東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
それから夜が明けまた陽は昇りて。
幻想郷のどこかにあるというとある屋敷、その寝室。
「わざわざごめんなさいね、勇儀。あなたを呼び出して」
「気にするな紫の姉御。俺もこいつのことは気にかけちゃいたしな。というわけで遠慮なく引き取るよ」
「ええ、お願いね。映姫ちゃんにはわたしからもしっかりと伝えておくわ」
「携帯念話」なるアイテムで「旧地獄」より召喚された星熊勇儀は、申し訳なさげに詫びる紫に軽く首を傾げやりながら答えると床に伏しているかつての親分である伊吹萃香へと一瞥を投げかける。
一本角の元子分の顔を見るなり、萃香は双眸を大きく震わせる。
「というわけできょうだい。もういいよな。おまえを連れてくぞ」
「……勇儀」
「それじゃ紫の姉御、いっちょう頼む」
「ええ」
身の丈六尺あまりの「豪快」の二文字の似合うその鬼に見下ろされながらの催促を受け、紫はスキマを展開していく。
それを見るや勇儀は軽々とちんまい元親分を担ぎ上げ、スキマへと片足を突っ込んでいく、その手前で。
「顕界も顕界で大変なようだ。まあせいぜい潰れん程度に気張るんだな」
「そうね、ありがとう」
柄にもなく吹っ掛けられる発破に目を丸くするも、はんなりとした笑みを紫は浮かべる。
その笑みに小さく笑いながら、勇儀は萃香もろとも旧地獄へと戻っていく。
それを見送った後で、それまで張り詰めていたものがぷっつりと切れたのか、紫はそのまま倒れ込みそうになるのを必死に堪える。
今日は「格別」に忙しい。
何故か今日に限っては会わねばならぬ面子が多い。
ひとまずはスキマ経由で「香霖堂」に向かうことにする。
「ごめん、おまたせっ」
「遅いわよ、何してたの?」
「まあまあ白蓮。僕らもさっき戻ってきたばかりじゃないか」
「香霖堂」に到着すると店主である霖之助と命蓮寺住職の白蓮が出迎えた。
二人は先代の博麗の巫女の時から続けている「無縁塚」の御供養参りから帰ってきたばかりだった。
スキマからひょっこりと紫が顔を見せると、待ち構えたように霖之助は一枚の写真を差し出してみせる。
それはプン屋の射命丸文から依頼されたものだ。
聞けばブン屋はその写真を撮影直後から高熱にうなされ、今現在も「永遠亭」で入院中だという。
後で見舞いにでも行くかと呑気に構えつつも、渡された写真を見るなり紫は盛大な嘆息を漏らす。
「やっぱりというか、これはまさしく『結界』ね。張り巡らされた電灯と電線が五芒結界を形成している。でも、南南東で途切れてるわね。おかげでこの結界は『不完全』な状態。こう仕向けたのもあなたね、白蓮?」
人里の空撮写真をひとしきり検分した後で紫はチラと白蓮へと一瞥を投げかける。それを受けるなりふんっと白蓮は小さく鼻を鳴らした。
「うちんとこにも電灯つけないかって来たのよ。迷惑だからやめてねってお断りしたの。断って正解。でもまさかアレがそのまま結界を形成させていたなんてねえ?」
「そうだったの。それで人里の様子はどう?」
「ダメね。完全に守矢に支配されてるわ。住民どもはもう守矢の忠実な下僕も同然。……頭取含めてね」
「そう」
人里の方は思ったより深刻なようだ。
その事実を把握するなり、紫は軽い目眩を覚えた。
「ところであの結界はそもそも何を目的としたものだろう?」
「さあ?ただ単に鬼祓いの結界陣にしては大掛かりすぎるとは思うけど。あ、ごめんなさい、わたしもう行くわね?」
「そうか、紫さん。くれぐれもあまり無理をしないで」
「もう行くの?まったくいっつもいつも慌ただしいのね、あなたは?まあいいわ、何かあればまた来なさいな」
「ありがとう、霖之助さん、白蓮」
そしてまた紫はスキマを越えていく。
ところ変わって「永遠亭」。
診療時間中の忙しいこの時間帯にやって来た紫を、薬師の八意永琳はさも迷惑そうに胡乱な眼差しとともに出迎える。
「なによいきなり?」
「こんにちわ永琳、久し振りね」
「突然押しかけて来て何のつもり?今とっても忙しいのよ私達」
「あら、それはごめんなさいね」
「まさかあんたまたくすねに来たわけじゃないでしょうね?酒とか酒とか酒とか?」
「あはは、もうそんなことしないわよ。それより」
「それより?ああ、ブン屋ね。今はほら、だいぶ落ち着いてぐっすりおねんね中」
「そう、それならよかった」
「それよりもあんたの方こそずいぶんとやつれてるじゃない?点滴でも打ってく?とびきりきついやつ都合するけど?」
「っ!?点滴?それって注射?!そ、それはさすがに遠慮しとくわっ」
注射は大嫌いな管理人。
急いでスキマを展開してとんずらするのだ。
ところ変わって「太陽の花畑」。
秋桜(コスモス)咲き乱れる花畑を眺めながら東屋でお茶会中の風見幽香は、突然やって来た幼馴染みの顔を見るなり笑顔で出迎える。
「あら紫じゃない。ちょうどいいわ、いまお茶会してるところだったの。あなたもお茶でも飲んでく?」
「いいわね、それよりこのコはだあれ?」
「エリーよ。わたしの旧い知り合い」
「そう、はじめましてエリー」
「はじめまして紫さん。あなたのことはいろいろ聞いてますよ」
「そうなの?それよりあなた、お茶会に来ているのにずいぶん物騒なもの(大鎌)持ってきてるのね?」
「……だっ、だってしょうがないじゃないっ、持ってきちゃったんだからっ!」
「あらあら、意外とおちゃめさんなのね、あなたは?」
そんなこんなで束の間のお茶会を嗜んだ後はまたスキマを展開して飛んでいく。
ところ変わって「紅魔館」。
いつものクセで門前で立ったまま居眠りをかましていた紅美鈴は、唐突に現れた珍しい客人を前に慌てて目を覚ます。
「お、おや紫さん。どうもご無沙汰しておりますっ」
「こんにちわ美鈴。っと、この時間帯はあの姉妹はご就寝中だったわね」
「ええ、そうですね。流石に昼間はお二人とも棺桶の中でお休み中です」
「……そう」
「何か言付けがあれば伝えておきますが」
「そうね。『いままでありがとう』、と伝えておいてくれるかしら?」
「??……ええ、ではそのように」
「よろしく頼むわね、美鈴」
「はい、お任せください」
「それじゃ、わたしはこれで」
「……紫さん」
「?何かしら」
「いえ、何でもありません」
「そう。それじゃ、よろしくね?」
何かを察したかのように真顔になる門番の追求を受ける前に逃げるように紫はまたスキマへと逃げ込むのだ。
この門番、間抜けな見た目によらず意外と抜け目がないし、勘がいい。おそるべし。
そんなこんなでひとしきり知り合いに顔を見せ終わったころにはもうへとへとで、スキマ経由で自分の屋敷に戻るなり、紫はすぐにぶっ倒れる。
一日二十四時間。
そのうち睡眠に充てがう時間は十六時間。
差し引いて実活動できる時間は八時間。
それに加えて冬眠期間は三ヶ月。
それが本来のサイクルなのだが。
「大丈夫ですか、紫様?」
「ええ、なんとか。少し寝れば大丈夫よ」
「少しと言わずしっかり寝てください。ここ最近日当たり三時間程度しか寝てませんよね?」
着の身着のままで布団の上に倒れ込む主を見かねて九尾の式、八雲藍はたまらずに声を荒げる。
それとともに始まるお説教を前に「またか」と紫は早くも両手で耳を塞ぐ仕草をしてのける。
それでも藍のお説教は止まらない。主従逆転してその口調も聞き分けの悪い子供を諭すようなものになる。
「ここ最近の紫様はずっとまともに眠りもせずにお一人で考え込んでばかり。もっとご自愛なさいませ」
「あーはいはい」
「はいはい、ではありませんっ。それに返事は一回!」
「もうっ、うるさいわねえ?」
「うるさく言わないと伝わらないでしょうが?あなたはもうじゅうぶんすぎるくらいに働いていらっしゃる。他と比べて睡眠時間が長いのも致し方ないこと。それに博麗の巫女が守矢の風祝もろともいなくなったのもあなたのせいではありませんから。……ん?」
「…………(すやあ)」
いつの間にか寝落ちの紫。
藍はそれを見ると困ったような笑みを浮かべた後にそっと布団をかけ直してあげるのだった。
この郷の管理人としてだいぶ長いことやって来た。
他の誰よりもこの郷を愛するが故に、停滞を良しとせず常に新しい変化を促すための仕掛け人としての裏の顔を持ち合わせて。
そこにはしたたかな打算とそしてそれ以上の愛情があった。
たまたま目線を向けた外の世界。
あの日あのとき一人路頭に迷う幼き少女をこの郷に迎え入れたのもまた。
仕掛け人という立場上、自ら手を下すわけにはいかなかった。
いかなる局面においても実際に執行するのは自分ではなく博麗の巫女の役目。
けれど、博麗の巫女がいなくなった今は。
だからこそ、自分で始末しに行こう。
それがこの郷の管理人としてのつけるべきけじめというものだ。
もはや一刻の猶予などないのは分かりきっている。
ただ今は、眠りたい。
ちょっとだけ、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。
肝心の「さよなら」は誰にも言えなかったけど、それももういまさら。
とにもかくも起きたら、出発だ。
そう思っていたのに。
そのはずだったのに。
(……)
(…………)
(……………あれ?)
(ん、……変ね。なんか肌寒い。それになんか周りが騒がしい、わね?)
「あー、起きた起きた。でも点滴終わるまで逃げられないと思って?ぶっちゃけあと二時間は辛抱して?」
「はいっ!?」
「あなたの服、どちゃくそ汚れてたから洗っといたわよ。あら大変!今日はすこぶる天気が悪いわねえ、当分洗濯物は乾かないと思って?」
「永琳?幽香!?」
不意に目の前に飛び込んできた二人の姿にテンパる紫。
よくよく我が身を顧みれば、寝てる間に素っ裸にされた挙句、大嫌いな点滴の餌食になっている。
びっくり仰天して飛び起きようとしても、何故か身体が仰向けの状態から思うように動かせない。
「紫さま。失礼かと思いましたが『Lähmung(麻痺)』の魔法をかけさせていただきました。故にしばらくご安静になられますように」
「ぱ、ぱちぇっ!?」
「ふふ、その愛称で呼ばれるのもくすぐったいものですね。まあ、ともかく」
「紅魔組」副長がこの場に居るのなら、組長もまた然り。
レミリアは自慢のメイドを傍らに侍らせ、緩やかに腕組みしやりながら慈愛の眼差しを投げかける。
「いまのあなたに必要なのはしっかりとした休養。食事の心配は無用よ。我が自慢のメイドにお任せあれ」
「レミリアちゃん?」
気付けば、周りには多くの面々がいた。
しかもそれも昼間に挨拶回りしてきた面子ばかり。
どいつもこいつも余計なお節介を焼くのが大好きと見える。
たまらず紫は柄にもなく声を張り上げる。
「もう何よ、みんなして?おかげでせっかくの計画がぜんぶ台無しになったじゃない?!」
「あら、美味しいところはぜんぶ持ってこうとするのはずるい話だと思わない?」
「なによ白蓮まで?」
「とにかく、今回の一連の事案はこの郷全体に関わる問題よ。だかそこそこの問題はこの郷にいる者すべてが共有すべきだと思わない?」
「え、え?」
「鈍いわね?だからあなた一人でぜんぶ抱え込まなくていいの。さあ打ち明けて?みんなあなたの力になりたいのよ」
「……白蓮、みんな」
数多の優しさに触れ、図らずして紫は大粒の涙をあふれさせるのだった。