皇帝と語り奴婢
「……随分と静かな夜だな」
皇帝エスクラウディオは、月を見上げながらそう呟いた。
後宮の一室から見える帝都アグリオスの空には、燃えるような薄紅の月が浮かんでいた。城壁と塔の影を鈍く照らすその光に、広間の空気までもが張り詰めているようだった。
「この静けさ……まるで処刑前の広場のようだ」
皇帝は、広間の玉座に凭れ、ゆっくりと指を動かして、腕の上に置かれた銀杯を傾けた。暗紅色の酒が唇を濡らす。
甘く、渋く、どこか血の匂いに似ていた。
処刑にはもう飽いた。
異母兄弟と異母たち──。
跡目争いで兄弟に味方した家臣たち──。
統一戦争のあいだに属国となった六箇国の王たち──。
中原で唯一の王国となったあとでも、属国として叛乱を起こして処刑した旧王家の残党たち……。
もう大勢を殺している。
目の前にいる「語り奴婢」の父と兄も皆殺しにしていた。
彼の前方には一人の女が跪いていた。両腕は細い鎖で拘束され、背筋を伸ばして正座するように強いられている。
衣は儀礼的な神官衣を基調としていたが、乳房と腹、そして股間には切れ込みが入り、羞恥を暴くための装飾となっていた。股間には、微振動により疼きの走る銀の玉が連なる股帯の淫具が装着されていて、すでに女の股間をねっとりと濡らしていた。
恥丘には禍々しく美しい淫紋だ。その印は、避妊と支配を目的とした魔術であり、皇帝が刻ませたものだ。
この女──サラは、もっとも最近に叛乱を起こした亡国ディアステラの長姫だ。
だが、王妃の子ではなく、妾妃の娘であり、神殿に仕える巫女の子として幼い頃から神々の教えのもとで育てられた。
しかし、宮廷ではなく神殿で育てられたその存在であっても、王家の血を引く以上、エスクラウディオは叛乱の罪を免除しなかった。
処刑だけは、免除した。
その代わりに彼女に与えられたのは、淫紋と語り部──否、「語り奴婢」としての役目だ。
夜ごと皇帝の前で物語を語り、その恥辱にまみれた姿を、エスクラウディオに見せつけること。そして、その語りで、エスクラウディオを満足させれば、王家であとひとり生き残っている妹姫の処刑を次の一日遅らせる。
それが、サラに与えた役割であり、約束だ。
満足するかどうか。それは、エスクラウディオの腹ひとつ。
飽きれば、姉妹ともども処刑するだけ。
処刑には飽いているが、飽かさせない努力を姉がする限り、ふたりを生かす。ふと思いついた気儘であり、果たして、耳ざとい神殿の巫女として暮らしていた姉は、幾晩までエスクラウディオの興味を艶話で引き延ばせるのだろうか。
皇帝は視線を向ける。
目の前の女にではない。その奥に据えられた水鏡へと。
そこには、サラの妹、ドニアが映っていた。
十四歳。王家最後の娘。可愛らしい美少女と評判の美姫だ。牢とは名ばかりの豪奢な部屋に閉じ込められている。
白金の寝台、象嵌の鏡台、薄絹の帳……王女としての体面は保たれていたが、部屋には魔術が施され、語りの間は魔力で身体を拘束される。まばたきすら許されず、姉が語る姿を、水鏡越しに見つめさせられるのだ。
このドニアが処刑されずに連れ帰られたのは、皇帝の気紛れに過ぎなかった。
通常であれば王家の血筋は根絶やしにされる運命にあったにもかかわらず、彼女は生かされた。
そして、姉に課された役目に励む理由を作るために、処刑を待つことにした。
姉が語りでエスクラウディオの欲情を満足させれば、その命を一日延ばせる。姉の語りが不出来であれば、ドニアは犯され、晒され、そして、陵辱された姿のまま処刑され、死骸を晒す。叛乱を起こした属国としの見せしめとして。
「語りのために、命じた格好になれ」
エスクラウディオは短く命じる。
「は、はい……」
サラの顔が恥辱に赤くなるとともに、身体が小刻みに震えだすのがわかった、
だが、逆らうのは許されない。
淫紋により、不服従には全身に不快な痛みが走るからではなく、命令に逆らえば、妹が直ちに辱められて処刑されることを知っているのだ。
サラは、正座の姿勢を崩して、尻を床につけて、前に出した両膝を大きく拡げる。
語り奴婢サラの姿は、恥辱そのものだった。
神殿仕えの誇り高き巫女が淫紋を刻まれ、両手を背後で縛られ、股を広げた姿で皇帝の前に、淫具を喰い込まされている股間を晒さなければならないのだ。
衣は肌を晒すように仕立てられ、乳房も、腹も、そして股間も、淫具とともに露わにされる。
その姿のまま、姉は語り、恥を受け入れ、悦びの気配を滲ませねばならない。
美貌の巫女と有名だったらしく、このような淫らな格好であっても、凛とした美しさがある。神殿で大切にされた敬虔な巫女としては屈辱以外の何物でもないだろう。
そして、その姿は、別の場所の貴族用の牢に監禁されている妹のドニアに見せられる。
このことも、サラは知っている。
そして、語りが皇帝を悦ばせる限り、ドニアは生きられる。
姉の身体が悦びに染まることで、妹の命はつながれる。
それが皇帝エスクラウディオの慈悲であり、残酷であり、理であった。
「私は隣国アヴェルノで、人質として育てられた。女装をさせられ、香を焚かれ、王やその子らの夜伽の相手を強いられた。少年であることも忘れさせられるような屈辱の中で、私は牙を育てた。知っていたか?」
エスクラウディオは、冷たく目を細めた。
「いいえ……。幼少より、神殿暮らしでありましたので、世事には疎くて……」
膝を曲げて股間を晒す姿のまま、サラは首を横に振る。
「そうか……。だが、有名な話で誰もが知っておる……。そして、父王が急死し、国は混乱した。私はある派閥に担がれ、隣国を脱して本国へ戻った。すぐに後継者争いを終わらせて、兄弟を処刑し、王家を再編した。隣国アヴェルノへはすぐさま復讐戦を仕掛けた。その後、七箇国と呼ばれる中原の王国を次々に従属させ、私は帝として即位した」
「はい」
サラは小さく頷く。
「その征服戦争のあいだに、私は二度婚姻を結んだ。ひとり目はこの国の公爵家だった娘。私が遠征についているあいだに、複数人の男娼を呼び寄せて夜な夜な乱痴気に耽っていた。私はそれに出くわしてしまい、妃を処刑した。二度目は、滅国の代わりに降伏を願った国の姫だ。だが、私に毒を盛ったため処刑し、その国も滅ぼした」
「……そうでありましたか」
「ああ、その後、妃はいない、性欲はお前のような淫紋を刻んだ奴婢で済ませる。淫紋を刻んだ女は子を宿せんし、子は、第一の妃のあいだの息子しかいないが、私の子とは認めておらん。私に子がいないことで、死後に帝国が荒れるのであれば、荒れればよい。死んだあとのことなど、知ったことではない」
「……はい」
「そして、その覇業のなか、またもや、同じ属国で叛乱が起きた。二度目のな。そなたの国だ」
「そうでありましたか……」
サラはそう答えたのみ。
「一度目は、未遂だった故に、慈悲をもって裁いた。王ひとりに毒杯を呷らせ、ほかの血は流さずに収めた。だが、今回は二度目。二度目の慈悲は考えられない。前の王の弟だった王とふたりの王子は、都の広場で四肢を切断して、舌を切り、尻に大杭を刺して、死ぬまで放置した。王家の血筋とされる者はすべて探し出し、ことごとく殺した。王城に残された兵士たちは生き埋めにし、城砦は火で焼いた。国土は分割して、我が国の諸将に与えた。私を残酷だと思うか?」
「いいえ、当然のご処置かと」
サラは答えた。
そう言うしかないだろう。
サラがエスクラウディオに不興を買えは、妹は処刑される。
「そして、二人の娘だけが、まだ残っている。サラとドニア……。お前たちだ」
それは、単なる哀れみではない。
サラの語りは、皇帝に悦びをもたらす。
語りに濡れ、羞恥に歪む姿は、帝国全土への支配の象徴だ。
そして、いずれ訪れるであろうドニアの惨たらしい最期は、「見せしめ」として世に示す。
ただ、それまでの一興のために、わざわざここに連れ帰ったのだ。
「──なにか、自分のことを話せ」
静かに命じたエスクラウディオの声に、サラはうつむき加減に皇帝を見上げて、わずかに唇を震わせた。
「……この夜も、陛下の御心を慰められるよう努めます」
「慰める?」
皇帝は笑みを浮かべずに言った。
「お前が語るのは、快楽を求めて堕ちていく女の話だ。慰めではない。辱めだ」
「はい……語り奴婢として、恥をもってお応えします」
「神殿で巫女として育てられた身には、耐え難い屈辱か?」
「……いえ、陛下の御命に従うことが、いまのわたくしのすべてです」
エスクラウディオは杯を置いた。
「そうか。ならば、語る前に確かめておこう。お前が語るのをやめた瞬間、ドニアの命は尽きる。お前の語りがつまらなければ、あの娘は辱められ、その肉体を晒される。……わかっているな?」
「……承知しております」
「語る物語は、女が辱められ、屈辱にまみれる話だけだ。お前は、自らの物語で、股間を濡らさなければならない。淫紋と淫具は、お前が“ほと”をしとどに濡らすのを助けるだろう」
「お慈悲に感謝いたします」
「語れ、サラ。お前の声で、お前の淫紋で、お前の快楽で──妹の命を繋いでみせよ」
皇帝はさらに言葉を重ねた。
「忘れるな。お前の語りが陳腐で身体が悦びを示さなければ、あの鏡の向こうの妹はその場で魔術を解かれ、私の兵に穢される。そして、処刑台の晒し者となる。王女の名を辱しめ、全属国への見せしめとする。……それでも口をつぐむか?」
「……いいえ。語ります。わたしの持てるすべてのものを使って、陛下をご満足させます」
「もう一度言う。お前が語りながら、淫紋が熱を帯び、股間が濡れ、悦びに震える様を見せねば意味がない。妹はお前の恥を見て命を繋ぐ。それが、お前たち王家の娘に残された最後の義務だぞ」
サラは目を伏せたまま、唇を噛み、やがて静かに頷いた。
「承知しております」
サラは頷き、緊縛されたまま背を伸ばす。
エスクラウディオは、サラの開かれている股を見る。隠すことを禁じられているサラの股間は、淫具である銀の小玉を喰い込まされて、たっぷりと愛汁を床に滲ませている。
「……いいぞ。すでに濡らしておるのだな。巫女のくせに、もう悦びに濡れるか? その姿を牢にいる妹に見られているのを知っておるか」
「はい……。サラは、股間を濡らしております……。妹に見られる羞恥で欲情して、股を濡らしています」
「それを忘れぬことだ。お前が淫靡に悶える限り、妹は生きられる……。では、語れ、語り奴婢よ」
「……では、第一夜を……語らせていただきます」
その言葉を受け、皇帝は杯を置いた。
悦びと恥辱の夜が幕を開ける。