扉の開く音に、サラは反射的に身体を強ばらせる。
──来た……。
寝台の脇に膝を折り、顔を伏せた姿勢のまま、音だけで誰かを察した。
絨毯を踏む足音が、ゆっくりと近づいてくる。護衛の気配はなく、部屋に入ったのはひとりだけだ。
「随分と……媚薬が気に入ったようだな。強力な媚薬を股間に塗布され、貞操帯で封印されて一昼夜……。かなり堪えたであろう?」
その声音は、思いのほか愉しげだった。
「昨夜から今日にかけて──淫らな喘ぎ声が、途切れることがなかったと、監視の奴婢から報告を受けている」
言葉を聞いた瞬間、胸の奥が冷たくなった。
──あれは、皇帝の不興をかったことへの罰だった。
昨夜、語りを終えたあと。
皇帝から選択を与えられたとき──「お望みのままに」と応じてしまった。
それが、彼の癇に障った。
自分だけが執着しているようだと、低く呟いたその声音に、怒りが滲んでいた。
すぐに命じられたのだ。
股に媚薬を塗られ、革帯で封印されるように、と。
与えられたのは快楽ではなく、欲情の火を閉じこめたまま、触れることも許されない苦しみだった。
そのまま、誰の手も触れぬまま、ひと晩……。
いや、昼のあいだも、誰ひとり現れなかった。
逃げ場のない熱が、肉の奥でじくじくと疼き続けた。
サラはひときわ深く頭を下げ、声を絞り出す。
「……申し訳……ありません……。欲を隠しました……」
その一言で、すべてを認めたことになる。
どれほど歯を食いしばっても、呻きは抑えきれなかった。革帯に閉じ込められた熱が、何度も理性を焼いた。
「ふっ……やっと、素直になったな」
低く笑うと、エスクラウディオはサラの前で立ち止まる。
サラは顔を上げようとはしなかった。額を床に押しつけたまま、懇願するように声を重ねる。
「どうか……いまの苦しみから……お赦しを……」
その声には、羞恥と疼きが滲んでいた。
エスクラウディオはしばし黙したあと、小さく満足げに鼻を鳴らす。
「よい顔になった」
サラは、その言葉に、ひと筋の冷たい汗が背を伝うのを感じた。
──夕べの応えは、やはり間違っていた。
この男は、従順や忠義よりも、性の飢餓に喘ぎながら懇願する女を、悦びとする。
「だが──まずは己の役目を果たせ」
言いながら、盆に手を伸ばし、二刻香に火を点ける。
ふわりと香煙が揺れ、部屋に時間の匂いが満ちていく。
サラは膝を揃えて座り直すと、胸元をただ一度だけ震わせ、わずかに呼吸を整えた。
「十一夜目の語りを……いたします」
その声は、かすかに震えていた。
波の音が、ひどく遠くに聞こえた。
白んできた東の空が、夜の名残を追い払っていく。
ライラは、砂の上に横たわったまま、ゆっくりと目を開けた。
うすら寒さが肌に刺さる。頬を撫でたのは風ではなく砂粒だった。
──ここは……?
焦点の合わぬ視界のまま、目を瞬かせる。
見上げれば、帆布も天幕もない。木の天井も、壁もない。
見えるのは、仄白い空と水平線の向こうで、暁に溶けかけた星だけだった。
裸同然の身体が、砂にまみれている。
布切れのような上衣が片方の肩をかろうじて覆っていたが、足も腰も剥き出しだ。
我ながら、まるで海に打ち上げられた死体のようだと思った。
ライラは、ゆっくりと起き上がる。
砂が落ち、胸元に張りついた潮気が冷たい。
身体のあちこちが痛む。腰も、太腿も、擦れたように疼く。
──どうして、ここで寝ていた?
寝床は漁師小屋にあったはずだ。
なぜ……浜辺で……?
思考がぼんやりとしていた。けれど、その次の瞬間、雷のように脳裏を撃つものがあった。
──昨夜のことだ。
思い出したのだ──。
得体の知れない壺を海の底から網で拾ってしまい、瓶に閉じ込められていた鬼神を解放してしまったのだ。そして、鬼神はライラを犯したあと、ライラを殺すと誓ったと言い出し、ライラを襲ったのだった。
助けた代償に殺されて堪るものかと、ライラはイフリートから、女よりも先に射精をしてしまえば、淫気という力の源を得る代わりに鬼神の力を一時的に失うと聞き出し、ライラとイフリートは命をかけた性技の勝負をしたのだ。
あの声。あの手──。
この世のものではない獣じみた律動。
巨大な身体に組み伏せられ、肉の奥を何度も抉られた感触──。
だが──絶頂の寸前、ライラは逆に彼を追い詰めた。
あの鬼神に、ライラよりも先に精を吐かせたのだ。
彼が弱り果てて呻いたその刹那──、ライラは自ら壺を掴み、叩きつけて戻るべき壺を割ってやった。
イフリートとの対決は、それで終わった……はずだった。
しかし、器を失った魔神は、己の精を受け止めた女の胎内へと、逃げるように入り込んだ。
生き延びるために……。
唯一残された肉の器へ。
つまりは、ライラの胎内の中に──。
……あれは、現実だったのか……?
それとも、淫夢のたぐいだったのか……。
震える膝を抱きかかえるようにして、ライラは、自分の腹を見下ろした。
ひとつ、息を呑む。
鼓動のようなものが、腹の底に──。
『夢でも幻でもない。これは、現実だ──』
その声が、腹の奥から響いたとき、ライラの背にぞっと冷たいものが走った。
「うわっ、なんだい、お前──。本当にそこにいるのかい──?」
声は外ではない。耳元でもない。身体の奥、子宮の深部から、確かに響いてきた。一方でライラは、頭の中で念話するというような器用な技などないから、口に出して喋るしかかなった。
それはともかく、息が止まった。
吐きかけた息が、喉でせき止められる。
『忘れたとは言わせんぞ。俺は、お前の中にいる。お前自身が、封じたのだ』
ライラは、腹に手を当てた。
震えが止まらない。
──これは、夢じゃない。
「封じた覚えはないね。お前が勝手に入り込んだんだ」
『ふん、どっちにしても、もはや逃げ場はない。お前の胎内こそ、いまの俺の“壺”だ。お前が壊した代わりの器よ』
声は冷たく嘲けた。
「ちょ、ちょっと待ちなよ……。それって、つまり……ずっと、あたしの中にいるってことかい?」
『ああ。俺はまだ完全に力を失ったわけではない。だが、壺がなければ霊気の回復もできん。肉の器では、精を喰らうことでしか、飢えをしのげぬ』
「……精、って……まさか……」
『淫気だ。お前は男と交わり、快楽の熱を通じて精を得よ。そして、その淫気を絶やすな。そうでなければ、俺は飢えて朽ちる。だが──その前に、お前の心を呪い殺してやる』
「おいおい、なんだってそんな理不尽な……」
ライラは頭を抱え、砂を掴んで吐き捨てた。
『なにが理不尽なものか、そうなるように仕向けたのはお前だ。お前が、俺の壺を壊したのだ』
「そうじゃないよ。あたしを殺すって、言ったからだろうが──。海の底から引きあげて助けてやった代償にね」
ライラは皮肉を言う。
『仕方あるまい。そう誓ったのだ。いずれにせよ、すでに俺はお前の中に封印されてしまった。諦めて、新しい器が見つけるまで、俺のために精を集め続けろ』
「はあ? なんのために、あたしがそんなことをしくっちゃならないんだい──。お前が探せばいいだろう」
『お前のせいで弱っておるのだ。いいから責任を持って探せ。それに、すでに肉の器とはいえ、器として因果が結ばれてしまったのだ。新たな器なしにお前からは慣れることはできん。あの壺のように、壊してしまえば別だがな。お前も壊されたくあるまい? それに、代わりの器なしに離れたくない』
「当たり前だよ。あの壺のように壊すって、死ねってことかい」
『ただ死んでも、呪術は切れん。ちゃんとばらばらになってもらわねばならん。まあ、死ねば、やがて肉が腐れて千切れていくから、その時点で俺が解放されるとも思うがな』
「冗談じゃない。そんなになる前になんとかならないのかよ。淫気が必要なら、いくらでも浜の男と寝てやるよ。そうなれば、あんたは、淫気をあたしの中で蓄えるんだろうが」
『この浜にずっといても、新たな器は見つかるまい』
「見つからなくても知ったことかい。この浜にいても、少なくとも男には困らないから、あんたも淫気切れになる心配はない。あたしも問題ない。そのうち、あたしが天寿を全うすれば、この身体は砕こうが、破こうが好きにしな。何百年も海の底で我慢したんだろう。あたしの寿命はせいぜい、五十年……、もっと短いかもしれない。それまでの辛抱さ。運がよければ、新しい壺を持った行商人でも現れるかもしれないね。それとも、また、網に引っ掛かるとかね」
ライラは笑った。
すると、胎内でイフリートが鼻を鳴らすのが聞こえた。
『ばかたれ。肉の器の寿命は、長くても五年だ。それまでに新しい器を見つけろ。それまではなんとか制御する。しかし、五年以上は無理だ。俺の魔力に耐えられずに肉が壊れる。だから、なんとか新しい器を見つけるのだ』
「はあ──? 五年で耐えられなくなるだって──? 冗談じゃない──。だったら、つべこべ言わずに出ていきな──。人の身体を何だと思ってんだい──」
『だから、すでに器として結びついているから、お前が砕かれなければ離れられんと言っておるではないか。同じことを何度も言わせるな。お前が砕かれんためには、新しい器を見つけるしかないのだ。そうなれば、壊すことなく、新しい結びができる。そういうものなのだ』
「なにがそういうものだよ──。威張るんじゃないよ──。つまりは、旅をして、次々に新しい男とまぐわえってことかい──? そして、あたしは、男とまぐわい続けながら──旅をして、あんたを養わなきゃならないってわけかい? あんたが満足する新しい器を見つけるまで」
『当然だ。封じられしイフリートの御霊を、なんだと思っている? 空腹に耐えられるほど、甘くはないぞ』
「空腹?」
『俺が空腹を感じれば、お前も空腹を覚える。当然だろう。そうなっておるのだ。そして、その空腹は、食事では満たされん、お前が男をまぐわって、精を子宮に呑み込むことでしか癒やされんのだ』
「なんてこったい」
ライラは吐き捨てた。
だが、それは事実であるかのように、いまライラは激しい飢餓感を覚えていた。食事に対する飢餓感ではない。性欲への飢餓感だ。
イフリートの言葉は、嘘ではないのだ。
どうやら、とんでもないことになったようだと悟ってしまった。
「だったら、あたしにどうしろってんだよ。いいから、さっさと出ていきな。瓶なら適当なものを準備してやるから……」
『冗談ではない、簡単に手に入るようなものが器になるわけはないだろう──』
イフリートの声は苛立ちを孕んでいた。
「簡単には手に入らないって……。どういうことだよ?」
『だから言ったはずだ。代わりの“壺”を探すのだ。俺を宿しながら旅をしてな』
「旅をしろって……。なんだいそれは……。どんな壺なんだい?」
『それは俺にもわからん。ただの陶器では意味がない。命の通った霊力のあるもの……。地母神の息吹を孕んだ聖なる器だ。だが、おそらく……もうこの地上には、そうそう残っておらぬ』
「そんなもの、簡単に手に入るかい──」
『とにかく、例えば、地母神の祭具──聖なる泉に沈められ、五十年の月日を経た儀式の器のようなものだ……。そういうものが必要なんだ』
「そんな得体の知れないものが、五年で見つかるかよ──」
ライラは大声をあげた。
だが、怒鳴ってから、ライラは膝を抱えなおした。
しかし、ふと思った。
砕けたとはいえ、粉々に砕けたわけじゃあるまい、せいぜい、割れたくらいではないだろうか……。だったら職人を見つけて貼り合わせれば……。
だが、近くにある浜岩を見ても、投げつけて砕けたはずの壺の破片はもうなくなっている。
「……破片がないね」
『お前が砕いたおかげで、あの器も霊力を失って消えてしまった。当たり前だろうが』
「なにが当たり前だい……。だけと、消えちまったのかよ……。なら、それも駄目かい……」
ライラはまた膝を抱える。
こうなったら、本当に、新しい壺が見つかるまで、自分が代わりに“壺”になるしかないのか……。
さもないと、このイフリートはライラの中から出て行きはしないだろう。
『なにが駄目なのか知らんが、どうせくだらないことを考えたのだろう……。とにかく、俺に出ていって欲しければ、お前が必死に探せ。旅をしろ。とりあえず、人間の都にでも向かうとしようか。なにかの知恵も見つかるだろう。俺を封じる壺を求めながら、淫気を絶やすな──それが、封じ手の務めだ』
「封じ手?」
『壺の代わりとして淫気を満たし続けねばならない生贄のような存在ということだな』
「……なんてこった……」
ライラは項垂れる。
「壺を探して旅をしろって言うけどさあ……。路銀はどうするんだよ? あたしにできるのは、せいぜい漁師だけだ。舟と網と海があれば、飢えることはないけど……。地上の旅なんて、あたしには向いちゃいない。陸じゃあ、なんの役にも立ちはしないさ」
『ふん、飢えるのは、男の精を絶やしたときだけだ。俺が巣くっている限り──お前は、食事がなくても死にはせん。腹は減るだろうがな』
「……じゃあ、男を絶やしたら?」
『即、飢えて、死ぬ。それだけのことよ』
「……なんてこったい。まるで、男の精を喰らって生きる女淫魔じゃないかい」
嘆息交じりに口にした言葉に、イフリートが腹の底で笑った。
『まあ、あながち間違いでもない。だが、路銀が必要なのはわかる。だから、そこは手を貸してやろう』
「なにを?」
『旅の女医師だと名乗れ。お前が愛を交わした相手であれば、お前の身を通して、そやつの身体に俺の力を触れさせることができる。病でも呪でも、癒やしてみせよう。淫気も喰えるし、金も手に入る。相手は病を癒やされる──三者、得することばかりだろう』
「……ちょっと待ちなよ。病人と、まぐわうって言うのかい? あたしが?」
『当然だろう。病人でなくてどうする? 健康な男に奉仕しても金は取れまい。病を治してこそ、対価が得られるのだ』
「いや、健康な男でも金は取れると思うけど……。まあいいけど、冗談じゃないよ……。病気の男と寝て、淫気を吸えだなんて、淫気を吸う前に死んでしまうだろう。あたしだって、病人に触るのは気が進まないよ」
『心配するな.お前が病になることはない。何度も言うが、お前が死ぬのは、淫気を何十日も絶やしたときだけよ。病にもならん』
「気が狂ってるよ、あんた──」
『狂っているのは世の理だ。お前が拾ったのは、そういう鬼神なのだよ。さあ、立て。陽が昇るぞ。干からびてしまっても、俺は困らんが……。旅は、いま、始まったばかりだ』
砂の冷たさが、ライラの尻に沁みていた。
ふと立ち上がると、遠く海鳥の鳴き声が聞こえた。
舟も、網も、もう手放すしかないのだろうか。
──男と寝て、病を癒やして金を取る? 旅の女医師?
淫魔の真似事?
ライラは顔をしかめながら、浜の陽を背に、裸のまま、ひとつ深く息を吐いた。
……ふざけた話だが……やるしかないのか?
それが、“封じ手”となった女の、定めならば……。
「ちっ、まぐわいをしながら旅をするだなんて、まるで──あたしが昔出会った、あのせむしの小男のようだよ。美女をふたりも連れて旅をして、性に狂った日々を送っていたっけ……」
『なんだそれは?』
腹の底で、イフリートが鼻を鳴らした。
その反応が、なぜかひどく生々しく感じられた。
「あんたみたいな化け物じみた男の話さ」
ライラは、思い出してくすくすと笑った。
『化け物のような男、だと?』
「ああ、姿形の話じゃないよ。でも、外見も散々だったけどね……。せむしで、小男で、背も伸びちゃいない。顔も歪んでてさ、肌も日に焼けて黒くて、歯は欠けてるし、髪だってボサボサ。名前は……確か、サルマンだったっけ」
イフリートの気配が腹の奥でわずかに蠢く。
『名などどうでもいい。なにがあった? 続けよ』
「まあ、姿を見ただけなら、誰もが気味悪がって避ける外見だよ。けど──そのサルマンが連れてた女がまたすごくってさあ……」
ライラは、目を細めて遠くの波を見つめた。
『もったいぶるな──』
「ははは……。ひとりはリーナっていう、大人っぽい女商人風。もうひとりはカレンっていって、いかにも気の強そうな目をした年下の女──。ふたりとも、目を奪われるような絶世の美女だったね。男ひとりに、美女ふたりだよ? しかも、あんな醜男に……」
『……ふん。妾を侍らせる人間など、珍しくもあるまい』
「違うんだよ。あれは……連れられてるとか、買われてるとか、そういうんじゃない。惚れてるのさ。女のほうが骨の髄までね。惚れて、従って、抱かれて、蕩けてる」
浜風が吹いた。ライラは濡れた肩を抱いて、わずかに身をすくめる。
『ほう?』
「ちょうど、あたしの浜の里にも立ち寄ってさ。旅の行商人って名乗ってたけど、夜が来るとね……それがもう、すごかった。泊まってた小屋がたまたまあたしの漁小屋の隣でさ。薄い板の壁越しに、ふたりの女の嬌声が聞こえてくる。いまにも破れそうな喘ぎでさ、笑っちまった」
『ふん……淫気の強い女など、どこにでもいる。そやつが特別なのか?』
「違うのは、あの男の精さ──。あたしも、ちょっとした気まぐれで、夜這いしてみたのよ」
ライラは、吐き捨てるように笑った。
「そしたらさ、返り討ちにあったの。このあたしがだよ。すぐに腰砕けさ。朝までに、三度までの絶頂は数えたけど、それ以上は数えられもしなかった、ふたりの美女に加えて、このあたしもだよ? 女三人を相手に、夜明けまで寸分も衰えず……あれは、男淫魔だったね」
しばらく、沈黙が降りた。
やがて、腹のなかで、イフリートの声が響いた。
『……そんな者がこの世にいるのか……?』
「いるんだよ。あれは夢じゃなかった。たぶん、あたしが男で生まれてたとしても、勝てなかったろうね」
『……サルマン、か……。そやつの名、忘れぬようにしておこう。いつか、そやつに会ってみたくなった』
「ふふん、鬼神様でも、興味を持つんだね。まあ、あんたとは、ちょっと違う。あれは……人間の姿をした、別のなにかだったよ」
『俺も、封じられた身でなければ、その女たちを奪ってみせたものを……。だが、いまは──お前が俺の器だ。淫気を絶やすな。それが、俺の望みであり、お前の生きる術でもあるのだからな』
「はいはい、わかってるさ。あのサルマンの爪の垢でも、あたしの股に撒いてやりたいよ……」
『ふん。くだらん話だが……悪くないな。お前も、そうなればいい。快楽に耽りながら、俺に淫気を捧げ、壺を探す旅を続けるがいい。気が遠くなるほど長い旅になろうとな──。だが、五年以内だ』
「はあ……とにかく、冗談じゃないよ……。とんだ鬼神を拾っちまったもんさ……。どうなるかねえ……。あたしは漁師しか、したことのない女だよ。本当に旅の生活なんてできるかい?」
『地上の糧など不要。必要なのは精のみだ。問題ない──』
イフリートがきっぱりと腹の中で断言した。
夜明けの光が、砂浜を照らしてきた。
ライラは、今度こそ、諦めの気持ちを込めて大きく嘆息した。
香が細くなり、灰が落ちた。
語りの終わりを示すように、室内に再び静けさが満ちる。
サラは深く頭を垂れ、息をついた。
「面白い話だ」
エスクラウディオが、ゆったりとした口調で言った。
「あのせむし男たちと女ふたりは、一緒に旅をしていたのだな。興味深い……。その女漁師の旅も、同じように愉快であればいいが」
「……それ以上でございます」
サラは顔を上げ、目を伏せたまま、静かに告げる。
「ほう?」
「ライラは、ルシアンという──男とも女ともつかぬ名を名乗り、都へと向かいます。そして、運命の出会いを致します」
「運命の出会い、か……」
「……はい。まるで、わたしが陛下と出会いましたときのように……」
その声は、明らかに媚びていた。
だが、エスクラウディオはそれを咎めることなく、唇の端をわずかに吊りあげる。
「ほう。運命の出会いというか?」
「……お願いでございます……」
サラは膝を滑らせ、じわりと前に進み出る。
床に手をつき、額を押しつけるようにして、低く懇願の声を洩らす。
「お慈悲を……。哀れな奴婢に、どうか、陛下のお情けを……」
震えるような声音だった。
けれど、それは欲望に焦がれた肉が、限界を迎えた者の声でもあった。
エスクラウディオは、しばし無言のまま見下ろしていた。
そして、静かに手を伸ばすと、サラの髪を掴んで引き寄せる。
「ようやく……よい顔になった」
エスクラウディオが部屋の隅に侍る女奴婢たちになにかの合図をした気配があった。
すぐに彼女たちが寄ってきて、ゆっくりと革帯の鍵が外されていく。
留め具が緩み、冷えた革が肌から剥がされると、閉ざされていた熱が一気に溢れ出した。
「くっ……あっ、ああ……」
サラの脚が震える。
エスクラウディオが腰を上げて、サラに覆い被さった。
押し倒されるようにして床に背をつけたとき、サラの喉の奥から甘い声が洩れる。
その声は、苦悶ではなかった。
ようやく与えられた解放と、哀願が報われた悦びの、哀しいまでの歓喜だった。
「これはずごいな。真っ赤ではないか。匂いも凄い。熟れるどころか、それ以上だ」
エスクラウディオの手がサラの脚を割り開く。愛撫もなにもない。いきなり男根が挿入してきた。
あまりもの快感に、サラは悲鳴のような声をあげて、身体を弓なりにしていた。
「あっ、ああああ──、気持ち……いいっ──」
サラは叫んで、身体の上のエスクラウディオの背中に両手でしがみつく。
語り奴婢としての義務を終えた女に、いま、別の役目が始まろうとしていた。