身体の奥が熱を孕み、淫紋の疼きは、いまや最高潮にまで膨れ上がっている。
奥底から湧き上がる熱が、骨の隙間を満たし、喉の奥まで痺れさせていた。
理性の縁がじりじりと焼き切られていく。
ひたり──ひたりと靴音が近づく。
香炉の中で、焚き残りの香が小さく爆ぜる音がした。
重たく湿った香気が漂い、埃の匂いを覆い隠す。
暗い足元の気配──。
誰かが低く、何かを告げている。
けれど、耳鳴りと熱に霞んだ意識では、なにを言っているのか掴めなかった。
だが、やらなければならないことは、頭に入っている。
正座の姿勢を崩して、腰を床につけ、大きく脚を開いて股間を晒す。
止まることのなくなった愛液が股間~垂れ落ちて床を汚すのがわかる。
エスクラウディオがなにかを言っている。
口を開いていることから、それはわかるのだが、どうしても聞き取れない。
ただ──。
「……語れ」
その一言だけは、はっきりと耳朶を打った。
喉の奥が、ひゅ、と詰まる。
はっと息を呑み、サラは顔を伏せたまま声を震わせた。
「……第七夜の物語を語ります」
声は張り付いたように石床に吸い込まれていった。
香が揺らめく。
熱を押し殺し、サラは泉の物語を吐き出すように語り始めた。
老人のように腰の曲がった醜い小男、サルマン──。
元は大きな商人の妻で、いまだに美しさを十分に残している女、カレン……。
だが、女はたったいままで、呪術で騾馬にされていた。その女がいきなり、自分を助けた男に悪態をつき始める。
「それが馬鹿っていうのよ。あたしが好きだったなら、そう言いなさいよ。馬鹿──」
カレンがサルマンにまた怒鳴る。
「い、いや、しかし……、あ、あっしみたいな、醜いせむしが……カレンになんて……」
「それが、馬鹿って言うのよ。ほら、来なさい。あたしの名前だけで射精できるなら、あたしを抱けるでしょう……。地母神さま、どうかあたしたちの供物をお受け取りください」
リーナたちの目の前でカレンがその場で横になり、両膝を曲げて、サルマンに向かって脚を開く。
「えっ……カレン……?」
しかし、サルマンの影は、最初は石像のように動かなかった。
「ほら、来るのよ、サルマン──。勃つんでしょう」
カレンが、泥に濡れた騾馬の背のような髪を振りあげ、痺れた声で呼びかけたときでさえ、その背は引き攣ったままだった。
「えっ……だ、だって、あっしみたいな……」
「いいから、あたしを抱きなさい。さっさとするのよ、馬鹿──。これはお礼よ」
すると、くぐもったようなサルマンの呻き声が夜気に濡れて落ちた。
サルマンはまるで呪縛が解けたかのように、その短い脚でよろめきながらカレンへと滲み寄った。
手が震えているのがわかる。
湿った指先でズボンの留め金を外す音が、異様に大きく耳に残った。
リーナは喉を鳴らした。
なにを見ているのだ、と自分に問いかけたが、目を逸らすことはできなかった。
「うおおおお、カレン──」
ひとつ、肉が打ちつけられる音がした。
サルマンの身体が小さく跳ね、カレンの腰にしがみつく。
露出している男根は、すでに怒張になっている。
サルマンがカレンの両腿を掴んで、カレンの腰に自分残しを押しつけようとした。
「こらああっ」
だがすぐに、カレンが息を吸い込むのがわかった。
必死に脚を閉じ、リーナの目の前でサルマンの腹を押す。
「落ち着きなさいよ、馬鹿……。あたしは逃げないから──。いきなり突っ込むだけでどうするつもりよ? あたしを殺すつもり──」
「あっ、あっ、す、すまない……。でも、どうしたら……」
「あんたが慣れてないのは予想済みよ。ほら、あたしの言うとおりにしなさい。まずは、深呼吸しなさい」
「す、すまない、カレン」
サルマンがカレンに言われるまま、大きく息を張って吸う。リーナは、ちょっとだけ笑いそうになった。
「ちょっとは落ち着いた? まずは、あたしの身体を解して。どこをどう触ってもいいけど、丁寧にするのよ。あんたが見た目と違って怪力なのはわかってんだから……」
すると、カレンの太腿が改めてゆっくりと開かれる。
「わ、わかった……。でも、よかったら、教えてくれ……。なにを……どうしたらいいか……。まったく、わかんねえんだ」
サルマンの眼が血走り、紛っている背中がこわばっているのが、暗がりでもはっきりと見えた。
カレンの指が、ぐっとその頭を自分の股間に引き寄せる。
「なら、まずは舐めなさい……。そう、もっと下……そうよ、そこ……」
息を絡めるような声が泉に響く。
サルマンは戸惑いながらも、カレンの腿の奥に顔を沈めた。
舌の音が湿った闇を満たしていく。
リーナの耳にも、その水気が纏わりついて離れなかった。
「強すぎよ……。舌を立てないの……もっと平らにしなさい……。んっ……そう……いい子ね……、あ、ああ……、ああっ、いいわ……そうよ。そこをもっと……、おおおっ」
カレンの身体がのけぞり、彼女の指がサルマンの髪を優しくも容赦なく引く。
太腿がわずかに震え、足先が泉の縁をかくように動いた。
「はあ、はあ……ああ、カレン……綺麗だ……。綺麗だよ。ああ、カレン──」
サルマンが呻くような声をあげながら、懸命に舌でカレンの股間に奉仕を続けている。
すすり泣きのような声だと思ったが、よく見ると本当にサルマンは泣いていた。泣きながらカレンの股間を舐めているのだ。余程に感極まっているのだろう。
「馬鹿ね──。あたしは、もう四十……五よ……。綺麗なんて……。あっ、ああっ、いいわ──。上手──上手よ、サルマン──。舌はいいわ──。指を入れてみて……」
「こ、こうか?」
「あっ、そう……。そんな感じ……、ああっ、あっ、ああっ、一本だけじゃ足りないわね……もう一本……。そう……ゆっくり入れて……焦らないで……。胸も吸いなさい……。あああっ、いいわ。もっと強くしていい……あっ、ああっ」
サルマンが犬のようにカレンの胸を舐め、指をカレンの股間に抽送することによって響く、くちゅくちゅと粘つく水音が泉の上に拡がっていく。
リーナは無意識に口元を押さえた。
泉の涼しさと、女の熱気が入り混じり、空気が湿り切っていた。
「いいわ……ちゃんと広げて……抜かないの……ん……そこ……もっと……ああ……」
カレンの腰が浅く持ち上がる。
サルマンの指が動くたびに水音が重なり、カレンの吐息がかすかに震えた。
「顔をあげなさい……もう……いいわ……。きてっ、わかるでしょう? さっき指を入れたところに、あんたのものを入れるのよ──。まずは先だけ当てて──。ふふ、でも、当てるだけで出しちゃわないのよ。まあ、出しても、さっきの感じだと、何回でもできそうだけど……」
サルマンが顔を上げたとき、口元が淡い月の光に濡れて光った。
カレンは熱い吐息を漏らし、睨むようにサルマンを見つめていた。そして、片手を伸ばしてサルマンの頭を撫でている。その手つきは優しい。
「こ、こうか……?」
サルマンがカレンの身体に覆い被さるようになり、腰をぐっとカレンの股間に当てるのがわかった。
「突っ込むのよ……ちゃんと奥まで……どこを擦ればいいか、わかってるわよね?」
サルマンの背中が強張った。
短い足で腰を動かす姿は滑稽なはずなのに、その必死さがどこか獣じみていた。
カレンの太腿が再び開かれ、湿った空気の奥でぬるりと肉が吸い込まれていく。
「あ、ああ、カレン……」
「そう……ゆっくり……そうよ……ん……角度を……もう少し上……そう……そう……いいわ……」
リーナは冷たい石の上で指先を組み、熱を逃そうとするかのように肩を震わせた。
濡れる音が、泉の水音と絡まって耳を刺す。
「とめないで……。いいわ……。そのまま……ちゃんと奥まで……擦って……ああ……ん……そこ……」
カレンの声が甘く濁る。
指示と吐息を混ぜながら、下腹を押し出すようにサルマンを迎え入れている。
「そう……いい子……よ。そこ……ん……もうちょっと……そう……いいわ……」
リーナは息を詰めたまま、その交わりを見つめていた。
泉の湿気はどんどん熱を孕み、背筋の奥を舐めるように這いあがってくる。
いつの間にか、喉の奥まで焼けるような息を吸っていた。
「おおっ、き、気持ちいい……。おおおっ」
「ああ、上手よ……サルマン──。あああっ、ああっ」
カレンの腰が僅かに揺れるたび、ぬるりと濡れた音が響く。
肉の奥で擦れ合い、溶けるように繋がっていく音が、リーナの耳を離さなかった。
「もう……いい……動きなさい……あんたの好きなときに……んんっ……あああっ……」
カレンの吐息が短く切れ、甘く湿った呻きが闇に溶けた。
リーナの胸元が熱く疼き、誰よりも自分がその熱に縛られていることを、いまさら知った。
始まった、と思った瞬間には、もう二人は獣のように絡み合っていた。
サルマンの小さな背中が何度も跳ね上がり、強く押し当てられるたびに、カレンの喉から漏れる声が湿り気を増していく。
「そこじゃない……もっと、奥よお……っ……」
カレンが荒く息を吐き、両脚でサルマンの腰を締めつける。
指示を受けるのはサルマンだが、突き動かされるように深く腰を打ち込むたび、声を出すのはカレンの方だ。
熱い匂いが鼻を刺した。
リーナは、泉から立ち上る水の匂いと混ざり合う肉の熱気に、思わず指先を胸元に寄せた。
まるで自分の皮膚がそこに触れたかのように、ぞわりと背筋が泡立つ。
「で、出る──。が、我慢できない、おおおっ、おおおおっ」
サルマンが腰を振りながら感極まったような声をあげる。
腰の動きはぎこちない。
「いいのよ、いつでも──。ああっ、でも気持ちいいわ──、サルマン──」
だが、腰が一度二度と沈むごとに、どこかで蓋が外れたように、鈍く絶え間なかった動きが荒々しさを増していった。
小男の背筋が張り詰める。
「くはあっ、おおっ」
カレンが僅かに息を呑んで、なにかを言いかける前に、サルマンが浅い声を吐き出した。
達したのだとわかった。
けれど、腰はとまらなかった。
サルマンは一度目の吐息を飲み下し、さらに腰を深く沈めた。
「馬鹿……まだ……、いけるの? ああっ、あああっ──。あ、あたしも、いくうっ」
カレンの太腿が震えた。
身体がのけ反り、全身を突っ張らせる。
カレンもまた、達したのだ。
「はあ、はあ、はあ……、ね、ねえ、ちょっと……きゅ、休憩……。あああっ、も、もう許して……。あっ、あああ」
サルマンの律動は続いている。
カレンは焦ったような感じになっている。
声はどこか戸惑いを孕んでいるようにも思えた。
いまや必死に男の腰を留めようとしているが、サルマンは聞き入れない。
荒い呼吸が泉の水面に反響し、膣奥を抉る音が繰り返される。
リーナは、なにかが喉の奥に溜まっていくのを感じた。
熱かった。
視界がじわりと滲み、頬を伝う汗と冷気の狭間で、自分の身体が妙に重くなる。
それからしばらく同じような光景が続く。
サルマンがカレンを犯し続け、カレンが喘ぎ声をあげる。
しばらくすると、サルマンはカレンの中に精を放つ仕草をするのだが、それでも律動はやめない。
サルマンを受け入れ続けているカレンもまた、絶頂の仕草をして身体を突っ張らせるが、次第に、その感覚が短くなっていく気がした。
それにしても、いつまでやるのだろう──。
リーナはだんだんと唖然としてきた。
「くああっ、カレン──、すごい──すごい──、ああ、カレン──。おんたは俺のお姫様だ──。好きだ──。カレンのためなら、なんでもする──。本当になんでもする──。おおおおっ」
何度目だろうか──。
「おおおっ」
サルマンがまた大きく声をあげる。
しかし、射精するたびに、束の間、腰の動きが止まるかと思えば、すぐにまた執拗に揺り戻される。
「ひいいっ、もういいでしょう──。い、いい加減に──やめええっ」
カレンの脚が震え、硬い地面を爪先で削っていた。
「カレン、カレン──」
だが、サルマンは狂ったように、カレンの名を呼びながら、腰を動かすだけだ。
「ひいあああっ」
カレンの言葉が、弱く湿った吐息に変わった。
それが合図だったかのように、サルマンは腰の角度を変えた。
深く、荒く、まるで自分が上だと刻み込むように、何度も何度も。
「だめえええっ、ひああああっ」
カレンの背が少しずつ反り、肩口が小さく震える。
いまは呻き声と震えた吐息を重ねるだけだ。
リーナは、その変化に気づいたとき、足元から背筋までを貫くような熱に息を呑んだ。
獣のように荒い吐息。
打ちつけられる肉の音。
湿った空気の中で、リーナの指先が知らず膝の上を撫でていた。
サルマンの動きはとまらない。
痩せた尻が引き締まり、背筋が張るたびに、泉の縁の乾いた石が擦れる音がする。
その音の向こうで、カレンの息が上ずっていく。
「……っ……く、くるし……」
カレンの声がかすれる。
主導権を握っていたはずの女が、いまや押し倒されるままに、サルマンの腰を受け続けている。
汗に濡れた太腿が、藻に濡れた石に擦れるたび、リーナの喉奥まで熱がせり上がった。
いったい何度、達したのか。
カレンの睫毛が濡れているのがわかった。
サルマンの背に爪を立てるが、弱々しく滑っていくだけだった。
リーナは息を詰めたまま、その光景を見つめていた。
まるで獣だ。
だが、獣という言葉で括るにはあまりに熱い。
あまりに生々しい。
あまりに、身体を刺す。
気がつけば、リーナの唇はわずかに開いていた。
熱を孕んだ吐息が喉の奥で粘りつく。
瞼の裏で、泉の淡い光が揺れた。
下腹が、焦げ付くように疼いているのを、自分で気づくことすら怖かった。
サルマンの荒い息──。
カレンの濡れた呻き。
泉の水音さえ、その獣の交わりにかき消されていく。
リーナは小さく息を吐いた。
そこに、冷たくも熱い自分の身体が確かにあった。
サルマンの腰は止まらなかった。
何度目かの達した気配があったはずなのに、腰の奥から獣のような吐息が漏れては、また奥を抉り込む。
カレンの脚は何度も小さく跳ね、ひくついて、声を搾り出すだけになっていた。
「だめ……っ……ひあ……ああ……や、やめ……っ……」
掠れきった声は、もう命令にはならなかった。
カレンの睫毛は汗と涙で張り付いている。
硬い石の上に打ち付けられるたびに、息が途切れ、痙攣のように指先が石を引っかく。
リーナは喉の奥で息を詰めた。
獣が一匹、女を喰らい尽くすような光景。
声にならない叫びを洩らしながら、カレンの背ががくりと反り返った。
「あ、ああ……あああ……っ……」
最後の声が、短くちぎれた。
それきり、カレンの吐息が止まったように見えた。
ぐったりと背中が沈み、太腿の力が抜ける。
サルマンはそれでもとまらなかった。
腰を押し込むたび、肉の奥からぐじゅりと音が漏れる。
リーナの喉の奥で、なにかが弾けた。
「馬鹿──カレンが死んでしまうよ……いい加減しなよ、あんた」
声が泉の縁に響いた。
獣のような音を立てていたサルマンの背中がびくりと震えた。
「ああっ、カレン──。どうしたんだ──?」
荒い息のまま、サルマンが慌てて腰を引く。
ずるりと抜けた瞬間、カレンの股間から、どろりとした白いものが溢れ出した。
リーナは思わず息を呑んだ。
あれだけ注ぎ込まれたのに、サルマンの男根はまだ怒張したのだ。。
「……ったく……」
それはともかく、カレンだ。
リーナは舌打ちをして、足元に転がった水筒を掴んだ。
石の上にぐったりと横たわったカレンに膝をつく。
「カレン……おい、飲みなよ。……ほら……大丈夫かい?」
水筒の口を唇にあてると、カレンの喉がかすかに動いた。
白く濁った吐息の奥で、目がゆっくりと開かれる。
「……ん……は……はは……まさか……」
カレンは息を吐きながら、乾いた声で笑った。
「気がついたかい? しっかりしな」
「ふふふ……。まさか……抱き潰されて死にそうになるなんて……思わなかったわね……」
声の端に、僅かな誇らしさのようなものが滲んでいた。
リーナは眉を寄せて、もう一口水を飲ませた。
「……無茶するんじゃないよ……。まったく……」
その背後で、サルマンが膝をついたまま、小さく震えていた。
さっきまでの狂気はどこにもない。
怯えた子供のように、繰り返しカレンに頭を下げていた。
「……すまねえ……カレン……すまねえ……あっしは……すまねえ……」
リーナは冷たい水の余熱が残る手で、カレンの額を撫でた。
荒い息の奥で、女の瞳がまた少しだけ笑っていた。
カレンの吐息が、ようやく浅く落ち着いた。
泉の水面がひたりと揺れたとき、不意に乾いた笑い声がどこからともなく響いた。
「はは……ははは……」
その声は、どこか湿った空気を震わせるように低く響いた。
リーナは思わず息を止めた。
水面の向こうに、月の光を散らしたような影が立っているように見えた。
「いいものを見せてもらった。愉しかったよ」
地母神の声だとすぐにわかった。
背筋の奥に冷たいものが這いあがるのを感じた。
「さて、三人目の話も終わったところだけど、最初の老人は供物をしたが、わたしの解呪を受けなかった。次の姉妹は解呪の前に逃げおおせた。この女は解呪をしたが、その後でまた供物を披露した」
泉の波が細かく砕け、光を拾ってきらめいた。
声だけが、どこまでも鮮明だった。
水面を渡る声が、どこか愉快そうに笑っている。
「……三回分の供物が溜まっているわけだ。面白い連中を連れてきた礼だ。それに免じて、お前の獣化の呪術は解呪してやろう」
リーナは足元から、なにかが這いあがってくるのを感じた。
泉の水面がわずかに光を含んだように見えた。
足首から絡みついたものが、熱を孕んで脚を伝い、腹の奥を溶かしていく。
光が背中を抜けたとき、息がふっと抜けた。
泉のほとりに、もう地母神の影はなかった。
水音だけが残り、波は静かに月を映している。
「……消えた」
カレンはまだ地面に伏し、サルマンは背を丸めて小さく震えていた。
誰も声を出さなかった。
息を飲むような夜気が泉を撫でる。
まるで、いままでのことが、なにもなかったかのように泉の水面は、波ひとつ立てずに月を抱いていた。
水の匂いに混じっていた熱も、荒い吐息も、すべてがもうどこにも残っていない。
さっきまでの声も、濡れた音も、ここにはなかったように思えた。
カレンは、まだ荒い息を繋ぎながらも、ゆっくりと上体を起こした。
サルマンは俯いた背を伸ばし、視線を泉の向こうへと向けている。
リーナは膝を抱えたまま、二人の気配を感じていた。
言葉はなかった。
けれど、誰も立ち去ろうとはしなかった。
「……ねえ、あんた、どうするの? ええっと……リーナさんだっけ……」
ぽつりとカレンが笑った。
濡れた髪が月明かりに光る。
「どうするかねえ。まあ、せめて、帰り道くらいは……一緒でいいかい? ここに来る前に全部の財を処分してしまって、今更、あてもないんだ。ここで、さっきの地母神の呪術で獣にされてしまうんだと諦めてたからね」
リーナは、ゆるく目を伏せた。
すっかりと覚悟をしてここに来たのだ。まさか、赦されてるは思ってなかったので、赦された場合のことは全く考えてなかった。財産もあちこちにばら撒いてしまって、もう残ってない。
「あてがないんだったら、しばらく一緒にいてくれたらありがたいね。役には立たないかもしれないけど、この人は腕っ節だけはあるよ」
カレンだ。
サルマンはなにも言わない。
まあ、この男はカレンの言葉に従うだけだろう。意見を持ち合わせているとも思えない。
「なら、夜が明けたら……そうしようか」
リーナは言った。
その声が夜気に溶ける。
もう誰も異を唱えなかった。
風がひとすじ、泉の水面を撫でて過ぎていく。
なにもなかったように、夜は深く静かだった。
長い語りを終えたあと、サラは喉の奥からひゅうっと熱い息を吐き出した。
肺が焼けつくように熱く、胸の奥で苦鳴が絡んだまま離れない。
膝の奥に刻まれた紋様が、息を吐くたびに熱を噛み、肉の奥を抉るように疼いた。
意識は、かろうじて繋ぎ止めている。
頭の奥で何度も暗い影が滲みかけては、語り奴婢としての義務だけがそれを引き戻す。
語り続けなければ、いまにも息が止まりそうだった。
「なるほど、興味深い話であったな」
玉座の上から、エスクラウディオが喉を鳴らす声が、遠く霞んで聞こえる。
その声に冷たさはなく、むしろ愉悦が滲んでいた。
どこまでも自分を“使い尽くす”ことに、ためらいなどない声音だった。
「ところで……それは、架空の物語なのか?」
返事をしようと唇を開くと、刻印の疼きが腹の奥から背骨を伝って駆け上がる。
喉の奥がひくつき、声を漏らしかけて奥歯を噛んだ。
サラはかすかに目を伏せ、指先をきつく膝に押し当てる。
爪が食い込む痛みすら、淫紋の熱には敵わなかった。
「……神殿の巫女であったころに……。サルマン殿とカレン殿──名前は変えておりますが……その小さな結婚を取り持った神官の話として耳にしたものです……。その神官によれば、リーナに当たる女性も立会人として参加したとか……」
息の切れ間に、無意識に腰が揺れそうになる。
脚の奥を閉じたいのに、肉が疼きを誤魔化すようにわずかに開いた。
エスクラウディオの唇がわずかに歪む。
「ほう……なるほど。では、事実に基づいたものか。不思議な話ではあるのだな」
苦しい。
話すたびに刻印が脈を打ち、熱が内側を蹂躙していく。
息を止めたくても、止めれば意識が遠ざかる。
サラは震える喉を押さえるように、首を横に振った。
喉の奥が裂けるように熱い。
「いいえ……しかし、わたしが……次に語る予定の……女漁師と魔神の物語ほどには……不思議ではありません……」
吐息に混じって、呻くような音がこぼれそうになる。
耐えきれずに噛んだ下唇に、微かな鉄の味が滲む。
「ふむ……魔神に女漁師がどうしたというのだ?」
冷たく低い声が、遠いところから落ちてくる。
熱に揺らぐ視界の奥で、玉座が歪んで見えた。
サラは唇を濡らし、呻きを呑み込むように息を吐く。
膝の奥が震え、下腹が何度もひくついた。
「……漁師は……魔神に一度は命を奪われかけます……。しかし……己の持つ、たったひとつの才覚で……魔神を縛りあげて、封じたと……」
声を絞り出すたびに、膝の奥がじりじりと熱を滴らせる。
疼きは鎖のように全身を締めつけ、言葉だけが息の糸を繋いだ。
エスクラウディオは、愉快げに低く笑った。
「なるほど……続きが楽しみだな」
その笑みを前にしても、サラの胸は荒く上下し、痛むほどに速い鼓動を刻んでいた。
語りが終われば、また疼きが口を開ける。
話さなければ命が繋がらず、語れば肉が裂けるように熱を漏らす。
語り奴婢の声は止まり、かすれた息と、止めようもない疼きだけが残った。
胸の奥で脈打つ熱が、刻まれた紋様を焙るように疼かせている。
──それでも、夜はまだ終わらない。
すると、玉座の上で、エスクラウディオが、くくく、と喉の奥で笑った。
その笑みは冷たく、どこか自嘲めいていた。
「愉快だ……いや、なるほど……私にも、こんな性癖があったとはな」
低く呟く声が、玉座の上から降りてくる。
サラの震える肩を、エスクラウディオの視線が撫でていく。
「お前のような、貞節を誇っていた女が……淫紋に疼かされ、声も堪えきれぬほどに苦しむ。くく……面白い……なんと面白いのだ」
玉座の奥の影が微かに動いた。
「……その紋様は……貞節な女を淫乱な雌に変えるものだ。男の精を啜れば、いっときは楽になる。だが……すぐに水の乾きにも似た飢餓感に呑まれる。お前が女である限り、淫紋が刻まれている限り……その乾きは尽きぬ」
サラはなにも答えられなかった。
唇が小さく震え、吐息が熱にまじって零れ落ちる。
ただ荒くなる呼吸を必死に噛み殺し、視線を伏せることしかできなかった。
「面白い……。ふふ、ああ、面白いとも」
エスクラウディオの喉の奥で、くぐもった笑いが滲む。
台座の上の瞳は、サラの痛ましいほどの息遣いを愉悦に変えていた。
「面白い話を教えてくれた褒美だ。……私の精をやろう」
玉座の上から、低く落ちる声がサラの鼓膜を震わせる。
喉の奥の笑いは、熱を孕んで歪んでいた。
「口で吸え。……手は一切使うな。期限は──四半取刻だ」
言葉の余韻とともに、エスクラウディオは衣をわずかに押し上げて、股間を露出した。
目の前に晒された熱を、サラは一瞬見つめるしかなかった。
その刹那、頭に血がかっと昇った。
理性が溶けていく。
「あああっ」
気づけば、夢中になって男の股間にしゃぶりついていた。
唇が肉を咥えこみ、舌が震える。
喉の奥にまで届く熱に、嫌悪など微塵もなかった。
匂いも、味も、生まれて初めての男への口吻であることすら、何の障壁にもならなかった。
ただ、一匹の雌のように──。
口で吸い、舐め、啜り続けた。
刻まれた疼きが、その行為を促すように背骨を駆けた。
「そんなに美味か。まるで、獣だな」
男の言葉が身体の上を通り過ぎる。
しかし、なにも聞こえない。
なにも認識できない。
やがて、熱い白濁が舌の上に放たれた。
サラは喉を鳴らし、一心不乱にそれを舐め取り、すべて飲み干した。
嚥下のたびに、淫紋の疼きがわずかに和らいでいく。
最後の一滴を吸い切るころ、ふっと我に返った。
喉の奥に微かな残滓を感じながら、荒い息を噛み殺す。
疼きは半分ほどに収まったように思えたが──遅れて、さっきまでの自分の姿が脳裏を刺した。
恥が滲む。
歯の根が鳴り、頬が熱くなる。
「……まるで、お前こそ獣にでもなったかのような取り乱しようだったぞ、サラ」
エスクラウディオが小さく喉を鳴らして笑った。
視線は冷たいのに、そこに自嘲めいた愉悦が混じっている。
「さて……次は、どんな趣向で苦しめてやるかな」
彼が台座の影が立ち上がる。
「……明日の語りも、愉しみにしておくぞ」
サラの荒い息を背に、皇帝は静かに歩み去っていった。
夜の奥に残されたのは、まだ疼きを抱えたままの、雌のような吐息だけだった。