※この作品はR-18です。

語り奴婢夜話──千一夜奇談   作:ドン・ドナシアン

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 小さな鉄音が響いて、重たい扉が静かに開いた。
 廊下から絨毯を踏む靴音が、柔らかく近づいてくる。
 
 サラは寝台の前の床に座ったまま、息を詰めて顔を伏せた。
 見えなくても、気配だけで誰が来たかはわかる。

 檻の外に立つ女兵の二人が、合図のように廊下へと下がっていく。
 入れ替わるように影が踏み入り、部屋の空気がゆっくりと張りつめた。
 護衛を伴ったエスクラウディオだが、室内へ入るのは皇帝ひとりだ。──随行の者たちは廊下に留まる気配がある。一方で、大股で部屋に入ってくるひとりの人物。

「顔をあげろ」

 低く抑えた声に従い、サラはそっと顔を上げた。
 すでに、台座に腰をおろしている皇帝エスクラウディオが正面にいた。
 エスクラウディオと自分の間には、部屋の中央を隔てる鉄格子がある。

 今朝から、すべての扱いが一変していた。
 昨日まで獣の檻に押し込められ、残飯を水で溶かした餌をひと鉢だけ与えられ、糞尿も壺の中──。
 しかし、いま足元には柔らかな絨毯が敷かれ、寝台と机が備えられ、日に二度、温かい食事が盆に載せて運ばれてきた。
 着せられているのも、破れた布切れではなく“巫女装束”と呼ばれる布だ。 もっとも、それは胸をかろうじて覆い、淫紋を晒し、膝丈の裾には深い切れ目が四方に入っている── 動けばすぐに素肌が覗き、裸よりもなお羞恥を感じさせた。
 そして、部屋の中央に据えられた鉄格子は、いまも檻の象徴だった。
 皇帝のいる側の外には、背もたれのない小さな椅子がひとつ、いつの間にか置かれているのがわかった。
 サラはそっと膝をついて鉄格子のすぐ内側に進むと、淫紋を晒したまま正座し、額が畳に触れるほど深く頭を下げた。

「……部屋と食事……。お心遣い、ありがとうございます……」

 声を出した途端、裂け目から忍び込む空気が太ももを撫で、皇帝の視線が皮膚の奥を刺すようだった。

「なあに、ただの気儘だ。それで、今夜はどうするのだ、語り奴婢よ? まだ、淫獣にはなりきれぬか?」

 鉄格子の向こうで、エスクラウディオの声は低く笑っていた。
 サラは唇を湿らせ、すぐに顔を伏せぬように気丈に応じた。

「サラは……先夜のお情けで、多少は楽になりました。今夜も……語らせて頂きます……」

 言葉は静かでも、肌の奥から滲み出る疼きは途切れていない。
 扇情的な布切れだけで晒された下腹は、いまも微かに震えていた。悲鳴をあげぬよう、必死に息を押し殺しているだけだ。
 それをすべて見抜いているかのように、エスクラウディオの口元が緩む。

「なるほど……。では牢を出て椅子に座るがよい。そこが今夜からの語りの場所だ」

 小さく目で下女に合図が送られ、無言のまま鉄格子の鍵が外された。
 鈍い音とともに扉が開かれる。
 サラは膝をついたまま、腰を曲げて滲む疼きを宥めながらゆっくりと進んだ。
 鉄格子を抜け、背もたれのない小さな椅子の前へ辿りつく。

 命じられた椅子の位置……。
 だが、ふと気づけば、皇帝の膝先と自分の膝が触れるほどに近い。
 息をのんで視線を落とした瞬間、思わず息を詰めた。

 椅子の座面の中央に、板が抜かれていた。さらに、腿を載せる部分には浅い溝が削られていて、腰を下ろせば自然に脚が開くように造られていたのだ。
 無駄のない細工が羞恥のためだけにあることがわかる。
 サラは唇を噛み、足先を引きずるように椅子に腰をおろした。
 布の裂け目がわずかに揺れ、淫紋を刻んだ下腹が冷たい空気に晒される。

 すると、エスクラウディオが台座の背後に手を伸ばす。背後で衣擦れの音──。
 取り出したのは、背中から手の長さほどもある黒革の乗馬鞭だった。
 そのまま、鞭の細い先端が椅子の座面下をくぐり抜け、サラの脚の間を探った。

「……ひああっ……あふう……ひんっ」

 冷たい鞭先が、疼きに火を点けた。
 サラは自分でも信じられないほどの声をあげて、背を大きく仰け反らせてしまう。

「くくく……見栄を張るな。その淫紋の疼きは、一度精飲した程度では、簡単には消えぬだろうが?」

 エスクラウディオの声がくぐもった笑いを含む。
 そのあいだも、鞭の先が溝に沿っていやらしく擦れ、サラの股間を椅子の下から愛撫を続ける。

「ひんっ、あううっ、あっ、お、お戯れを──」

 腹の奥が勝手に引き絞られる。
 サラは思わず、抗議の声をあげてしまった。
 だが、手ではね除けるわけにも、腰を上げて鞭先から脱げるわけにもいかない。
 サラにできるのは、耐えることしかない。

「なんだ、不満でもあるのか、サラよ?」

 エスクラウディオの操る鞭先は、下から股間を刺激し続ける。
 サラは太腿をぴんと突っ張らせて、気がつくと狂気のように首を左右に烈しく振っていた。腿の上に置いた両拳を血が出るのかと錯覚するくらいに強く握り、ひたすらに耐える。

「ああ、ああっ、あ、ありません──。な、なにも──ふ、不満は……」

「ははは、いつでもいい。いつでもいいのだ。お前が語り奴婢であることをやめて、淫獣になるといえば、好きなだけ犯してやろう。男の精を受け入れるのは……気持ちがいいぞ」

 鞭先がやわく這い、もっとも敏感な陰核をいやらしく左右に揺さぶる。

「ひああああっ──」

 甘い疼きが跳ねあがる。
 サラは全身を硬直して、身体を弓なりにさせた。
 淫紋の効果もあり、あっという間に絶頂寸前まで快感は飛翔する。

「……あああああ……ああっ……おやめを──おやめください──」

 声を噛み殺そうとするたび、呻きが洩れる。
 エスクラウディオの目は愉悦に細められていた。
 しかも、絶頂の寸前でエスクラウディオは、鞭先を引いて刺激をなくした。
 サラはがくりと脱力するとともに、烈しい疼きの苦悶に包まれる。
 その苦しさは、刺激を受ける前の比ではない。もはや狂いそうな焦燥感だ。

「お前を嬲るのが、こうも愉しいとはな……。くく……」

 エスクラウディオが愉しそうに笑う。
 サラは必死に荒い息を整え、震える脚を閉じようとするが、椅子の造りがそれを許さない。
 滲む涙を飲み込み、歯の奥で呻きを噛み砕く。

「淫獣を選ばなくてよいのか、語り奴婢よ」

 エスクラウディオが愉悦しきった口調で訊ねた。
 サラは、必死に荒い呼吸を整え続ける。しかし、息を整えるたびに疼きが逆に脈を打つ

「……サ、サラは……語り奴婢でございます……。第九夜……。女漁師と鬼神の……不思議な物語です……これも……わたしが……聞き及んだお話でございます……」

 震える声が部屋に響きわたっていく。





第2話  女漁師と鬼神の物語
  9夜 女漁師と鬼神(1)


 網を打つのは、一日に四度だけだ。

 

 ライラは、海に出る前、必ずそう決めて小舟の櫂を握っている。ひとりで捌ききれない量の魚を獲る必要はないし、自分で食べる分と、仲買に売って生活に必要な小金を得ることができれば十分なのだ。

 夫を作る予定もないし、避妊のための薬草も欠かさず接種しているので、子もできることはない。

 女ひとりの気楽な生活だ。余分の稼ぎも不要なのだ。

 

 だが、この日は三度目の網を引き揚げても、ろくな魚がかかっていなかった。

 めぼしい鱗はひとつもない。

 長く漁師をやっていても、こういう日はあるのはわかっているが──そうと割り切るには、潮の気配があまりに鈍い。

 

「つまんない日だねえ──」

 

 ライラは、小舟の端に片肘をつきながら、ひとりで悪態を吐いた。

 陽はそろそろ西に傾こうとしている。

 四度と決めたのは自分だが、そうでなくても、これが今日の落とし網になるのは間違いない。

 

 いずれにしても、こんなに漁の調子が悪いときには、思い切りほかのことで発散したいものだ。

 酒を飲む相手にも、性欲を満たす相手にも困ったことはない。

 まだまだ、女としては若いつもりだし、顔もそれなりには整っている方だと自負している。身体だって悪くないと思う。漁師稼業で鍛えた身体は引き締まっているし、潮風に灼けた肌だって自慢だ。

 乳だって、小さすぎず大きすぎず、ちょうどいい大きさと触り心地だと喜ばれる。

 その証拠に、夜に男漁師たちが集まっているところに割り込めば、ひとりかふたりは、絶対に欲の相手を見つけることはできる。

 

 とにかく、四度の網ともかからないなんて滅多にないことだった。

 四度目もだめだったら、今夜は滅茶苦茶にしてやろうと決めた。気の置けない男に跨がって、男たちが悲鳴をあげるまで、好きなだけ腰を振らせてもらおう。

 

 小舟をゆるく揺らしながら、ライラは最後の網を手に取った。

 沈む陽が、海面を赤黒く染めている。

 波は凪いでいるはずなのに、どこか湿った潮の匂いが肌にまとわりついた。

 

 網を投げる。

 鈍い音が水面を割り、浮き玉が小さく鳴った。

 

 ゆっくりと引くと、途端に網の先に重みがかかった。

 魚とは思えぬ、ずしりとした感触。

 鰭や鱗のはねる気配もなさそうだ。

 

「……ちっ、なにさ──」

 

 ひとりごちて、小舟を軋ませながら網を引き寄せる。

 水面の向こうに、黒く沈んだ塊が網に絡んで揺れていた。

 魚がかかっている感じではないが、網には重みがある。なにかが引っ掛かっていることは確かだろう。

 

「えええ?」

 

 波に濡れた網の奥から現れたのは、古びた金属製の瓶だった。

 大人の腕ほどの大きさがある。

 塩気を含んだ苔のようなものがこびりつき、口の部分は真鍮の蓋で固く封じられている。

 

「なんだよ、これ──?」

 

 こんなものが海に沈んでいることもある。

 まあいいか……。

 めぼしい魚がひとつもかからなかったのは癪だが、どうせなら面白い土産にはなるだろう。

 ライラは瓶を網から外すと、舟のへりに立てかけた。

 水が滴り落ちる音だけが、小舟の上に響く。

 

 西の空には、もう沈みかけた陽がかろうじて輪郭を残している。

 落とし網は終わりだ。

 手ぶらよりは、こんな得体の知れない物でも持ち帰った方が話の種になるかもしれない。

 小舟を操り、ゆっくりと岸へ向かう。

 水面に反射する夕暮れの光が、瓶の口金をかすかに照らしていた。

 波打ち際に小舟を寄せると、潮の香りがいっそう濃くなった。

 櫂を放り、浜に足をつけた瞬間、昼の潮よりもずっと生ぬるい風が頬を撫でる。

 

 船を繋ぎ、網を浜に拡げ終わったときには、完全に夕刻になっていた。

 今日の唯一の稼ぎである瓶を舟に戻って持ちあげると浜にあがる。

 瓶は片腕で抱えても、ずしりと重い。腕ほどの太さがあるくせに、息をしているように冷たい水気が手のひらにまとわりつく。

 思ったよりもずっと重い。

 

「……変な土産になったもんだね」

 

 浜に上がったライラは、瓶を足元に置いてしげしげと見つめた。

 苔のような塩のかたまりが張りついていて、口金は真鍮の蓋でしっかり閉じられている。細かい刻印のようなものが彫ってあるが、文字なのか模様なのかはわからない。

 

 西の空はすっかり赤黒く落ち、遠くの波音だけが響いている。

 漁師泊まりに持ち帰ってもいいが、こんな胡散臭いものを店に売る気にもなれない。

 

 どうするか……。漁師小屋に持ち込む気もしないし……いっそ、この場で蓋を叩き割ってやろうか……。

 海に投げ戻すには惜しい気もした。

 割ってみて中から錆びた銅貨でもちょっとは出てくれば、今夜の酒代くらいにはなる。

 

 小舟に腰かけ、ライラは瓶の真鍮の蓋を指先でなぞった。

 冷たさが肌に這い上がってくる。

 

「……なんだってこんなに冷たいんだい……」

 

 微かに潮風が止んだ。

 波打ち際のさざめきの奥から、どこか遠くで鉄をひっかくような音が混じった。

 

 瓶の口金の隙間から、小さく泡が滲んでいるようにも見えた。何度か、瓶の口金に指をかけて力を込めて捻ると、真鍮の蓋がわずかに軋む音を立てた。

 

「……開けちまうか……」

 

 小さく吐き捨て、ライラは最後の力で蓋を捻りあげて引っこ抜く。

 途端に、潮風の匂いが変わった。

 海の生臭さではない、

 鉄を焦がしたような熱気が鼻腔の奥に突き刺さる。

 

 瓶の口から、白い泡のような煙が漏れた。

 それはすぐに泡でも霧でもなく、螺旋を描く黒煙に変わっていく。

 

 煙はしゅるしゅると音を立てながら、ライラの足元の砂に影を落とした。

 ひとつ息を吐くたびに、砂が焼けるように乾き、波音が遠のいていく。

 

 煙の芯に、なにかが立っていた。

 人とも獣ともつかない気配だった。

 

 やがて黒煙が割れ、そこに現れたのは──。

 煤けたような灰の肌を持つ、大きな男の姿だった。いや、大きいどころではない。ライラの倍ほどの巨漢だ。

 鍛えた漁師の男よりもふたまわりは大きい肩幅──。腕や胸には、燃えかけの炭のような赤い亀裂がひび割れ、そこから熱が滲んでいる。

 瞳だけは血のように赤く、暗がりの中でぼんやりと光っていた。

 なによりも、腰には擦り切れた布を片側で縛って巻いているだけだったが、その下に隠されたものが、並外れたものだと一目でわかった。

 

「な、なんだ、お前──?」

 

 ライラは声をあげた。

 

 熱の気配が足元から這い上がってくる。

 そいつは肩を揺らし、大きく息を吐くと、胸の奥で何度も低く笑った。

 

「おお……三百年ぶりか……。ようやく、この海の底から解き放たれた……」

 

 煤けた肌に走る赤い亀裂が、脈打つたびに微かに光を帯びる。

 真っ赤な瞳が笑みを含んでライラを見下ろす。

 

「我が名はイフリート──。しかも、俺を解き放ったのは──うら若き乙女とは──」

 

「はあっ? どこが乙女だってんだよ──」

 

 ライラは肩をすくめて鼻で笑った。

 戻ってきた潮風も、イフリートの熱気でまとわりつく汗を冷ませない。

 

「そうか。それで、名はなんというのだ、若き乙女よ──」

 

「だから、若くもないし、乙女でもないって、言ってんだろ──。……名は、ライラだよ……」

 

 イフリートは喉の奥で笑いを転がした。

 灰の肌がゆっくりと月のない海辺に揺れ、声は浜に重く響く。

 

「なら、ライラ、若さなんて些細なことだ。女は百までは、俺の許容範囲だからな」

 

「百だって? そこまでの歳であるものかい。まだ二十二だよ──」

 

 ライラは思わず息を飲み、乾いた砂を足で蹴った。

 イフリートの赤い瞳が楽しそうに細められる。

 

「それだけ若ければ、十分に乙女と呼んでいいだろう」

 

「乙女じゃないって、言ってるだろうっ──」

 

 海鳴りを割って、イフリートの低い笑い声がじわりと波打ち際に滲んでいった。

 ライラは荒く息を吐きながら、目の前の巨体を見上げる。

 

「……お前、何者だよ?」

 

 問いかけた瞬間だった。

 イフリートの大きな手が煙のように伸び、ライラの首を捉えた。

 そのまま、ひと息で砂の上に押し倒される。

 

「うわあっ」

 

 咄嗟に身を捩ろうとしたが、肩も腰も一瞬で封じられた。

 指の先ひとつ動かせない。

 途轍もない怪力と、どこか底知れない熱が喉元を包んでいる。

 

「な、なにすんだよ──?」

 

 ライラは首を掴まれて押し倒されたままの姿勢で怒鳴りあげた。

 とにかく、こいつは力が桁違いだ。

 汗が潮風と混じり、首筋をつたう。

 

「だから、俺は魔神イフリートだ──。俺を解き放ち、助けたのはお前なのだな、ライラ?」

 

 低く割れた声が、額の奥を揺らすようだった。

 ライラは喉を締め付けられながらも、必死に目を逸らさずに睨み返した。

 

「……そ、そうだよ。あたしが解放してやったんだ……。命の恩人だろうが……。……て、手を離せよ」

 

 怒鳴りつけた声が、少しだけ震えた。

 

 イフリートの喉の奥で笑いがくぐもる。

 

「なるほど……やっぱり、そうか……これはついている」

 

 目の奥の赤が微かに揺れた。

 

「……ついてる?」

 

「おうよ。ならば、犯して淫気を奪ったあとは……望みの手段で殺してやろう」

 

 ライラは息が止まった。

 

「……はあ?」

 

 声がかすれる。

 頬を叩くように潮風が戻ってきたが、寒気の方が早かった。

 

「聞こえなかったのか? 犯した後で殺すと言ったぞ」

 

「聞こえてるよ──。だから、殺すって、なんだよ──。犯すのは……まあ……ともかく……。なんで殺されなきゃならないんだよ。むしろ、お礼をしろよ」

 

 イフリートは笑ってはいるが、冗談を口にしている雰囲気はない。ライラにはそれがわかった。

 砂の上に押さえつけられている背中に冷たいものが流れる。

 イフリートの赤い瞳だけが淡く光った。

 

「百年前まではな……。最初の百年は、ただひたすらに俺を封じたものへの復讐を誓っていた。次の百年は、もしも誰かが封印を解けば、どんな望みでも叶えてやろうと誓った……。だが誰も来なかった」

 

 声は低く静かだった。

 それが余計に耳の奥に突き刺さる。

 

「だから……今度は逆だ。封印を解いたものは、俺が殺す──。そう誓った」

 

 イフリートの指先がわずかに強く食い込む。

 ライラは喉の奥で呻き声を漏らした。

 

「うくっ──。じょ、冗談じゃない……。そんなおかしな話があるものか」

 

 かすれた声をなんとか絞り出した。

 

「おかしくても、そう決めたのは俺だ。すぐに殺さないのは、お前が女だからだ。……犯して淫気を喰らったら、殺してやる。どんな死に方がいいか、考えておけ──」

 

 イフリートの指先が喉元から少しだけ力を緩めた。

 だが身体は砂に押しつけられたまま動かない。

 ライラは荒い息を吐きながら、目を逸らさずに低く吐き捨てた。

 

「……淫気、だって? なんだよ、それ……。魔神のくせに……」

 

 イフリートの喉がくぐもった笑いを立てる。

 

「性交の相手を絶頂に導くことで、その女の身体からは、力の源になる淫気が吹き出すんだ。俺はそれを喰らうことで、本来の力を戻せる」

 

「……絶頂……? 淫気……」

 

「とにかく、三百年も封印されてたんだ。いまのままじゃ、まだ半分も力が出せん。力を完全に取り戻すには、お前みたいな生身の女の淫気が要る」

 

 イフリートの赤い瞳が楽しげに細められた。

 

「生身って……」

 

「だから安心しろ。お前は絶頂して淫気を渡したあとに、好きな死に方を選べる」

 

「ふざけるな……よ……。犯すのはいいけど……。こ、殺されてたまるものかい」

 

 ライラは喉の奥を押さえつけられたまま、かすれ声で怒鳴った。

 

「心配するな。その代わり、好きな死に方をさせる。俺は誓いを破らないぞ」

 

「そんな約束いらないよ──。とにかく、それじゃ、あんた……。魔神だの、なんだの言っといて……。やってることは、淫魔じゃないか……」

 

 イフリートは声を立てて笑った。

 

「ははは……、魔神でも淫魔でも、どっちでもいいさ。俺にとっちゃ同じだ。淫気は旨い、力になる」

 

 指先がわずかに離れたが、肩に置かれたもう片方の手が動かない。

 ライラは息を切らせながら、唇を歪めた。

 

「それだけの力があるなら、なんで封印なんかされたんだ。……あんたみたいな怪物が……どうして簡単に……」

 

 イフリートの眉がわずかに動いた。

 

「前の相手は俺の弱点を知っていた。俺は女を絶頂させて淫気を奪うが……俺自身が射精をすると、力が散って、しばらく『器』の中で落ち着くまで動けなくなる」

 

 喉の奥の笑い声が、波音に混じって遠くへ消えた。

 

「器──?」

 

「ああ、だから封印を破れずにいた。前は射精したところを狙われた……それだけだ」

 

「……馬鹿かい、あんた……」

 

 ライラは乾いた笑いを喉で詰まらせた。

 

「結局、死ぬのは……絶頂させられたあと、か。中途半端はないってわけだ」

 

「そういうことだ。安心しろ」

 

 イフリートの手が、首から離れて代わりに頬を撫でた。

 熱い掌が砂の冷たさを忘れさせるほどだった。

 

「あ、安心って……」

 

「必ず絶頂させてやる。死ぬのは快感を極めたあとだ。中途半端にはしないぞ」

 

「ふざけ……」

 

 言いかけた言葉が、イフリートの手がライラの胸元を押し開く感触で途切れた。

 そして、大きな影が覆い被さる。

 首を押さえていた手が離れ、イフリートの片手がライラの下衣にかかり……。全部を引き千切って、ライラの股間を露出させた。

 

「うわっ」

 

 びっくりして叫んだ。

 だが、逃げようと思っても、イフリートの怪力に押さえられて逃げられない。

 イフリートの指先が乳首と股間を同時にまさぐりだす。

 

「あああっ」

 

 しかも、こいつ上手だ。

 たちまちに、官能の痺れが全身を包み込んでいく。

 でも、絶頂すれば殺される──。

 ライラは必死で歯を喰いしばった。







 ……潮騒とともに、サラの語りの声はかすかに途切れた。
 サラは肩で息を繰り返していた。
 自分の喉を震わせていた女漁師ライラの言葉が、まだ口の奥に残っている。
 二刻の香は終わっていた。
 すると、香炉の煙越しに見える皇帝の影が、わずかに身を乗り出す。

「なるほど……女漁師と鬼神の物語か。面白いな。女の気っ風が愉快だ」

 サラは震える膝を揃えようとしたが、布の奥で疼きは途切れない。
 下腹の淫紋が脈を打ち、荒い息が止められない。

「……次も……お聞きになりますか……」

 声がかすれる。
 皇帝エスクラウディオは笑みを含ませた目を細めた。

「ああ。お前の語り奴婢としての務めは、まだ終わらぬ。明日もお前の語りを聞きに来よう。ドニアはまた生き延びる」

 サラは唇を噛み、頭を低く垂れた。
 どこまでも続く苦悶を、また夜が深めていく。

「……ありがとうございます……」

 サラは安堵して頭をさげる。
 そのときだった──。

「……それにしても、絶頂を極めれば、ライラは死すか……。明日も面白そうだな──」

 香炉の奥で、エスクラウディオが喉の奥で笑った。
 その瞬間、何の前触れもなく、白い手が伸びた。

「や──」

 声をあげる暇すらなかった。
 サラの首は一瞬で掴まれ、椅子から押し倒されて、床に背中を打ちつける。
 視界に、皇帝の銀糸の裾が揺れるのが見えた。
 片手で自分の腰帯を解くと、エスクラウディオは何の躊躇いもなく男根を露わにする。
 刹那、布の裂け目から晒されたサラの下腹が熱に晒される。
 次の瞬間、熱い刃のようなものが一気に貫いた。

「……あああっ──」

 口から絶叫が迸った。
 淫紋を刻まれた腹が脈打ち、疼きが一瞬で焼けつく。
 痛みはない──。あるのは、理屈を飛び越える快楽だけ……。

「耐えてみよ、先に絶頂すれば、死ぞ──」

 エスクラウディオがサラの股間を貫いたまま笑う。
 次いで、ゆっくりと律動が始まる。
 サラの腰は布の裂け目の奥で、自分の意志と関係なく痙攣した。

「……っ……あああ……」

 全身が突っ張る。
 あっという間に絶頂した。
 それほどまでに、与えられた快楽は圧倒的だった。

「ああっ、ああっ、ああっ、ああ──」

 耐えられるようなものではない。
 ほとんど律動のたびに、サラは絶頂を繰り返した。
 何度も何度も、絶頂が押し寄せ、息を詰めても、波が消えない。
 自分の喉から絞り出す声は、もう誰のものかもわからない。

 皇帝の抽送が深く、ゆるやかに、そして突き上げるたびに──
 快楽はもっと奥を貫いた。

 やがて、エスクラウディオの息がわずかに乱れ、怒張がさらに熱くなり、サラの中で膨らみを増すのをはっきりと感じた。
 熱が内側で迸る──。

「……んああああっ──」

 エスクラウディオの怒張から吐き出される白濁がサラの奥を熱で満たした瞬間、意識が反転しそうなほどの快楽が最後に爆ぜた。

「ああ、あああああ──」

 サラは床を指先で掴んだまま、全身を弓なりにして果てる。
 もうなにも考えられない。

「なんだ、他愛もない。私がさっきの魔神であれば、お前は殺されておるぞ」

 エスクラウディオがの笑い声が首筋にかかった指先から伝わる。
 サラは視界がにじみ、指一本動かせない。
 皇帝がゆっくりと腰を引くと、熱の抜けた感触だけが残った。

「サラよ……見よ」

 エスクラウディオの命令──。
 サラは、わずかに顔をあげて、エスクラウディオを見た。
 立ちあがっているエスクラウディオの男根には、自分の噴き出した愛液と、サラの破瓜の血が赤い線を引いていた。

「舐めよ」

 耳の奥で低く響く声。
 サラは喉奥に残る絶頂の余韻を押し殺すように、懸命に力を振り絞って、かすかに両手を突いて立ち上がった。

「はあ、はあ、はあ……」

 まだ、息は整わない。
 それでも、口を限界まで開き、エスクラウディオの怒張を口に含む。
 自分の血の匂いが、男根の先に濃く残っていた。
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