東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
じーわ。じーわ。
残暑の只中、蜩の鳴く声が今日もせわしく響き渡る。
放課後近くの西陽差し込むとある教室の窓辺。
授業中、カッカッと黒板を刻むチョークの音にセーラー服姿の早苗は夢から覚める。
ただその夢はとても生々しく、心にはぽっかりとおおきな穴が空いていた。
そしてその余韻を残すかのように窓越しに差し込む日差しに照らされる頬には、ひとしずくの涙が輝いていた。
(……夢。そんな。すべて、夢だったの?)
今の今まで見ていた夢。
とある世界における愛と憎しみ、信頼と裏切り、創造と破壊、希望と絶望の連鎖が織りなすただ哀しいだけの物語。
あれから、あの世界はどうなったのだろう。
現に戻ってしまった今の早苗にはその顛末を知るすべはない。
放課後、その感傷に浸りながら夕暮れの校庭を歩く早苗。
校門に差し掛かったところで思わぬふたり組と出会う。
「遅いぞさなえ、腹減っただろ?」
「今日も暑かったずら、アイス買ってきてやろうずら?」
「神奈子様、諏訪子様」
校門で待ち構えていた二人を見るなり、早苗はおおきく目をまるくする。
しかしその二人は早苗にしか見えない。
周りの生徒や教師達は一人虚空に向かって語らう早苗を「またはじまったよ」と奇異の目で遠くから眺める。
東風谷早苗、この学園一の「変わり者」。
そんなことはさておいて。
「さあ、帰ったら飯だな。今日は何にしようか? 」
「神奈子さ、今日はすき焼きにするずら!」
「またかよおまえ」
「あはは、諏訪子さま、すっかりすき焼きにハマって?よし、今日もわたし、お手伝い頑張っちゃいますよ!」
ふんすっとたわわな胸を張りぐっと握り拳をしたそのとき。
唐突に空間が切り裂かれたかと思うと、豪奢な白い傘を差した紫のドレスに身を包んだ一人の女がそのスキマから現れた。
「あ、あなたは?まさか」
その女の姿には見覚えがあった。
とはいえ、実際に会うのはこれで初めてのはずだが。
「だ、誰だおまえ?」
突然現れた女の素性を怪しむ神奈子に、その女はくすりと妖艶に微笑む。
「わたしはただの水先案内人よ。もっとも選ばれし者の前にしか現れないけどね。それよりもあなたたち?よかったら新しい世界に行ってみない?」
それは新たな冒険へのいざない。
そのスキマから垣間見える世界では、欠伸交じりに境内の掃き掃除をする博麗の巫女と本殿の縁側に座りながら、ミニ八卦炉の改造に没頭する黒白魔法使いの姿が垣間見えた。
そのついでに黒白の魔法使いの隣には、戦々恐々とその危なっかしい手つきを見守る骨董品屋の店主の姿も見受けられる。
(……ああ、これは夢?それとも?)
驚く早苗をよそに、神奈子と諏訪子は新世界を前に興奮を隠せない様子だ。
「へえ、面白そうな世界だな。あっちの世界ならこの世界よりじゃんじゃん信仰集めれそうじゃん!」
「気合いが入るずら、早苗、もちろん行くずら?」
二人の声かけに早苗は数度目をしばたかせた後で、「はいっ 」と満面の笑みを浮かべながらしっかりと頷く。
「いきましょう、新しき世界へ」
それは新たな希望の幕開け。
そして早苗は校舎の方へ振り返る。
「好きです。好きです。好きでした。そしてさようなら。愛しき外の世界の思い出よ」
ときに2007年、八月十七日、夕暮れのこと。
これは数多ある幻想郷のうちのとある幻想郷における物語。
そしてここからが「本当のはじまり」。