東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
世界の終わりにただひとつその終わりを免れた場所がある。
「香霖堂」。
霖之助は荒廃した風景を窓越しに目の当たりにしては、悔恨の念に駆られていた。
天は暗雲に閉ざされ不穏な雷鳴轟き。
地は裂け山は崩れ森は燃えている。
そう仕向けたのは。
(止めれなかった。やはり僕には何もできないのか)
世界の滅びを決意したあの娘。
あのとき是が非でも彼女を止めていれば、この世界の終末は避けられたかもしれぬ。
されどそれももはや後の祭り。
ギシっと背凭れを軋ませながら椅子に腰かけ、机の上に膝を立て頬杖をつきがてら項垂れる。
すると突然、目の前が真っ暗な闇に閉ざされた。
「うふふ、だーれだ?」
背後から聞こえる茶目っ気のある女性の声が耳元に響く。
その声と感じられる温もりに霖之助は既視感を覚えた。
それはかつての博麗神社でのやり取りを彷彿させるような。
「ああ、その声は、『幻想郷の管理人さん』もしくは『大家さん』かな。よければ目隠ししてるその手をどかしてくれると嬉しいけどね」
「あらやだ、そんな大それた呼び名なんてよして頂戴?いつもみたいに『紫』って呼んでくれる?」
同じだった、何もかも。
抱き締められ、背に受ける柔らかな温もりさえも。
懐かしさのあまり、男であるのにも関わらず塞がれた両目から涙が溢れ出す。
「あらやだ、霖之助さん。そんなにわたしのことが恋しかったの?」
「……紫さん。紫さん、なんだよね」
「ええ、そうよ。わたしはわたし。でも今は世界の一部になっているけどね」
「世界の一部?もう、君には会えないのかい?」
「会えるわよ。現にこうしてるじゃない?……それよりもねえ、見て?」
紫は背後から包み込むように霖之助を抱き締めたまま、視界を塞いでいた両手をそっとどかして、天井を指し示す。
その導きに促されるように天井を見上げる霖之助。そして「ああ」と小さく声を上げる。
見上げた先に見える「落書きのつづき」。
- 世界の終わりに天より舞い降りる二人の少女-
それは幼少期の魔理沙が本当に描きたかった理想像。
それを霖之助は思い出した。
「この終わりの世界に救いはあるのかな。もう僕以外に誰も」
その落書きにほんの僅かばかりの希望を見出しつつも、力なく霖之助は被りを振る。
そんな落胆ぶりを紫はただ小さく笑う。
「終わりがあるなら始まりもあるわ。それに世界はひとつじゃない。愛ある限り、無限に広がっていくわ」
そこへ。
「ちょっとぉ、紫ぃ。なーにいちゃついてんのよ?」
「あ、あらあ、幽々子。ついてきちゃったのー?」
「そーよー、もうべったりよー。ほんとあなたってどんなに呼びかけても起きないもん、いやになっちゃうわー」
「え?それっていつのはなしー?」
「鈍いわねぇ、ボケるのにはまだ早いでしょー?あなたが湖に沈んだ時のはなしー」
「あー、そうだったっけ?全然聞こえなかったわ」
「あらやだ、もう、紫ったらー」
「……あのー、お二人?その大変心苦しいのですが」
重いんですけど。
気付けば霖之助は二人の女に背面から圧し掛かられ、完全に机に突っ伏していた。
世界の一部となっても、「質量」はあるようで。
そんな憐れな様子に、「あらあら」と二人は顔を見合わせて苦笑いをする。
「それより、紫ぃ。これからどーするのー?」
「そうねぇ。お迎えに行こうかしら。どんな物語でも主役がいないと始まらないしねぇ?」
「主役ー?誰かしらー、誰だったっけー?」
「もう、幽々子ったら。ほら、行くわよ。でないと置いてくわよ?」
「わー、ちょっとぉ、紫ぃ、置いてかないでー」
かしまし女二人ども、こぞって霖之助から離れてふわりと浮かび上がる。
その去り際、紫は霖之助に改めて抱きつき、左頬にそっと口づけをする。
「霖之助さん。さよなら、またね?」
それは別れの挨拶。けれど、再会を思わせるような響きも伴う。
その曖昧な挨拶に霖之助は複雑な表情を浮かべるも、すぐに薄い笑みを浮かべた。
「ああ、またね」
その言葉に紫は満面の笑みを浮かべた後で、幽々子とともにその場から消えて行った。
途端に戻る静寂。場に残るのは、霖之助ただ一人。
それはまるで今の今まで夢を見ていたかのようで。
そして、霖之助は悟る。
この店舗ごと、自分が紫に守られていたことを。
(紫さん。あなたという人は)
眼鏡を外し、霖之助は手の甲で目尻の涙を拭うのだった。
果てなく続く「虚無」の広がる宇宙(そら)。
そこに漂う、博麗の巫女だった「成れの果て」。
ただだらりと四肢を投げ出し、数多の宇宙塵(デプリ)の一粒として広大な宇宙を彷徨う。
もうその心には何も残ってない。
悲しみも怒りも、そして憎しみも。
護るべきだった世界はこの宇宙に比べれば、とても小さく、ちっぽけなものだ。
その閉じられた世界すら、護れなかった、救えなかった。
皆は自分を太陽だという。
しかしその期待に応えることもなく。
目先の悲しみにばかり囚われて。
その挙句、果たすべき役目すら投げ出してすべてを壊した。
もう、眠りたかった。
虚ろに開いたままの双眸には何も映さない。
このまま瞼を閉じれば、それですべては終わり、この身も単なる無機物となるのだろう。
それでも、構わない。
もう、終わってしまったのだから。
「あらあら、こんなところに居たのね。ほんと、随分探したわよ?」
「…………」
どこからともなく現われた紫。
その呼びかけに霊夢は答えない。
それでも紫は語りかけるのをやめない。
「たまには昔話でもしようかしら。ちっちゃいときのあなたは泣き虫で弱虫で。そのせいでよく周りからいじめられていたわね」
遠い過去を懐かしむようなその言葉に動かぬはずの双眸が微かに瞬く。
「……でもそれでも、あなたは周りへの優しさを忘れなかった。その優しさに救われた者は大勢いるわ」
「だから、なに。……そのすべて、救えなかった。意味なんてないわ」
初めて返る霊夢の言葉。けれどそれは全てを否定する悲しい響き。
「もう放っておいてくれ」とばかり、霊夢はそっぽを向くように寝返りを打つ。
その不貞腐れたようなしぐさに、紫はくすっと小さく笑う。
「あるわよ。それにまだ、救えるいのちがあるなら。……どうする?」
ほら。耳を澄ませてみなさい。
聞こえる筈よ。
「うるさいわね。もう、何も聞きたくなんかない!見たくもないっ!」
「……そう。ならいいわ。わたしができるのはここまで。あとは自分でどうにかなさいな」
霊夢のその叫びは深い絶望と拒絶のあらわれ。
その反応を目の当たりにした紫は、嘆息交じりにそう告げた後にそっと離れていく。
「いいのー紫ぃ?それでー?」
「あら幽々子。ええ、いいのよ。たまには厳しい姿勢も見せないとね、親として?」
「またまたー」
ふよーんとやって来た幽々子と合流した紫は、緩く小首を傾げながら茶化したように笑う。
それから二人は、その後の展開を見守ることにした。
それからまた独りになる霊夢。
そのまま永遠の孤独に沈むかと思われた矢先、急に起き出しては真っ直ぐにとある方向へと飛んでいく。
あーあ、なんてことやっちまったんだよ。
こんなことしたくなかったのに。
もう誰にも顔向けできねーよ。
あたしゃ、どうすればいいのぜ?
彼方より聞こえるその嘆き。
その声はもううんざりするほど聴き慣れたもので。
声の主は、やはり、紛れもなく。
「何やってんのよ、あんた?」
「って、霊夢ぅ!??」
膝を抱え蹲り、啜り泣く黒白エプロンドレス姿の魔理沙を見つけるなり、霊夢は呆れたような嘆息を漏らす。
突然現れた幼馴染みの出現に魔理沙は、はっと涙と鼻水だらけの顔を上げて大いに驚き、そして恥じるようにぐいっと三角帽子を目深に被る。
「いっちゃん顔向けできねー奴が出て来るなんて、それこそあたしゃどーすればいいのぜ?」
「なに言ってんの。あんたも被害者でしょうが。その見た目だと、呪縛からは解放されたようね?」
「ああ、みてぇだな。だけど。やっちまったことには変わらないのぜ。あたし、破壊神になっちまった」
「ええ、そうね」
魔理沙の悔恨を肯定も否定もせず、ただ受け止める霊夢。
それから二人は互いの背をぴったりとくっつけたまま、背中合わせに膝を抱える。
「……なあ」
「なによ」
「悪ぃな。思いきりぶん殴ったり蹴ったりして。そのとどめに世界を滅ぼして」
「うん」
「あたし、ほんとはおまえと一緒に世界を救う英雄になりたかった。でもなれなかった」
「うん。……だけど、それはわたしも同じ。あなたの憧れる英雄になれなかった」
久しぶりに交わす本音どうしの会話。
互いの温もりを感じつつも互いの顔を見ないこの立ち位置だからこそ、ありのままの言葉を紡げる。
そこから二人はしばらく黙り込む。
その沈黙の時間も、なんだか悪くない。
「なあ」
「ねえ」
そこから揃って二人は同じタイミングで声をかける。
あまりのハモりように肩越しに振り返り互いの顔を見合わせぽかんとした後で、屈託なく笑い合う。
ひとしきり笑い合ったところで、魔理沙はふと真顔になる。
「……なあ、霊夢」
「なによ」
あたしら、やり直せるかな?
魔理沙のその言葉に霊夢は驚いたように大きく双眸を見開く。
その問いかけは、自分が発しようとしたのと同じだったから。
「そうね」
犯した過ちの代償は計り知れない。
それによって失ったものや犠牲になったもの。
将来ずっと抱えていくその罪の重さに潰されてしまいそうになるけれど。
ひとりじゃつらい。
でもふたりなら?
ふと霊夢が見上げた先には、スキマを展開する紫と、額に「記憶改竄済」のレッテルを貼られたアリスを抱えた幽々子の姿があった。
その不穏極まりないレッテルを見るなり、二人はぶっと吹き出す。
「おいおいちょっとちょっと!」
「倫理的に大問題でしょうが!?」
「あらー、なに言ってるのよ、二人とも?そもそも幻想郷に倫理はないわよー?」
二人のツッコミに幽々子はけろりんと軽い調子で返してのける。
そのすっとぼけに「そこかよ!」とまたしてもツッコミを入れる二人。
「さあ、どうするの二人とも?行くの?行かないの?」
急かすような紫の発破は、まさに善は急げを地で行くようなものだ。
しかし、スキマ越しに見える「帰るべき場所」は不確定な闇に覆われ、それが殊更に不安と恐れを二人に抱かせる。
「……なあ、霊夢、どうする?」
「そうね」
背中合わせに座っていた姿勢から立ち上がり、二人は横並びになって手を繋ぐ。
「行くわよ」
「ああ」
やがて覚悟を決めた二人は、足並みさえも揃えてそのスキマの中に飛び込んでいく。
その先にあるのは「希望」か「絶望」か。
今は分からない。
ただ、遠くで太陽が輝いていた。