
最後の最後まで踏みとどまっていた酒呑童子こと萃香は、素直にその必殺の一撃を受け入れるのだった。