もはや寝台も毛布もない。四方を囲む冷たい鉄と、獣のように這うためのわずかな床だけが、彼女の世界だった。
その背には、後手に縛られた縄が喰い込んでいる。
また、股間には、銀の小粒がいくつも連なった鎖のような淫具が食い込んでいた。陰核を押し、恥丘をなぞるように這い、割れ目の奥にまで沈み込み、さらに肛門を抉って、腿の間を締め上げるように通されている。
当たるだけで強い疼きが走る魔術のこもった珠なのだが、さらに耐えず小刻みな振動を続ける仕掛ける施されていた。
昨夜の語りから一昼夜──。
起きていても、休んでいても、なにをしていても、淫具はサラの淫情を煽り続ける。
まるで悦びの節を数えるように……。
ひとつひとつが震え、秘所を、肛門を、全身を疼かせている。
膣奥を這い、膀胱を圧迫し、肛門を舐め続ける……。
それは、サラが女であることを思い出させるための、皇帝エスクラウディオの「躾」だった。
──カツン、カツン。
サラが監禁されている檻のある後宮の一室に近づく靴音が。廊下から聞こえていた。
下女たちが大きく扉を開く。
彼女たちの緊張から、皇帝エスクラウディオがやって来たのだと悟る。
サラは檻の中で身体を起こして、後手拘束のまま正座の体勢になった、檻の天井部分は低く、やや身体を屈めなければならない。
開かれた扉から、エスクラウディオが入ってきた。
広間の中央に低く構えた座台。赤金の糸で刺繍された厚手の絨毯が敷かれ、寄りかかる肘掛けには黒曜石と琥珀の飾りがあしらわれている。
座の周囲を囲うのは、淡い絹の帳。
天蓋から垂れ下がる数重の布は、風もないのにかすかに揺れ、まるで空間そのものが息づいているかのようだった。
香炉がいくつも焚かれ、甘く湿った煙が漂っている。
また、座の前には、三脚の盆台がいくつも据えられている。
金と銀の皿に盛られているのは、熟れきった果実──
ざくろを割いたような紅の実、滴る無花果、皮ごと割られた葡萄の房、甘く干された棗。冷えた水の入った水晶の鉢もあり、そこには薄く刻まれた柑橘の果皮が浮かんでいた。
すべては、エスクラウディオの渇きと欲を誘うためだけに用意されているものだ。
エスクラウディオが座台に腰をおろす、すぐに下女が空の盃に火酒を満たす。
サラの檻は、そのエスクラウディオが腰掛ける座台から真っ直ぐに見据える壁際にある。
皇帝はその座に身を預け、片肘を肘掛けにのせ、檻の中のサラを眺めながら、銀の杯を傾けていた。
その傍らには、香を絶やさぬよう立ち働く奴婢と、葡萄の実を房からつまみ取る指がある。
エスクラウディオがわずかに顎をしゃくる。
待機していた下女がサラのいる檻に近づき、出入口を開放させた。
サラは、這い進むようにして檻を出て、そのまま膝歩きで前に進み出る。
エスクラウディオの前に赤い布が敷いてあり、そこまで移動する。後手拘束のまま、布の上に正座になった。
「縄を解け」
エスクラウディオが下女たちに向かって言った。皇帝の命を受けた下女が手早く縛りをほどく。拘束が解かれたのは、一日ぶり。
血行を制限されていたことで、痺れるような痛みはまだ残っている。腕に刻まれた痕も深く、感覚が戻るまでにはまだ少し時間がかかるだろう。
「サラ、丸一日、淫具を嵌めて檻の中で辛かったか?」
エスクラウディオが酒を口にしながら笑った。
「いえ、陛下の慈悲により生かされているわたしたちです。どのような仕打ちも存分の厚遇でございます」
「しおらしいな。報告によれば、きさまはこの一日──」
エスクラウディオの声は、冷たく、それでいて愉しげだった。
「……獣のように、檻の中で口だけで餌を食い、四つん這いで糞を与えられた壺に排泄をし、尻も奴婢に拭かせたらしいな。神に仕えていた巫女であり、王家の娘であった身が、よくもそこまで堕ちたものだ」
「……いまは、陛下の奴婢にございます」
サラは、唇を噛み、俯いた。
「膝で立て……。淫具も外してやれ」
サラはその場で膝立ちになる。また、命じられた下女たちが、サラの股間から珠の締め具を外す。ねっとりと粘液を引きながら淫具が離れ、股間が晒された。
淫紋が紅く脈打ち、蜜の滴る肉が、あられもない開き方で熟れている。
「語りの姿勢を取れ」
言われるまま、サラは尻を床に付けて脚を広げ、膝を曲げて座る。
脚の付け根がつゆだくに濡れ、銀の珠の跡がひくひくと開閉していた。
「見事に熟れたな。下女たちによれば、夜な夜な喘ぐ声が聞こえ続けたそうだぞ。ただでさえ、女を熱く疼かせ発情させる淫紋だ。そのうえに、珠の締め具。よく一日耐えたものだ。腰を振って自ら慰めることにしなかったようだ。よく我慢した。褒美だ。自慰をしてもよいぞ」
皇帝の言葉に、サラの肩がぴくりと震えた。
この苦しみを終わらせられるなら──そう思い、指がつい、股間へ伸びかける。
──だが……。
「ただし、自慰をすれば『語り』はなかったことにする。語らなければ、妹の命もない」
サラの手が止まる。
股間に向かいかけていた手をぐっと握り、身体の横に戻す。
ひとすじ、涙が頬を伝う。
淫紋が疼き、内腿が痙攣しそうになるのを、歯を食いしばって耐える。
そして、顔をあげる。
「……第二夜を……語らせていただきます……」
下女が静かに近づき、語り奴婢サラの傍らにひざまずいた。
香の匂いが一段と濃くなる。
彼女の手にあったのは、細工を施された金脚の香盤。
その中央に一本、白い香がまっすぐ差し込まれており、すでに火が点されている。
線のように細く長い香の先端から、乳白の煙がゆるやかに立ち昇っていた。
燃え尽きるまで、およそ二刻──。
この香が尽きるまで語りを続け、皇帝エスクラウディオを退屈させなければ、妹の命はもう一日だけ繋がれる。
語りが途切れれば、あるいは「つまらぬ」と見限られれば、その場で処刑前の妹の輪姦が執行される。
正面に据えられているのは、青黒く磨かれた水鏡。
その鏡面には、脚を広げて座るサラの淫らな姿が鮮やかに映し出されていた。
赤く脈打つ淫紋が股間に浮かび、蜜に濡れた肉の奥が小刻みに震えている。
拘束を解かれたばかりの手首には、縄の痕がくっきりと残っていた。
この鏡は、サラのためのものではない。
この宮殿の奥深く──誰も立ち入ることのできぬ部屋に囚われている王女ドニアが、魔術によって拘束されたまま、この鏡を通して姉の姿を見ている。
目をそらすことも、まばたきをすることさえ許されず、サラの淫らな語りの姿を、ただ見つめるよう定められているはずだ。
かつて神に仕えた巫女であり、王家の娘であった女が、淫具に貫かれ、股を開いて恥を晒す──。その姿を、幼き妹に見せ続けることこそが皇帝の定めた「慈悲」であり、「躾」であった。
香は黙って燃え続けている。
その煙は、時間の影のように、ゆるやかに空間を分断してゆく。
サラは顔を上げ、膝を曲げて尻を床につけたまま脚を開くという、淫紋を晒す語りの姿勢をとっている。
全身に疼きを宿したまま、股から甘い滴がひとすじ落ちたとき、皇帝が静かに笑った。
「では、語れ。お前の物語で、妹の命を繋いでみせよ──」
「はい……。泉の地母神の獣化の呪術を受けた女商人リーナの物語の続きでございます」
悦楽と恥辱の第二夜が、幕を開ける。
一年が過ぎていた。
あの夜、地母神の怒りを買い、淫紋を刻まれた女商人リーナは、呪いの印とともに、あらゆる手を尽くしていた。
魔術師を雇い、古き神殿を巡り、砂漠の奥に眠る廃都の祭壇に祈りを捧げもした。
だが、獣化の淫紋は消えず、むしろ日々その疼きは増していった。
肌の下に、灼けつくような火が這う。
熱と疼きが、夜ごとリーナの股間を濡らす。
なにしろ、刻まれたのは、単なる獣化の紋ではない。淫紋でもある。女の身体を性欲の疼きで苛み、絶えることなき情欲を燃やし続けさせる呪術でもある。
しかし、どんな方法でも、性欲が満たされることはなかった。
あの地母神に犯されたときの凄まじい快感──。あれを知ったあとでは、どんな交わりでも、リーナを満足させるには、程遠い。
完全に征服され、蹂躙され、なおも抗えない圧倒的な凌辱。
それを知ってしまったことこそ、まさに呪いのような気がする。
それでも、羞恥に耐え、理性を喰い破られながらも、彼女はなお抗おうとした。
──けれど、最後には悟った。
この呪いは、ただの淫紋ではない。
地母神の「意志」であり、「断罪」であり、「猶予」なのだと。
リーナは財を処分した。隊商を解散し、女主人の地位も投げ捨てた。
残った時間を、施しと贖罪に費やした。
かつて買い叩いた村に井戸を掘り、かつて見殺しにした奴婢の一族に金を渡し、何十人もの旅人を道中で助けた。
──赦しが訪れる保証などなかった。
けれど、それでも祈るしかなかった。
そして迎えた、呪いを受けてちょうど一年の夜──。
リーナは再び、あの泉のほとりへと戻ってきた。
粗末な布の天幕、炎も小さな香炉ひとつ、護衛も従者もなく、ひとりきりで……。
麻布の衣に包まれたその姿には、もはや商人の傲慢も、娼婦の妖艶もなかった。
ただ──身を捨て、赦しを乞わんとする女が、静かに坐しているのみだ。
そこへ、ひとりの老人がやってくる。
一頭の羚羊に荷物を積み、鼻輪に繋いだ紐をとって、ゆっくりとこっちに歩いてきた。
「おや……なんと、こんな砂漠の中に……しかも女性が独りとは」
旅衣を纏った老人は驚きの声をあげる。
だが、次いで名を告げられると、その顔はもっと深い驚きに包まれる。
「リーナ……お前が、あのリーナ殿なのか。各地で、施しを受けた者たちから聞いた名だ。旅の果てに、何度も耳にした名だ。……だが、まさか本人だとは」
「施しねえ……」
リーナは黙って頷く。
一縷の望みをかけてばらまいた施しの財だが、純粋に感謝されると、背中が痒くなってくる。あれは、そんな善行ではなく、獣にはなりたくないというリーナの足掻きであり、もっと言えば、自棄だ。
だが、老人がリーナを見つめる眼は純粋な賞賛がこもっており、やつれた顔をじっと見る視線には哀れみの色があった。
「だが、ここは気性の荒い地母神が現れる聖域であるが? しかも、この時期、一年にこの夜だけ、地母神が姿を現すのだ。わしはそれを目当ての来たのだが、リーナ殿はここでなにをしておるのだ。悪いことは言わんが、地母神が現れんうちに、ここを離れた方がいい」
やがて、老人が言った。
リーナは鼻を鳴らした。
また、いまの老人の言葉で、一年前の自分の誤りを知る。どうやら、自業自得とはいえ、一年に一日しか現れない地母神の現れる夜に、リーナはあの痴態をしてしまったということのようだ。
思わず、自嘲で笑ってしまう。
「わかってるよ。あたしは、それでここに来たんだよ。一年前に、その地母神を怒らせてね。赦しを乞いに来たのさ」
「赦しを?」
唐人が首を傾げる。
そのときだった。
泉に近づく人影に気がつき、リーナはそっちに視線を向けた。
すると、やって来たのは、二匹の黒い猟犬を連れた老女と、一頭の小さな騾馬を連れた老人だった。老女は年はとっていたが、若い頃にはおそらく美人だったに違いない端正な顔をしていた。
それに対し、騾馬を連れた老人の方は、背も低く曲がっており、顔の半分に茶色い痣がある醜い顔だ。
また、犬は人の身体ほどに大きく、騾馬は小さめで、その猟犬よりもひとまわり小さいくらいだ。
だが、なんとなく、違和感があった。
そして、すぐに、目の前の大きな犬にも、騾馬にも、さらに最初の老人の連れている羚羊からも、独特の獣臭がしないのだということに気がついた。
そして、四つ脚で立っている以外は、静かだし、大人しい。
こっちの話を黙って聞いている気配すらある。
つまりは、まったく動物らしい点がないのだ。
「もしかして、そなたらも、地母神さまに?」
すると、最初の老人が新たにやって来た老女と痣のある老人に言った。
「そういうことじゃが……。ああ、もしかして、あんたもか? この人とは偶然に途中で会ったのだが、その羚羊も呪術を?」
「ああ、わしの妻だ」
老女の問いに、最初の老人が言った。
だが、リーナは当惑した。
“呪術”──? しかも、老人の連れている羚羊が“妻”──?
一体全体、なんの会話だ?
だが、リーナがそれを訊ねることはできなかった。
泉が突然に輝き始め、気がつくと、あの地母神の大きな裸身が泉の上に現れたのだ。
「よく来たな、リーナ──。逃げずに戻ったのは上々だ──。だが、余計な客を同行させてきたな。なんだ、こいつらは──」
地母神が吠えるように叫んだ。
「いや、なんだと言われても……」
リーナはただ偶然に会っただけだと説明しようとしたが、その前に地母神に阻まれた。
「ははあ、わかった。つまりは、こいつらは代わりの生け贄ということか。さしずめ、この年寄りどもを獣化することで、お前の罪を免れようということだな? 相変わらず、傍若無人であることよ」
地母神が大笑いした。
「そんなこと、するものかい──。あたしは、もうすっかりと諦めて、財産も処分しちまったんだ。こうなったら、好きなようにしておくれ」
リーナは怒鳴った
すると、横から最初の老人がくちを開いて割り込んだ。
「待ちください、地母神さま。いま、このリーナ殿の罪を申しましたか? このお方はあちこちに善行をなされている素晴らしいお方で……」
だが、その老人の言葉を地母神が笑い遮る、
「馬鹿か──。この女は、わざわざ聖地までやってきて、神を罵りながら、女奴隷の顔に自分の小便をかけるような罪人よ……。ところで、お前は妙なものを連れているな。“獣化の首輪”をさせているけど、それは人間の女だね。なんで、人間の女を獣にして連れ歩いている?」
地母神が老人に言った。
「はあ……。これにはわけがありまして。実はこれなる羚羊は、わしの長く連れ添った妻です……。旅の噂で、地母神さまが獣化の呪いを解くことができるというのを耳にし、縋る思いでやってきました。できれば、赦しを与えてやることはできないかと……」
そして、老人が羚羊から首輪を外す。
リーナは唖然とした。
すると、羚羊の顔と胴体が獣から人間となり、半獣半人の姿になったのだ。ただ、毛深い四肢は羚羊のままだじ、尻には羚羊の房毛の尻尾まである。
だが、顔と胴体には毛はないし、髪の毛も人間のものだ。しかも、若くて美しい顔立ちである。もっとも、頭にはしっかりとした角はある。
しかも、羚羊の鼻に付けていた鼻輪もしっかりと、女の顔に残っていた。
これは、なんなのだ。
妻だと言ったが、とても人間には見えない。妖魔のたぐいにしか思えなかった。
「ほう、これは呪術だな。わたしのものとは違うけど、獣化には間違いない。喋れるか?」
「いえ、残念ながら、人の言葉は出ません。この姿では人前にだすこともできず、かと言って、人の姿に戻す方法もなく、普段は獣化の首輪で、獣そのものにしております。この姿で長く、わしと旅をしておりましたが、わしももう歳……。どうやら、獣化の間は、年齢も止まっているようですが、わしがどうにかなる前に、術を解く方法があればと思い。このままでは、わしが死ねば、世話をする者もなく、妻もどうなってしまうかわからんと思って……」
「なるほど、それで、旅で獣化の呪術を使うわたしの噂を耳にして、縋って、連れてきたということかい。まあいいよ。わかった。でも、代償なしというわけにはいかないね。なんで、こんなことになったのか、話してみるがいいさ。その話が面白ければ、解呪してやらないわけでもない」
地母神が言った。
「ありがとうございます、地母神さま……。では、これは、もとはと言えば、妻をないがしろにしたわしの罪なのでございます……。わしの名はナジム。もとは成功した商人でございました。ここにいるのは、妻のアーリアです」
すると、第一の老人が語り始めた。
夕刻の陽が、石壁の端に赤くかかっていた。
アーリヤは一人の下女を伴い、町外れの離れ家へと向かっていた。
その場所は、誰にも知られてはならぬ関係を育んだ場所。
若く、美しい娘──ミリアを囲っている屋敷だった。
──女の悦びは、男よりも穏やかで、深く、甘やかだった。
ナジムとの婚姻は、彼女にとって妥協でしかなかった。
家を守るため、身を売るように差し出されたのだ。
夫は商人の成り上がり。かつて自分の家が見下していたような家の男に、いまや妻として支配される立場となった。
だからこそ、ミリアの存在は救いだった。
年下のその娘は、幼いころからの友人であり、言葉では言い尽くせぬ情を交わした相手だった。
ナジムが長旅に出るたび、アーリヤは彼女のもとを訪れた。
扉の向こうで待つミリアは、いつも白い衣を脱ぎ捨てて、彼女の首筋に唇を落とした。
ふたりで横たわり、肌と肌を重ねて、股間と股間を擦り合って夜の静けさに身を沈める。
そのたび、アーリヤは女であることの悦びを思い出し、忘れようとしていた屈辱の婚姻を遠くに追いやった。
今夜も、そうするつもりだった。
夫は南方の遠征に旅立ったばかり。戻るには月をまたぐ。
──邪魔は入らぬ。いつも通り、ミリアのぬくもりに溺れて、ひと晩を過ごせばいい。
離れ家の門前で、アーリヤは振り返った。
「今日はひと晩だけここにいるわ。明朝、迎えに来なさい」
下女は頷く。
いつものことだ。
もっとも、この下女もアーリアがこの家に住むミリアと女同士の深い関係であることは知らないだろう。アーリアも、夫のナジムにはばれないように、ミリアとの情愛に耽るのは、自宅の屋敷ではなく、こっちのミリアの家と決めていた。
「……承知いたしました。お気をつけて」
下女が頭をさげて去る。
毎回のことなので、気にすることもなかった。
知られたところで、泊まる理由など、友人との語らいで通るはずだ。まさかナジムも、女が浮気の相手などとは思うまい。
ミリアが暮らす家で出迎えたのは細身の下男だった。ミリアに仕える者だ。
頭を下げ、すぐに先を歩き出す。目を合わせようとしない。妙な様子だったが、構わず後に続いた。
「ミリアは? 中?」
「……はい。奥の部屋で、お待ちです」
廊下を抜け、香の匂いが鼻をくすぐる。
いつもより強い気がしたが、ミリアは香を好む。きっと、待ち遠しかったのだろう。
アーリヤは自然に微笑んでいた。
扉の前で、下男が一礼する。
「もう下がっていいわ。あとはふたりで静かに過ごしたいの。指示するまで、入ってこないで。下女にも伝えておいて」
アーリアは下男に視線を向けて言った。これもいつものこと。ミリア自身も、そう指示しているはずだ。
男は黙って頷いた──かに見えた。
次の瞬間だった。下男が扉を開いて、アーリアを室内に導く格好になったのだが、アーリアが一歩部屋に踏み込んだとき、突然に後から手が背中を押した。
「きゃあああっ」
重心を崩し、思わず両手をついて前のめりに倒れ込む。
なにが起こったのか理解できないまま、背後で扉が閉まり、鍵の降りる金属音が響いた。
冷たい床。強すぎる香。妙に重い空気。
直感が警鐘を鳴らしていた。
アーリヤは顔を上げた──。
はっとした。
そこにいたのは、ミリアだった。
両手首を束ねて縛られて太い縄で天井から吊られ、裸のまま晒されていた。足は床から離れている。
白い肌には鞭の痕が走り、肩から腿まで、血が滲んでいた。
言葉が出なかった。心臓の音ばかりが耳に響いていた。
背後で音がした。
なにかが擦れる気配とともに、冷たい金属の感触が足首に触れた。
「──え?」
アーリヤが声を漏らしたときには、もう遅かった。
左の片足首に黒鉄の枷が嵌められていた。
枷に繋がる鎖が引かれ、天井に向かって左脚が持ち上がる。身体が傾き、思わず声を呑む。
振り返ると、そこにいたのは──夫のナジムだった。
上半身は裸。腰には薄布の腰帯だけを巻き、右手には乗馬鞭を持っていた。
その目には、見たことのない色が宿っていた。激情ではなく、呆れと、冷たい怒り。
鎖が巻き上がっていく。吊られた片足がさらに引き上げられ、アーリヤの身体は床から持ち上がった。
逆さ吊りではない。辛うじて片脚は床に残っている。だが片足で吊られるその姿勢は、不安定で、羞恥に満ちていた。
衣の裾が重力に引かれ、ずるりと太腿まで捲れ上がっていく。
「な、なにを……ナジム、これは──?」
アーリアは慌てて両手でスカートの布を押さえた。
だが背中側はすでに捲れきっていて、尻までが露わになっているのがわかった。
羞恥と恐怖が交錯し、目の奥が熱くなる。
ナジムは目を細めて、吐き捨てるように言った。
「このミリアは……あっさりと白状したぞ。浮気の相手はお前だったと。女同士で飽きもせず、俺の目を盗んで悦び合っていたと。ふん……ずいぶん長く、俺を愚弄してくれたものだな」
「ちが……違うのよ……」
声にならぬ否定が唇から漏れた。けれど、次の瞬間──。
鞭が振るわれた。
「ひいいっ」
布を押さえていたアーリヤの両手の甲に、鋭い痛みが走る。
もう一閃──。
さらに一閃──。
「ひあああ、やめてええっ」
骨を打ち砕くような痛みが、指先から肘にまで響く。
手が離れ、布がずり落ちて下着が露わになる。
「手で隠すな。そんなもの、見苦しいだけだ」
ナジムの声は冷たい。
「ごめんなさい……ごめんなさい、わたしが悪かった……ミリアは、ただ……」
「黙れ──」
また一打、鞭が振り下ろされる。
「ふぬうううっ」
今度は手ではなく脇腹。痛みが腰に伝わり、アーリヤは吊られたまま身体をよじらせた。
けれど逃げ場はない。脚は吊られ、床は遠い。
「そこで服を脱げ」
低く命じる声。
「えっ?」
「服を脱いだら、鞭打ちは一度やめてやる。そう言っているんだ」
アーリヤは震えた指先で、上着の紐に手をかけた。けれど、布を外そうとした瞬間に、また鞭が飛ぶ。
「やめてっ……やめて、お願い……」
「だったら早く裸になれ」
鞭は止まない。むしろ痛みが強くなっている。
身体のあちこちに赤い痕が刻まれ、肌が熱を持ち、目尻に涙が滲んでいく。
「……ごめんなさい……ナジム……ほんとうに……ごめんなさい……」
「裸になれ。それが、おまえの詫びの第一歩だ」
アーリヤは言葉を返せなかった。
苦痛と羞恥と、過去の記憶が、頭のなかでごちゃ混ぜになっていく。
肌に触れる鞭の痛みは、まるですべての誇りを剥がすかのようだった。
吊られた片脚の痛みに耐えながら、アーリヤは震える指で衣を解こうとしていた。
けれど、手がうまく動かない。鞭で打たれた手の甲はすでに痺れていて、触れるたびにひどく痛む。
ナジムは無言のまま、彼女の足元──いや、上半身の方を見つめていた。
吊られた姿勢では、どこに視線が向いているかも、よくわからない。
だがその沈黙が、なによりも彼女を追い詰めた。
「……脱ぐわ……服を、脱ぐ……から……」
震える声でそう言って、帯に指をかける。
裾をたぐり寄せ、なんとか腕を通し、上着を滑らせる。
肩から布が落ちていくにつれ、肌が空気に晒される感覚が強まる。
吊られた脚が引かれ、身体が回転する。
背中側が完全にナジムに向く形になった。
下着は──脱げなかった。
この場でそれを外すには、どうすればいいのかもわからなかったし、両手があまりに痛む。
彼女はただ、布の端をそっと指でつまみ、わずかにずらす。
それだけで、涙が溢れた。
羞恥も、怒りも、悔しさも、とうに通り越していた。
だが次の瞬間、ナジムの鞭が再び振るわれた。
布の隙間から覗いた股のあたりに、的確に一打が落ちた。
容赦のない痛撃が、陰核を貫いたのだ。
「あがああああ……っ」
獣のような叫び声がこぼれ、アーリヤの身体が震える。
腹に力が入らず、吊られたまま、膀胱の制御が外れていった。
温かい液体が、脚を伝い、滴っていく。
裸身を伝う放尿が顔に落ち、また床に落ちていく。
アーリアは自分が何をしてしまったのか、すぐには理解できなかった。
けれど、全身を伝って流れるものの感触が、すべてを物語っていた。
羞恥の極みだった。
吊られたまま、夫の前で。下着もずらしたままの姿で。
かつて誰よりも誇り高かった自分が、いま、ここで、ただの獣のように晒されている。
「……うそ……こんな……」
声がかすれていく。
でも、ナジムはもうアーリアを見ていなかった。
視線を向けた先には、まだ天井から吊られていたミリアがいた。
その白い身体にも、無数の赤い線が刻まれている。
ナジムはゆっくりとミリアのもとへ歩いていき、壁を操作して、両手首を吊っている鎖をおろしていく。
ミリアの脚がふらつきながら床に着き、さらに鎖が緩められたところで固定された。両手はまだ束ねられているが、鎖は完全に緩まったので、ミリアが両膝をついている。
「立って、尻を突き出せ」
命令は短かった。
ミリアは顔を伏せ、動こうとしなかった。
その肩に、鞭の柄が叩きつけられる。
「きゃあああ」
ミリアが絶叫する。
「立てと言ったぞ」
震えながら、ミリアは膝を伸ばした。
目に涙を浮かべ、口元を引き結んで、まるで祈るように立ちあがる。
「こっちを向け。尻を向けろ──。脚も開くんだ──」
ミリアはわずかにためらった仕草を示した。
次の瞬間、鞭がもう一度、ミリアの肌を裂いた。
「きゃあああっ──お許しを──お許しを──」
ミリアが泣き叫ぶ。そして、ナジムに向かって足を開いてお尻を突き出す格好になる。
一方で、アーリヤの片脚は吊られたままだった。
衣は滑り落ち、片方の乳房が晒されているのを自覚していたが、もはやそれを覆う力もなかった。
尿で濡れた脚が冷え、滴りが床に落ちるたび、耳が焼けるような気がした。
ナジムは彼女に目もくれず、ゆっくりとミリアへと歩を進めた。
ミリアの身体の震えは止まっておらず、肩をすくめるようにして身を縮めていた。
その白い肌には、乾いた鞭痕がまだ赤々と残っている。
ナジムはゆっくりと腰帯をほどいた。
下腹部に巻かれていた布が解け、脚元に落ちる。
ナジムの男根があらわになった。
片手で彼女の尻を掴み、ぐっと引き寄せる。
もう片方の手は自身の股間に添えられ──。
その怒張の先端が、ミリアの割れ目に、押し当てられた。
アーリヤは息を止めた。
身体が強張り、吊られた脚が痙攣する。
羞恥の果てで、なお見ることを強いられている──。
ミリアが、自分のせいでこれからなにをされるかを。
喉の奥が震えた。声は出なかった。
ただ、視線だけが離せなかった。
「ああああっ」
ミリアが身体を跳ねあげた。
ナジムの男根はミリアを貫いている。
烈しい律動が開始され、やがて、ナジムがミリアの中に精を放ったのがわかった。
アーリアは、その一部始終を逆さ吊りのまま眺めさせられた。
地母神の気配が空気を重くしていた。
泉の水面は月明かりを吸い込み、ゆらゆらと微細な波を刻んでいた。
そのほとりで、年老いた男──ナジムは、腰を折るようにして膝をつき、語りを続けていた。
「……そのとき以来、わしとアーリヤの関係は、完全に逆転いたしました」
声は震えていたが、静かだった。
背筋を正して語っているのに、なぜか、首だけが常に下を向いている。
まるで、誰にも顔を見られたくないようだった。
「わしは……ミリアを屋敷に連れて戻りました。アーリヤの下女として、彼女に仕えさせる形で一緒に暮らさせました。けれど、それは……ただの体裁でした。夜になると、わしは二人を縛り、鞭打ち、そして……ふたりを、犯しておりました。毎夜です。……そういう生活が、続きました……」
リーナはただ黙って聞いていた。
罪の形は違えど、恥辱を与え、命を支配することの構造は、あまりにも自分の過去に重なっていた。
泉の対岸で、地母神の声が響いた。
「それで、どうして、この女が獣になったのだ?」
ナジムは一瞬、顔を上げかけた。
だがすぐに、視線を泉に落とす。
「……それは、わしの……わしの罪なのです」
唇がわなないた。
「そういう生活をしているうちに、あるとき──子ができました。孕んだのは……アーリヤではなく、ミリアの方でした」
リーナの胸が、ひどくざわついた。
ナジムは続ける。
「わしは、ミリアを第二夫人にいたしました。子ができたことが嬉しくて……わしは有頂天になり、彼女を褒め、讃え、可愛がりました。二人目はできませんでしたが、最初の子──。男の子は元気に育ち、十四になりました」
老いた声が、静かに揺れていた。
「それで?」
「……その頃には、夜の相手はほとんどミリアになっておりました。アーリヤとは、同じ屋根の下にいても、すれ違うだけの存在になっていたのです」
リーナは、じっとその横顔を見ていた。
砂に膝をついた男は、しわだらけで、情けないほど小さく見えた。
「……わしは、アーリヤを……大事にはせんかった……」
ぽつりと、そう言った。ナジムの年老いた手が半獣半人のアーリアの髪に優しく触れる。
アーリアの口から出るのは、嘆くような獣の声……。
ナジムに甘えるように、頭をナジムの手に擦り付けている。
「だから……アーリヤは、狂ってしまったのでしょう……。すべては、わしの罪です……地母神さま」
言葉が途切れた。
しばらくの沈黙ののち──。
「……なにがあった?」
地母神の声が、泉の奥から深く響いた。
「それで──どうなったのだ?」
皇帝エスクラウディオの声が静かに広間に響いた。
重たく、乾いた問いかけだった。
サラはわずかに視線を伏せ、傍らの香炉へ目をやる。香はすでに燃え尽き、ただわずかな煙だけが細く揺れている。
二刻──。
命じられていた語りの時間は、すでに終わっていた。
それに気づいたのか、皇帝は唇の端をわずかに吊りあげた。
「なるほど。いつの間にか二刻が過ぎたか。だが──まさか、ここで話をやめさせるわけにはいかんな。語りは明日も続けよ。代わりに、妹は明日まで生きるとしよう。今夜の語りは終わりだ。脚を閉じてもいいぞ」
サラは開いている脚を閉じて正座になると、深く頭を垂れた。
「……ありがとうございます、陛下」
お礼の言葉を口にしながら、サラは自らの下腹に鈍い疼きを感じていた。淫紋の中心が、まるで呼吸するように脈打っている。脚を閉じても、そこから溢れるぬめりは止まらなかった。太腿の内側は粘液に濡れ、貼りつくような感触があった。
すると、エスクラウディオが短く息を吐くように笑みをこぼしたのが見えた。
「しかし……逆さ吊りにされ、鞭打たれる話とはな……。あれは、お前自身の願望か?」
揶揄うような声音だった。
サラは目を伏せたまま、静かに答える。
「陛下のお慰みのままに……」
淡く、抵抗の色も感情も見せなかった。
それが、サラにできる唯一の強さだった。
恥丘に刻まれた淫紋が熱を帯び、内腿にまで染み出した愛液が静かに伝っていく。酸味の混じった匂いが、自分自身にまとわりついて離れない。
エスクラウディオは少しだけ表情を引き締めると、椅子の背に身を預けた。
「……約束は守ろう。そなたの妹には、王女にふさわしい処遇を与える。美食、絹の衣、仕える侍女たち──それで満足するであろう」
サラは頭を下げたまま、ただ黙して聞いていた。
「……だが、お前は違う。奴婢のお前には、あの檻が寝所だ。昨日は縛めを施したが……今日はそのままでいい。だが淫紋の疼きは辛かろうな」
脚をわずかに動かすたび、股間からぬるりとした感触が広がる。
下着の布はすでに濡れ透け、肌にまとわりつくたび、羞恥と疼きが重なって押し寄せた。口を開こうとしても、熱が喉に絡んで言葉が出てこなかった。
「耐えられぬと思えば、好きに愛撫して果てよ。ただし、自慰の痕跡が報告されれば、そのときは即刻、妹の処刑を執行する。忘れるな」
「……忘れません。ですが……できれば、戒めを」
サラは顔を上げず、囁くように言った。
「戒め?」
「眠っているあいだに……触れてしまうかもしれません。自らの意思とは関係なく」
皇帝の眉がわずかに動いた。その言葉には、羞恥でも虚勢でもない、苦痛の匂いがあった。
「それほどに──辛いのか?」
「……辛うございます」
サラは、ほんの僅かに頷く。
淫紋が発する熱は、理性を削るように全身へ広がっていた。なにかに触れられたわけでもないのに、乳首が痛むほどに硬くなり、腰の奥がじくじくと疼いていた。
「……では、耐えよ。眠っているあいだも気をつけることだ。──それも、語り奴婢の務めよ」
そう言って、エスクラウディオは玉座から立ち上がった。
「檻に戻れ」
エスクラウディオの裾が静かに揺れ、足音が遠ざかる。
サラはその音が聞こえなくなるまで頭をさげ続けた。
そして、完全に聞こえなくなったとこころで、サラは衣を整えながら、ゆっくりと広間の隅──黒鉄の柵に囲まれた檻へと、静かに膝で這い進んでいく。
いつの間にか、部屋に戻っていた下女たちが、サラが戻った檻の扉を閉じ、外から鍵をかけた。
鉄の鍵が音を立てて閉じられる。その響きが、痛みのようであり、安堵のようでもあった。