東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
「これはなにかしら、霖之助さん?」
「それは六分儀だね。観測用の器材」
「じゃあこれは?」
「それはターヘルアナトミア。解体新書の原本となった蘭書」
「ふーん?じゃあ、この機械は?」
「それはノートパソコンだね。ちなみにOSはvista。外の世界の主流らしい」
「うん?よく分からないわね。それじゃあ、これは(顔真っ赤)?」
「……それは大人のおもちゃだね(目線逸らし)」
人里と魔法の森の間に構える「香霖堂」、その店舗内にて語らう二人の男女。
一人はこの店の店主、森近霖之助。
そしてもう一人は幻想郷の管理人、八雲紫。
そんな二人の関係は。
骨董品屋の名目上、それほど広くもない店内には種々様々な珍品が商品として陳列されている。
二人は手分けして久方ぶりの営業に向けて準備に取り掛かっている最中ではあったが、その実際は陳列されてる商品を片端から手にとっては質問する管理人に店主が都度手を止めて答えるといった態で、一向に進む様相を見せないでいた。
「それよりもいいのかい、紫さん?いま居るべき場所はここじゃないだろうに」
「そうね。あんなことがあったばかりなのにね」
遅々として進まぬ作業を前に耐えかねたのか、やんわりと諭すような店主の物言いに伏し目がちに頷く管理人。
その物腰はいつになくしおらしげ。そしてそれにはそれなりの理由もあるわけで。
やがてその話題はとある娘について言及されていく。
「あの子があそこまで追い詰められていたなんて。あんなふうになるまで察せられなかったのは親として失格だわ」
「それは結果論だよ。僕らは神さまじゃないよ。最初から何から何まで察することなんてどだい無理な相談なんだから」
「そう、そうね。……ねえ、霖之助さん。まだあのときのことは話す気にはなれなくて?」
それはここにわざわざ来んだりしてまて本当に聞きたかったこと。
よほど当人から頑なに口止めされていたのか、返って来る言葉もまた相変わらずだった。
「ごめん、悪いけどそれは言えないね」
「そう、そこは譲ってくれないのね」
「ああ、すまない」
「いいのよ。それがあなたの気質ならね」
かくてその目論見は空振りに終わり、ただ落胆のため息だけが漏れる。
やはり無駄足だったか。そう思いながら所在なさげに移ろう目線は、偶然にもとある一点で止まった。
壁際の陳列棚、その最下段。きれいに畳まれ積まれた古紙の山。
「霖之助さん、あれは何?」
「ん、あれ?ああ、古新聞、だね。外の世界のやつだよ。梱包用に使われたのを保管してある。後学のためにね」
「……そう、ちょっと見ていいかしら?」
「ああ、構わないよ。というか、気になるのがあれば持って行っていいよ?」
「そう、ありがとう」
許可もらって手に取り眺めるその新聞の記事はどれも気が滅入るような暗い話題ばかり。
そのすべてを理解できなくても、おおよその雰囲気めいたのは字面から判別できた。
外の世界は自分が管理してるこの郷よりもはるかに複雑で混沌めいているようである。
そんな感慨に浸りつつ辿る目線はとある記事で止まり、釘付けとなる。
その記事を目にした途端、管理人は数度双眸を瞬かせた後、それを食い入るように見据えていく。
そしてその記事があった紙面のみを丁重に折り畳んでは道士服の懐中深くに仕舞い込むのだ。
「わたし、帰るわね。いろいろとお邪魔してごめんなさい」
「ああ、わかった。すまない、君の役に立てなくて」
「いいのよ。また何かあったらよろしくね。それじゃあね?」
次元のスキマを展開するのは辞去の合図。
その合図を見るなり見送りの姿勢を取る店主はそこで申し訳なさげに詫びを入れる。
それに緩やかに被りを振っては、別れの挨拶を告げた後に管理人はスキマへと身を投じていく。
やがて閉じられゆくスキマを眺めた頃合いで店主は小さくため息をつくのだ。
(それでも言うべきだったか。ただ、そうはいっても。……どうしたものだろうね)
いまさらながらに込み上げるのは憂いの混じった後悔の念。
信条か人情か。取るべきはどちらか。果たしてどちらを取るのが正しいのか。
その板挟みで思い悩む霖之助なのであった。
秋風に揺られ、澄み渡る秋晴れの空を舞う赤とんぼのつがいが戯れていた。
見渡せば一面に黄金色に染まる「稲穂の群落」。
山の裾野を切り開き、そこらを埋め尽くさんばかりの「棚田」広がり、百姓どもが横一列に並んでは囃子の調子に合わせて鎌で稲を刈る。
それは毎年この時期に見られる「風物詩」。
そう、いまは「収穫の時期」。
今年もまた「豊作」。
そしてその光景もまたいつぞやに見たものとまるで同じ。
ただひとつ違うのは。
目深に被りし三度笠の端を摘まみ上げ人里へと続く通りから畦を見据えるは斥候帰りの一人の女。
だぼついた白の法衣の上に羽織られるは深紅の陣羽織。
左腰に差したるは白木の鞘に収められし長ドス。
そんな出で立ちの女が見据える先には独特の訛りで民謡を歌う一人の娘。
十年前に見た光景と違うのはその娘そのもので。
しかしてその娘がその当時に見たあの幼子と同一人物であると見抜けたのは、その髪の色と髪留めによる。
あのときは親子連れ、そしていまは子一人。
十年も経てば人も変わるか。幼女から少女へ。人は成長する生き物であるとは良く言ったものだ。
その娘、巫女。守矢の風祝。豊穣を司る現人神だと人は言う。
ただそれ以上の詳しいことは分からない。
不意に聞こえていた民謡が止まり、その巫女と目線が合った。
互いの目線がかち合うと同時に翻す「紅魔縦二文字」。
「紅魔組副長」なる女はそのまま帰路に就くべく歩みを始める。
が、しかし、それも数歩歩いたところで止められた。
しかも、はるか高みの方から自分の名を呼ぶ声によって。
「ぱちぇさーん」
見上げればせわしなく手を振る一匹の「鴉天狗の娘」。
いつも「文々〇新聞」なる怪しい新聞をばらまく迷惑な「ブン屋」だ。
そうしてそいつは目の前に降りて来た。絡まれると実に厄介なこの娘。浮かべる女の顔も至極渋い顔になる。
「ブン屋、うちに何の用だ。新聞の勧誘ならお断りや。悪いがうちではおまえの新聞なんぞ取らんぞ?」
「のっけからひどいですね。違いますよ、そうじゃないんですって」
「ほう、じゃあなんだ?ろくでもない用ならいますぐにでもこの長ドスの緑青に(じゃきんっ)」
「ひえっ!?いくらなんでも殺気走りすぎですって?と、とにかく、これを」
射命丸文なるブン屋はビビリにビビリまくりながらも、一通の封書を副長なる女へと差し出す。
その封書を困惑気味に眺めた後、副長はひとまずそれを受け取ることにする。
それを見るなり、「わたしはこれで!」と逃げるように空高く舞い上がるブン屋。
「お、おい、ちょい待ちぃ!」
逃げるブン屋を呼び止めようとすれど時既に遅し。
既にその姿は豆粒ほどの大きさになっていた。
(逃がした。ま、それはどうでもええか。に、してもうちに手紙寄越すなんて一体どんな物好きか)
気を取り直し改めて眺めるその封書。その裏側の差出人の名前を見るなり、思わず跳ね上がる片眉。
その矢先、突然強い風が吹き抜けた。
その風に煽られ、被っていた三度笠が飛ばされて踝まで伸ばした紫の長髪が乱れに乱される。
(なんだ、いきなり?……ぬ?)
なんとはなしに振り返った先。
さきほどまで畔に居たはずのあの娘は。守矢の風祝の姿はそこにはもはや見当たらず。
まるで狐に化かされたかのような面持ちでパチュリー・ノーレッジなる女はただその場に呆然と立ち尽くすのだった。