鏡を見て簡単に化粧をする。
アイライナーは薄く、広く伸ばす。そのぶん時間がかからない。
私は眼力があるからアイライナーはあまり使わなくてもいいと言ったのは、高校生のときの友人だった。
深い
たぶん私は美人なのだろう。自分ではよく分からない。そう言ってくれた高校時代の友人のことも、よく覚えていない。そう… たぶん友人だった。
髪型は耳が出るくらいのショートカットにしている。
身長があって、スラッとした体型、いわゆる骨格ウェーブだから、シャツとハイウエストパンツの服装をしている。
支度を済ませて出勤する。
電車通勤のあいだは新書を読んで過ごす。
勤務先は広告代理店だ。この日は午前に企画会議が予定されていた。
暗記していた企画案を口頭で発表する。
「現在の顧客層からは外れますが、新規顧客開拓という意味でクライアントにもより大きな価値が見込めるかと…」
最終的に私の企画案が採用され、担当案件になる。
「ありがとうございます。クライアントに御満足いただけるよう励みます」
自分のデスクに着き、あらためて企画書を作成する。出社中は意識が散漫だ。それでも、勘が良いらしくて人事評価は高い。
趣味の友人たちには、業務内容より、創作を仕事にしていることを羨ましがられている。けど、仕事は仕事だった。
私は趣味で少年マンガや男児向けアニメ、ソーシャルゲームの二次創作をしている。二次創作でも小説だ。ハンドルネームは綾城だ。
以前はジャンルを移るときにアカウントを変えていたけど、作風で個人を特定されるようになって、綾城のハンドルネームで固定した。
小説の二次創作者、いわゆる文字書きとしては人気があるんだろう。Pixivでの投稿はブックマーク数が5桁だし、イベントでの出展は数千部が完売する。
ただ、私は読者の反応より、原作のイメージを文章として形にすることに喜びを感じた。
けど、同人活動を通じて得た友人は大事だ。
今週末は趣味の友人と会う約束がある。そのことを考えると、呼吸が深くなった。
今度が初対面になる。
二郎丸さん…
『ちいかわ』のアイコン化した「郎」のラーメンをプロフィール画像にしている。
はじめて二郎丸さんの存在を知ったのは、ソーシャルゲーム『KTG』の二次創作を介してだ。Pixivに投稿した二十万字の小説に二郎丸さんがコメントした。
〈文章力が高くて一気読みした。でも終盤のすれ違いからの鬱展開は唐突すぎ。まあBLならこんなものかな。〉
私は個人としてファンが多く、その一部は狂信的な、いわゆる信者になっている。Pixivのコメント欄は称賛で埋まる。二郎丸さんのコメントは大量の返信が付いていた。そのすべてが誹謗中傷だった。
〈荒らし確定。迷惑行為で通報した〉〈自分の読解力のなさを作者のせいにするやつ何?〉〈そもそも男が腐向けを読みに来るなよ。エロ絵でシコってろ〉等々…
二郎丸さんはBL界隈にいわば越境したらしい。ローカルルールを知らずに、気軽にコメントしたんだろう。
けど、私は二郎丸さんのコメントを見て愕然とした。それは、まさに私が危惧していた指摘だった。
葛藤はあったけど、作品を完成させることを優先して、あえて懸念を無視した。
馴合いで批判が自粛されるなかで、二郎丸さんのコメントは直言だった。
二郎丸さんのコメントを見た日、私は徹夜で二十万字の小説を書きなおした。
そして、二郎丸さんにダイレクトメールで誹謗中傷への謝罪を送った。
〈二郎丸様。綾城です。私の小説のために不快な思いをさせてしまい、お詫びの申しようもございません。二郎丸様の御批判は尤もです。読者が増長し、反対意見、批判意見に人格攻撃をもって応じるようになったこと。これはすべて私の不徳の致すところです。末筆ながら、二郎丸様の御批判を受け、拙稿を推敲しました。お目汚しいただければ幸いです。〉
徹夜明けだったこともあり、ダイレクトメールを送ったあとは、緊張で動悸が止まらなかった。それほど緊張したことは、大作の小説を投稿したあとでも絶えてなかった。
その日の夜、二郎丸さんから返信があったときには、安堵で崩れそうになった。
〈二十万字もあったのに、こんなすぐ改稿したの? すごいね(笑) 炎上は気にしなくていいよ。女の子たちに袋叩きされるのなんか、むしろ嬉しいし(笑) 僕ってMなのかな(笑) なんちて(笑)〉
返信を読んで、思わず笑いが洩れた。
謂れのない誹謗中傷をされながら鷹揚でいる。しかも、ユーモアのセンスがある。きっと二郎丸さんは知的で篤実なひとなんだろう。お世辞だろうけど、そんなひとから賛辞を貰ったことに、笑いながらも目に涙が滲んだ。
それからは、新作を投稿するたびに二郎丸さんの反応に一喜一憂するようになった。
ダイレクトメールで遣りとりしたからか、Pixivで二郎丸さんは私をフォローした。新作が二郎丸さんにブックマークされれば有頂天になり、ブックマークした数千、数万のアカウントのなかに二郎丸さんのものがなければ、祈るような気持ちで待ちつづける。
作風は変えられない。
二〇〇五年、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品が「発見」された。イエス・キリストの肖像画『サルバトール・ムンディ』だ。
この肖像画は史上最高額の四億五千万ドルで落札された。
けど、後に当初の鑑定は誤りだったと断定された。
鑑定士曰く、「修復された箇所はレオナルドよりレオナルドらしい」
修復士のダイアン・モデスティーニは言った。「私は巨匠ではない」
私はいわゆる努力型の二次創作者ではない。
自分が思う、原作の本来のありようでなければ二次創作できない。
それでも、二郎丸さんに認められる二次創作の小説を書きたいと思った。二郎丸さんに認められれば、それが本物ということだ。
リンクを辿ってツイッターのアカウントも見つけた。ツイートを見ると、プロフィール画像のとおり、ラーメンを常食しているらしい。
フォロワー数は数十人ほど。二郎丸さんほどの才能が知られていないことに歯痒さを感じた。けど、それはチャンスでもあった。フォローすると、すぐにフォローバックされた。
私のフォロワー数は数十万人、フォロー数は数十人ほどだ。そのせいで、二郎丸さんをフォローすると「変なアカウントを誤フォローしてますよ」といったリプライが付いたけど無視した。
ただ、二郎丸さんに気を使わせたくなかったから、対話は非公開のダイレクトメールでした。
半年ほどして、対話の機会を掴まえて、二郎丸さんにオフ会を申しこんだ。
〈二郎丸さんも関東住みなんですよね。よければ、オフ会しませんか〉
〈え〜と(苦笑) 綾城さん… 女性ですよね? 僕は三十代のオッサンですよ? 誤解させたならすみません(苦笑)〉
私は息を深く吸いこんだ。
高校、大学時代、なぜ恋人をつくらないのかよく訊かれた。
返答はそのときどきで相手によって変えたけど、尋ねられる理由はいつも同じだった。「だって、美人なのに」「もしかして、レズ? それなら分かる。カッコいいし」
年齢や性別、外見によって、交際相手を決められる義務があるみたいだった。
そんな不条理を言ってほしくなかった。とくに二郎丸さんには。
〈私は二十代女性です。自撮りを添付します。何か不都合があれば教えてください〉
〈会います〉
即座に返信が来た。簡潔な文面は、私が挑戦的になったからだろう。罪悪感をおぼえた。けど、おかげで二郎丸さんとじかに会うことができた。
日曜日の昼、都心の駅前で、私は二郎丸さんを待っていた。
服装はサンローランのジャケットとパンツだ。
私はファッションにそれほどお金をかけない。
この上下はイベントに出展したとき、ファンらしい女の子に渡されたものだ。上擦った声で「これ、綾城さんに似合うと思うので着てみてください!」と叫ぶと、紙袋を押しつけて、走って逃げてしまった。
帰ってから調べると、トップスだけで五十万円を超えていた。返品はできないにせよ、せめて弁済したかったけど機会がなかった。
けど、二郎丸さんと会うために役立った。目測のはずだけど、サイズは私にぴったりだった。
「ブッ、ブヒィ! 綾城さんデプか? 本当に美人デプね。ボク、二郎丸デプ! ブヒヒ!」
そこに立っていたのは三十代ほどの男性だった。
背は私より頭一つ低い。けど、横幅は倍あって、体重は百キロ近いだろう。
太りすぎで首がない。分銅のような体型だ。
顔も丸々と肉が付いている。
服装は丸首のシャツとチノパンだった。肥満体で布が張っている。シンプルだが、ファストファッションですらなく、長江デルタあたりで縫製された安物らしい。意味のないロゴがプリントされていた。
私は羞じた。
二郎丸さんは私が気を使わないよう、あえて砕けた服装をしてきてくれたのに、私はハイブランドの服を着てきてしまった。この場で服を脱ぎたいほどだった。
「ブヒッ。綾城さんが美人デプから、ボク、
二郎丸さんはしきりに私を美人と褒めた。
私の職場は都心にあり、事業内容もあり、同僚も文化的なひとが多い。そのため、公然と他人の外見を評するひとはいなかった。
けど、無言の間で、彼らが私を美人だと思っていることは伝わった。そうした偽善を排するあたり、二郎丸さんは頭が良いひとなんだろう。
「どこかで食事をしながら話しましょうか」
「ブヒッ。ならファミレスのドリンクバーとかにするデプか?」
「もう少し落ちつけるところのほうが…」
私が言うと、二郎丸さんは満面に汗をかいた。
「ぼッ、ボクは奢らないデプよ! いッ、言っておくけどボクは年収百万円の派遣社員デプからね! お金なんてないデプゥ! カモになんかならないデプゥ!」
初対面で所得のような立ちいったことを話されて驚く。けど、二郎丸さんは手元不如意なことを伝えたかったんだろう。そのためには経済的な事情を話すのが早い。やっぱり、二郎丸さんは頭が良いひとみたいだ。
「御心配なく。今日は私が出しますから」
「わッ、割勘でいいデプ! ぼッ、ボクも女に奢られるほど落ちぶれてないデプゥ!」
「はい。ですから今日は貸しということで。そうすればまた会う口実もできますし」
二郎丸さんは相好を崩した。
「かッ、貸しデプか。それはいいデプね。ブヒヒ!」
自分でも考えていたはずなのに、相手の提案に乗ったように振舞い、立場を尊重する。二郎丸さんの洗練された所作に惚れぼれとする。頭が良いだけでなく、品もあるらしい。
幸い、知っている中華料理店の個室を直前で予約できた。
「ブヒィ! このホタテの炒め物に、クルマエビのエビチリに、フカヒレスープも頼むデプゥ! そッ、それから北京ダックも頼んでみるデプゥ!」
貸しという建前を気にしていないことを示すためだろう。二郎丸さんは多すぎるほど注文した。こうした気遣いに、二郎丸さんの聡明さをあらためて感じた。
食事中、二郎丸さんは北京ダックの食べかたが分からないというユーモアも披露した。
私が北京ダックを巻いて手ずから食べさせると、「ブヒヒヒ!」と豪快な笑いをあげた。けど、私はそれどころではなく、天に昇るような気分だった。
「ぼッ、ボクはねェ、おっぱいが大きければいいわけじゃないんデプ! 大陸産のソシャゲはおっぱいおっぱい… ボクは質も重視してるんデプ! 硬派なオタクなんデプ!」
「そうですね。最近のソシャゲはシナリオの質が良いとよく言われます。でも、スコアとしての評価なら定量的で、質が良いと言うのは撞着語法です。とくに創作者は、記号的なキャラクターがどこから実在的になるのか、その境界を探っているわけですから」
「そう! ボクはそういうことが言いたかったんデプゥ!」
二郎丸さんは胸をそびやかした。
とても頭の良いひとだ。一をもって十を語る。私はその博識と深い洞察に着いていくだけで精一杯だった。
「でも『NIKKE』はシナリオも良いデプけどね。おっぱいも大きいデプけど。ブヒヒ!」
「『NIKKE』ですね。帰ったら早速プレイしてみます」
システム手帳にメモする。
二郎丸さんと話しているあいだ、会話を寸断するようにメモを取らざるを得なかった。無知な私を二郎丸さんは鷹揚に許してくれた。
「二次創作もねェ、リアリティとか現実感とか、そういうのは良くないデプ! 裏設定を読むとか中坊がやることデプ!」
「『サルバトール・ムンディ』ですね」
私は応じた。
「ブヒ?」
二郎丸さんが口を半開きにする。
羞恥心にかられる。
創作の純粋さのために関係のない話題を挙げるなんて、不純にもほどがある。知らないふりをするという単純な方法で、二郎丸さんは私の無知と高慢を指摘したのだ。どれだけ頭が良く、優れたひとなんだろう。
解散するというときになって、二郎丸さんは言った。
「オッサンで女子とオフ会とか夢みたいだったデプ! しかもこんな美人と… ブヒヒ!」
男女などというつまらないことを言ってほしくなかった。とくに、二郎丸さんみたいな優れたひとには。
私はその日はじめて強い声を出した。
「男とか女とか関係ありません」
「ブッ、ブヒィ! 怒らないでデプゥ!」
二郎丸さんは両手で自分をかばった。
「今すぐセックスすれば、その証明になりますか?」
私の男性経験は大学生のとき、三ヶ月ほど交際した一度きりだ。
人生経験のために恋愛することも必要だと考えた。人生経験のために恋愛するということが異常であると分からないほど、そのときの私は無知で愚かだった。
「場所は近いところのラブホテルでいいでしょう。性行為は一年以上していませんから、感染症は心配しないでください。あとでアフターピルを飲みますから、後のことは私に任せてください」
「ブッ、ブヒッ! たッ、たまらんデプ! 美人局でもいいデプゥ!」
二郎丸さんはユーモアによって洗練された返答をした。
「ふうッ!♥ ふッ!♥ ふッ!♥ ふッ!♥」
「ブフォッ! 足長ッ! 腰高ッ! すごいスタイルでぷゥ! しッ、しかも身長が高くて中が深いのに締まって最高デプゥ!」
ラブホテルで二郎丸さんは私に乗ると、ほとんど私を気にかけることなく腰を振った。あえて私を物扱いして、気遣わずにいられるようにしてくれたんだろう。本当に優れたひとだ。
「ブヒィ… 出したデプ。素人童貞でこんな美人に生中出しなんて信じられないデプゥ!」
言葉でもそう表してくれる。
一緒にいながら、そのとき私は二郎丸さんと次に会うときのことをもう考えていた。
次に私と二郎丸さんは喫茶店で会った。
二郎丸さんは会ったときから周囲を気にしていた。
小声で私に尋ねる。
「ブッ、ブヒッ。それで、今日もホテルに行くデプか…?」
私が男女の固定観念に囚われていないか、二郎丸さんは試していたのだ。
気づかなかったことを羞じる。
「言いだすのが遅れてしまってすみません。すぐホテルに行きましょう」
「ブヒッ! ブヒヒッ!」
「ふッ!♥ ふッ!♥ ふッ!♥ ふうッ!♥」
「ブヒィー…」
二郎丸さんは私の膣に三回ほど射精して、セックスを終えた。
「綾城さん、『アズレン』のフッテンのコスプレとか似合いそうデプねェ。綾城さんとコスプレセックスできたらいいデプな、なんちて! ブヒヒ!」
私はベッドの上で居住まいを正した。
「分かりました。次回までにゲームをやりこんで、シナリオを精読します。衣装も買っておきます」
「ブフォッ! コスプレセックス楽しみデプ! ブヒヒ!」
二郎丸さんは私を創作者として鍛えてくれた。
私と二郎丸さんがオフ会することも日常になった。
ラブホテルでスマホを出す。
「足を運んでもらっているぶん、お車代として二万円ほどお送りしますので… いつものとおりお願いします」
電子決済のアプリを起動するように頼むと、二郎丸さんは上目で見た。
「ブッ、ブヒッ。それデプけどね。ボクも忙しいデプからね。タクシー代を貰うだけじゃ割に合わないデプゥ。交通費だけじゃなくて、もッ、もっと何かほしいデプねェ…」
私はスマホをしまった。
「そうですか。では、会うのをやめましょう」
二郎丸さんの好意に甘えていたらしい。配慮が足りなかった。
「ブヒッ!」
声をあげると、二郎丸さんは私の足下に這いつくばった。
「うッ、嘘デプゥ! 綾城さんと会うのをやめたくないデプゥ! こんなイケメン美女とセックスするなんて、ぼッ、ボクの人生ではありえないデプ! 天国にいるみたいだったデプゥ! いまさら捨てられたら死んじゃうデプゥ!」
創作者が二郎丸さんのような才能の持主と絶縁するなんて、ありえない。けど、意思を尊重されていると分かり、その重責に体が震えた。
「二郎丸さん、私の家で同居しませんか。私の賃貸は1LDKで部屋数がありますので。たしか、二郎丸さんのお住まいは1Kですよね。住民票もこちらに移してください。引越しの都合がありますから、お仕事もお辞めいただいたほうがいいかもしれません。家賃はもちろん、その他の生活費も私が出しますから」
派遣先の倉庫や配送所で上司や同僚と衝突し、よく配置替えになっているという話を聞いたことがある。二郎丸さんのように強い信念をもっているひとは正義を
「綾城さんがどうしてもって言うなら、一緒に住んであげないこともないデプゥ! ブヒッ、ブヒヒッ!」
二郎丸さんのように優れた才能を独占していいのか。そのことに不安をおぼえた。
* * *
「ブヒッ! このガンプラ、即完売するらしいデプ! もっと在庫を置くデプ! 無能すぎデプゥ!」
「それなら、フレックスタイムを使って出社前に並んで買っておきましょうか」
「悪いデプね。綾城さん」
「いえ。ついでですから」
二郎丸さんも私の家に馴染んだ。
無職だけど、すべきことは多い。数あるソシャゲの周回、アニメの消化、SNSの監視。私が全力でサポートしなくてはいけない。
当然、無収入だ。けど、賃金は労働時間との需給で決まる。それを考えれば、自分の貴重な時間を費やしている二郎丸さんは、高い価値を創造していると言えた。
私は二郎丸さんと恋愛関係にあるわけじゃない。
同棲したからといって、カルバンクラインの下着で過ごすような生活は変わらない。
けど、基本的な欲求として性欲がある。家主として、私には二郎丸さんの性欲を解消する責任があった。
二郎丸さんは自分で動くことを好まない。思索家なのだ。だから、毎晩私はフェラチオで二郎丸さんを抜いてあげた。
とくにアニメを見たり、ソシャゲの周回をしながら私にフェラチオさせるのが好きらしく、そのあいだ二郎丸さんは機嫌が良さそうにしている。
「ブヒッ! イケメン美人がマヌケ面してフェラチオしてるの最高デプ!」
スイッチの機体ごしに見下ろして、そう褒めてくれることもある。
私は性欲が薄いほうだ。少なくとも、二郎丸さんと同居するまではそう自覚していた。けど、蹲踞してフェラチオしていると、自分で慰めたくなった。二郎丸さんに気遣わせないように、浴室で隠れて自慰することもあった。
二郎丸さんがセックスしたいときはすぐ分かる。アニメで際どいシーンを見たときや、女性声優の画像で露出の多いものを見つけたときだ。
そういうときも、けっして二郎丸さんからは言いださせない。ただでさえ経済的に私に負担されているという負目をおわせているのだ。これ以上、負目を加えることはできない。
量販店で買ったネコミミとネコ尻尾のコスプレグッズを身につけ、シースルーのセクシーランジェリーをまとう。
二郎丸さんの負目を減らせるよう、なるべく下手に出る。
蹲踞して両手を頭に置き、無防備な姿勢をとる。それで腰をカクカクと前後に振る。
「はしたないとは思うのですが… どうかおチンポを恵んでもらえないでしょうか?♥」
「ブヒィ! クール美人のチン媚び腰ヘコおねだり、たまらんデプゥ!」
喜んでもらえると心が温かくなる。
性行為で二郎丸さんを従属させることはしたくない。それは性的搾取だ。
二郎丸さんには生活費としてクレカを渡している。主に昼食のためだ。
けど、現金で十万円を渡した。
事情を説明する。
「だから、そのお金でセックスワーカーを利用してください。私はセックスワーカーにもそのお客にも偏見はありませんから。二郎丸さんをセックスで縛ることはしたくないんです。お金が足りなくなったら、また言ってください」
二郎丸さんは札束を広げた。
「ブヒッ、ブヒヒッ。本当に綾城さんは便利、いや、気が利くデプねェ。でもしばらくはいいデプかね。綾城さんみたいな腰高足長美女とヤったら普通の女じゃ物足りないデプし、家で生中出しできるのに、本番なしじゃ逆にストレス溜まるデプよ! それに、いくら高級でも経験の多い女のひとは怖いデプゥ!」
「分かりました。そのお金は取っておいて、私の言葉は忘れないでください。性的要求で私に応えられることがあれば、なんでも応じますから」
「自宅にソープとデリヘルを完備してるのが一番デプからね。ブヒヒッ!」
二郎丸さんの平俗な冗談に、私はクスリと笑いを洩らした。
* * *
この日は趣味の友人のイカポリスさん、マンボウ定食NEOさんとオフ会をした。
場所はイカポリスさんの勧めでフランス料理店だ。
ワインは頼まなかったけど、会話は熱が入った。マンボウ定食NEOことマン定さんが訥々と言う。
「アニメ28話の構成は大いに疑問です。あれだとAくんがすべてを知っていたかのようです。ですが、原作17巻113話を読めば分かるとおり、Aくんははじめから何も知らず局外中立なんです。脚本家を疑います。そもそも、××先生が担当の脚本はすべて不満があるのですが…」
「××先生も特撮のひとだしね〜。でも、アニメ化のための話の山場を考えれば仕方ないんじゃない? べつに内容が変わったわけじゃないしさ〜」
イカポリスさんがそう言うと、マン定さんは表情を暗くした。
「やはり、私が過剰に意味付けしているだけなのでしょうか。妄想を昂じさせ、あげく《公式が解釈違い》などと
「アポフェニア、星図に星座を見出すのはひとの
イカポリスさんはからからと笑った。
マン定さんは小説の二次創作者、いわゆる字書きだ。本人の性格のとおり、作風も技巧的だ。一般では普通だけど、字書きのあいだでは高い人気がある。
イカポリスさんはマンガが主だ。けど読書家で文章も面白く、立ち位置は字書きに近い。装丁のイラストを依頼されることも多い。
マン定さんは黒髪を背中まで伸ばし、前髪を額の真中で左右に分けている。眉が鋭く、切長の目が冷ややかだ。ワイシャツとスラックスという硬い服装をしている。仕事は企業内の会計だと聞いたことがある。
イカポリスさんは髪型を段差をつけ、後髪だけ伸ばすウルフカットにしている。垂目で瞳は黒眼がちだ。睫毛が密で長く蠱惑的だ。ノースリーブのニットとワイドパンツを着ている。仕事はシステムエンジニアらしい。
天は二物を与えないというのは偽善だ。偏った性格を
友人を外見で評価するなんて
イカポリスさんが私に水を向けた。
「最近の綾城さんの作品、すごいよね〜。鬼気迫るっていうか。もう一次創作をしたほうがいいんじゃない? 綾城さんならきっと人気作家になれるし〜」
「一次創作… ですか」
そう言われても漠然とした想像しか浮かばない。
「正直、考えられませんね。オリジナルだと何を書いたらいいか分かりませんし。私は原作を読んで思ったものを形にしているだけなので」
イカポリスさんが声をあげる。
「え〜? そんなの嘘だよ。だいたい、大概の創作は二次創作から始まるんだからさ〜」
私は言葉に詰まった。けど、マン定さんが助けてくれた。
「綾城さんの言うこと、私は分かります。私も二次創作をするのは自分の解釈を布教するためだと思っています」
「それじゃ宣教師だって」
イカポリスさんは椅子にのけ反った。
「でも〜、なら最近、綾城さんが筆が乗ってるのはなんで〜?」
「それは… 二郎丸さんのおかげかもしれませんね」
口元がはにかむのを自分でも感じる。
イカポリスさんはよく分からないみたいだった。マン定さんが得心したように言う。
「ああ。綾城さんがフォローしているツイッターのアカウントですか。創作系のかたなんですか?」
「とくにそういうわけでは。けど、私の作品に批評をくれるんです。それに応じているうちに、気合が入ったのかもしれません」
天井を仰ぐように椅子にもたれたまま、イカポリスさんはスマホを操作した。画面を見ながら言う。「う〜ん。たしかに綾城さんの投稿にコメントを付けてるけど、普通の感想じゃない?」
イカポリスさんほど優れた二次創作者も二郎丸さんの才能に気づかないことを、私は残念に感じた。
「普通だからです。特別な感想を言おうとすれば、細部に着目して全体を見失うことになります。普通であることが二郎丸さんの才能なんです」
「なるほど。一般論ではありますが、理に
「ありがとうございます。マン定さん」
イカポリスさんが椅子から起きあがり、浅く座りなおす。
「たしかに。綾城さんが言うなら」
「ありがとうございます。イカポリスさん」
二郎丸さんの才能が認められて、心が温かくなった。
いったん解散したあと、私はあらためてマン定さんに連絡した。
〈内密な相談があるのですが、お時間をいただけるでしょうか〉
〈イカポリスさんには秘密ということですね。かまいません〉
駅前のファストフード店に入る。深夜で客入りはなく、会話を聞かれる心配もない。
マン定さんと対座する。
「相談というのは… 私、ある男性と同棲しているんです。肉体関係はありますが、恋愛関係ではありません」
「なるほど」
マン定さんは真剣な表情でいた。私と二郎丸さんの関係を批判したりすることもない。
「それで、その男性は女性に苦手意識をもっているんです。どうにか女性恐怖症を克服させてあげたくて… セックスワーカーでない女性とセックスさせてあげたいんです。異常と思われるのは承知でお願いするのですが… どうかその男性とセックスしてもらえないでしょうか」
マン定さんは黙った。透徹した目が私を見据えている。間をおいて話しはじめる。
「まず、そのお願いを異常とは思いません。たしかに世間的には非常識でしょう。ですが、綾城さんが私にだけお話ししてくれたことから、綾城さんがそのお願いが非常識だと思われることを理解していること。でも私は理解するはずだと信頼してくれていることが分かりました。そのことを嬉しく思います」
そう言いつつ、表情は真顔のままだ。けど、マン定さんの真摯な思いが伝わって、心が温かくなった。
「その上で申しあげますが、私がお力になれるかは分かりません。結婚を前提としない男女交際は無意味だと考えているので、私は男性とお付合いしたことがありません。より正確に言えば、短期間の交際をしたことはありますが、セックスしたことはありません。ですから、綾城さんのお願いに応えられるか分かりません。ですが、これは断るための口実ではありません。ただ事実をお伝えしたほうがいいと思いました」
「つまり… お願いを聞いてもらえるんですか?」
マン定さんは真顔で応えた。
「はい。綾城さんが問題ないとお考えなら、お引受けしましょう」
* * *
「おおッ!♥ おッ!♥ おッ!♥ おッ!♥」
「ブヒィ! この
「おッ!♥ おッ!♥ おッ!♥ おおッ!♥」
マン定さんは普段の冷静な表情からは想像できない、白眼を剥いた顔をしている。
二郎丸さんとの会合は私の家でした。
全裸で二郎丸さんの前に立ったときはさすがに緊張していた。
「私も処女ですので… 不束者ですが、何卒よろしくお願いします」
「ブヒィ! さすが綾城さんの友達! 美人は美人を友達にするデプね! ブヒヒヒ!」
二郎丸さんはベッドに大股開きで座って、両手を叩いていた。年上の余裕を感じさせて、包みこまれるような安心をおぼえた。
マン定さんは困惑したように目配せした。どうセックスするか分からなかったんだろう。
けど、二郎丸さんがすべてリードしてくれた。
マン定さんをベッドに押し倒すと、すぐに馬乗りになって後ろから挿入した。そんなはずはないけど、興奮したみたいに激しく腰を振っていた。マン定さんの頭をシーツに押さえつけて、体が動かないように安定させてくれた。
年齢でひとを差別することなんてあってはならないし、そもそも二十代半ばのマン定さんは高齢とは言えない。
けど、二郎丸さんは俗語を使って、あえてマン定さんを物のように扱い、セックスの心理的負担をとり除いてくれた。本当に聡明なひとだ。
「ブッ、ブヒィ…!」
二郎丸さんはマン定さんの上で腰をブルッと震わせた。膣内で射精したらしい。
マン定さんは脱力して、白眼を剥いていた。
「私が支援するというお話だったのに、すっかりお任せしてしまいました。申しわけありません」
身支度を整えると、マン定さんは二郎丸さんに謝罪した。
問題がないと分かった以上、もう隠しておくのは不誠実だろう。
私は二郎丸さんのことを話した。
マン定さんは話を聞いているあいだ、一度だけ目を大きくした。けど、そのあとは得心したみたいだった。
「なるほど… それなら納得です。綾城さんが男性と同居されたと聞いて、どういう御縁か疑問だったのですが、二郎丸さんだったのですね」
マン定さんは二郎丸さんに自作の感想を求めた。
「ブヒィ。ここの文章、硬いデプねェ。ここも読みにくいデプ」
「はい… はい。私もそう思います」
二郎丸さんの指摘に、マン定さんはいちいち応えた。
その声が媚びを帯びている気がして、すこし嫌悪をおぼえた。冷静なマン定さんの二面性を見たからだけではない。二郎丸さんへの敬意と恋愛感情を混同している気がしたからだ。
けど、二郎丸さんほど男性として魅力があれば仕方ない。
マン定さんは私たちに言った。
「今後も二郎丸さんにアドバイスしてもらいたいのですが、こちらに伺ってもかまわないでしょうか」
私がなにか言う前に、マン定さんは制した。
「もちろん、二郎丸さんの恋人になるつもりも、なりたいという気持ちもありません。二郎丸さんの才能を共有するのに、人間関係の問題を起こしたくないからです。ですが、口頭で断ったところで信憑性はありませんし、正直、自分でも自信はありません。ですから、こちらに伺うのは、二郎丸さんが呼んだときだけというのはいかがでしょう」
「そうですね。どこまでが正当な疑問なのか、どこからが嫉妬による疑いなのか、私も自分で区別できる自信はありません。でも、二郎丸さんの判断なら信頼できます」
私は二郎丸さんを見た。
「ブヒッ! つまり、ボクはいつでもマンボウ定食ちゃんを呼びだせるデプ?」
「はい。私はほぼ定時で出退勤するので、そのつもりでいていただければ」
二郎丸さんは私とマン定さんを交互に指差した。
「オナホ一号、オナホ二号デプね! ブヒヒヒ!」
大声で笑う。平俗すぎるほどの冗談だ。二郎丸さんは頭が良いだけでなくユーモアのセンスもあった。
ある日は私の家で、マン定さんが牛柄ビキニを着て、ウシ耳のカチューシャと首輪、ウシ尻尾というコスプレをして正座した。口では乗馬鞭を横向きに咥えている。
マン定さんは興奮しているみたいで、口が閉じきらないからだけでなく、涎を
衣装と小道具は二郎丸さんの指示でマン定さんが買ったものだ。
「ブヒッ! 四つん這いになるデプゥ!」
二郎丸さんがマン定さんに命じる。
床に両手両足を着いたマン定さんに、二郎丸さんが後ろから、いわゆる後背位で挿入する。
「鞭を落としちゃだめデプよ。ブヒヒ!」
二郎丸さんはマン定さんの腰を激しく突いた。
「モ〜ッ!♥ モ〜ッ!♥」
食いしばった歯の隙間から、マン定さんはウシの鳴き声を洩らした。
二郎丸さんはマン定さんの長い黒髪を引いた。
「ブヒヒ! 綾城さんも良いデプけど、マンボウ定食ちゃんみたいな清楚系の
ソファでアニメ雑誌を読みながら、二郎丸さんたちの様子を上目で
「ブヒィ。出たデプゥ。綾城さん、キレイにしてほしいデプゥ!」
呼ばれ、ソファから腰を上げる。
二郎丸さんが陰茎を抜くと、膣口から濃い精液が溢れた。
私は二郎丸さんの陰茎を口に含んで、口内で舐めまわした。尿道に残った精液も吸いとる。
「ブヒィ! 女に生中出しした後始末を他の女にさせるの最高デプゥ!」
二郎丸さんは上目で、白痴みたいな笑みを浮かべている。
マン定さんとセックスすることには嫉妬を感じる。その負の感情を否定することはできない。けど、こうして二郎丸さんの笑顔を見る幸福だけで、その負債は償還された。
この日、マン定さんとイカポリスさんとスペインバルの店でオフ会をした。
マン定さんとは直近でも会っているけど、共通の話題があるから、つい話してしまう。
「私も自分の創作が理に頼るきらいのあることは自覚していましたが、二郎丸さんのおかげで表現の幅が広がりました。新しい体験をさせてもらえて…」
「二郎丸さんは知見が広くて、しかも熱意がありますから。このあいだもマクドナルドの『プリキュア』コラボで、十三歳以下の子供にしかグッズは渡せないという店員に食ってかかって、ときめいてしまいました。このひとは本当に作品を愛しているんだ、と感じて」
私とマン定さんの熱談を、イカポリスさんは冷たい目で見ていた。黒のノースリーブのニットに、カルティエのネックレスを着けている。
「綾城さん、もしかして、その二郎丸さんと付きあってる?」
硬い声でイカポリスさんは言った。いつもの柔和な様子とは違う。
私は椅子に座りなおした。
「はい。半年ほど前から私の家で同棲しています」
私の家にはマン定さんもイカポリスさんも遊びに来たことがあった。
イカポリスさんは間をおいた。
「私も結婚せずにオタクだけでルームシェアしよう、って夢見るほどバカじゃないよ」
どうしてその夢がバカなのか分からなかったけど、黙って聞いた。
「でも、私も同人歴長いし。グループの一人に彼氏ができて、そいつが彼氏の話しかしなくなって、いつのまにか空中分解、って経験も何度かしてる」
マン定さんが反論する。「ですが、それはひとによるんじゃないですか?」
イカポリスさんは首を振った。
「そりゃ、はじめは私も生活を忘れたくて同人をやってるのに、どうして生活の話をするんだ、って思ったよ。でも違うんだね。生活と別の場所に同人があるんじゃなくて、同人も生活の上にある。だから簡単に負けちゃう」
イカポリスさんは苦笑した。
「だから、綾城さんの生活のことを教えて。これからも綾城さんと同人をやっていきたいから」
イカポリスさんが真剣で、私を大事に思っていることが分かって、胸の芯が痺れた。
私はあえて笑った。
「分かりました。二郎丸さんとのことをお話しします」
「うん。聞かせて、聞かせて」
イカポリスさんは冗談めかして言った。惚気話を聞くみたいだ。マン定さんも安心していた。
「まず、二郎丸さんと私は恋愛関係ではありません」
「ごめん! もしかして、失礼なこと言っちゃってた?」
イカポリスさんは両手を合わせた。
「気にしないでください。それから、二郎丸さんは私より十歳ほど年長です」
「うん…?」イカポリスさんは首を傾げた。「お仕事は?」
「仕事はしていません。生活費は私が出しています」
「クリエイター…?」
「いえ。とくに創作活動もしていませんね。もっぱらソシャゲをするか、アニメを見ています」
イカポリスさんは考えこんだ。
「つまり、ヒモ…?」
「世間的にはそう言えるかもしれません。資本主義社会ですから。それが間違ってるとは思いません。もしそうなら、社会は回ってないでしょうから。でも、最後に価値を判断する権利は自分で持っていたいです」
「なるほど…?」
イカポリスさんは曖昧にうなずいた。
数日して、私は半休をとった。昼間、二郎丸さんが不自由していないか、たまに確認しておきたかった。
玄関のドアを開けると、嬌声が聞こえた。
リビングで二郎丸さんがイカポリスさんを後ろから犯していた。
「ああッ!♥ あッ!♥ あッ!♥ あッ!♥」
涙目になって喘ぎをあげている。足が立たなくなっているらしく、二郎丸さんが腰を支えていた。助けを求めるように、私に手を伸ばす。
二郎丸さんが上擦った声をあげる。
「ブヒッ! こッ、これは違うんデプゥ! 急にこの女が来て、はじめは綾城さんが新しいオナホを送ってくれたのかと思ったんデプけど、なんか怖くて… 頭が真っ白になって、気づいたら犯してたデプゥ! 正当防衛デプゥ!」
「ああッ!♥ あッ!♥ あッ!♥ あッ!♥」
イカポリスさんは喘いでいて、話す余裕はない。
けど、二郎丸さんの話だけでも、性的同意を取らなかったことは確かだ。
なんて倫理的なんだろう。行為に表れる性的同意を口実にして、多くの男性が女性に他責するなか、二郎丸さんは内心を
その後も、二郎丸さんはイカポリスさんの顔をお尻で踏みつけたり、失神したイカポリスさんの体に刺激を与えたりして、交流を深めた。
夜半になり、ひと息つくと、イカポリスさんは事情を説明した。
両手を合わせて拝む。
「ごめんね! もしかして、私、綾城さんが悪い男に騙されてるんじゃないかと思って… 二郎丸さんがこんなに信頼できる良いひとだって知らなかったから。在宅勤務だから、綾城さんが留守のあいだに直接対決しよう、って思ったんだけど、逆に教えてもらっちゃった」
「いえ。心配してくれてありがとうございます」
イカポリスさんはソファで二郎丸さんに体を寄せた。タブレットを見せる。
「私は絵描きをやってるんだけど、二郎丸さんから見てどう?」
「ブヒヒ。BLの絵師が描く女の子はかわいいから好きデプよ」
「本当〜? 腐をやってて良かった〜! ていうか、同人やってて良かった〜!」
歓声をあげる。
二郎丸さんの才能が友人たちに認められる幸福に、心が温まった。
* * *
マン定さん、イカポリスさんとラブホ女子会をした。
専用のコースがあるラブホテルで、部屋も広い。
私と二郎丸さんが会った一周年記念を祝ってくれたのだ。
「は〜い! ハニト〜!」
イカポリスさんが浮ついた声で言う。ルームサービスの皿をテーブルに置く。
線香花火が立ち、球体の火花を散らしている。
マン定さんがスマホで写真を撮る。
「それ、ツイッターにアップする?」
「いえ。思い出のためです。今日ラブホ女子会をすることはツイートしましたが、詳細は書いていません」
「なら、寄って寄って。ほら、綾城さんも」
イカポリスさんは私とマン定さんが映りこむようにスマホで撮影した。
「〈綾城さん、二郎丸さんたちとラブホ女子会中〉っと。これでマン定さんのことも匂わせできたでしょ」
「私のことはかまいませんが、その文面だと二郎丸さんも女性だと誤解されるのでは」
「だからだよ〜。二郎丸さん、スマホ貸して」
「ブヒッ?」
奪いとるようにしてイカポリスさんは二郎丸さんからスマホを預かった。
すばやい指弾でタップすると、画面を点けたままスマホを返す。
「ツイッターのプロフィールも変えておいたから」
〈■エリアEで草むしりしています■討伐/資格/懸賞■目標は家を買えるまで稼ぐこと■草むしり検定5級取得目指して学習中■討伐成績ランキング情報発信〉
『ちいかわ』の「郎」のアイコンはそのままだったけど、なぜかプロフィール欄まで『ちいかわ』のネタになっている。
「これで二郎丸さんのアカウントもオヂに擬態した女子みたいに見えるでしょ」
「でも、どうしてですか?」
私が代表して尋ねる。
「オヂってだけで嫌がる女子は多いし、二郎丸さんが女の子だと思われれば出会いも増えるでしょ」
「なるほど… それは良いですね」
私の言葉にマン定さんも頷いた。
残念だけど、性差別は存在する。それを是正する手段は必要だ。
「ブヒィ。ラブホ女子会デプけど、ボクが混じっちゃっていいデプかねェ」
「何を言っているんですか。二郎丸さんは同志です。ラブホ女子会という名称が正しいなら、二郎丸さんは女子です」マン定さんが訥々と言う。
「ブヒッ、ブヒヒッ!」
二郎丸さんは笑った。
イカポリスさんが大型モニターの電源を入れる。
「部屋は宿泊で予約してるし、アニメ鑑賞耐久マラソンをしますか!」
キングサイズのベッドに横並びに座る。
アニメが始まると、イカポリスさんは二郎丸さんの背中に抱きついた。
服の中に手を入れている。乳首をいじっているらしい。
「ブヒッ。なにするデプ!」
二郎丸さんがあえて首を振る。
「なにって、ラブホですることだよ〜…♥」
それを受け、マン定さんがベッドに乗り、二郎丸さんに体を寄せる。耳に舌を入れる。
「そうですね♥ せっかくラブホに来たんですから…♥」
私はベッドを降り、二郎丸さんの股間に寄った。ズボンと下着を脱がせ、陰茎に口付けする。
「もう本編が始まりますよ♥」
アニメに注意を促す。
フェラチオを始める前、二郎丸さんのスマホに、ツイッターのフォロー通知が続々と届いているのが見えた。
宿願を果たしました(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=310372&uid=320323)。
綾城さんの一人称のため、エロに紙幅を割けなかったことが残念です。七瀬周辺の登場人物を含められなかったことは良しとします。