東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
「香霖堂」。
宵深まっても未だ床に就けぬ霖之助は、店舗の窓辺に立って一人紫の帰りを待っていた。
かの作戦に向け出立する際の彼女の様子は、「いつも通り」。
「それじゃあ、行って来るわね」とまるで旅行にでも行くような軽い調子で星蓮船へと乗り込んでいった。
けれど、分かっていた。彼女が敢えてそう演じていたことを。
そしてもしかしたらこれが「今生の別れ」になるやもしれぬことを。
だからこそこうして眠れずに当てもなく待ち続けている。
(……紫さん、無事だといいが)
時が経てば経つほど、胸が締め付けられるような不吉な胸騒ぎが募るばかり。
男であるのに戦場の矢面に立てず、何もできずにただ待つしか術のない歯がゆさを霖之助は噛みしめる。
そのとき。
コンコン。
不意に玄関のドアをノックする音が響いた。
その音を耳にした途端、弾かれたように霖之助はドアを開ける。
そこに立っていたのは。
「久しぶりね、霖之助」
「……アリス、君か。どうしたんだい、こんな時間に?」
予想外の客人の来訪に、霖之助は努めて冷静にその理由を尋ねる。
アリスはそれに答える代わりに、霖之助の横を擦り抜けるようにそっと店舗の中へと入っていく。
「ここは変わらないのね、ずっと」
「そうだね。さすがに全部が全部変わらないわけではないけど。……それよりどうしてここに?」
どこか感傷に浸るように店舗内を見渡すアリスに霖之助は向き直り、ここに来た理由を問いかける。
そしてすぐにそれを後悔する羽目になるのだった。
「妖怪の山」、その上空。
高度二千で繰り広げられる「血みどろの闘い」。
神奈子という名の神に至近で挑む美鈴は、徐々に傷つき、追い詰められていた。
「どうした、息が上がってきているぞ?」
「はは、お気遣いどうも?しかしそろそろ一発くらいもらってくださいませんかね?」
かたや手負い。かたや無傷。
圧しているはずなのに、どんなに手数を仕掛けても美鈴の拳や蹴りはただ虚しく空を切り一発も当たらない。
そして必ず返される嵐のようなカウンターの弾幕攻撃。
それを躱し耐え凌ぐうちに必然的にその身体にダメージが蓄積していく。
『 天流 「 天の八衢の水 」 』
「ちっ!」
それまで嵐を思わせるような弾幕とは打って変わり、うねる水流のごとく押し寄せる弾幕が周囲を埋め尽くす。
逃げ場は瞬く間に奪われ、また耐えるしか術がなくなる。
ぱ ち ん 。
ジリ貧一辺倒の美鈴。そこに鳴り響く指鳴りの音。
それとともに。
『 神槍 「 スピア・ザ・グングニル 」 』
『 禁忌 「 レーヴァテイン 」 』
咲夜の「時間停止」に乗じてレミリアとフランがそれぞれの得物を振りかざし神奈子の左右へと切り込む。
だが。
「がっ!?」
「きゃあっ!」
止めたはずの時間は即座に動き出す。
それぞれの得物が届くよりも速く神奈子は反応し、二人の姉妹を彼方へと弾き飛ばす。
「お嬢さま!妹さま!」
「……くだらん。妖怪風情が。人間ごときが。神に盾突こうなどと」
ば ん っ。
「あっ」
爆ぜるような音が響いた瞬間、咲夜もまたナイフを散らしながら墜落していく。
『 正体不明 「 紫鏡 」 』
『 散符 「 真実の月(インビジブルフルムーン) 」 』
『 鉄拳 「 入道にょき 」 』
「 小 賢 し い 」
その一言だけでさらに続くぬえ、イナバ、一輪の三位一体のスペルさえも弾かれ、そして墜とされる。
それは「言霊」の成せるわざ。
神のみが発することができる「絶対なる力」。
その力の前に、立ち向かう者すべて、ただ無力であった。
「さて。おまえにもそろそろ引導をくれてやろうか。いい加減その糸目面も見飽きてきたしな」
「くっ」
図らずして独りになってしまった美鈴。
援護をしてくれる仲間はもういない。
これで終わりか、と腹を決めたそのとき。
不意に夜明けにはまだ遠い時間にも関わらず辺りは眩い太陽の煌めきに包まれた。
その突然の輝きに目を奪われ、神奈子のとどめの一撃は空を切る。
「っ、なんだ?」
「こ、これは?……ああ、わたしは夢でも見ているんですかね?」
死を覚悟していた美鈴は、眩しくも暖かな輝きとともに現れた四人の姿にそれ以上の言葉を失う。
「ごめーん、おまたせー」
軽い詫びの言葉とともに天より現れる霊夢、妖夢、魔理沙、早苗。
それは、「冥界」より帰還せし救世主たち。
そこに希望を見出す美鈴と初めて苛立ちを覚える神奈子。
「陽の巫女。それにさなえ。おまえらは西行妖の贄になっていたのではないのか?」
「陽の巫女?……ああ、わたしのこと?あんまり退屈だったから出て来ちゃったわよ?」
眩い陽の光を宿す霊夢は、神奈子の問いかけにあっけらかんとした口調で返す。
それを聞くなり、揃って苦笑いする三人。
「よっく言うぜ、あたしと妖夢が助けなきゃ、おまえらあのままこの世もろともお陀仏だったくせによー?」
「はいはい魔理沙、それについては重々感謝してますって?それより」
頭の後ろに手を組みがてら魔理沙の呆れたようなツッコミに眦を下げつつも、霊夢は改めて神奈子と向き合う。
「わたしのいない間にずいぶんなことをやってくれたわね?これはたっぷりとお仕置きが必要かしら?」
「ふ。人間のくせに言霊を使うとは生意気な。所詮は死にぞこないの人間。神である我に歯向かったことをすぐにでも後悔させてやろう」
「あら、その言葉、そっくりそのまま返してあげるわよ?」
端から見ればそのやり取りはただの言い争い。
しかしそれだけで周りの空気は震える。
それだけ双方の紡ぐ言葉は重く、それに圧され呑まれることは即敗北を意味する。
そこに陰の巫女、早苗が介入する。
「……もうおやめください、おとうさま。これ以上の殺生は無意味です。どうぞ、お改めを」
「さなえ、おまえまで。やはり最後の最後まで親である我と道を違えるつもりかえ?」
「誰かしらに犠牲を強いり、もたらす滅びに何の救いがありましょう?過ちを犯す親を正すのも娘の果たすべきつとめかと」
「愚かな。げに愚かの極まりなり。もはやおまえを娘とは思うまい。一切の慈悲など与えぬ」
それは親子の決裂。
神奈子の怒りと蔑みの感情とともに震えていた空気が次々と爆ぜていく。
それに戦々恐々となりつつも、魔理沙もついでとばかり介入する。
「おーおー、おっかねえ神様だな。それにすっげえ傲慢。おまえそれでも親かよ、聞いて呆れるぜ?」
「なんだ貴様は?」
「通りすがりの魔法使いだよ。ついでにただの人間。でも人間代表で言わせてもらうぜ。人間を舐めんな」
「戯言を」
ざ わ っ 。
凍てつく神奈子の目線が魔理沙を捉えようとした瞬間、魔理沙を庇うように妖夢が介入する。
その二の手に持ちて構える二振り。
「冥界のみならず顕界の秩序を乱す愚かしき罪人(とがびと)よ。如何な神とて情状酌量の余地なし。冥界の主に代わりて宣告す。悔いて是非曲直庁の裁きを受けよ」
「冥界の娘か。裁きを下すのはそのなまくらでか。嗤わせるな」
「笑止。この楼観剣、そして白楼剣。斬れぬものなど、無い!」
挑発的な神奈子の言霊を跳ねのけるように啖呵を切る妖夢。
その四人の織り成す凄まじき言葉での闘いを前に、美鈴はただ圧倒される。
(すごいですね、みなさん。それに引き換え、わたしはまだまだといったところでしょうかね)
最後の最後までその拳と蹴りはかの神には届かず。
大切な家族や駆けつけた仲間さえも守れず。
ただただ途方のない無力感を覚えるばかり。
そこに霊夢の発破が飛ぶ。
「……美鈴。あなた、まだ闘えるかしら?あなたにも紅魔組としての意地があるわよね?」
「ええ、もちろん。この拳、届くまで」
その発破に鼓舞されるように美鈴は改めてその身に揺ぎ無き闘志を漲らせていく。
それは新参といえど館の門前を護り抜いてきた戦士としての意地と誇りのあらわれ。
不思議だった。
その言葉を真に受けただけで、今の今まで思うように動かなかった身体が今はとても軽く感じられる。
「いくわよ、みんな」
美鈴の返しに満面の笑みを浮かべた後で、発する霊夢のかけ声とともに「第三ラウンド」が始まった。
『 Ein heilender Glanz für Ihre Hände. "Heilung"(この手に癒しの輝きを。「快癒」) 』
神との闘いに敗れ、地上に墜とされ傷ついた者たちに分け隔てなく回復魔法を施す一人の魔導師。
その魔法を発動するたびに、けふっと吐血するのはもはや仕様である。
「……パチェ。あなたまで。もう館の留守をこあ一人に任せるなんてどういうつもり?」
「ああ、お嬢さま。お叱りはのちほど。神との闘いを前に書庫に籠るのもどうかと思いましたので、つい」
「まったく美鈴といい、あなたといい、ほんっとに言うことを聞かないんだから、怒れちゃうわ」
あの門番のみならず、副長の参謀役のこの魔導師まで。
揃いも揃って命令違反をしでかす不忠の部下どもにせっかくのカリスマも台無しとばかり、レミリアは呆れたように肩を竦める。
そして岩場の影からこちらを覗う目線と気配に気付き、紅の眼を細めやる。
「そんなところに隠れてないでいい加減出てきたらどうかしら、二神の片割れさん?」
「う、うわ、どうしてわかったずら?!」
「頭隠して尻隠さずって諺をご存知?その帽子が岩から飛び出てたわよ」
「ああああっ、しまったずら!」
レミリアの鋭い指摘にパニくる諏訪子。
やがて観念したように岩場から出ておずおずと皆の前に姿を見せるなり、恥じるように深く土下座をする。
「すまね、ほんとすまねっ。うちら、取り返しのつかない過ちを犯したずら。償いきれねぇのは分かってる。でも、でもっ」
神であるのにも関わらず、その誇りとプライドもかなぐり捨て懺悔する諏訪子。
それを見るなり、レミリアはふっと小さく笑みを浮かべる。
「過ちを犯したのならば正せばいい。それにわたしを含めここに居る全員、かつて過ちを犯した前科持ちよ。だけど赦され、救われた。……あの小さな小さな博麗の巫女に、ね?」
見上げれば遥かなる高みで繰り広げられる神と二人の巫女と仲間たちの熾烈な闘い。
互いの長所を活かしそして互いの短所を補う隙のない五人の織り成す絶妙な連携により、その闘いは息を呑むほどに拮抗していた。
もはやそこには自分たちの介入する余地はどこにも見当たらない。
(それにしても見事なものね。即席の集まりなのにあんな闘い方ができるなんて。あれが真のカリスマというやつかしら)
かの「紅霧異変」の折、初めて対峙したあの巫女はまだ未熟で粗削りだった。
付き人の黒白魔法使いとの連携もちぐはぐで、それはそれでお話しにもならぬほどの稚拙なモノ。
それが、今は。
深い感慨に浸っていると、新手の出現に気付く。
それは何の前触れもない、あまりにも突然なもの。
「……アリス」
空間を裂いて忽然と現れた金髪の魔法使いの名をレミリアは呼びかける。
その名を呼ばれ、アリスは緩やかに首を傾げる。
「ちょうどいい生贄が揃ってるわね。これだけ揃ってればあの神さまにだって渡り合えるかしら?」
「……お嬢さま」
「アリス、おまえ。何のつもりや?」
そのアリスの不穏極まりない発言に咲夜とパチェがレミリアの前に立つ。
そんな二人に冷めたように一瞥を投げかけた後に、アリスは怨嗟の籠った目線で諏訪子を睨みつける。
「あのときはよくも式神をけしかけてわたしを丸呑みにしてくれたわね?人違いでしたじゃすまされないわよ?」
「う、うぐ、そ、それは」
「ふふ、神さまでも狼狽えることもあるのね。でもいいわ。そう、もういいのよ。だけど償いはさせてもらうわよ」
やがてその唇から紡がれる「禁呪」。
「ぬ、いかん!」
「あぶない、おねえちゃん!!」
それにいち早く気付き阻止しようと動くパチェとフランだったが、それよりも早く禁呪が発動してしまう。
『 Give me all your power. "Seize."(その力をすべて寄越せ。「奪取」) 』
その禁呪により、その場に居合わせた者は全て各々の能力を奪われ、次々に倒れて事切れていく。
「 神の奇跡を起こす程度の能力 」 。
「 運命を操る程度の能力 」 。
「 ありとあらゆるものを破壊する程度の能力 」 。
「 時間を操る程度の能力 」 。
「 魔法を操る程度の能力 」 。
「 狂気を操る程度の能力 」 。
「 正体を隠す程度の能力 」 。
「 雲を操る程度の能力 」 。
それらの能力を奪ったアリスはもはや物言わぬ屍どもを横目に、空高く舞い上がるのだった。
それはあまりにも突然の介入だった。
それまで繰り広げられていた闘いは、その介入により予想外の結末を迎える。
「ぐ、あ……、アリス、貴様。邪魔者を始末しに行ったのではないのか?」
「ええ、もう済ませて来たわよ、地上にいた連中全員ね。そして、最後の仕上げはあなたよ」
その右手で背後から神奈子の胸を貫き抉るさまは、かつて神奈子が紫にした所業とまるで同じ。
そしてそこから奪う「乾(天)を創造する程度の能力」。
「……なんてことを」
そのあまりにも残酷な仕打ちに霊夢たちはただ言葉を失う。
しかしすぐに我に返った魔理沙は、師であるアリスに詰め寄る。
「おい師匠!なんでこんなことしやがんだ!!おかしいだろっ、本気で狂っちまったのか!?」
「だめ、魔理沙、迂闊に近寄っちゃ!!」
咄嗟に警告を発する霊夢だったが、不幸にも間に合わない。
紅に輝くその「魔眼」に囚われ、びくんっと雷に打たれたかのように魔理沙はそのまま硬直してしまう。
「魔理沙。愛しの魔理沙。あなたはわたしのすべて。だからもう離さない。永遠にあなたはわたしのもの」
「……ああ、師匠、アリス。あたしは永遠にあなたのもの」
もはや用済みの抜け殻となった神奈子を放り捨て、愛し気にアリスは魔理沙を包み込むように抱きしめる。
それを虚ろな眼差しとどこか恍惚とした笑みで受け入れる魔理沙。
そして二人は霊夢に見せつけるように「契りのキス」を交わしていく。
それとともに変わりゆく魔理沙のありさま。
金色の髪と瞳は淀んだ灰色へ。
身に纏う紫の愛らしい魔女っ娘服は、漆黒の禍々しき魔女装束へ。
それは完全にアリスに支配されたことを意味していた。
「そ、そんな、魔理沙、魔理沙!駄目、しっかりして!」
「……あー、誰だおまえ?せっかくのいい気分を台無しにしやがって?」
じ ゃ き ん っ 。
突きつけるミニ八卦炉。
そこから迸るのは、魔理沙の十八番。いわゆる「とっておき」。
「魔理沙!!」
霊夢は成す術もなくその加減なしの魔力の奔流に呑まれていくのだった。
「おとうさま、おとうさまっ!」
墜落していく神奈子を前に、やむなく戦線離脱を余儀なくされた早苗は急降下しながら神奈子を辛うじて抱き留める。
どんなに道を踏み外しても、神奈子は早苗にとって親も同然だった。
実の両親を幼少の折に不幸な事件で亡くして以来、親といえる存在は神奈子と諏訪子しかいない。
「……この期に及んでまだわたしをそう呼ぶのか、困った娘だな。それも、愛ゆえか」
「おとうさま」
「紫も言ってたな。わたしたちに足りぬのは愛だと。今になってそれが身に沁みるよ。されどもうそれも詮なきこと」
「いやっ、逝かないでっ逝かないで!」
消えゆくその右手で最愛の娘の頬を愛し気に撫でやり、神奈子はそこで潰える。
そして地上では神奈子の後を追うように諏訪子もまた消えていく。
「おとうさま、おかあさま!!うわあああああっ」
早苗の絶望の慟哭が山中に響き渡るのだった。