エプロンもシニヨンキャップもそのままに、私はベッドに引き倒された。
「
「抱いて、
小さな身体のか弱い力で、私の手首を掴む。扇状に広がる長い紺色の髪が、深淵から獲物を狙う怪物のように見えた。
「ずっと我慢してきたけど、限界なの」
紺子様は湿った息混じりに言った。
霊から眷属になったその日から、ずっと抑え込んでいた欲が湧き上がる。
冥界の片隅。仕える女神に、メイドの私は誘われていた。初めて交わった際のことがトラウマで、踏み出せないでいたある日のことだった。
「その……あ、霊力補給とか、そういうことですか? でしたら、まだ仕事が残っているので後ほど」
「あのね、結雨。冥界の女神と言っても、あなたと同じで身体機構は殆ど人間なのよ。性欲ぐらいあるわ。わたしの場合、生まれてからずっと眠っていたけど。あなたが目覚めさせたのよ」
慈しむように、私の髪に指を通す。
「責任、取って」
男としても、メイドとしても、抗いがたい誘いだった。
恐る恐る、シルクのような柔肌に手を添える。
さらりとした純白に、薄っすらと赤らんだ頬。簡単に傷がついてしまいそうな細い首筋。白いワンピース越しの、微小な、けれど確かに存在している膨らみ。片手で覆えてしまう、薄い腹。
そこで、手が止まった。
ほぼ同じとはいえ、もう人間ではないのだから、幼い少女の見た目であること気にする必要はこれっぽっちも無いのだが。
最初の夜が焼きついているせいだ。まだ人間だった私が、欲のままに紺子様を穢した夜。紺子様は嬉しそうに語るが、私にとってはトラウマだ。いけないこと、あってはならないこと。まさに“犯す”という言葉が似合う、その暴力的な行為。思い出すだけで、心臓が破裂しそうになる。自分の手綱を喪失する、あの感覚が離れない。
「結雨。大丈夫よ」
竦んでしまった私の手に、紺子様の細く白い手が重なる。
「わたし、あなたに襲われるの好きだもの」
「私が良くないんですよ。抑えられない自分が嫌だし、あなたを壊してしまいそうで怖いんです」
「難儀ねぇ。女神はそう簡単に壊れないわよ」
くすり、と笑った。そして、私の頬に手を触れた。柔らかな熱が伝わる。
「おいで。トラウマは塗り替えれば良いのよ」
「……紺子様」
ゆっくりと顔を近づける。頬にあった手は首筋をなぞり、そのまま首の後ろにまわされた。
唇を重ねる。擦り合わせた舌の感覚が麻痺していく。甘ったるい酔いが回って、神経が融解していく。柔らかい髪を撫でると、紺子様はぼんやりと目を閉じた。長い睫毛が美しい。
油断しきっている隙を突き、私は紺子様の胸に手をやり、外側をやんわり揉む。すると、紺子様は短く嬌声を漏らし、咄嗟に口を離した。胸への愛撫を続けると、私の肩を引き寄せて顔を埋めた。吐き出された息の熱が直に伝わってくる。
「気持ち良いですか?」
「うん……でも、下も触ってほしい……」
「わかりました」
胸から腹の下部に手を滑らせていく。その部分へ近づくに連れて、紺子様の脚が開いていく。
指で縁をなぞれば、粘性の液が絡みついてくる。滑り入った中は熱く、切実に求めてくる。弱い部分を強く撫でれば、きゅう、と喉を鳴らし、私に縋りつく。
「結雨、ゆう……っ」
身体を震わせ、私の指を締めつける。それが数秒間続いた後、糸が切れたかのようにベッドに倒れた。大きく息を吐きながら、時折小さく腰を跳ねさせる様子はひどく官能的だ。
そろそろ、耐えきれそうに無い。進めても良いだろうか。ひとまず帽子とエプロンを置こうとしたところで、私は紺子様に押し倒された。
「次は、わたしの番」
一瞬の静寂。帽子が、ぱさりと床に落ちた。
私が反応する間も無く、紺子様は愉しそうな顔で、スカートの押し上げられた部分を細い指でくるくる触れる。黒い布に白い指が映え、行為が際立つ。焦らしているだけの行為も、限界に近い今では致命的な刺激となる。
「や、やめ……っ」
「神様は試練を与えるものでしょ? 耐えてね」
私はスカートを上げて持っているよう命じられた。自ら露わにした下着を、紺子様に手ずから下ろされている。羞恥で脳が茹りそうだ。
紺子様は、大きく反り立ったそれを、小さな手で擦る。精を吐き出させようと、懸命に弄ぶ。長い舌から垂らされた唾液が、媚薬のように感度を高める。
快楽にぼやけた精神で絶頂を押し返し続けるのは、辛い。自分の手に爪を立て、必死に耐える。けれど声は漏れ、だんだん視界が霞んでいく。
「気持ちいいね。でも、まだ我慢。出しちゃだめ。全部、わたしの中にちょうだい」
ぎらついた目が私を見る。限界寸前の欲を見透かしたのか口元を歪めた瞬間、掌を先端にぐるりと押し付けた。脳の奥に火花が散る。
「紺子、様……そ、こっ」
「だぁめ。ねぇ、結雨」
じっとりとした声に、思考が空になっていく。
「できるでしょう?」
耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐えろ。耐え――
「んふ、よくできました」
ぱっ、と手が離された。口元には愉悦が浮かんでいる。
陽炎に揺れる彼女の目が、あの夜と重なった。呼吸を落ち着かせ、一旦止まって――なんて、できるはずも無かった。気づけば私は紺子様を組み敷いていた。
「わっ。がっつくねぇ」
「……すみません、私」
「いいよ。手、繋いでてあげる」
片手の指を絡ませた。小さいその手が安心させてくれる。
そして、服を脱ぐのも忘れて、ゆっくりと沈み込ませる。溶けてしまいそうな程、温かい。薄い腹に浮き上がる形が一層、欲を煽る。早く精を注ぎたい。穢したい。私だけのものに――思考が霞んでいく、その時だった。
握られた手に力が加わる。ぎゅっと閉じられた目から、小さな雫が伝って落ちた。
「い、痛いですか?」
「んっ……平気。ただ、嬉しくて……またあなたで満たしてもらえる、なんて」
紺子様は涙を溜めて、柔らかく微笑んだ。
それがどうしようもなく愛おしくて、私は紺子様の目元にキスをした。涙はほんのり甘かった。
「私も、嬉しいです。大好きですよ、紺子様。今度こそは優しく愛しますから」
そっと頬に添えた手に、紺子様は頬を擦りつけた。
「……動きますね」
「うん……来て」
繋いだ手を握り返し、ゆっくり、穏やかに、動く。焦れったい快楽に私の方が耐えられなくなり、少しずつ動きが速まる。堪え性の無い自分に呆れてしまう。
抽送を繰り返す度、腹の表面に浮き出た形が動く。私は紺子様と交わっている。その再認により煮え立つ欲を必死に抑える。これは互いの欲を満たし合う行為。絶対に、あの夜を繰り返してはいけない。
紺子様の表情を確認するが、彼女は空いた方の手で顔を隠していた。甘い喘ぎが聞こえてはいるが、どうしても不安になる。
「紺子様、顔、見たいです。隠さないで」
手首を優しく掴み、反対と同じように繋いで押さえつける。
目が合う。その表情は見たことが無いくらいに歪んでいて、熱に浮かされてぐずぐずで――
「……可愛い」
私がこぼすと、紺子様の紅潮が増し、締めつけが強まった。
「やっ……見ない、で」
「嫌です。もっと、見せてください」
細い首筋に舌を這わせると、紺子様の息が跳ねた。涙とは違って、しょっぱい汗の味がした。
「それ、やだ……へんに、なる」
真っ赤になった耳を舐めると、泣き出しそうに嬌声を上げた。
愛しい紺子様。快楽に融けた顔をずっと見ていたい。弱々しくて甘い声を聞いていたい。私にだけ、全てを晒してほしい。
「好きです……紺子様」
「結雨っ……わたしも、好き、だいすき」
どくどくと熱がせり上がってくる。思考が融けて、紺子様に私を刻むことだけに染まっていく。
「紺子様、っ、もう」
「っん、出して、ぜんぶ、欲しい……」
紺子様の脚が私を捕らえる。逃がすまいと、欲望を顕にしてくれている。私は求められている。
その幸せに満たされ、私は吐精した。
――思考が形を取り戻す。息を整え、紺子様の中から抜くと、白濁液がどろりと溢れてきた。注いだ痕に奥底の欲が満たされるが、流れ出てしまうのが惜しい。
「……っあ、う……」
同時に果てた紺子様は、ぐったりと声を漏らしている。彼女が見せているのは、あの時の虚ろな表情とは違う、夢心地でまどろんだ表情。
キスを落とそうとした途端、紺子様と目が合った。そして、のそりと起き上がり、腑抜けた笑顔で私を返り討ちにした。
「……ありがと。それと、最後まで優しくできたじゃない。流石、わたしの結雨ね。偉い、偉い」
紺子様は小さな手で、私の乱れた髪を直すように撫でてくれた。脳が多幸感でとろける。
「いえ、そんな……私の方こそ、今でも好いていてくれてありがとうございます」
「永遠に愛してるわよ。さて、偉い結雨にはご褒美をあげなきゃね」
今度は何をされるのか、と身構えた。だが、紺子様は艶めかしく触れも飛び掛かりもせず、正座をしてぽんぽんと鳴らした。
「ひざまくらー」
私は己の汚れた思考を恥じ、紺子様の細いながらも肉付きの良い腿に頭を置いた。もち、という感触が髪越しに伝わってくる。
目が開けない。今の今までまぐわっていたというのに、というのも尤もだが、それとこれとは違うのだ。きっとそこにあるのは、美しいお顔。明澄な今の脳で直視すれば気絶してしまう。そっと瞼を上げると、案の定、紺子様は穏やかな美しい微笑でわたしを眺めていた。
「ゆっくり眠りなさい。今日明日の仕事は終わらせてあるわ。……あなた、ずっと無理してたでしょう。お仕事でも、性欲面でも」
「紺子様……」
「少しは休まった、かしら」
怠惰な紺子様が、私の仕事を――それだけで感動してしまうのに。私はこの方にどれだけ心を乱されれば済むのか。私はなんてご主人様に拾われたのか。目が熱を帯びていく。
「ありがとうございます。すみません、涙が……ああ、あなたに出会えて良かった。愛しています。永遠に、お側に居させてください」
紺子様は、あどけなく目を細めた。そして、喜びが詰まった声で言う。
「ええ。もちろん」
繋いだ手は、ぽかぽかの幸せを分け合っている。
――私達は、生きている誰にも、死んでいる誰にも負けないくらいに幸せだ。
全宇宙に叫んでやりたい気持ちになった。
前日譚が存在します。いつかどこかで出せたらいいなー。