東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
それから夜を徹しての捜索も虚しくアリスなる娘を見つけ出すことはできなかった。
気付けば空はいつの間にか白み、途方に暮れる者どもをせせら笑うかのように陽が昇り始めていた。
怪談話に参加した面々はやむなくここで散会の流れとなった。
「霊夢、ゆうべはありがとうなのじゃ」
「どういたしまして、小傘」
「それじゃわたしたちも失礼しますね」
「またです、霊夢さん」
「咲夜、それに妖夢もありがとうね」
別れを告げて帰路につく面々を見送る霊夢。
「じゃあな、霊夢。急にこぞって押しかけてきて悪かったな?」
「ううん、気にしないで。それよりも、その」
「んな顔すんな。師匠のことだ、どっかの拍子でひょっこり帰ってくるよ。おまえが気にすることじゃないのぜ」
「う、うん」
神妙な顔つきをする霊夢の額を魔理沙は軽く小突き当てる。
それからちょいっと手を挙げるや、箒に跨り魔法の森の方へと飛んでいく。
朝焼けの空の彼方、霊夢はちっちゃくなっていく幼馴染みを見送ってから社務所の方へと歩いていくと、本殿裏の御神木の下で何やら滾々と話し込んでいるとある二人の姿が見えた。
(さなえと紫?何を話してるんだろ)
距離的に二人の話し声は聞こえない。が、何やら深刻な会話をしているようだ。
ただその話しぶりから窺うに、どうやら二人は既知の関係であるように感じられた。
そしてそれはまるで親子の会話のようにも見えた。
(…………)
それを遠目に眺めた後、霊夢は二人に悟られぬように気を遣いながら、そっと社務所の中へと入っていく。
辿り着く六畳の居間。生活の大半を過ごすそこでそのままごろんとだらしなく大の字に横になり、呆けたように天井を仰ぎ見る。
不意にその視界がぼやけていくのを感じた。その理由はすぐに分かった。
(バカみたい。なんで泣いてんのかな)
動けば動くほど泥沼に深くはまり込んで行くような気がした。
ただいくら後悔してももう後の祭り。
そのうち何もかも面倒になってそのまま眠りに落ちていくのだった。
「……そう、残念ね」
「ご期待に沿えず申し訳ありません。では、わたくしはこれで」
御神木の下で交わされた二人の会話は、さんざん話し込んだわりには平行線に終わった。
慇懃な会釈をしてから風祝はくるりと踵を返し、赤鳥居の方へと歩いていく、その間際にて。
「願わくば博麗の巫女におかれましては、隠者のごとくただ何もせず大人しくしていてもらいたいものです。さもなくば、いまよりもさらに厄介なことが起きるでしょう」
それはある種の警告。
その意味を問いかけることもなく、紫は遠ざかるその背中をただ静かに見送るのみに留める。
それから思い出したように娘のいる社務所へと向かうのだった。
(いまさらこんなもの寄越されても困りますのに)
別れ際の手土産に寄越された古新聞の切り抜き。
それを赤鳥居の下で思い出したようにしげしげと眺める風祝。
その新聞の記事は紛れもなく自分が関わるもの。
不意に蘇るその当時の記憶を振り払うかのように風祝は緑の長髪揺らしながら被りを振る。
風祝にとってそれはもう終わった過去のこと。
あの外の世界の記憶など。
あの悲しき別離の記憶など。
それをいまごろになって蒸し返されても甚だ迷惑でしかない。
そしてそこから切り出される申し出すら、丁重にお断りした。
(これはすべてわたくしの問題ですので)
そう自分なりに区切りをつけるや、手にしていた切り抜きを小さく引き千切り、風吹く彼方へと飛ばしていく。
そして風祝自身もまた一陣の風となりてその場から音もなく消え失せて行くのだった。
霧雨魔理沙なる娘には帰る家がふたつある。
ひとつは魔法の森に構える自分の家。
もうひとつは人里にある生まれ育った実家。
実家の方は十四のときに勘当された。
それ以来親である霧雨の御爺とは絶賛冷戦中だ。
その当てつけのように構えた自分の家は、師匠であるアリスの家のすぐとなり。
アリスと魔理沙の関係は師弟。
そして魔理沙からしてみればアリスは姉のような存在だった。
物心ついたときからいつも読み聞かせてくれた絵本。
そしてそこから抱く魔法使いへの憧れ。
それも師匠がいつも傍に居たから。
それから六つのころまで世話になり、弟子入りして間もなく別れて。
そして十四のときに再会して、そこから師匠の様子はおかしくなった。
あのころより成長した自分とあのころから変わらぬ師匠。
師匠の自分に対する接し方はまるで。
(まさか裏で師匠があんなことをしていたなんてなあ )
ゆうべの幼馴染みの怪談話のくだり。
その話に出てきた牛の刻参りの女は、あの取り乱しようからして師匠であることには違いなかった。
愛憎は表裏一体という。呪われるほど愛されていたということか。
ただその異常なまでの偏愛ぶりにどことなく薄ら寒さを感じるのもまた事実で。
(さてさて、どうしたもんかねえ?)
とりとめのない思案に暮れつつ、自分の家のソファーに身を投げ出すように横になるや、被っていた三角帽子を脱ぎ放っては壁のハンガーめがけ放り投げる。
それが一発で決まるのを見てから、両手を頭の後ろに組んでそのまま微睡んでいく。
とりあえずいまは寝るのが先だ。どうにもこうにもこのまま起きて考え込んでも埒が明かない。
そんな矢先、コンコンと玄関脇の窓を叩く物音が聞こえ始めた。
(……あん、なんだよ、こちとら疲れてるっての。冗談じゃねえのぜ)
最初は無視を決め込んでいたが、それが一向に止まないので腹立ち混じりにソファーから起き上がって窓の方へと向かう。
「んだよ誰だよ、こんな朝っぱらから!?……って、師匠!? 」
「おはよう、魔理沙。ゆうべは急にいなくなってごめんね?」
勢いよく開け放つ窓の向こうには師匠の姿があった。
それはいつもながらの光景。
何かあるとこうやってお隣さんは自分の方からやって来るのだが、ただこのときばかりはどことなく様子が違った。
よくよく見れば、アリスはただボロ布を纏っただけのあられもない格好をしていた。
それに驚くも、魔理沙は努めて普段通りの口調で声をかける。
「なんだ、師匠。先に帰ってたのかよ」
「ええそうね、黙って帰ってごめんなさい。それよりも中に入れてくれない?」
「もちろんなのぜ。玄関の鍵かけてねーからそっから入って………」
魔理沙の言葉は最後まで続かなかった。
(んあ、な、なんだ?)
急にこみ上げる猛烈な眠気。
そのまま窓枠に凭れかかるように崩折れるのだった。
それから。
「ふふ、やっとふたりきりになれたわね?」
「師匠、あたし、一体?」
魔理沙が再び目覚めると、すぐ目の前に師匠の顔が見えた。
否、それはもう、師匠といえるべきかどうかは怪しかった。
ただ互いに一糸まとわぬ姿でじぶんの家のベッドの上で二人重なっている。
力なく組み敷かれながら、魔理沙は呆けたようにアリスの均整の取れた肢体を見上げる。
「ほんと、ひどい神さまもいたものね。人違いですって、まったく失礼しちゃうわ。でもそのおかげでいろいろと吹っ切れたけど?」
「なあ、師匠、一体何があったのぜ?……ひゃっ!?」
ぞっとするような艶めいた笑みを浮かべながら、アリスの白く細いしなやかな指先は魔理沙の股の付け根をくすぐりたてる。
その甘美な刺激に慄き、咄嗟に魔理沙は内股を頑なに閉じ合わせようとするが、小振りな胸の先端を抓られ阻止される。
「ねえ、魔理沙。わたしとあの娘、どっちが好き?」
「好きってなんなんだよ。師匠とあいつ、どっちもあたしにとって大事なのぜ?」
「つれないのね。わたしは魔理沙が好き。大好き。他の誰よりも何よりもずっとずっと」
「だけど、だけど、あたしは。その気持ちを受け取れないのぜ」
「……そう。なら、仕方ないわね」
不意にアリスの瞳が金色から緋色へと染まった。
緋色に染まったその眼差しを見た途端、くにゃりと魔理沙の全身から力が抜けていく。
同時にその思考すらひどくぼやけたものへと変わっていった。
それは、「魅了の魔法」。その魔法に心までもが奪われる。
いまの魔理沙には目の前の相手のことしか考えられなかった。
そして忘れる。あの幼馴染みのことを。もうその顔すら思い出せなくなっていく。
無垢なその娘が深く術中に嵌ったのを見計らった頃合いでアリスは探るような問いかけを投げかけるのだ。
「ねえ、魔理沙、わたしのこと、好き?」
「……うん」
「そう、嬉しい。ねえ、キスしよ?」
「うん」
それから重なる二人の唇。
それはとても蕩けるようなひどく甘ったるい、とてつもなく濃厚なもの。
ただそれだけで、魔理沙は小さく身体を震わせながら軽い絶頂に襲われる。
ぷしゃぷしゃとまるでお漏らしのように迸る淫蜜の飛沫はシーツにふしだらな染みを拡げゆく。
「ふあああっ」
「あは、魔理沙?キスだけで逝っちゃったの?かわいい」
長く連なる唾液の糸を引き延ばしながら離れる互いの唇。
すっかり骨抜きの腰砕けのありさまになった魔理沙を愉しげにアリスは見下ろす。
「どのみちこの世界はもうすぐ終わるわ。だけど安心して?わたしがあなたを護るから。だからずっとずっと、わたしのそばにいてね?」
「うん、師匠。ずっと。ずっと。一緒に」
「ええ、わたしたちはずっと一緒よ。あなたはわたしのもの。だから誰にも邪魔はさせないわ?」
そのアリスの言葉を皮切りに、辺りは変容していく。
どこからともなく生え出した蔦が二人のいる家を包み始める。
そしてそれは隣のアリスの家さえも巻き込んで、びっしりと一帯を覆い尽くしていった。
それはまるで外部からの一切の干渉を阻むかのように。
その閉じられた世界の中で、魔理沙とアリスは尽き果てるまで交わるのだった。
すべては気まぐれな神のまにまに。
その見えざる御手の上で誰も彼もが転がされ、ただただ弄ばれていく。
しかしそれもまだほんの始まりに過ぎないのだった。
博麗神社、社務所の居間にて滾々と眠り続けるのは最愛の娘。
その傍らに座り込んだまま、紫はその寝顔を見守り続けていた。
そしてふと娘の目元に滲む涙に気付けば、それをそっと拭い取ってやるのだ。
そうしながら、一人物思いに耽る。
やがてその思慮は追憶へと繋がっていくのだった。