東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
「冥界」に構える邸宅、「白玉楼」。
果てなく続く九十九折りの階段を昇りきった先にあるその屋敷では、一人の珍客の訪問によって一悶着を起こしていた。
その客、事前の連絡もなしに突然と屋敷を訪れ。
その客、制止も聞かずに勝手に屋敷の中に上がり込み。
その客、厚かましくも茶と飯をせびり遠慮もなしに幾度となくお代わりを要求し。
その客、ひとたび目を離せば我が物顔で屋敷内をうろつき回りて金品の窃盗を試み。
そんな狼藉ばかり働くこの客人、否、盗っ人の繰り出す一挙手一投足に終始翻弄されっぱなしのこの屋敷の庭師、魂魄妖夢はその足音荒く、握り締めた二の腕まで神経質に震わせ血眼になりながら不覚にも見失ったその盗っ人の行方を追っていた。
「ああ、もう、なんでわたしがこんな目にっ。まったくあの人はもう、ちょっと目を離した隙に今度は何やらかす気ですかねえ?振り回されるこっちの身にもなってもらわないと。……って、ああ、いた。けどっ!?」
屋敷の隅から隅まで探し回ればその姿は見当たらず。
見切りつけて外に出れば日々手塩をかけて世話をしている彼岸花の咲き乱れる広大な庭園の片隅にて見えるその人影。
なびく金色の長髪。
その身に纏うは白黒を基調としたエプロンドレス。
自分よりも心持ち低めのその体躯をさらに小さくさせるかのようにその身を屈めて、目の前に聳える「蔵」を前によからぬことをしているその後ろ姿を見るなり、妖夢は白銀のボブカットとその髪を飾る黒リボンを揺らしながらたまらずあらん限りの大声で叫ぶ。
「このどさくさに紛れてひとの家の蔵の前で何やってんです、魔理沙さん!?」
「お、おお?!」
突然と背後から吹っかけられた怒声に仰天する盗っ人、霧雨魔理沙。
驚くあまり、手にしていた商売道具をうっかり取りこぼす。
それを見るなり、妖夢は怒りのあまりさっと色白の顔をさらに白くさせて左腰に差していた刀の鯉口を切る。
「そこはこの屋敷にとってもっとも貴重な品々を収めるための宝物殿。よりにもよってそこに白昼堂々錠前破りをしかけようなど」
「お、おい、ま、待つのぜ、これには海よりも深い理由が」
「理由、ですって?どうせどうでもいい理由でしょうが。いくら知り合いとはいえ、これ以上の狼藉、もはや見過ごせません。どうかご覚悟を」
「いやいや、そー言われてもなあ?」
今にも斬りかかりそうな怒髪天の娘を前に魔理沙は至極困惑したような顔をしてのける。
ここは素直に命乞いをすればいいのだろうが、はてさて。
そんな二人に唐突に天の声が降り注ぐ。
その声の主は。
「話くらい聞いてあげてもいいんじゃない、妖夢ちゃん?始末するのはその後からでも構わないでしょうに」
「ゆ、幽々子さま!?」
ふと二人が見上げたその先に、桃色の髪をなびかせながらふよふよと漂う水色装束姿の「亡霊女」が一人。
その女、この屋敷の家主にして「冥界の桜守」、名を西行寺幽々子という。
いうまでもなく妖夢の主人でもある。
突然の主人の登場に従者はにわかに色めきだつ。
それを横目に幽々子は、検分するかのようにその金髪の娘をしげしげと眺めやる。
「もっともこの娘を始末するにはいつもの一振りよりももう一振りの方が良さそうだけど」
「??それってどういう……」
「あら、意外と鈍いのね、妖夢ちゃん。ほら、あの娘の首元を見て気付かなかった?」
「あ、ああ、そう言われてみれば」
それとなく扇子の先で示された娘の首元を見て何かを察する妖夢。
その娘の首にかけられているのは、「死後」につつがなく冥界を行き来するための「六文銭」。
それはつまりは。
「なんにせよ、この娘には並々ならぬ深い理由がありそうね。聞くだけの価値はありそう」
「……幽々子さまがそうおっしゃるのなら。けれど聞くだけの価値のない内容であったらどうします?」
「そう、そのときは、そのときよね?」
桜守の浮かべる柔和な笑みとは裏腹、内に秘められたる背筋が凍り付くほどの殺意を感じた魔理沙は、やれやれと観念したように肩を竦めるのだった。
屋外の蔵前から再び屋内へ。
遠くで聞こえる鹿威しの澄んだ音色はただ軽やかに鳴り響く。
天井に頭が届くほどの「大仏像」が見下ろす居間に魔理沙は「連行」されていた。
そこで行われる尋問の中、次々に明らかになる内容に妖夢は深いため息を漏らした。
「つまり『腹上死』の魔理沙さんは地獄行きを免じてもらう代わりに、映姫さまから密命を受けた、と」
「ああ、まあそういうことなのぜ。てか、腹上死のくだり、やめてくんねえかな?すっげえ気にしてっから」
「そうですか。それよりも気になりますね、どなたのおなかの上で昇天したんです?」
「いや、それおまえ、ここでいうコトか?」
「あ。ああ、そうですね。……それにしても」
畳の上で胡坐を掻きながら腕組む「幽体」の魔理沙の顔をしげりと眺めつつ、お行儀よく正座する妖夢はこてりと小首を傾げる。
それにつられて傍らでふよふよ浮いている「半霊」も頭の部分を傾ける。
「そもそもなんで最初からそう言ってくれなかったんです?」
「そりゃあ、曲がりなりにも『密命』だから、『守秘義務』は絶対なのぜ。あと隠密行動は絶対、とか?」
「に、してもぜんぜん忍んでませんでしたね。だけどその探し物が、なんですか、『終末時計』って?」
「さあ、よくわかんね。時計っていってもいろんな種類あっからな。壁時計、柱時計、腕時計、日時計、砂時計、もろもろ。上げたらそれこそキリがないのぜ。……ただ」
普段の間抜けた面とは想像もつかぬほどの深妙な面持ちで畏まる魔理沙は、ここでひとつ息をつく。
「終末時計って言うからにゃそんなありふれたモノじゃないんじゃないかってな。……だからここに来たのぜ」
「なるほど、それを探すついでにどさくさ紛れに火事場泥棒でもしようとしたんですね、『腹上死』の魔理沙さん」
「う、いや、そ、そりゃ、まあ、その……(しどろもどろ)」
「図星ですか。やっぱり斬り捨てましょうか、あなた?もう一振りの方で?(ちゃきんっ)」
「わー、ちょ、ちょっと待てぃ(わたわた)」
「待つも何も、もう絶対に許しませんよ、わたしはっ!?いつぞやの『怪談話』のくだりもありますしねえ?」
「ちょ、妖夢、まだおまえそのこと根に持ってたのぜ?」
「だ、だって、怖かったんだもんっ。すっごく怖かったんだもん!!(ぷるぷる)」
尋問開始して早々に脱線しかける尋問娘。
肝心の本題はこれからだというのにこのありさまである、のだが。
それまで二人に背を向けるようにして縁側に腰掛けて佇んでいた幽々子は、ここで扇子を軽く打ち鳴らす。
その音を聞くなり妖夢はそそくさと体裁を整え、身を堅くする。
「終末時計というのは『この世の終わりを示す時計』ということかしらね。『冥界にある』と映姫さまがおっしゃるからには『あの世にある』ということ。そして魔理沙。あなたが最終的に行きついたのが『ここ』というわけね。……それにしても『勘がいい』のね、あなた?それとも、過去にここで現に相まみえた経験によるものかしら?」
閉じた扇子を口元に添えたまま、肩越しに振り返りながら幽々子は突き刺すような目線で「かつての敵」である娘を見据える。
その目線を真に受け、心持ち緊張するも居直り気味に魔理沙はふんぞり返る。
そんな二人の様子を前に、妖夢の脳裏にもトラウマに近い「あの異変」の記憶がよみがえる。
「春雪異変」。
この年に入って「二番目」に起きた異変。
幻想郷中の春を奪い、顕界を「永遠の酷寒地獄」へと陥れた異変。
そしてそれはそれだけに留まらず。
さらにそれを引き起こしたのも、また。
ここにいるのはうがった見方をすれば「元・首謀者」と「元・共謀者」の二人と「元・鎮静者」の一人に他ならない。
そのかつての対立構図を再確認したところで、双方を取り巻く空気はにわかに張りつめたモノになる。
けれどそれも、「元・首謀者」の間延びしたようなため息でいくぶん和らぐ。
ここで「見なさい」、と幽々子は縁側から臨んだ先の中庭にある「巨大な山桜」を扇子で示しながら居間にいる二人に促す。
「終末時計というのはこの『西行妖』ではないか、と言いたいわけね。……あながちそれは間違ってはないわよ」
いまは何も咲かせぬただの老木然としているその山桜を示しながら幽々子は告げやる。
それからその眼差しもまた、当時を思い起こすような遠いものへと変わりゆく。
「いろいろと思い出すものね。できればなかったことにしたい、きれいさっぱり忘れてしまいたい。そう思っていてもね」
やおら縁側から立ち上がると、幽々子はよいしょっと二人の前に正座するなり畏まると述懐するように訥々と語りだす。
「わたしは実際に『これ』を使って『世界の滅亡を目論んだ』。『とある女への復讐のために』。ただそれだけのために。そう、それが『すべてのはじまり』」
それを皮切りに目の前の二人を導くは「追憶の彼方」。
ある意味、それは「元・首謀者」としての贖罪であり懺悔でもあった。
そんな三人を慈愛の眼差しで居間の奥に控える大仏さまが静かにそっと見守るのだった。