東方二次創作劇場「月と太陽」 - 太陽の章 - 作:俄かさん。
そして「また」雀の囀りとともに朝が訪れる。
「……んっ」
それは夢とも現ともつかぬ夢からの目覚め。
窓の外からせわしなく聞こえる雀の囀りに促されるように、霊夢はゆっくりと双眸を開きぼんやりと天井を仰ぎ見る。
(……夢、か。それにしても不思議で、悲しい夢ね)
夢の中で見たのは紛れもなくあの風祝に纏わる遠い過去の夢。
その出自はまるで、かつての自分と同じ。
(さなえもおとうさんとおかあさんいないんだ。……わたしと同じなんだね、……って?)
何気に顔を横に向ければ、傍らに座ったまま眠りこけていた紫の姿が見えた。
お行儀よく正座をしたまま、うつらうつらと舟を漕いでいる。
(まったく、このおばさんときたら。いつでもどこでもへっちゃらで寝てるんだから。ほんとに始末が悪いわ)
やれやれと呆れたような嘆息をつきがてら、起こさぬようにそっと霊夢は起き上がる。
(ん?もしかして。あの夢を見たのは、おばさんのせい?まさか、ね)
ひとつの推測を立てるがすぐにそれを否定する。
このおばさん、八雲紫の能力は「境界を操る程度の能力」。
あの夢ももしかしたらその能力によってもたらされたものかもしれないが、それもどうだか。
(もう、めんどくさっ。顔、洗うかな)
この期に及んでも寝続けてる紫を起こさぬようにそっと立ち上がるや、居間から縁側を抜けて下駄を履いて外の手水場に向かう。
そこから水面に映る自身の顔を覗き込む。
不意にいたずらな風が吹き抜けた。
煽られる前髪。
必然的に露わになるその下に隠していた「それ」。
それはこの世に生まれしときより刻まれた「忌まわしき焼印」。
それを水面越しに見た途端、反射的に霊夢は勢いよく両手で水面を叩いて揺らす。
そのタイミングでかけられる声にはっと我に返る。
「おう、霊夢。そんなところにいたのか」
「……萃香」
慌てて振り返れば、割烹着姿のちんまい鬼が立っていた。
「わりぃ、起きたなら手伝ってくれよ、朝飯の支度」
「ああ、ごめんごめん。今行く」
そこから先を行く萃香を追いかけて駆け込む社務所の台所。
その途中で霊夢は何故か足を止める。
向ける眼差しは赤鳥居の彼方、とある方角。
その方角を見た途端、何故か霊夢は妙な胸騒ぎを覚える。
(……魔理沙?ん、ううん。きっとなんでもない、よね?)
そしてそこから、時間は流れていった。
人の信仰の対象は移ろい変わりゆく。
それもまた時流というものか。
少なくともこの人里においては守矢一色に染まりつつあった。
そんな親守矢派の面々が多勢集いし会合の場において議題に上がるのはひとつの案件。
その案件とは「守矢分社建立の是非」。
そしてそれは守矢側がかの「電化普請」の見返りとして求めていたもの。
ただそれをいざ実行するに浮上するのは立地の問題。
この人里に分社を建立する当初の計画は早々に頓挫した。
それも別の宗教団体からの圧力がかかったからだ。
その宗教団体とは。
「仏門」。
かりそめの星光煌めくこの町の会合の場である新設された集会所。
その会合の末席にて座るは命蓮寺の住職、聖白蓮。
そしてその傍らに座るのは守矢の風祝。
二人は会合の席に座ってから一言たりとも言葉を交わさず、そして目線も交わさずにいた。
いわゆる呉越同舟というやつだ。
議長役の稗田師直はそんな二人を気遣わし気に眺める。
その折に不意に聞こえた「博麗神社」の単語にン?と首を傾げる。
博麗神社。
人里から見て真東の「不帰の森」に構えるその神社。
その歴史古く、この郷の草創期からあの地に社を構えていると聞く。
かつてはこの人里においてもその神社への信仰はそれなりにあった。
だがいまは。
その神社の名がこの会合で出てくるとはまた意外でもあった。
そこを候補に入れてはどうかという意見。
しかしその提案もすぐに反対され、その理由を前に誰しもが一様に黙り込む。
博麗神社は妖怪神社。いわばあやかしの巣窟。
ここ最近に至っては鬼までもが巣食うようになったとか。
そんな危険極まりない地に分社を構えたとてその安全は保証されるのか。
それこそ触らぬ神に祟りなしではないか。
かくて会合は堂々巡って何も決まらぬままに散会となった。
一人去り二人去り、閑散としていく本堂。
末席に座っていた二人に挨拶してから辞去しようとする師直であったが、そのときには既に二人の姿はそこにはなかった。
(さて、どちらに行かれたのかね?)
端から見るにも犬猿の仲とも取れる二人。
そんな二人の行方を緩く腕組みしやりながら案ずるのだった。
この幻想郷において唯一の診療機関である「永遠亭」。
そこに担ぎ込まれる患者というのはなにも人間に限ったことではない。
今回の患者というのもまた然り。
「うーん、弱ったわねえ。症状の原因の特定もできなきゃ処方のしようもないんだけど?」
「風邪ではないみたい。もしかしてインフルエンザ?……曲がりなりにも鳥だけに」
「おい輝夜、それはシャレになんねえからやめろって」
鳥だけに鳥インフルエンザ。
否、この患者は鴉天狗。間違っても鳥ではないはず、である。
この患者を前に途方に暮れるは三人の女ども。
蓬莱の薬師、八意永琳。
月よりの姫君、蓬莱山輝夜。
不死身の不良娘、藤原妹紅。
この永遠亭のある迷いの竹林の只中でへばっていた射命丸文なるこの鴉天狗を見廻り中の妹紅が見つけて担ぎ込んだはいいが、原因不明の高熱にうなされうんうん唸るこのありさまを前にさしもの永琳もほぼお手上げ状態である。
とはいってもここ最近はくだんの鬼騒ぎで外来患者の来訪が少ないおかげで、こうしてこの重症患者にかかりきることができるのだが、はてさて。
「輝夜、氷枕と氷嚢もう溶けちゃったわ。また用意してくれる?」
「わかったわ、永琳」
永琳の催促を受けて白衣の天使姿の輝夜はぱたぱたと奥の給湯室へと駆けていく。
その後ろ姿を見送ると、永琳と妹紅はちらりと互いの顔を見合わせる。
「……あいつはもう大丈夫なのか?牛蛙のバケモンに襲われた直後はけっこう取り乱しちゃいたが?」
「そうね。あれからそれなりの間が経ってるし、いまのところは様子見かしらね」
二人して思い起こすのは、あの化け物騒ぎ。
幸いそれは未遂に終わったのだが、襲われた当人にとってはかなりのショックだったに違いない。
「そっか。それひっくるめて慧音があちこち奔走してたみたいだが、それもどうしたもんか」
「そこは慧音に任せるしかないんじゃない?私ら自分の持ち場というのがあるし」
「それもそうだな。てか、なによりもまずはコイツの世話が先か、うえっ!?」
「ちょ、ちょっと何よいきなり変な声出して?……あら」
不意に間抜けた悲鳴を上げる妹紅。
それに眉根を寄せる永琳だったが、妹紅の肩をがしっと掴む主の姿を見てぽかんとした顔をしてのける。
「カ、カメラ、現像、最後の一枚だけ、り、霖之助さんに、そ、そして紫さんにぃい」
さながらゾンビのように己に背を向ける妹紅の肩を支えに起き上がるのは、くだんの患者。
それを見た永琳はやれやれと呆れ顔で肩を竦める。
「はいはい、ちゃんと遣いは出してあるわよ。それよりもあんたは寝てなさい」
「た、頼みますぅう。い、一大事ですからあ」
「一大事、一大事ねえ。目先の一大事はあんたよあんた」
「うわぁああん、永琳さあああん」
「うぉい、おまっ、その体勢で目汁と鼻汁垂れ流すのやめろぉおおっ!!」
号泣する文のとばっちりをくらう妹紅。はっきりいってだいめいわく。
がっしり背後からしがみつかれ、その大洪水から逃げるに逃げられない。
(あれ、三人ともなにを騒いでるのかしら?というより、文ちゃん、治った?)
にわかにやかましくなった診療室を、給湯室の方からぱちくりと瞬きしながら不思議そうに輝夜は眺めるのだった。
そして、その遣い。
いわゆるパシリ役を任された二匹の兎娘。
「おい地兎」
「なにさ月兎」
「ここから香霖堂までどっちが先に辿り着けるか勝負しろ」
「はあ?勝負ぅ?やだね。一人でやってろよ、うどん兎」
「おっ、待てこのチビ兎っ!!!!」
鴉天狗のブン屋より預かったカメラを首にかけ、ばひゅーんと彼方に飛んでいくのは因幡てゐ。
それを見た鈴仙(うどん)は慌てて飛んでその後を追いかけていく。
この二人の先行き、極めて不安なり。
袈裟衣の女と巫女装束の娘が同じ暖簾の下で相席する。
そんな珍妙な光景が展開される「八ツ目鰻」の赤提灯灯る屋台。
「あなた酒は飲めて?」
「嗜む程度には」
「そう、なら付き合いなさい」
「よいのですか、あなたさまは曲がりなりにもご住職様なのでしょう?戒律とかに抵触とかしませんか?」
「細かいことは気にしない。こういう場でもなきゃ面と向かって会話もできないでしょ」
「別にあなたさまと話すことなど何も」
「……あるのよ、わたしにはね」
徳利を突き出しつつ胡乱な眼差しで白蓮は風祝を睨みつける。
その眼差しに臆することなく、ただ静かに風祝は酌を受ける。
「あの電化普請。正直迷惑なのよ、うちにとってはね。いまさらといえばそうだけども。あんな大掛かりなもの築き上げてどういうつもり?」
「それは重ねて申し上げてはいるのですが、この人里に住まう人々の暮らしの安寧を守るために」
「そう。だけどそのくだりも方便に聞こえる。事実あなたはあの場で見返りを求めた」
「…………」
その言葉に黙り込む風祝。
一息に杯を飲み干し、酌を要求しがてら白蓮はさらに続ける。
「仏道にはね、布施という概念があるのよ。布施とは見返りなき施し。真に人のためを思ってこその行為ならばそれこそ無償で行うべきものではなくて?正直、図々しいのにも程があるわ」
「……それは」
言いよどむ風祝の酌を受けながら、ふんと白蓮は鼻を鳴らす。
「それは何?あなたの崇める神のお告げを受けたから?すべては神の思し召すままに?神の御手の導くままに?巫女というのはほんと気楽ね。自分自身は何も考えずにただただ神さまに流されるがまま。……まあいいわ、これ以上追及するのはかわいそうだから今日のところはこれで仕舞いにしておいてあげる。いずれにせよやはり相容れないわね、わたしたちは」
一方的に畳みかけるように言うだけ言って二杯目を飲み干し空にすると二人分の代金を置いて白蓮は立ち上がる。
それでも言い足りぬのか、暖簾を潜るその手前で去り際に追い打ちのような一言を投げつける。
「いまのあなたは羊頭狗肉。そのついでに付和雷同。あの博麗の巫女もろくなもんじゃなかったけど、あなたよりかはよほどましだったわよ。ま、ここ最近のあそこの没落ぶりは見るに堪えぬところもあるけど、それも一体誰の仕業かしらねえ?」
「……っ」
その捨て台詞に反応し何かを言い返そうとするのには遅すぎた。
その姿、もはや既になく。いまから追えば追いつくかもしれぬが、それで何となろう。
いまのいままで抑え込んでいた激情を無理矢理抑え込むように、風祝はそれまで一度も手に付けなかった杯を一気に呷るのだった。
永遠亭より空路で「間引きの丘」、「太陽の花畑」を突っ切って到着する「香霖堂」。
ドアをノックするのにも騒がしく先を争う二匹。
そしてこの二匹はドアを開けて出てきた店主に同時にこう迫るのだ。
「「どっちが早かった!?」」
「……いや、そう聞かれてもね?」
夜更けの突然の来客に困惑を隠せない霖之助なのであった。
たかが杯一杯の酒でも来るものはある。
今宵は特になおさら。
眩い灯り煌めく町並みに向かって帰路につく風祝。
向かう先は寄宿先の稗田邸。
その道中で思い起こすはあの住職との会話。
一方的にぶつけられたくだりの半分はもっともだと頷こう。
だが残り半分は違う、そうじゃないと声を大にして叫びたい。
けれどそれも。
(……あれは?)
不意にその歩みが止まる。
風祝が目撃するのは町からとある方角に向かって歩いていく不審な集団。
大荷物を載せた手押し車ひとつ、その周りに揺らめく松明を手にした九人の男ども。
その誰もが物々しい格好をしていた。
それはまるで。
「もし。どちらに行かれるのです?」
「おや、誰かと思えば風祝さまではありませんか」
妙な胸騒ぎを覚え、風祝はその一向に声をかける。
それに首領格と思しき大柄な一人が反応し、応対に出る。
「なに、ちょいと野暮用というやつですよ。というか、困りますな風祝さま」
「困る?一体何が困るという……」
風祝の問いかけは最後まで続かなかった。
不意に後頭部に迸る鈍い衝撃。
そしてそのまま、その意識は暗転していくのだった。