男の娘注意報 男の娘、メス男子、メス堕ち 読み切り短編集。 作:楽々ラクーン
九月の土曜日、駅前の時計が午後一時を指したころ。
相澤直哉は、人生で一番後悔するかもしれない選択をしていた。
「……本当にこれ、俺が着るの?」
鏡の前で、直哉は自分の姿を見つめた。
肩まで届く黒髪のウィッグ。淡い水色のブラウスに、膝丈のスカート。薄手のカーディガン。足元にはローファー。
どう見ても女子高生だった。
「似合ってるって!」
背後から声をかけた梶原賢治は、スマートフォンを構えながら満面の笑みを浮かべている。
「写真撮るな!」
「いやいや、これは記念だから」
「消せ!」
「もったいないなあ。めちゃくちゃ可愛いのに」
「男に可愛いって言うな!」
直哉は顔を真っ赤にして振り返った。
そもそもの始まりは、三日前だった。
賢治が突然、直哉の家に押しかけてきたのだ。
『俺、女の子と付き合いたい』
唐突な告白だった。
高校二年生になっても彼女ができない。女子と話すと緊張する。デートに誘う勇気もない。そもそも何を話せばいいのか分からない。
そんな賢治の悩みを聞いているうちに、直哉はつい口を滑らせた。
『じゃあ、練習すればいいだろ』
『練習?』
『俺がお前の彼女役をやってやるよ』
そこまでは、ただの冗談だった。
ところが賢治は本気にした。
しかも――。
『ナオ、お前、顔立ちいいじゃん。女装したら普通にいけると思う』
『……は?』
そして今日。
なぜか直哉は女装して、賢治とのデートに付き合っている。
「……なあ、賢治」
「ん?」
「これ、恋愛の練習なんだよな?」
「そうだよ」
「なら、なんで俺まで緊張してんだよ」
「知らないよ」
賢治は笑った。
その笑顔を見て、直哉は少しだけ安心した。
駅前から二人で歩き出す。
映画館へ行き、ファストフード店で昼食を食べ、ゲームセンターを覗く。
最初は恥ずかしくて仕方がなかった。
街を歩けば、知らない人がこちらを見る。
そのたびに直哉は俯いた。
「やっぱ帰ろうかな……」
「え?」
「もう無理だって。恥ずかしすぎる」
「でも……」
賢治が少し寂しそうな顔をした。
「俺、今日すげえ楽しいんだ」
「……」
「女の子と一緒に歩いてるってだけで、こんなに楽しいんだな」
直哉は何も言えなかった。
賢治が嬉しそうにしている。
それだけで、なんとなく帰る気にはなれなかった。
「……じゃあ、もう少しだけな」
「うん!」
賢治の顔が明るくなる。
その笑顔を見た瞬間、直哉の胸が小さく跳ねた。
――なんだ、今の。
自分でも理由が分からなかった。
夕方。
二人は公園のベンチに座っていた。
秋の風が少し冷たい。
賢治は自動販売機で買った温かい缶コーヒーを直哉に渡した。
「ほら」
「……ありがと」
缶を受け取る。
指先が少し触れた。
それだけなのに、直哉は妙に意識してしまった。
「なあ、ナオ」
「何?」
「今日さ」
「うん」
「……楽しかった?」
「まあ……うん」
「俺も」
賢治は少し黙った。
いつもの調子とは違う。
ふざけている様子もない。
「なあ、ナオ」
「だから何だよ」
「俺の彼女になってくれよ」
「…………は?」
直哉の思考が止まった。
「馬鹿かお前!」
反射的に立ち上がる。
「俺は男だぞ! 女のかっこしてるけどオトコだ!」
「知ってる」
「知ってるじゃねえか!」
「うん」
「じゃあ何で――」
賢治は真っ直ぐ直哉を見ていた。
「それでも好きなんだ」
風が吹いた。
公園の木々がざわめく。
直哉は言葉を失った。
「最初は練習だった」
賢治は俯いた。
「女の子とデートする練習。どうすれば喜んでもらえるのか、何を話せばいいのか、それを教えてもらうつもりだった」
「……」
「でも今日、一緒に歩いてて、映画見て、飯食って……」
賢治が苦笑する。
「気づいたら、ナオといることが楽しくて仕方なくなってた」
「それは……友達だからだろ」
「そうかもしれない」
賢治は少しだけ笑った。
「でも、友達に彼女になってほしいなんて思わない」
直哉の胸がまた大きく鳴った。
「……俺、男だぞ」
「知ってる」
「女装してるだけだぞ」
「分かってる」
「じゃあ……」
言葉が続かない。
賢治は直哉から目を逸らさなかった。
「だから、返事は今じゃなくていい」
「……」
「ただ、今日だけは嘘つきたくなかった」
夕日が二人の間に長い影を落としていた。
直哉はベンチに座り直した。
顔が熱い。
耳まで熱い。
何より困ったのは――。
嫌じゃなかった。
本当なら気持ち悪いと思うはずだった。
親友から突然「好き」と言われたのだ。
驚くはずだった。
逃げたくなるはずだった。
なのに。
胸の奥が、ずっと騒がしい。
「……賢治」
「ん?」
「今日のこと、誰にも言うなよ」
「もちろん」
「あと……」
「うん」
直哉はスカートの裾をぎゅっと握った。
「もう一回くらいなら……付き合ってやってもいい」
「え?」
「デート」
「……!」
賢治の顔が一気に明るくなった。
「本当に?」
「ただし!」
直哉は慌てて指を立てる。
「次がラストだ!それまでに気持ちの整理つけてこいよ!絶対思い違いなんだから!」
二度目のデートは、テーマパークだった。
前回の駅前とは違い、賢治は最初から直哉の手を引いた。人混みをかき分けるその手は大きくて温かく、力強い。「迷子になるなよ」という他愛のない言葉とともに、直哉は群衆の中へと引かれていく。
「ナオ、こっち」
アトラクションの列で背中を庇われ、屋台では焼きそばを買ってきてくれた。「熱いから気をつけろ」と渡される紙皿。その何気ない優しさと男らしさに、直哉は胸が熱くなるのを感じていた。
最初は恥ずかしくて仕方がなかった女装も、賢治が隣で堂々としているとなぜか安心できた。パステルカラーのワンピースを翻し、賢治の少し後ろを歩く。それがなんだか、とても自然なことのように思えてきた。
遊園地が閉園時間を迎え、色づき始めた夜景の中を歩いて二人は提携ホテルへ向かった。
「今日は泊まるんだろ?」
「うん……親にゃ修学旅行の下見だって言ってある」
「相変わらず嘘つきだな」
エレベーターで最上階に上がり、カードキーを差し込む。部屋に入ると、そこにはダブルベッドが一つだけ静かに置かれていた。
窓の外にはキラキラと輝く観覧車。部屋の中は静まり返り、二人の呼吸の音だけが響く。
直哉はバッグを置いて、窓際に立った。ガラスに映る自分の姿。ウィッグにワンピース。どう見てもただの女子高生だ。けれど、中身は相澤直哉。男だ。
「ナオ」
背後から賢治の声。いつものふざけた調子ではない。
振り返ると、賢治が真正面から直哉を見つめていた。真剣な眼差しに、直哉の心臓が跳ねる。
「俺さ……やっぱり練習とかどうでもよくなった」
「ケンジ……」
「お前と今日一日過ごして、絶対に思った。他の誰でもなくて、ナオがいい」
賢治が一歩近づく。直哉は逃げられなかった。逃げたくなかった。
「でも……俺たち、男同士だぞ?」
直哉は震える声で言った。最後の抵抗だった。自分に言い聞かせるように。
「分かってる!」
賢治が苦しそうに顔を歪めた。
「男同士なんて気持ち悪いよな! 普通じゃねえよな! でもどうしようもねえんだよ! 嫌だったら殴っていいから!」
そう叫ぶと同時に、賢治は直哉の肩を強く掴み、無理矢理唇を押し付けた。
「んっ……!」
驚きで目を見開く直哉。賢治の唇は荒っぽくて、必死で、熱かった。男特有のゴツゴツとした感触。微かにヒリヒリとするような痛み。
気持ち悪いはずだった。男にキスされるなんて想像もしていなかった。けれど、賢治の体温が唇を通して流れ込んでくると、直哉の身体から力がスッと抜けていった。
嫌じゃない。むしろ、待ち望んでいたような安心感が胸を満たす。
直哉はゆっくりと目を閉じ、賢治の背中に腕を回した。
唇が離れると、二人の間に銀色の糸が引いた。賢治は信じられないといった顔で直哉を見つめている。
直哉は真っ赤な顔のまま、困ったように笑った。
「いいよ」
「え……?」
「親友! 俺がお前の女になってるよ」
その瞬間、賢治の瞳に情欲の炎が宿った。
「ナオ……!」
再び重なり合う唇。今度は深く、互いを貪り合うようなキスだった。賢治の舌が直哉の口腔を蹂躙し、唾液を交換する。直哉も夢中でそれに応えた。
「んっ……ふぅ……ケンジ……」
ワンピースのファスナーが下ろされる音が、静かな部屋に響く。肩から衣類が滑り落ちると、直哉の白く滑らかな肌が露わになった。ブラウスもスカートも脱がされ、最後にはウィッグも外されて、本来の黒髪が肩に散らばる。
「可愛い……ナオ、すげえ可愛い」
賢治は直哉をベッドに押し倒した。男同士なのに、直哉の身体は華奢で吸い付くように白かった。賢治の大きな手が直哉の胸板を撫で下ろし、小さく薄い桜色の突起を指で弾く。
「あっ……!」
「ここも感じるのか?」
「やめ……変な感じ……ぁっ」
賢治は執拗に直哉の乳首を弄りながら、もう片方の手で直哉の中心に触れた。すでにそそり立っているそれに苦笑する。
「男なのに、こんなにして」
「うるさ……あぁっ!」
賢治は直哉の足を大きく開かせた。一番恥ずかしい場所が露わになる。しかし直哉は隠そうともしなかった。賢治に見られることが嬉しかった。
「ローション……使うからな」
賢治は持参したローションを指に取り、直哉の秘所へと伸ばした。冷たい感触に直哉がビクッと身をよじる。
「力抜けよ……優しくするから」
賢治の指が窄まりをなぞり、ゆっくりと中へ進入していく。異物感に直哉が眉をひそめるが、賢治が何度もキスをして宥める。
「んんっ……ケンジ、指……入ってきてる……」
「すげえ……締め付けてくる」
指を一本、また一本と増やしていく。内壁を擦られ、直哉の声が次第に甘く潤んでいった。
「あっ! そこ……変っ! おしっこ……出ちゃうっ!」
「ここか? 前立腺……当たってるんだな」
賢治は的確に直哉の性感帯を攻め立てた。内側から湧き上がる未知の快感に、直哉はシーツを握りしめ、首を振って喘ぐ。
「もう……いいよ……ケンジのが……欲しい……」
直哉は潤んだ瞳で賢治を見上げた。完全にメスの顔だった。
「ナオ……」
賢治は自分の熱く猛ったものを直哉の入り口に押し当てた。
「入れるぞ……」
「うん……きて……」
賢治が腰を進めると、直哉の身体が弓なりに反った。男の象徴が自分の身体を切り裂いて入ってくる感覚。痛みと快感が同時に襲いかかる。
「いっ……あぁぁっ! 大きい……!」
「ナオ……ナオ……」
賢治は直哉の耳元で何度も名前を呼びながら、ゆっくりと最奥まで沈めていった。直哉の身体が包み込むように賢治を受け入れる。
完全に繋がった瞬間、二人は息を整えた。
「動くよ」
「うん……」
賢治が腰を揺らし始めると、直哉の口から悲鳴にも似た喘ぎ声が溢れ出した。
「あっ! あぁっ! ケンジ! すごい……奥まで……きてるっ!」
「ナオの中……熱い……すげえ気持ちいい」
賢治は優しく、しかし力強く直己を突き上げた。一突きごとに直哉の身体が跳ねる。
「んっ! はぁっ! あぁんっ!」
男同士のセックス。本来ならありえない行為。けれど直哉は今、生まれて初めての快楽の渦に溺れていた。賢治に打ち付けられるたびに、頭が真っ白になっていく。
「もっと……もっと奥まで……! ケンジ!」
「ナオ……好きだ! 大好きだ!」
賢治は直己の足を抱え込み、さらに深く貫いた。肉と肉がぶつかる濡れた音が部屋中に響き渡る。
「あぁっ! そこっ! そこすごいっ! 壊れちゃうっ!」
「ナオ……俺の女になれ……」
「なってるよぉっ! 俺……ケンジの女だよぉっ! あぁっ! イくっ! イっちゃうっ!」
直哉は自ら腰を振り、賢治を求めた。もはや男としてのプライドも羞恥心もない。ただ目の前の男に愛されたいという本能だけが渦巻いていた。
「俺も……限界っ! ナオの中に……出すぞ!」
「いいよ! きて! 注いで! ケンジの全部ちょうだいっ!」
賢治が最後に深く突き上げた瞬間、直哉の最奥に熱い液体が注ぎ込まれた。
「あぁぁぁぁっ!!!」
直哉は絶頂とともに自身を解放し、同時に賢治の熱を子宮の奥(と錯覚するほどの深い場所)で受け止めた。
ドクッ、ドクッと脈打つ感触が直哉の中に広がり、心まで満たされていくのを感じた。
賢治は果てた後も、直哉の中に留まったまま、荒い息をついて汗ばむ額にキスを落とした。
「ナオ……愛してる」
「んっ……ケンジ……」
直哉は賢治の首に腕を巻き付け、深く口づけを交わした。
男同士なんて気持ち悪いはずだった。
けれど、この熱だけは嘘じゃないと直哉は確信していた。
窓の外では観覧車が静かに回り続けていた。
二人の新しい関係は、今夜ゆっくりと回り始めたばかりだった。
賢治の家のチャイムを鳴らしたのは、午後三時を少し回った頃だった。
「ケンジ、いる?」
玄関が開くとそこに立っていたのは賢治ではなく、ひと回り以上大きな体格の男性だった。短く刈り込んだ髪に、賢治と同じ形の目。けれどその瞳はもっと深く、大人の余裕をたたえている。
「あれ? 康雄さん…」
「お、ナオじゃん。久しぶり」
康雄は大学三年生。賢治の三歳年上の兄だ。高校時代はよく賢治の家に遊びに来ていたから、康雄とも顔見知りだった。
「賢治ならバイト。夕方まで帰らないって言ってたけど、聞いてない?」
「え…そうなんですか。ちょっと早く着きすぎちゃって」
「まあ上がりなよ。待ってればいいじゃん」
康雄は気さくに笑って直哉を招き入れた。
直哉は今日も女装していた。白いブラウスに紺のフレアスカート。薄くメイクもして、軽くカールしたウィッグをつけている。前回、賢治に「そのまま来て」と言われたからだ。
「にしても、いつの間にか可愛くなっちゃって」
リビングのソファに座る直哉を、康雄がしげしげと眺める。
「いや、これはその…」
「賢治の彼女って聞いた時はびっくりしたよ。あいつ、やるなあ」
「からかわないでくださいよ…」
直哉が俯くと、康雄は優しく笑った。
「まあいいじゃん。あいつまだ帰ってこないし、俺の部屋でゲームでもやらない? 新しいの買ったんだよ」
「いいんですか?」
「もちろん。ナオと遊ぶの久しぶりだしな」
康雄の部屋は六畳ほどの洋室で、壁際に大きなモニターと最新のゲーム機が置かれていた。
「これ、めっちゃ面白いんですよ」
「だろ? 対戦しようぜ」
二人でコントローラーを握り、画面に向かう。
「あ、やられた!」
「へたくそだなあ、ナオ」
「康雄さん強すぎですって!」
笑い合いながらのゲームは本当に楽しかった。高校の頃、こうやって三人で遊んだ日々を思い出す。康雄は昔から面倒見がよくて、直哉にとっても頼れる兄のような存在だった。
一時間ほど経った頃だろうか。
「ちょっと休憩する?」
康雄がコントローラーを置いた。
「そうですね。ちょっと疲れました」
直哉もコントローラーを置いて、床に座ったまま背伸びをする。
「ナオ」
次の瞬間、直哉は背後から抱きしめられていた。
「え…?」
康雄の腕が直哉の胸の前で組まれ、背中には康雄の厚い胸板が密着している。耳元に熱い吐息がかかった。
「こ、康雄さん…?」
「やっぱり、いい匂いがする」
「な、何言って…離してください…」
「嫌だ」
低く響く声は有無を言わせない響きを持っていた。
「賢治が羨ましかったんだよ。こんな可愛い子と付き合えるなんて」
「俺、男ですよ。康雄さんだって知ってるでしょ」
「知ってる。小さい頃から知ってる。でも…」
康雄の手が直哉の顎を掴み、強制的に振り向かせた。
「今のお前は、ただの可愛い女の子だ」
そう言って、康雄は直哉の唇を奪った。
「んっ…! んーっ!」
それは賢治の初めてのキスとはまったく違う、濃厚で大人のディープキスだった。康雄の舌が巧みに直哉の口腔に侵入し、歯列をなぞり上顎をくすぐり、直哉の舌を吸い上げる。
「ふぁ…ぁ…」
息継ぎの隙も与えられず、頭がぼうっとしてくる。賢治とのキスも気持ちよかったけれど、康雄のキスはもっと官能的で身体の芯から痺れさせる何かがあった。
「はぁ…やめ…」
ようやく唇が離れたとき、直哉はすでに息も絶え絶えだった。
「やめてほしいの?」
康雄が耳元で囁く。その低い声だけで、直哉の背筋に甘い電流が走る。
「だって…俺…ケンジと…」
「賢治には内緒にすればいい」
「そんな…」
「ナオは昔から俺に逆らえなかったよな」
康雄の手がブラウスのボタンをひとつずつ外していく。
「や…本当に…ダメです…」
「身体は正直だな」
康雄の指が直哉の胸の突起に触れた瞬間、直哉は小さく悲鳴を上げた。
「あっ!」
「もう硬くなってる。感じてる証拠だ」
「ちが…」
「違わないよ。ほら…」
康雄は直哉を床に押し倒しながら器用にスカートと下着を脱がせていった。あっという間に裸にされ、直哉は自分の身体を隠そうと腕を交差させる。
「隠さなくていい。全部見せて」
「いや…恥ずかしい…」
「恥ずかしいのに、ここはこんなになってるんだ?」
康雄の手が直哉の中心に触れる。すでに硬く立ち上がったそれは、先端から透明な液体を滲ませていた。
「あっ…触らないで…」
「触ってほしいくせに」
康雄は直哉自身を優しく握り込み上下に扱き始めた。それと同時に、もう片方の手で胸の突起を摘み転がすように弄ぶ。
「あぁっ! やっ…同時は…あっ、あっ!」
「かわいい声。もっと聞かせて」
康雄は顔を近づけ、直哉の耳の穴に舌を差し込んだ。
「ひぁっ!」
耳の中を這い回る生温かい感触に直哉は腰を跳ねさせた。耳は賢治にも触られたことがない。未知の性感帯を責められ、直哉の思考はどんどん溶かされていく。
「耳、弱いんだな。かわいい」
「やめ…おかしくな…る…あぁっ!」
康雄は執拗に耳を責めながら、手の動きを早めた。直哉の中心からは止めどなく蜜が溢れ、くちゅくちゅと濡れた音が部屋に響く。
「イかせてほしいか?」
「あっ…あっ…イきたい…イきたいです…」
「いい子だ。イっていいよ」
康雄が耳たぶを甘噛みした瞬間、直哉は呆気なく絶頂に達した。
「あぁぁっ!」
白濁が康雄の手を汚し、直哉の腹の上にも飛び散る。身体がビクビクと震え、視界が真っ白になった。
「一回イったくらいじゃ、まだ足りないだろ?」
康雄は自分の指についた精液を、直哉に見せつけるように舐め取った。
「なに…して…」
「次はもっと気持ちいいことしてやる」
康雄は直哉の身体をうつ伏せにし、腰を高く上げさせた。尻が丸出しになり直哉は羞恥で顔をシーツに埋める。
「綺麗なピンク色だ」
「見ないで…ください…」
「見るだけじゃない。ここに俺のを入れるんだ」
「え…待って…賢治とも…まだ一回しか…」
「だから何?」
康雄はローションを手に取りたっぷりと直哉の窄まりに塗りつけた。冷たい感触に直哉が身を縮めると、すぐに温かい舌の感触がそこを這った。
「ひっ…! 何して…!」
「ナオのここ、舐めてるんだよ」
「あっ…あぁっ…! そんなとこ…汚い…!」
「汚くない。すごく美味しい」
康雄は器用に舌を動かし、窄まりの皺を一本一本丁寧に舐め上げ時折、舌先を窄まりの中に差し込んだ。
「あっ! あぁっ! 舌…入ってる…!」
「力を抜いて、もっと奥まで舐めさせて」
「む、無理…恥ずかし…あぁんっ!」
舌が内壁を這い回る未知の感触に直哉は腰をくねらせた。さっきイったばかりなのに、中心は再び硬く勃ち上がっている。
「アナル舐められるの、好きになった?」
「そんなの…わかんな…あっ! そこ…!」
「ここが気持ちいいんだな」
康雄は直哉の感じる場所を見つけると、執拗にそこを舌で攻め立てた。同時にローションをまとった指が一本、窄まりの中に侵入する。
「あぁっ…! 指…!」
「すごい締め付け。賢治はちゃんと解してやったのか?」
「ケンジは…優しかった…です…」
「ふうん。じゃあ俺はもっと気持ちよくしてやる」
康雄は二本目、三本目と指を増やし直哉の内側を丹念にほぐしていった。前立腺を的確に捉え、押し潰すようにマッサージする。
「あっ! あっ! そこっ! 気持ちいっ! すごいっ!」
「ここだな。ナオの一番感じるところ」
「ちが…あぁっ! おかしくなるっ! またイっちゃうっ!」
直哉は自ら腰を振り、康雄の指をさらに奥へと求めた。恥も外聞もなく、ただ快楽に溺れる姿は完全に牝のそれだった。
「イっていいよ。何度でもイけ」
「あっ! あぁっ! イくっ! イっちゃうっ!」
直哉は指だけで再び精を放った。シーツを汚す白濁。けれど康雄は止めない。
「まだだ。次は俺のでイかせてやる」
康雄は自身のズボンを下ろした。現れたのは、賢治よりもさらに逞しく太く勃起した男性器だった。
「これがナオの中に入るんだ」
「おっき…」
直哉はゴクリと唾を飲み込んだ。怖いはずなのに、身体の奥が疼いて仕方ない。
「欲しいか?」
「…はい」
「どこに?」
「お、俺の…お尻に…康雄さんの…おちんちん…欲しいです…」
自分からねだる言葉を口にした瞬間、直哉の中で何かが完全に壊れた。
「いい子だ」
康雄は直哉の腰を掴み、自身の先端を窄まりに押し当てた。
「入れるぞ」
「はい…来てください…」
ずぶずぶと音を立てて康雄自身が直哉の中に侵入してくる。賢治よりも太くて長いそれは、直哉の内臓を押し上げるような圧迫感をもたらした。
「あっ…あぁっ…! は、入ってる…! 奥まで…!」
「全部入ったぞ。苦しいか?」
「ちょっと…苦しい…けど…気持ちいい…」
「正直でいいな」
康雄はゆっくりと腰を動かし始めた。引き抜かれる時の擦れる感触と、奥を突かれる時の圧迫感。その繰り返しが直哉を未知の快楽へと導いていく。
「あっ! あっ! あぁっ! すごいっ! ケンジより…あっ!」
「賢治より何だ?」
「あぁっ! 気持ちいいっ! 康雄さんの…すごいっ!」
「そうか。じゃあもっと気持ちよくしてやる」
康雄は直哉の腰を高く持ち上げ角度を変えて突き始めた。狙いすましたように前立腺を亀り、抉るような動き。
「ひぁっ! そこダメっ! イッちゃうっ! またイッちゃうっ!」
「イけ。何度でもイっていいと言っただろ」
「あっ! あっ! あぁぁっ!」
直哉は三度目の絶頂を迎えた。もはや精液はほとんど出ず、空イキだったがその快感は今までで一番強烈だった。
「まだだ。まだ終わってない」
康雄は休む間もなく腰を振り続ける。イッたばかりで敏感になった身体を容赦なく貫かれ、直哉は涙を流しながら喘いだ。
「あっ! あっ! おかしくなるっ! 頭おかしくなるっ!」
「おかしくなっていい。俺だけのものになれ」
「あぁっ! 康雄さんっ! もっと…もっと突いて…!」
直哉は自ら尻を差し出すように腰を振った。完全にメス堕ちしたその姿に、康雄も興奮を隠せない。
「ナオ…俺もイくぞ…!」
「出して…! 俺の中に出してくださいっ! 康雄さんの種…欲しいっ!」
「全部やる…! 受け取れ…!」
康雄が最奥を突き上げた瞬間、熱い奔流が直哉の体内に注ぎ込まれた。
「あぁぁっ! 熱い…! 康雄さんの…入ってきてる…!」
「全部出すからな…一滴残らず…」
ドクドクと脈打つ感触を直哉は幸せそうに受け止めた。
果てた後も、康雄は直哉を抱きしめたまま優しく髪を撫でた。
「はぁ…はぁ…康雄…さん…」
「可愛かったぞ、ナオ」
「俺…どうしよう…ケンジに…」
「言わなければいい。これは俺たちだけの秘密だ」
康雄は直哉の耳元でそっと囁いた。
「また、ゲームしような」
その言葉に、直哉の身体が小さく震えた。
窓の外はもう夕暮れだった。もうすぐ賢治が帰ってくる。けれど直哉は動けなかった。身体の奥にまだ康雄の熱が残っていて、それがどうしようもなく心地よかったから。
賢治との交際を続けながら、康雄との秘密の関係も重ねていく日々。
罪悪感はある。賢治に嘘をついている背徳感はいつも胸の奥でざわついている。それでも康雄に抱かれるたびに与えられる圧倒的な快楽と安心感が、直哉を逃げられない檻へと引き込んでいた。
ある金曜日の夜、康雄からLINEが届いた。
『明日の夜、空けておけよ。俺の友達と宅飲みするから』
友達という言葉に少し躊躇したが、『ナオも来なよ』といういつもの誘い文句に結局頷いてしまった。賢治には「従兄の誕生日会に行く」と嘘をつき、いつものウィッグとスカート姿で康雄のアパートへ向かう。心が無理やり高鳴るのを感じながら。
アパートのドアを開けると、酒と男たちの濃い匂いが漂ってきた。
「おっ、来た来た! 伝説のナオちゃんだ!」
部屋には康雄を含め四人の男がいた。全員が康雄と同じくらい大柄で、体育会系の屈強な体つきをしている。彼らの視線が一斉に直哉に突き刺さる。
「マジで可愛いじゃん! 男だって信じられねえ」
「ほんとに康雄の言ってた通りだわ」
品定めするようなねっとりとした視線に、直哉は思わず康雄の背中に隠れた。
「ほら、挨拶しろよ」
康雄に背中を押され、直哉は小さく頭を下げる。
「なあナオちゃん、遠慮すんなよ。ほら、乾杯!」
コップに注がれた強い酒を勧められるままに口にする。
「んっ……きつい……」
「弱いなあ。まあいいから飲めよ!」
次々と注がれる酒。断りきれずに飲み続けるうちに、直哉の視界はすぐに少し歪み始めた。体が火照り、思考がじんわりと溶けていく。
「ナオちゃんさあ……」
健太と呼ばれた短髪の男が、直哉の肩に手を回してきた。
「康雄から聞いたぜ? ナオちゃん、男同士でもすげえ気持ちよくなるんだって?」
「え……」
直哉は康雄を見た。康雄は薄く笑って黙って煙草を燻らせている。
「俺たちも試してみてえなあ。男の子とやるのってどんな感じなのかさ」
眼鏡の涼太が直哉の耳元で囁く。
「なあナオちゃん。俺たちの相手してくれない?」
背徳感と恐怖で心臓が早鐘を打つ。逃げなければならないのは分かっているのに、康雄に開発された身体は男たちの熱気と匂いにすでに疼き始めていた。
「……はい」
か細い声で頷いた瞬間、男たちの目が一斉に欲望で濡れて光った。
「じゃあ脱ごうか」
四人の手が一斉に伸びてくる。ブラウスのボタンが外され、スカートが引き下ろされ、下着も乱暴に剥ぎ取られた。あっという間に全裸にされ、冷たい空気にお尻が震える。
「うわっ、ほんとに肌きめ細かいな」
「乳首なんて女みてえにピンクだぜ」
太い指たちが直哉の胸を揉みしだき、内腿を這う。康雄以外の男に触れられるのは初めてのはずなのに、不思議と嫌悪感は湧かなかった。むしろ逆だ。もっと触れられたいという渇望が、酔い回った身体を支配していく。
「ナオちゃん、ここ舐めていい?」
大樹が直哉の耳元に顔を埋める。
「ひゃっ……! そこ……!」
ねっとりと耳の中を掻き回され、腰がビクビクと跳ねる。
「耳弱いんだな。かわいい」
「俺も触りてえ」
健太が直哉の足を大きく開かせた。
「おっ、ここもう濡れてるじゃん。期待してんのか?」
「見ないで……恥ずかしい……」
「見るだけじゃ足りないな。舐けてやるよ」
健太の顔が股間に埋まり、熱い舌が窄まりを這う。
「あぁっ! 舌……! そこ……!」
アナルを舐められ、直哉は悲鳴にも似た甘い声を漏らした。康雄に教え込まれた性感帯を他人に攻められ、快楽の波が押し寄せる。
「美味しいねえナオちゃんのここ」
「あっ……健太さん……もっと……」
自ら腰を押し付けてしまう。もう恥も外聞もなかった。ただ快楽だけを求めてしまう淫らな身体になっていた。
「俺のも触ってよ」
涼太が直哉の手を取り、硬く勃起した自身を握らせる。
「ナオちゃんの手で気持ちよくして」
震える手で他人の男根を扱きながら、健太にはアナルを舐められ続ける。
「んっ……あっ……変になりそう……」
「変になっていいよ。俺たちで気持ちよくしてやるから」
康雄は静かに服を脱ぎながら近づいてきた。四人の男に囲まれ、圧倒的な男気と欲望に息が詰まる。
「ナオちゃん、俺のも舐めて」
健太が顔を上げ、自身を直哉の目の前に差し出した。
恐る恐る口に含むと、独特の匂いと塩味が広がった。
「んっ……んーっ……」
「歯当てないで。舌で舐めるんだ」
言われた通りに舌を這わせる。自分から男に奉仕する背徳感に頭が痺れ、中心は痛いほど勃ち上がっていく。
「俺のも!」
涼太のものも口に含まされる。二つの男根を交互に舐めながら、直哉は自分が淫乱な女のように男たちの性欲を処理している事実に興奮を抑えられなかった。
「俺が入れてやるよ」
康雄が後ろから腰を掴み、先端をあてがう。
「あっ! 康雄さん……!」
「四人の男に抱かれるんだ。覚悟しろよ」
一気に貫かれ、慣れた大きさが最奥まで突き上げる。
「あぁぁっ!」
前から後ろから同時に責められ、声にならない悲鳴を上げる。
「すごい締め付けだ。俺たちで共有してるって実感するな」
涼太が興奮したように叫ぶ。
康雄が果てるとすぐに健太が代わった。
「あっ! 違う人のが……入ってくる……!」
賢治とも康雄とも違う形と硬さが内壁を掻き回す。
「俺の方が気持ちいいだろ?」
「あっ! はい……健太さんのも……すごい……!」
涼太、大樹と代わる代わる犯されていく。一人一人の形もサイズもリズムも違う。その全てが直哉に新たな快楽を教え込み、ただの中出し肉便器へと堕としていく。
「俺たちの中出しされてる実感あるか?」
「あっ! あります……! 全部違うのが……俺の中に……!」
「賢治だけじゃ足りないだろ?」
「……はい……足りない……もっと……もっと欲しい……!」
自ら腰を振り、四人の男を求める。
もう賢治だけでは満足できない身体になっていた。
康雄に開発され今は四人の男に嬲られ、直哉は完全にメス堕ちしていた。
「俺たち全員の中出しが欲しいか?」
「欲しいです……! 全部ください……! 一滴残らず注いでください……!」
淫らに腰をくねらせ懇願する。
「ナオちゃん……可愛すぎる……!」
健太が叫んで二度目の中出しをした。
「俺も!」
涼太も続く。
「俺も出す!」
大樹も絶頂する。
康雄が最後に直哉を突き上げた。
「全部受け取れ!」
「あぁぁっ! くださいっ! 全部くださいっ!」
四人分の精液が直哉の中に注ぎ込まれた。溢れ出す白濁がシーツを汚す。
果てた後も直哉は四人の男に抱かれたまま動けなかった。身体の奥には四人分の熱が溜まり、それがどうしようもなく心地よかった。
賢治への罪悪感などもうどうでもよかった。ただこの快楽からは二度と逃れられないことを直哉は悟っていた。
窓の外ではもう夜が明けていた。けれど男たちの欲望はまだ収まりそうになかった。
⭐️救出
夜が白み始めた頃、アパートのドアが蹴り開けられた。
「ナオ!!」
直哉はその声を幻聴だと思った。
けれど男たちが一斉にドアの方を振り返ったので、それが現実だと分かった。
そこに立っていたのは賢治だった。
「賢…治…?」
賢治は息を切らし、拳を握りしめていた。スマートフォンを片手に持ち、画面は通話履歴のまま固まっている。何度も直哉に電話をかけた跡だった。
「おいおい、弟じゃん」
康雄がタバコを消してゆっくりと立ち上がった。
「帰りな。大人の宴会は終わったんだよ」
「ナオを返せ」
賢治の声は低く震えていた。けれどその目は燃えるように真っ直ぐだった。
「返せって…ナオちゃんは自分から来たんだぜ?」
健太が酒瓶を片手にふらりと立つ。
「なあナオちゃん、こいつ帰しなよ」
直哉は動けなかった。シーツにくるまり、四人の男の体温と精液の匂いにまみれたまま。賢治と目が合った瞬間、涙が溢れた。
「…賢治、来ちゃダメだったのに…」
その涙を見た瞬間、賢治の表情が変わった。
「お前ら…」
「あ?」
「お前ら、ナオをどうしたんだよ!!」
賢治が健太に飛びかかった。
不意を突かれた健太は壁に叩きつけられる。けれど健太は大学生で、体格も力も賢治よりひと回り上だった。すぐに体勢を立て直し、賢治の腹に膝を入れた。
「ぐっ…!」
「馬鹿が。相手の数数えろよ」
健太が賢治の顔を殴りつけた。鼻から血が流れる。
「やめて! やめてください!」
直哉が叫ぶが、誰も止まらない。
涼太と大樹が賢治を掴み、床に押し付けた。
「大人しくしてろよ、ガキ」
「ナオちゃんは俺たちのものなんだ」
「違う!」
賢治は床に押さえつけられながら叫んだ。
「ナオは俺の彼女だ! お前らなんかに渡さねえ!」
「彼女? 男だろ」
涼太が嘲笑う。
「男のくせにスカート穿いて俺たちのちんぽ咥えてた変態が?」
賢治の目が怒りで燃えた。全身の筋肉に力を込め、涼太と大樹の手を振りほどく。肘を涼太の脇腹に叩き込み、大樹の顔を頭突きした。
「ぐあっ!」
「この野郎!」
大樹がよろめきながら賢治の背中を蹴る。賢治は床に倒れ込むが、すぐに立ち上がった。口元から血が流れ、左目の下が腫れ上がり始めている。
「賢治! もうやめて! お願い!」
直哉はシーツを巻きつけながら必死に近づこうとした。けれど足が震えて立っていられない。
「お前ら全員かかってこいよ」
賢治は血だらけの顔で四人に向かって構えた。
「面白い。じゃあ相手してやるよ」
健太が拳を握りしめて近づく。
賢治は健太の拳をかわし、脇腹に強烈なボディを入れた。健太が折れ曲がる。けれどその隙に涼太が賢治の後ろから首を絞めた。
「がっ…」
「無理すんなよ、高校生」
首を絞められ、賢治の意識が遠のきかける。けれど賢治は涼太の腕に噛みつき、離させた。
「おい、いい加減にしろ」
康雄が静かに言った。
「お前ら、弟ボコボコにしてどうすんだ」
「でも康雄、こいつ突っかかってきたんですよ」
大樹が唇の血を拭う。
「分かった。俺がやる」
康雄が賢治の前に立った。兄弟で向き合う。康雄は賢治より頭一つ分大きい。
「賢治、お前いい加減帰れ。ナオはもう俺のものだ」
「兄貴、お前…」
「お前が弱いからだ。大事なものを守れない男は、持つ資格がない」
その言葉に賢治の拳が震えた。
「…守るよ」
「は?」
「俺が守る。ナオは俺が守る。兄貴だろうが誰だろうが、渡さねえ」
賢治は腫れ上がった顔で康雄を見上げた。涙と血が混じって頬を伝う。
「ナオは俺の彼女だ。俺が俺の言葉で俺の力で守る。それが俺にできることだ」
康雄は長い間、弟の目を見つめていた。
そこにあったのは、かつて自分が見たことのない光だった。
「…お前、本気なんだな」
「当たり前だろ。本気だから来たんだよ」
康雄は溜息をついた。
そして健太、涼太、大樹を順に見た。
「…お前ら、帰れ」
「え? 康雄…」
「俺の弟だ。俺が始末つける。お前らは忘れろ」
三人は顔を見合わせたが、康雄の目の色に逆らうことはできなかった。衣服を整え、静かに部屋を出ていく。ドアが閉まる音が響いた。
部屋には康雄と賢治、そして直哉の三人だけが残された。
「…兄貴」
「黙れ」
康雄は賢治の前に立ち、その血だらけの顔をまじまじと見た。
そして。
「…痛そうな顔しやがって」
康雄は賢治の頭を軽く小突いた。昔からやっていた、兄の叱り方だった。
「お前が悪いんだろ。ナオをこんな所に連れてくるようなことしてた俺も悪いけど」
「兄貴、お前ナオに何したんだ」
「…聞きたいか?」
「聞きたくない。けど聞く」
康雄は少し黙った。
「俺が最低な男だってことは、分かってる」
「分かっててやったのかよ」
「ああ。分かってた。どうしても欲しかったんだ」
康雄は直哉の方を一瞬見た。その目には後悔と、それでも消えない執着が混じっていた。
「…でも、お前が来ちまったな」
「当たり前だろ」
「お前が選ばれる側だったんだな」
「選ぶのはナオだ。俺じゃない。兄貴でもない」
康雄は長い沈黙の後、部屋を出た。
「風呂使ってけ。服は適当に探せ」
それだけ言い残して、康雄は去った。
静かになった部屋で、賢治と直哉だけが残された。
「…賢治」
直哉はシーツにくるまり、震えていた。賢治はゆっくりと近づき、その前に膝をつく。
「ナオ」
「来ないで…俺、汚い…」
「汚くない」
「汚いんだ! 俺、他の男たちに…お前の兄貴にも…」
直哉は顔を覆って泣いた。声を殺して、肩を震わせて。
「ごめんなさい…ごめんなさい、賢治…」
賢治は直哉の手をそっと握った。
直哉の手は冷たかった。震えていた。それでも賢治は離さなかった。
「ごめんな。俺がもっと早く気づけば…」
「違う、それは…」
「いいから。今は何も言わなくていい」
賢治は直哉をシーツごと抱きしめた。直哉は最初、抵抗しようとした。自分の汚れた身体で賢治に触れたくなかった。けれど賢治の腕は強くて温かくて、結局直哉はその胸に顔を埋めた。
「…俺、最低だ」
「最低じゃない」
「最低だよ! お前が必死に練習して、俺のこと彼女にしてくれてたのに…俺、お前の兄貴と…」
「分かってる。全部分かってる」
「なのに…なんで怒らないんだよ! なんでそんな優しくするんだよ!」
「怒ってどうするんだよ」
賢治の声は穏やかだった。
「ナオが好きだ。他の誰に何をされたって、それ変わらない」
直哉の胸が引き裂かれそうになった。この男は、本当に自分を愛している。自分が裏切っても、他の男に抱かれても、それでも愛してくれる。
「…バカだろ」
「バカでいいよ。お前の彼氏はバカでいい」
直哉は泣いた。康雄の前では見せなかった涙が、止めどなく溢れた。
「風呂入ろう。着替えよう。それから帰ろう」
「…うん」
賢治は直哉を抱き上げた。姫抱きだった。直哉は驚いて顔を上げる。
「重いだろ…」
「お前くらい軽いよ」
「…バカ」
直哉は賢治の胸に顔を埋めたまま小さく呟いた。
風呂場で賢治は直哉の身体を丁寧に洗った。男たちのつけた痕跡を一つずつ洗い流す。傷ついた肌に触れるたびに賢治の目が揺れたが、何も言わなかった。
「賢治」
「ん?」
「俺さ…お前の兄貴に抱かれてたの、嫌じゃなかった」
「…うん」
「それが一番許せないんだ」
「自分を許さなくていい」
「許してくれない方が楽なのに」
「楽にしてどうする」
賢治は直哉の髪を濡らした手で撫でた。
「ナオが何をされても、ナオはナオだ。俺のナオだ」
直哉は賢治の胸に額をつけた。熱いお湯の中で、涙だけが冷たかった。
「…帰ろう」
「うん」
康雄のアパートを出る時、康雄はいなかった。テーブルの上に「服返す」と書かれたメモと、直哉の着てきた服が畳んで置かれていた。
朝の光が街を照らしていた。
二人は手を繋いで歩いた。賢治の顔は腫れ上がり、直哉はウィッグも外した短い髪のままだった。すれ違う人が奇妙なものを見る目で見る。
「賢治」
「何?」
「俺、もう女装しなくていいのか?」
賢治は立ち止まった。
そして、少しだけ笑った。
「ナオはナオでいい。男でもいい。女でもいい。どう見えたっていい」
「お前が俺の隣にいれば、それでいい」
直哉の目からまた涙がこぼれた。今度は温かい涙だった。
「…大好きだ、賢治」
「俺も大好きだ、ナオ」
賢治は直哉の唇に優しくキスをした。血の味がした。けれどそれは二人の味だった。
一ヶ月後。
直哉は賢治と正式に恋人として暮らしていた。女装はやめた。等身大の自分で、賢治の隣にいる。康雄とは一度も会っていない。けれど賢治は時々、兄と連絡をとっているようだった。何を話しているのかは聞かない。
ある日曜日、二人は最初のデートをしたあの駅前にいた。
「ここ、久しぶりだな」
「ああ。あの時、俺すげえ緊張してた」
「俺も」
「お前、全然緊張見えなかったけど」
「見えてなかっただけだよ。心臓バクバクだった」
直哉は笑った。賢治も笑った。
時計台が午後一時を打つ。
あの日と同じ時刻。
「なあ、ナオ」
「何?」
「あの時、俺たち練習してたんだよな」
「そうだな」
「でもさ、結局練習なんて必要なかったんだ」
「なんで?」
賢治は直哉の手を握った。
「ナオが相手だったから。ナオなら、何でも楽しかった」
直哉は何も言えなかった。ただ、握られた手を強く握り返した。
「帰ろうか」
「うん」
二人は並んで歩き出した。
秋の風が少し冷たい。けれど繋いだ手は温かい。
直哉はふと、賢治の腫れた目がすっかり治っていることを確認して、少しだけ安堵した。
「賢治」
「ん?」
「ありがとう。迎えに来てくれて」
賢治は少し驚いた顔をして、それから優しく笑った。
「当たり前だろ」
その言葉が、直哉の胸の奥にずっと響いていた。
二人の影が長く伸びて、一つに重なる。
秋の空は高くて、どこまでも澄んでいた。