東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
「……そうだったのか。というよりびっくりなのぜ、おまえらが『親子の関係』だったなんて」
長い長い幽々子のかの「春雪異変」にまつわる告白を聞き終わった後、魔理沙はどこか感慨深げに改めて目の前の二人の「親子」を眺めやる。
その目線を受けて幽々子と妖夢はどこか気恥ずかしげに、それでもまんざらでもなさそうに互いの顔を見合わせては小さく笑い合う。そんな二人の微笑ましい仕草を見ては、思わず魔理沙の口元にもほころんだような笑みが浮かんだ。
それはともかく、「終末時計」が「西行妖」である可能性はこれでより濃厚になった。
けれどあのちびすけ、もとい閻魔はなぜそれを最初に言わなかったのか。
ハナからその答えに辿り着くことができるかどうか試されていたようで、魔理沙はさも不愉快げに口をへの字に曲げる。
「いまのところは安泰なんだろ。幽々子があの時みたいに『こいつ』をけしかけなきゃ」
「……確かにそうかもね。でもね」
「でもなんだよ?……ん?」
不意に目の前を何かが掠めた。
それはよくよく見れば、まるで触れたらそのまま溶けてしまいそうなくらいの鮮やかな深紅に染まった「花びら」だった。
その血の色に染まった不穏極まりない「ひとひら」を見るなり、弾かれたように魔理沙は中庭に聳える巨大な山桜を見上げる。
(って、おいおい、マジかよっ、この期に及んでなんて物騒な花咲かせてやがる!?)
この山桜が絡む異変などとうの昔に「解決済み」だ。
「あれから」四か月。
あのとき幻想郷中を巻き込み、永遠の酷寒地獄へと陥れた挙句、里も森もそっくりそのまま消し飛ばさんばかりに世界の破滅を促すように満開近くまで咲かせたこの「あやかし」はその寸前で止められ、今はその力を失い、いつも通りの静けさを取り戻してついぞさっきまでただの枯れかけた老木然としていたというのに。
それまで山桜の方へと向けられていたその目線は、迷うことなく「かつての首謀者」へと向けられる。
「みょっ?!ゆ、幽々子さま、こ、これぞまさしく剣の出番ですかっ!?」
「やい、幽々子!まさかてめえ、冗談だろ?!」
「……一応言っておくけどわたしは『何もしてない』わよ」
突然の事態にただ驚くばかりの妖夢をスルーしつつ、非難じみた魔理沙の問いかけにしれっと幽々子は答える。
その目元には消耗してるのか、うっすらと「隈」まで浮かび上がっていた。それは単なる疲れによるものか、それとも何かを企んでいるのか傍目からでは皆目見当がつかない。
「どうやら誰かしらが外から干渉しているようね。これでも『抑えてるつもり』だけど。……それにもうあのときの再来みたいのはごめんだしねぇ?」
「おいおい待てよ、それじゃ誰の仕業だよ?!」
「さあ?ただこんな芸当やってのけるのなんて、よほどの相手ね」
「よほどの相手、か」
魔理沙は眉を寄せ、頭の中で「その可能性」をぐるぐると思考を巡らせる。
この「幻想郷」にはいわゆる「つわもの」がごまんといる。けれど、この冥界の主である幽々子の制御を離れて「西行妖」に干渉できるとなると、それもまた極端に限られてくる、のだが。
(まさか紫の仕業か?いやあいつがンなことするわけねーし?)
スキマを駆使し境界を操る「あのババア」が真っ先に思い浮かんだが、すぐにそれを否定した。
あのときもあのババアは自分たちと同じ「鎮圧側」の筆頭に立っていたし、曲がりなりにも「管理人」という手前、こんな世界の破滅をもたらすような莫迦な真似をしかけるとは到底考えにくい。そもそもそんな真似をするよりも、あのババアは大好きな酒瓶を抱えてゴロ寝をしているのがお似合いだ。
「それじゃ、一体、誰の仕業なのぜ?」といつの間にやらどす黒い闇に覆われていた天を睨みつけ、魔理沙は腕組みしがてら小さく唸る。同時にまた、この事象の背後に潜む幽々子以上の得体の知れぬ存在を感じてはそこはかとない薄ら寒いものを覚えるのだ。
(てか、こんなやべぇ状況なのに霊夢のやつ、何やってんだよ?ったく、こうなったら?)
ふと暗黒一色の天仰ぎ見れば鼻先を掠めるように舞い下りる花びらが嫌でも目についた。
それはまるで誘うようにひらひらと天から舞い降りては地に落ちていく。
(……あたしを呼んでるのかこいつ?この魔理沙さまに誘いをかけるなんて上等じゃねえか?)
不意に口元に浮かぶのはいつもの不敵な笑みひとつ。
はやる気持ちをどうにかこうにか抑えつつ魔理沙は幽々子に改めて問いかける。
「なあ、こいつの見えないところ、『根っこ』の辺りは一体どうなってんだ?」
「んー、それはわたしもわからないわねぇ。どうせなら自分の目で直接確かめてみたら?それに(妖夢ちゃんには危ないことさせられないし、ご飯の面倒も見てほしいから)魔理沙、あなたならやれるんじゃなくて?」
薄い微笑浮かべてその目元を細めやりながら紡がれる幽々子の試すようなその返しに促され、魔理沙の腹はそれで完全に決まった。やおら立ち上がると、手元に箒を呼び寄せる。箒を握ったその左手が小さく震えるのを感じた。それを見るなり、腰の二振りを改めて妖夢もすくっと立ち上がる。
「お供しますよ、魔理沙さん。このわたしの剣にかかればどんな異変だろうと一刀両断、斬り捨て御免みょんっ!」
「いや、おまえはここに残ってろよ。親の面倒くらい娘のおまえがしっかりと見てやんな?」
「え、ええ、そ、そんな、ひどいみょん!」
そんな時だった。
突然と空を切り裂かんばかりの一筋の稲光が煌めいたかと思うと、それをなぞるように横一文字の亀裂が走った。
その裂け目から現れた一人の娘を見るなり、魔理沙は絶句する。
「し、師匠?!」
「あら、こんなところにいたの、魔理沙?探しちゃったわよ?」
現れたのは「七色の人形使い」。
その名はアリス・マーガトロイド。
十二体の愛らしい白黒のゴスロリメイド服を着た上海人形を引き連れながら現れたその娘の出現に妖夢もまた驚き、思わず腰に携えた二振りに手をかける。
「みょみょん!?ア、アリスさん?!どうしてここに?」
「わたしはどこへだって現れるわよ、愛しの愛しの魔理沙がいるところならどこへでもね?」
「そ、そうなんですか?それじゃ、アリスさんもこの異変を解決しに?」
「……あらごめんなさい、わたし、そういうの『全然興味ない』から」
手に手にスピアやらランスやらを物騒な得物を携えた忠実なるしもべたちを西行妖を取り囲むように展開させるや、ふわりと西行妖を背にアリスは舞い降りていく。そのさまを見るなり、妖夢はアリスが「味方でななく敵であること」を悟った。
「……魔理沙さん。ひとつ『不謹慎なこと』をお伺いしてもいいですか?」
「おう、なんだよ?」
「あの、その、ですねえ?……魔理沙さんを『腹上死させた』相手というのは?」
「ああ、そのまさかなのぜ」
何故か赤面混じりのその問いかけに魔理沙は顔を引きつらせながらもこくりと頷く。
いつもの白と青を基調とした服装ではなく、ただ真っ黒な三角帽子と装束に身を包んだアリスは、童話の世界にでも出てきそうな「魔女(ヴィラン)」そのものだった。
なびく金色の髪が黒い布に映え、その姿はどこか現実離れした不気味な美しさを放っている。
「魔理沙、ごめんなさいね?あのときはつい、勢いあまって首を強く絞めすぎちゃった。それ『だけ』で死んでしまうなんて、人間って意外と脆いのね?」
「っ!!!!」
その言葉を聞くなり、魔理沙は反射的に無手の右手を首元へと翳させる。そうさせるほどにアリスの紡ぐ言葉は重く、そして背筋を竦み上がらせるほどのこの上ない恐怖と狂気をはらんでいた。
「わたしには世界の終わりなんて興味ないわ。わたしは魔理沙が傍に居てくれればそれでいい。……たから魔理沙、わたしといっしょに帰りましょ?そしてまた愛し合いましょ?ずっとずっと永遠に?そう、『今度は逃がさない』から」
「う、ぅう……」
ついさっきまで浮かべていた不敵な笑みはどこへやら、魔理沙は蛇に睨まれた蛙のように動くに動けなくなる。それを見るなり、まるで無邪気な子供のような笑みを湛えてアリスは魔理沙めがけて滑るように彼我の距離を詰めていく。
魔理沙の脳裏に浮かぶのはあのときの記憶だった。
博麗神社で催された「怪談話」の最中に唐突に脱走を図り、そのまま失踪した彼女が舞い戻って自分の家に現れた際に自分にしでかした「おぞましき所業」。
「睡眠」の魔法で眠らされその間に「裸にされ」。
目覚めて狼狽えたところを問答無用にベッドの上で「取り押さえられ」。
その狂気の愛を拒むや「魅了」の魔法をかけられ「唇まで奪われ」。
それから散々身体を弄ばれた挙げ句に「首を絞められ殺される」。
「う、うあああっ!?」
そのすべてを思い出してしまえば平静でいられるはずもない。手にしていた箒さえも取りこぼし両膝さえ戦慄かせながら憑かれたように魔理沙は胸元を掻きむしる。
それを見かねた妖夢は魔理沙を庇うように一歩前に強く踏み出ては二人の間に割って入る。
「なるほど、これがいわゆる『ヤンデレ女』ってやつですか?そんなあなたなんかのために魔理沙さんをおいそれとこのまま渡す訳にはいきませんよ!」
威勢よく啖呵を切る妖夢にアリスは苛立ち混じりに舌打ちするや、それまでの金色の双眸を細めては凍てつく青白き氷の眼差しをぶつけていく。それを合図に西行妖を取り囲むように散開していたしもべたちも、持ち場を離れて一斉に主の元へと集まりだす。
「妖夢、邪魔をする気?いくらあなたとは知り合いとはいえ、容赦はしないわよ?わたしのしもべたちに命じてすぐにでもあなたを原型を留めないくらいにぐちゃぐちゃに切り刻んであげるわ」
「やれるもんならやってみろみょんっ!我が師であり我が父である魂魄妖忌が鍛えたこの二振り、斬れぬものなどっ!!」
そう叫ぶや否や、妖夢は腰元の二振りを抜き放って畳を踏み抜かんばかりの勢いで左脚を床に叩き込むと、それを起点に「倒すべき相手」めがけ弾丸のごとく斬り込んでいく。
「なーに、それ?そんな真っ直ぐに突っ込まれても驚かないわよ!」
さながら怒り狂った猪のような、ただただ勢い任せの莫迦一辺倒のその突進ぶりをせせら笑うアリスたったが。
(なに?……足音が消えた?それに姿も?!)
煌めくは交差する二条の閃き。
それが二振りの剣筋だと悟るや、たまらずアリスは宙へと逃れる。天地が逆転する視界の中で、掠める剣筋が被っていた三角帽子を跳ね飛ばし、金色の前髪すら数本切り飛ばしていく。
「……あなた、本気ね?」
「そりゃそうだ、みょんっ!」
そこから二人はもつれ合うように居間から縁側を突き抜け、屋敷の外へと飛び出していく。
「さあっ、わたしはここだみょん!どっからでもかかってこい!」
「言ったわねっ!行きなさいあなたたたちっ!!」
二振りを振るう妖夢。持てる全てのしもべを使って応戦するアリス。あちこちで続けざまに金属どうしがぶつかり合い、激しい火花が散った。その音が妖夢の挑発に引っ張られる形で二人の姿もろとも遠ざかっていく頃合いで、幽々子は嘆息交じりにこの期に及んでも未だにパニック状態から脱しきれない魔理沙へと一瞥を投げやる。
「魔理沙、何をしているの?」
「っ、ぁ、ああ、すまねえ」
「今あなたの成すべきことは何かしら?」
「……だよな、言われなくても分かってるのぜ」
自分の胸に両手を添え乱れた呼吸を整えるように深呼吸をしてから、発破をかけるように魔理沙はぱんっと震えっぱなしの膝頭を思い切り叩く。
「じゃ、ちょっくら行ってくら。……世話になったな?」
睨みつけるは妖夢の機転で「ノーガード」となった西行妖。
そこに突入するには「今しかない」。取りこぼした箒を拾い上げざまに放り投げるや、スケボーのように飛び乗る。
舞い散る桜花。
見据えるかの老木はもう既に「三分咲き」。
急 が ね ば 。
迷うことなく魔理沙は取り巻く結界をものともせずに突貫するや、西行妖の内部へと飛び込んでいくのだった。