東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
すっかり日も暮れて郷には夜の帳が下りる。
その闇に抗うように人里には電灯灯りて眩いばかりの光を放つ。
それはいまとなってはすっかりおなじみの光景だ。
そんな光景を遥か高みからげっそり顔で見下ろすのは射命丸文なる烏天狗。
なんだかどうにもお疲れモードのようである。
「霊夢さんはともかく、魔理沙さんも、わたしを伝書鳩扱いしてませんかねえ?」
伝書鳩ならぬ伝書鴉。
この郷の郵便事情というのはこの平成の世においても未だ褌一丁の飛脚が駆け回っているありさまで。
急ぎの手紙となるとその配達役の白羽の矢がどうしても土地勘のある空を飛べる輩に当たるという次第だ。
「あーあ、さすがに今日はもうご指名はないですよね。帰りますか。っとその前に?」
帰りがけ、携えていたカメラで光量を調節しながらその街の風景写真を撮影する。
それはほんの出来心。山の長である大天狗から人里の空撮をしてはならぬと頑なに禁じられていたのだが。
(空撮すると神罰が下るってどんなんですか。こんなせっかくの特ダネを前に何もするなとはひどいもんですよ、っとに)
撮るだけ撮って住処である妖怪の山に帰ろうとした、その矢先。
「うぎゃっ!?」
不意に矢のように妖怪の山の方角より飛んできたのは巨大な石柱。
文が気づいたころには背面からもろにそれの直撃をもらっていた。
「うそぉおおっ!?」
そしてそのまま真っ逆さまに墜落するのだった。
げにまさしくそれは因果応報のごとくなり。
「そう、だいたいの事情は分かったけど、なんでうちなの?」
大挙して押し寄せて来た面々を見るなり、境内で出迎えた霊夢は至極面倒くさそうな顔をしてのける。
「そりゃお前んとこの本殿なら人も集まれるし、怪談話するにゃもってこいだろ、妖怪神社だけに?つーわけで本殿借りるぞ?あとおまえも来い」
「ちょ、ちょっと魔理沙ーっ!」
しれっとした顔で魔理沙は答えるなり他の面々を連れて境内から本殿の方へと歩いていく。慌てて霊夢もその後を追いかけようとすると、最後尾にいた守矢の風祝とかち合った。
「……さなえ」
「おや。あさましくもまだ生きておられましたか」
顔を合わせるなり言い放つ風祝の言葉は相変わらず辛辣だった。
ただ言うだけ言ってそそくさと本殿へと足早に向かっていく。
(どうして?)
その言葉だけで霊夢の心は震える。
すると背後に誰かしらの視線に気付く。
振り返れば、親代わりの紫が心配そうに遠くの方から眺めていた。
その視線を受け、何故かいたたまれなくなった霊夢は逃げるように本殿へと駆けていくのだった。
腹ぺこお化け、多々良小傘のごはんは人の恐怖そのものだ。
当人がしかけなくても純粋にその場に居た人の恐怖を感じ取れればそれで事足りるらしい。
肝試しはもう夏に済ませていた。いまやるにしても場所の選定やら準備やらなんぞやってられない。
そこで出た苦肉の策が、怪談話。これなら場所決めと人が集まればすぐにでもやれる。
人集めはあの鴉天狗に押し付けた。めっちゃ嫌そうな顔をしていたが、気にしない。
問題の場所は最初は命蓮寺が挙がったが、居候先に迷惑をかけたくないとの当人の願いにより博麗神社となったわけだが。
「一応念の為に言っておく。あの件については博麗の巫女には悟られんように他言無用で頼む」
別れ際に寺子屋の教師、慧音に口止めされた三人、魔理沙、アリス、妖夢は本殿に向かう途中で互いの顔を見合わせ頷き合うのだった。
本殿に車座になって座る、魔理沙、アリス、妖夢、風祝、そして遅ればせながらやって来た十六夜咲夜なるメイド。
人数は多い方がいいに越したことはないのだが、結局呼集に応じたのは咲夜のみであった。
「おう、咲夜、よく来たな。急に呼び出して悪かったのぜ」
「いえ。お気になさらず、魔理沙さん。怪談話と聞いて馳せ参じて来ました。曲がりなりにもメイドなので」
「……そのココロは?」
「冥土(メイド)だけに。そしてこれは冥土の土産」
「いや、そりゃ縁起でもねえな?まあいいけど?」
いま本殿を照らすのは、車座に座す面々の前に置かれた蝋燭の灯のみ。
いかにもおどろおどろしげな雰囲気に乗るようにして、咲夜はバスケットから真っ赤なマフィンとお茶セットを取り出していく。
「ごめん、お待たせ」
そこへようやく合流果たした霊夢。
「おう、霊夢、妖夢の隣空いてっぞ、そこに座ってくれ」
「あ、うん、わかった」
魔理沙に示されたその場所は、早くも硬直している妖夢とつんけんとしたままの風祝の間。
二人に軽く会釈してから、霊夢はきまり悪そうにそこにちんまりと座る。
「とりあえず面子は集まったぜ、小傘」
「ありがとうなのじゃ、魔理沙」
輪の中央にちんまりと座る小傘はいまにも消え入りそうな声で礼を言う。
かくて順繰りに怪談話は始まるのだった。
今宵もまた、忌々しき人里の灯りを本殿の屋根の上から見下ろしていく。
それを肴にするのは癪だが、文句も言えない。ただ酒だけは飽きるほどにある。
枯れることなき酒瓢箪を煽りつつ、萃香はちっと舌打ちすると。
「萃香、こんなところにいたのね」
「んだ、紫か。浮かない顔してんな」
「そう見える?」
わざわざスキマを経由して屋根の上にやって来た紫ははんなりと笑みつつ萃香の隣に座り込む。
「……あれから一週間か」
「そうね。あの子が戻って来てくれたのもあなたの涙のおかげよ」
「よせよ。あんなのはたまたまだ。にしてもよ」
呑むか?と酒瓢箪を突き出す萃香。
それを紫は丁重にお断りする。
つれないねえとぼやき萃香はまた煽る。
「この郷もずいぶんと様変わりしてきたな」
「そうね」
二人して眺める人里の明かり。
それを眺める二人の心中は。
「ほんとのところは何もかも察してんだろ」
不意に投げかけられるその言葉に紫は双眸を瞬かせる。
その仕草を横目に萃香は小さく嘆息を漏らす。
「これは是か非か。あれのせいでわりを食うのはあやかしばかり。それを踏まえて管理人としてどう思う?」
「それはここで言うべきところかしら?」
「そう返すのか、つれない奴だな。けどよ。手を打つなら早い方がいい。何もかも手遅れになってからじゃ洒落にもなんねえ」
「……ええ、そうね」
それは紛れもない警告。
それを聞いても紫はただ頷くだけなのだった。
(た、たすけて幽々子さまっ。わたし、も、もう耐えきれませんっ)
妖夢にとってまさにここは地獄であった。
話される怪談はどれもこれも背筋が震え上がるくらいに怖いものばかり。
否、そうでなければ怪談ではないが。
とにもかくも、この半人半霊の娘、この類の話はてんでダメである。
それを知ってか知らずかまるで生贄のようにこの集まりに強制参加させられた挙げ句、早くもまた解脱しそうな勢いだ。
「大丈夫、妖夢?」
「は、はひっ、霊夢さん。次は霊夢さんの番ですよね?」
霊夢の傍らで、片割れの半霊をぎゅうっと胸に抱きながらこくこくと妖夢は何度も頷いてみせる。
「そうね。でもわたしの話はそんなにこわくないわよ?」
「そ、それは助かりますっ」
これは救いか。
そう思ったのも束の間。
「それじゃ、わたしはこの博麗神社に纏わる怪異のはなし」
「ひえっ!?」
のっけからまた怖そうな出だしに妖夢は咄嗟に耳を塞ぐ。
それに構うことなく霊夢は続ける。
「この博麗神社に夜な夜な現れる丑の刻参りの女の件」
「ああっ?!」
意外なことにそこで取り乱したような声を発したのは、妖夢ではなくアリスだった。
突然の大声に一同の目線が七色の人形使いに集まる。
「どーした、師匠?」
「な、なんでもないのよ、魔理沙」
弟子の問いかけに答える師匠はどうにか平静を取り繕うとするが。
「本殿脇の御神木に五寸釘で藁人形を打ち付けて、まりさー、まりさーって」
「ッアーーーっ!!!!」
アリス・マーガトロイド、ここで戦線離脱。
何かに憑かれたかのような勢いで脱兎のごとく外へと飛び出していく。
突然の脱走劇にぽかんとなる一同。
「……やれやれ本当にあなたさまは疫病神なのですね」
「え、これ、わたしのせい?」
風祝の皮肉にただ霊夢は狼狽える。
(おお、なんかよーわからんのじゃが、満たされてくのじゃ。しあわせなのじゃ)
状況をいまいち把握できない小傘であったが、いっぱいごはんを食べれてしあわせなのだった。
「あら?」
「ん?」
アリスが脱走していくのは屋根の上にいた紫と萃香の目にも留まった。
しかしこの娘、何を錯乱したのか何故か本殿裏の方へ走ってそのまま帰らずの森の中に突っ込んでいく。
きょとんとした顔をする二人であったが、紫の目配せに頷くや、萃香はたしっと地面に降り立ち、その娘の後を追いかけていくのだった。
(あ、あれ、ここどこしら?)
今頃になってアリスは我に返るや、立ち止まりさまに呆けたように周りを見渡す。
それはまさに五里霧中。そして一寸先は闇の極み。
けれど、その目の前で赤い二つの光を放つ何かを見た。
(なにあれ?)
それにただならぬものを感じ、後退ろうとするアリス。
けれど。
「きゃっ?!」
急に左足首を何かに掴まれ引っ張られ、盛大に尻餅をつく。
そこに絡みつくは赤黒い触手。それを振りほどこうと焦ったところで、その身体は宙へと振り上げられた。
「あっ?!」
勢いよく流れる視界。
瞬く間に拘束されていく両手足。
腰回りやら胸やら首までおどろおどろしい触手に巻き付かれたアリスが見たのは、ただただ巨大な化け蛙の姿だった。
(た、たすけ、誰かっ……)
がぽんっ。
不意にその視界が暗闇に覆われる。
頭から丸呑みにされたと気づいた時にはもう遅かった。
(あひっ)
不意に充満するガスを吸わされ、思考が麻痺していく。
麻痺するついでに全身の力が抜けていき、締まりの緩くなった前の穴からはただだらしなく小水を垂れこぼしていく。
こいつちがう。
でもいいや。
そんなアリスの頭の中に誰かしらの呟きが響き渡る。
けれど今のアリスにはそれを詮索する余裕はない。
そのままアリスは化物の腹の中で身に纏う着衣のみを残し、溶けるように消えていった。
「っ、なんだこりゃ?」
萃香が駆けつけた時にはもう遅かった。
そこにはもうあの怪物の姿はどこにもなく、ただ地中深くに続く大穴が残るのみで。
「萃香!」
「萃香さんっ」
そこへ今更のように駆け付ける霊夢たち。
やって来た面子を見るなり、ただ萃香はなんとも曖昧な顔をするしかない。
「……師匠がいなくなっちまったのぜ」
途方に暮れたような魔理沙の呟きに霊夢は双眸を大きく震わせる。
それをただ風祝は冷ややかに眺めるのだった。
「……………」
吹き抜ける生温い夜風が頬を撫でゆく。
金色の長髪はその風に吹かれて後ろ髪が揺れる。
閉じた扇子を口元に添えながら紫は、本殿の屋根の上からとある一点を見据えていた。
妖怪の山、その頂きを。