東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
「香霖堂」。
これまで交わしたあの来訪者とのやり取りを、霖之助は途方のない無力感に苛まされながら反芻していた。
「ここはわたしにとっての始まりの場所だったわ。魔理沙と出会ったのもここだった」
「ああ、そうだったね。アリスは魔理沙が赤ん坊の時から面倒を見てくれてたね」
「そうね。先代の博麗の巫女と一緒に魔理沙の面倒を見てたんだっけ。もう彼女はいないけど」
「……懐かしい話だね。桔梗、か。あの子はきっと天国で幸せに暮らしてるよ」
「わたしはあの子に救われたわ。それからあの子に代わって魔理沙を育てようとした」
「うん、そうだったね」
「でもそのうち魔理沙があたしも魔法使いになりたい、弟子にしてくれってせがまれたときは正直困ったけどね」
「ああ、あのときは大変だったね。魔理沙が暴れに暴れて店中荒らしまわったんだっけ?」
「ええ、そうね。それでわたし、無理難題のテストをけしかけてあしらうつもりだったけど、それに魔理沙、合格しちゃって」
「それは魔理沙にも魔法使いの素質があったってことだよ。やっぱりそこは認めてあげるべきじゃないかな?」
「そう、そうね」
それは遠い過去を懐かしむ、どこか温かみのあるやり取り。
されどそれもやがて暗く重い雰囲気へと変わっていく。
「わたしは魔理沙の傍にずっといたかった。けど、わたしから魔理沙を奪ったのは」
「……紫さん、か。でもそれは仕方ないことじゃないのかい。紫さんは魔理沙を霊夢の付き人にしたかったから」
霖之助の脳裏によぎるのは、未だ帰らぬ待ち人のこと。
だがその名を紡いだ途端、アリスの表情はあからさまに険しくなる。
「あの女が何?この世界の管理人だからってそんな勝手が許されるわけ?冗談じゃないわ」
「でも、それでも魔理沙は君の家のすぐ隣に家を建てて、君との付き合いを続けて来たじゃないか」
「ええ。だけど、だけどね。魔理沙はわたしには振り向いてくれない。あの娘、霊夢がいる限り」
だから滅ぼすわ。
あの娘もろともすべてを奪ったあの女の創ったこの世界を。
「……アリス、君は。どうしてそこまで?」
不穏な空気を感じ取った霖之助は、それでも努めて冷静にアリスに問いかける。
その問いかけに窓辺から差し込む朧げな月明かりに照らされながら、アリスはただ寂しげに笑う。
「わたしは異邦人。元々この世界の住人ではないわ。わたしは」
失われし絵本の世界の住人。
そう、だからこそこの世界にはそれほどの愛着もない。
それに今こうしてる間にも手前勝手な神さまが暴れてる。
そんな無秩序な世界なら、わたしが手を下しても別に問題ないでしょう?
「アリス。だめだ。君が何者であろうとそんなことはしてはいけない」
アリスの狂える決意を前に、霖之助の説得はただ虚しく空回りする。
説得以上の何もできない霖之助をどこか悲しげに見つめた後で、ゆっくりとアリスは背を向ける。
「どのみちこの世界は終わるわ。というより、終わらせるわ。この世界にはわたしと魔理沙。それだけいればいい。……さようなら、霖之助」
「だめだアリス。行ってはいけない!」
霖之助の必死の制止もアリスには届かない。
ちらりと壁に未だに残る落書きに一瞥を投げかけてから、空間を裂いてそのまま姿を消していくのだった。
壁の落書き。
それは幼少期の魔理沙が描いた「世界の終わり」を彷彿とさせるもの。
「妖怪の山」を「ぢごくのごうか」で燃やし尽くして笑う、「魔女」。
「霧の湖」を「いてつくはどう」でかちんこちんに凍らせて笑う、「魔女」。
「人里界隈」に「ふりそそぐいなずま」を落として笑う、「魔女」。
「博麗神社」に「きょだいないんせき」を落として笑う、「魔女」。
「迷いの竹林」を「ちょうきょうりょくびーむ」で消し飛ばして笑う、「魔女」。
「太陽の花畑」を「ごうかいなはりけーん」で吹き飛ばして笑う、「魔女」。
皮肉にもそれは現実のものとなる。
「妖怪の山」、その上空。
「……けっ、意外としぶといんだな、おまえ?」
魔理沙の魔法の直撃を咄嗟に展開した結界符でしのぎつつも、満身創痍となる霊夢。
それでも墜ちもせずにその場に留まり続けるタフさに魔理沙は辟易の表情をありありと浮かべる。
「まり、さ。……お願い、目を覚まして」
「うぜえよ。くたばれ」
「魔理沙っ!!」
深く傷つきながらも涙交じりの必死の霊夢の呼びかけも、魔理沙には届かない。響かない。
それどころか追撃の魔法を慈悲なく撃ち出しにかかる。
ごうっ。
その奔流から霊夢を護ったのは。
「……だめですよ、霊夢さん。あなたはまだここで終わってはいけないでしょうに?」
「美鈴?」
「あなたは太陽。この世界の希望なんですよ。だから、頼みますよ、この世界をどうぞ、よろしく?」
「美鈴!!」
自らを盾にした美鈴は、やんわりと微笑むとそのまま霊夢の目の前で力尽きて墜ちていく。
「なんてことを!アリスさん、もう貴女を赦すわけにはいきません!!」
「……うるさいわね。別にあなたに赦してもらおうなんて思わないわよ」
その衝撃的な光景を前に弾かれたようにアリスに斬りかかる妖夢もまた。
「じゃま。消えて」
じゅわっ。
「ぐはっ!?」
その言葉だけでまるで蒸発するかのように半霊もろともその存在を一瞬にして消されてしまう。
そこにはもはや躊躇いも情けも微塵も感じられない。
いまやアリスは「神を越えた存在」となっていた。
突然の仲間の喪失にただ呆然となる霊夢に冷ややかな目線を投げかける。
「これであなた一人になったわね。ああ、まだ邪魔なのがいたわね。……魔理沙」
「おうよ」
アリスの呼びかけに応じるように魔理沙は高々とミニ八卦炉を突き出す。
その突き出した先にある「聖輦船」。
「だめっ、魔理沙!!」
霊夢の叫びも虚しく、その白蓮と永琳のいるそらふねさえも爆発四散するのだった。
奪われていく。
その何もかも。
大切な仲間も。
かけがえのないともだちも。
その命さえも。
(何が太陽よ。何が希望よ。そんなわけないじゃない)
その無力感からくる自己否定。
救いようのない絶望感に霊夢の心は打ちのめされていく。
「返して、返してよっ!わたしの魔梨沙を返して!!」
アリスに向けた絶望の叫びは、皮肉にも魔理沙によって遮られる。
「誰がおまえのものだって?ふざけんなよ、ばーか?」
じゃきんっ。
「……ああ」
そして霊夢もまた撃ち落とされる。
それと同時に首にかけていた力の源だったお守りさえも千切れて飛んでいく。
それによって失われる「博麗の神の加護」。
紫の髪と瞳は元の黒と茶に、身に纏う巫女装束も元の赤白の巫女服へと戻る。
その落ち行く過程で見せつけられる世界の終わり。
河童と天狗の住処、早苗と守矢の二神の住む守矢神社のあるこの「妖怪の山」も。
レミリアや美鈴たちの住む紅魔館のある「霧の湖」も。
小鈴の貸本屋、阿求の屋敷、慧音の寺子屋、白蓮の命蓮寺のある「人里」も。
永琳や輝夜たちの住む永遠亭のある「迷いの竹林」も。
幽香がせっせと毎日世話をしている「太陽の花畑」も。
そしてとどめとばかり、自分の住処であり、この郷の要である「博麗神社」のある不帰の森でさえも。
守るべきその世界が二人の魔女によって片っ端から壊されていく。
そしてただ壊されるのではなく、そこに営む数多の命までもが奪われる。
もはやそこに救いはなかった。
だから目を閉じる。
もう、何も見たくない。
どさっ。
「なんだ、まだ生きてんのか?」
師弟こぞってひとしきり世界を壊し終えたところで、地に伏す霊夢の元に魔理沙は降り立つ。
「師匠、こいつどうする?」
「それはあなたのオモチャよ。好きになさいな」
「ふーん、だってよ?」
どかっ。ばきっ。げしっ。ぐしゃっ。
主であるアリスの命令で忠実かつ冷酷に死体蹴りをかます魔理沙。
ぐったりとなったところで胸倉を掴み、無理矢理引きずり起こす。
「よう、まだ生きてっか?でなきゃ、楽しめねーだろ?」
「……わよ」
「あ、なんだって?」
泣いてるわよ、あなた。
辛うじて左目だけを開け、霊夢は魔理沙の左頬を伝う「ひとしずくの涙」を指摘する。
その指摘に少なからず動揺する魔理沙だが。
「ばっか。なんであたしが泣くんだよ。ざけんなっ!」
ひゅっ、びたっ。
その顔めがけて振りかざした右の拳はその寸前で止まる。
胸倉を掴むその手も、振りかざした拳も、やがて小刻みに震えだす。
「ごめん、ごめんね、魔理沙。もうわたし、何もできないよ。この世界のために。みんなのために。あなたのために」
「ああ?なに言ってんだおまえ?わかんねー、わけわかんねー」
「……魔理沙、離れなさい」
魔理沙の異変を察知したアリスは無慈悲に命令を下し、即座に魔理沙は霊夢を突き放して離れる。
支えのなくなった霊夢は前のめりに倒れかけたところで、アリスの魔力でびくんとそのまま硬直する。
「やっぱりあなたは目障り。そして邪魔よ。串刺しにしてあげるわ」
ゆらりと翳した右手に大気中の水分を集積し形成する「氷の槍」。
それは迷うことなく動けぬ霊夢の胸めがけて放たれ、そのまま貫く、はずだった。
双 方 の 間 を 吹 き 抜 け る 一 陣 の 風 。
そ れ と と も に 。
「なっ!?」
「……さな、え?」
そこには霊夢を庇うように早苗が立っていた。
自らを投げ出し、美鈴と同じように自らを盾にして、身に纏う白のセーラー服を紅に染めていく。
氷の槍は早苗の胸を深く深く貫いていた。
致命傷を負いつつもそれでも緩やかに両手を拡げ立ち尽くすその後ろ姿を、霊夢はただ呆けたように眺める。
「セン、パイ。よかった、間に合いました、ね」
「さなえ。あなたまでなんてことしてくれるのよ。そんなこと、頼んでないじゃない?」
「だって、センパイ。センパイはわたしにとって、憧れのひと。この世界で一番たいせつな、おともだち」
「だから?だからなによ。そうやってわたしなんかのために自分を犠牲にしないでよ」
「……あはっ、センパイ?」
「なによ?」
「だ、い、す、き」
その告白をしたあとで、早苗は動けぬ霊夢の目の前でゆっくりと倒れていく。
ただただ呆然とする霊夢とは真逆に、アリスの反応は一瞬取り乱しこそすれ、あくまでも冷淡だった。
「命拾いしたわね。でもしょせんは時間稼ぎ。だってあなたが死ぬことには変わりはないもの」
「……………………」
「それはともかく、あなたはそうやって周りからちやほやされて、今の今までぬくぬくやってきたのね。ほんと、あなたは太陽みたい。でも、その日陰に追いやられた者の気持ちなんて考えたこともないでしょう?」
「……ええ、そうね。ないわね」
その皮肉めいた罵りも霊夢は淡々と返す。
そう返した後に、まっすぐにアリスを睨み据える。
「でもこれでも散々悲しんで泣いてきた。あんたの気持ち?それが何?」
いまになって動き出す、その身体。
だけどひどく鉛のように重い。
「思い通りにならないから世界を壊すの?滅ぼすの?……ふざけないでよ」
この心を埋め尽くすのは途方もない悲しみ。
けれど流すべき涙はもう一滴も流れない。
やがてその悲しみは怒りと憎しみに変わっていく。
それは霊夢が生まれて初めて覚える「負の感情」。
途端、どす黒い瘴気が霊夢の周りを漂い始める。
「師匠、こいつ」
「ええ」
変容する霊夢のありさまに身構える魔女二人。
そんな二人に構うことなく、霊夢は早苗の亡骸を跨いで幽鬼のような足取りでにじり寄る。
「許さない。赦さない。ゆるさない。ユルサナイ」
翳す右手。明らかな攻撃の意思表示。
それを見たアリスは応じるように右手を突き出す。
そこからぶつかる「暴力」と「暴力」。「憎しみ」と「憎しみ」。
それは強ければ強いほど、互いに反発し合う。
その結果、三人はこの郷の境界である「博麗大結界」を突き抜け、この世界から弾き出されていく。
それが、それこそが霊夢の過ち。
そして希望の太陽は滅亡の闇に沈むのだった。