東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
「いろいろありがとう、パチェ、こあ。迷惑かけてごめんなさいね」
「気にすんな。それよかこっちこそ何も役に立てんですまん。ただ、ひとつだけ忠告しておくことがある」
「忠告?何かしら?」
帰宅の頃合いで館の玄関口で別れの挨拶を交わす三人。
来た時より心持ちやつれた感のある巫女を気遣わし気に見遣る魔導師は、ぴっと指を一つ立ててのける。
「元の身体に戻らんうちは、いろいろ自重した方がええ。特に異変沙汰起きても首を突っ込むな。死ぬぞ」
「……そうね」
魔導師の忠告は至極もっともな正論だった。
その正論を前に巫女は力なく頷くのみに留める。
「それじゃ、行くわね」
「またです、霊夢さん。そんな暗い顔しないでくださいよ。それよかあのときあたしが言ったこと忘れないでくださいね?」
「ええ、もちろん」
去り際にコウモリ女の励まし受けて、巫女は踵を返すや中庭を抜け門を通り抜けようとする。
そこで門番と擦れ違う。
「お気をつけて、霊夢さん。また何かありましたら遠慮なく頼ってくださいね?」
「ありがとう、美鈴」
根本的な問題解決には至らずとも、三者三様の優しさに触れ、謝意を述べて門外に出る巫女。
遠ざかるその背中を見えなくなるまで見送りながら、門番は「さて?」と首を傾げるのだ。
(来た時も去る時もやはり。……足音もしないどころか足跡もつかないなんて、どういうことなんでしょうね?)
そう、それはまるで。
行きも帰りも徒歩だ。
普段なら飛んですぐの距離をいちいち時間をかけて歩いて帰る。
あまりにも退屈だったので、淡々と歩きながら紅魔館に行く前のできごとをいろいろと思い返していく。
「小鈴、ありがとう。おかげでいろいろとためになったわ」
「いえいえとんでもない。でも意外だなって思っちゃいました。霊夢さんが小難しい漢書を読むなんて、なんか悪い物でも食べたのかなって」
「失礼ね、それどういう意味よ?」
「あはは、冗談ですよ、冗談。……ただ霊夢さん。もう人里には来ない方がいいですよ」
人里に構える貸本屋の娘、本居小鈴に借りてた漢書を返す巫女。
それはあの茶店の娘の母の病気について調べるために借りていたものだった。
しかしそれも今となっては無駄に終わってしまったが。
そして唐突に告げられるその言葉に驚いたように双眸を瞬かせてると。
「ああ、あっちも疫病神、そしてこっちも疫病神か、今日はとんだ厄日ね」
「阿求じゃない。どうしてここに?」
奥の居間からひょっこり顔を出してきたのは稗田の御令嬢。
霊夢の問いかけに阿求はただ盛大なため息をしてのける。
「家出よ家出。うちに守矢の風祝なんていう疫病神が居座ってきたもんだから逃げて来たわけ」
「そう、そんなことが」
「それよかアレね。ここ最近のあんたの噂、あんまりよくないわよ。何やらかしたかどうかは分からないけど。この界隈いままでみたいに歩けないと思ってて?言っとくけど、これ忠告だから」
「そう、分かった。………気をつけるわ。ありがとうね、二人とも」
小鈴に続いて阿求にまで諭され、困惑を隠せない巫女ではあったが、ここはただ頷くのみに留める。
それから二人に礼を言ってから店を出ると、今度はせかせかした調子で通りを歩く幼馴染みとかち合った。
「魔理沙じゃない。そんなに急いでどこ行くの?」
「ちょいと野暮用なのぜ。おまえもお出かけか?」
「ええ、これから紅魔館に」
「お、ならちょうどいい」
そう言うや三角帽子を脱いでがさがさ漁り出す魔理沙。
「これとこれとこれ、悪いけど魔導師に会ったら返しといてくれ」
「ちょっ、ちょっと何これ?」
「余計な詮索はなしなのぜ。返してくれたら今までの借金チャラにしてやっからよ。それじゃなっ!」
「え、あ、うん、わ、わかったわ?」
何が何だかよく分からない、この一連のできごと。
ただそこはかとなく感じるのは、自分の知らないところで自分を取り巻く世界が変わりつつあるということか。
その変化はきっとこれからもどんどん進んでいくのだろう。
何もできない自分を置き去りにして。
そう、それはきっとあの日から。
首 を 吊 っ た あ の 日 か ら 。
ふと思い直したように巫女は緩んだマフラーを締め直していくのだった。
人里界隈にて唯一の教育機関である寺子屋。
昼飯が用意できない者のために午前中しか授業をしていないそこには、生徒と入れ替わるようにして特異な面々が集っていた。
通りすがりの魔法使いこと霧雨魔理沙、七色の魔法使いことアリス・マーガトロイド、たまたま人里で買い物してたところを二人に連行されてきた、白玉楼の庭師こと魂魄妖夢。
「急な呼び出しですまなかった。お前らを呼んだのは他でもない。とある異変について助力を願いたくてな」
呼集をした当人である寺子屋の教師、上白沢慧音は開口一番にそう切り出す。異変という単語に三人は一様に反応を示す。
「また何かあったのね」
「そうだな。今回ばかりは主犯はあやかしの類ではないが」
「それはどういうことですか?」
「おまえらここ最近のこの人里を見て何か感じたことはないか?」
「電灯のことなのぜ?夜になると街中に明かりが一斉につくってゆー」
「そうそれだな。その電灯、守矢主導の電化普請。普請を行ったのはこの人里に住まう住民たち。今回に関しては人の起こした異変と言ってもいいだろう。今回の件については、過去に我々の起こした永夜異変の反対版と理解してもらえればいい」
永遠の夜が続く異変、「永夜異変」。
その反対ということは、永遠の昼が続くということか。
慧音の口から出た守矢という単語に魔理沙は即座にあの守矢の風祝なる娘の顔を思い出し、ぎりっと歯ぎしりをする。
それを横目にしながら、傍らに座るアリスは慧音に話の続きを促す。
「それてどんな実害が?」
「そうだな一例としては。……入ってきていいぞ?」
ここで慧音は外で待機していた一人の娘を中へと呼び寄せる。
入ってきた娘を見るなり、妖夢はひくっと顔をひくつかせる。
「なんでえ、小傘なのぜ。ずいぶんとやつれてんじゃねえか」
「お腹空いたのじゃ、このままだと飢え死にするのじゃー」
魔理沙の声かけに反応するように、空腹を切実に訴える小傘。
腹ペコのもののけと守矢主導の電化普請、一体どんな因果関係があるのやら。
が、それも続く腹ぺこお化けの告白でなんとなく合点が行く。
「あの電灯やらのおかけで夜も真っ昼間のように明るくなって、人間どもはちっとも驚いてくれなくなったのじゃ。死活問題なのじゃ」
「つか、おまえの場合、暗闇の中で脅かされてもフツーに怖くないのぜ、な、妖夢?」
「っ、なんでそこでわたしに振るんですか、魔理沙さん」
妖夢の脳裏によぎるのは忌まわしきあの記憶。
よもやこのお化けに脅かされて解脱したことがあるとか口が裂けても言えない。
「というより、実害というのはこのレベル?それとももっと深い何かがあるとか?」
「それはだなアリス。ちと小難しい話になるがまあ聞いてくれ」
ちらりと一同を見渡してから慧音は説明をしていく。
「かつてはこの人里も夜になれば百鬼夜行の群れが跳梁跋扈するのが普通だった。ちなみに百鬼夜行というのは鬼を筆頭にしたあやかしの行列。しかしそれも今はその神輿役の鬼そのものが人里に現れることが出来なくなったせいで成り立たなくなっている。いわゆる百鬼夜行潰しというやつだ」
「百鬼夜行潰しねぇ。それで人里から締め出された鬼どもはどうなってるのかしら?少なくとも魔法の森には鬼なんて見ないけど」
「……うちのところに雪崩込んで来てる。迷いの竹林はいまや鬼どもの巣窟だ。そのせいでうちの身内まで巻き込まれてる有り様だ」
「つか、おまえんとこには藤原妹紅とかいう不死身の番人がいるだろ。あと名前のクソ長えガンマニアの兎娘とか」
「いくらなんでも限度というものがある。だからこそこうしておまえらに助力を頼んでる次第だ。……それに」
魔理沙のツッコミに慧音は渋い顔をしつつ、懐中から一枚の式符を取り出す。
「これと関連するかどうがは定かではないが、輝夜が化け蛙の式神に襲われた。化け蛙と言えば大蝦蟇の池の主を連想するが、そこからの私なりの推測だ。飛躍しすぎてるかもしれないが、大我麻の池は妖怪の山、そして件の守矢の本山も同じく妖怪の山だ。つまり、この一連の案件は」
「……それは実に興味深い話でありますのね。すべての元凶は守矢にありと仰りたいのでしょうか?」
不意に横合いから飛んで来る新手の声。
驚く一同の視線が、一斉に出入り口の方へと向けられる。
そこにいつの間にやら立っていたのは。
「風祝。おまえ、いつから?」
「ついさきほど。壁に目あり障子に耳ありとはよく言ったものですね。失礼とは思いつつ、いろいろと聞かせていただきました」
いまにも殴り掛かりそうな勢いで詰め寄る魔理沙を前にしても、風祝は涼しげな顔をしてのける。
そして一同を軽く睥睨した後に、嘆息ついでにこう切り出すのだ。
「電化普請の件についてはこの街の棟梁である稗田の御名代さまたってのご依頼により進められてきたもの。それも夜な夜な押し寄せる忌まわしきあやかしの群れに民草の安寧脅かされることを憂いてのこと。つまりはこれは正当な政(まつりごと)でありますゆえ、如何な事由あろうともそれを今更覆すなどできるはずもありませぬ」
「おう、おまえ、ふざけんなよ?」
「別にふざけてなど。わたくしはただ事実を述べたまでのこと。ひとつ加えるならば守矢は民草とともに。それだけのことです」
荒ぶる魔理沙にいつぞやのように胸倉を掴まれても風祝は泰然とした態度を崩さない。
それはまるで、どうぞ殴ってくださいと挑発しているかのようだ。
「てめえ、一発殴らせろっ!!」
「やめて魔理沙っ!」
「そうです、暴力反対っ!」
その挑発に乗る感じで魔理沙がその顔めがけ拳を振り上げたところを、慌ててアリスと妖夢が止めに入って事なきを得る。
ひとつの修羅場を切り抜けた頃合いで、風祝はちらりととある一点を目線で示しながら告げやる。
「それよりもまずは至極身近な問題から解決されてはどうでしょうか?」
「身近な問題、だと。……っと?」
風祝が目線で示した先、それを見た慧音は、そして一同は声を失う。
「もう限界なのじゃー」
そこには空腹のあまり卒倒した腹ぺこお化けの姿があるのだった。
いま自分は生きているのか。それともそうでないのか。
時折分からなくなることがある。
ただ延々と歩いていれば疲れて来るし、そして腹も減る。
それはつまりは。
なんやかんやで日も沈みかけた頃合いで無事帰宅する巫女。
長い石段をほうほうの態で上りきり、赤鳥居を潜り抜けた頃合いで待ち構えていたかのように駆け寄って来るのは。
「おう、霊夢。遅かったじゃねえか。でも飯時には間に合ったな」
「ごめん、萃香。それよりも今日の夕飯は何かしら?」
「それは中に入ってからのお楽しみというやつだ。紫も待ってるぞ」
「そう。また一人先走って晩酌とかしてなきゃいいけど、あのおばさん」
出迎えたちんまい鬼、伊吹萃香。
それがおそらくの命の恩人。
二人はそうして境内を通って社務所へと向かう。
そんな二人を本殿の縁側から眺めやるのは、言うまでもなく。
それまで読み耽っていた膝の上の古新聞を懐中に仕舞い込みがてら、八雲紫はよいしょと立ち上がるといそいそと二人の元へと小走りで駆け寄るのだった。