慰安宿の中がどれだけおかしい空間でも、あくまでも表向きはギルドの一施設だ。だから、その外は普通の町。……だと思う。少なくとも昼は。
普段着に着替えて、外に出ると、今は昼下がり。
人々がせわしなくそこらを行き来している時間だった。
振り返ると、今出てきた慰安宿が見える。
悔しいくらいに、『普通の建物』だった。
少し大きめの、大人数が泊まることのできる、それなりに大型の石造の建物。
その外見には、いやらしさは何もない。ただ、看板に『冒険者宿 ギルド直轄』と書いてあるだけだった。
それは一応、ギルドなりの気遣いなのだろう。
あからさまに卑猥な宿屋だとわかってしまえば、入りにくい人もいる……。例えば僕みたいな。
最初、ここに来たときは、ほんとにここが『慰安宿』なのか怪しんだものだった。
唯一経験のあるランジュが間違いないというものだから信頼したけど。
それで中に入ったらいきなり欲望の世界だったから、腰を抜かしそうだった。
とはいえ、おそらくここら辺の近辺に住む人は、これが慰安宿だと知っているはずだ。
今も、周りの視線が痛い。おそらく地元の人である方々が、宿から出てきた僕のことをチラチラ見てくる。
それに外部の人からも見分ける方法があった。『ギルド直轄』と書いてあることだ。
一見ただの文言に見えるけども、それがここが慰安宿であることの表れだ。そもそも、ギルドが直轄する宿は、慰安宿だけなのだから。ほかの宿は、多くの場合『ギルド支部』の一部として運営されている。
だから、宿が独立して存在して、『ギルド直轄』である場合、ほとんどの場合それが慰安宿なのだという。
そうランジュが言っていた。
周りの目をかいくぐりながら、町を散策する。
アンナがいる教会はどこだろう………。
ここは比較的新しい街らしく、教会がすぐにそれとわかる場所にはないみたいだった。古い町やお金持ちの町ならば、すぐに分かるくらいの立派な教会が立てられている。
とりあえず歩くか……。
昼下がりだから、いろんなお店から料理の匂いと人々の食事の声が聞こえる。
かなり人通りも多い。人の流れをよけて歩く必要があるくらいだ。
魔王討伐の勅命が下されてから、冒険者の立ち寄る中継地点として発展した町だ、とランジュが言っていたような気がする。
町の人々だけじゃない。たぶん冒険者のように見える人々もいる。鎧装備を身に着けた人や、剣や斧などを背に下げている人も、店の中にいるのが見受けられる。
ときどき、どっと笑い声が上がる。人々が楽しく談笑し、笑顔でやりとりをしている。
……さっき自分がいた場所とは全く雰囲気が違う。いたって普通だ。
ついさっきまで……というか、振り返ったらまだ見えるあそこで……。
いや、今でも、たったの壁を一枚隔てたそこでは、休むことなく冒険者たちが欲望をぶつけ合っているんだろう……。
まずい。考えたら、また……。
ダメだ駄目だ。
頭を振って、よこしまな考えを振り払う。
僕は今から教会に行くんだ。こんな考えじゃ、神様にも失礼だ。
「あの、すみません。教会って、どこにありますか」
わからないならもう人に聞いてしまおう。
地元の人なら知っているはずだ。
僕が話しかけたのは、道を歩いていたお婆さんだった。
「ん? 冒険者かい?」
「あっ、はい。そうです」
「教会ならあっちだよ。この道をずっと行けば、右の方にきっと見えるよ。そろそろお昼の礼拝がはじまるころだと思うから、早くいってらっしゃい」
お婆さんは笑顔で答えてくれた。
とてもいい人だ。
「どうもありがとうございます」
「若いのに冒険者だなんてすごいね。頑張ってね」
「はいっ、ありがとうございました!」
踵を返して、僕は駆けだした。
頬が思わずほころぶ。
褒められて気分がよくならないわけはない。とてもいいひとだった。
さっきと比べれば、少し心が晴れた。
うん、そうだ。僕は邪な考えがあるわけじゃない。さっきまではあの場所の雰囲気に当てられてただけだ。
もう収まった。僕は大丈夫だ。僕は、冒険者で、勇者なんだ。
早く行って、アンナに会おう。
×
ゴーン、ゴーン、と鐘が鳴る。
お昼の礼拝を告げる鐘の音だった。それがちょうど始まるときに、僕は教会にたどり着いた。
たくさんの人が教会に入ろうとしている。あまり大きな教会じゃない。さっき歩いていた商店のお店のうちの一つをそのまま教会にしたみたいな、簡素な普通の教会だった。
扉は大きく開かれていて、たくさんの人たちがそこに入って行く。僕もその中に加わった。
中では人々がそれぞれに、木製の長椅子についている。
「あっ」
空間の奥の方に、その姿を見つけた。
いた。アンナだ。
彼女は一段高いところに立っていて、お話をしていた。相手は、たぶんこの教会の神父さんだろう。
その横顔。それに、僕は見とれてしまった。
とてもかわいかった。
背の高い彼女は、神父さんと同じ目線で話をしていた。
明るい顔で、時折口元を隠して上品に笑って。その姿が、とてもかわいらしい。
本来、地味な格好に作られているはずの彼女の修道衣は、彼女のきれいなスタイルを納めきることができずに、それどころか彼女の張り出した部分を逆に強調していた。
とても大きいおっぱいが、黒い修道衣にしわができるほどに突き出し、大きなおしりが姿勢の良さのために後ろに突き出してしまっている。加えて、おしりから魅力的な曲線を描いている腰、そしてそこから上へと上がる修道衣は、彼女の体にぴっちりと張り付いて、そのラインを際立たせることに余念がなかった。
きれいすぎる……そして、可愛すぎる……。
思わず、さっきさんざん出したはずのアレが、また痛みを覚えだしてしまった。
さすがに抑えた。ここは教会だ。
そこらへんの長椅子に座って、深呼吸をする。
すー、はー。おちつけ、僕。
よし……。
もう一度顔を上げると、もうアンナは会話を終えて、神父さんの後ろに控えるように立っていた。
正面からの彼女の体も、余念がない。
大きなおっぱい、それからすっ、と細いくびれ、それと比べてあり得ないくらいに広い骨盤が描く腰、そしてものすごいお肉の詰まったおしり、ふともも………。
ダメだ。どうしても考えてしまう。
……僕は、それの味を……知ったんだった。
今までは見て、見ることしかできない、彼女の体を……僕は……昨晩、互いに気絶するまでに……。
「っ…………」
ダメ、だめ、駄目ッ………!
おちつけ。おかしいぞ。さすがに、こんなところで…………。
神父さんがなんでそんなに平生のまま、アンナを相手に話ができるのか、本当に不思議だった。
さすがは神父さん、ということなのだろうか。それとも、アンナに反応しすぎる僕が、おかしいのだろうか。
ああ、さっきまであんなに晴れやかな気持ちだったのに。
なんでこんなことに。
ふと音楽が流れだした。
パイプオルガンが奏でる音だった。
顔を上げると、一番奥の方にそれを奏でる者の姿が見える。いつの間に移動したのだろう。アンナが、そこに座っていた。
彼女の後姿が、ここから見ることができる。
「っ…………!」
……また、限界が近づいた。
椅子に押しつぶされるアンナの、豊満なおしりのラインを……そしてそこに乗る、か細い彼女の腰の線を……。
それを見て、掻き立てられない理由がない。
自分の股間を抑えて、もう結局限界まで張り詰めだしたそれを、周りに見えないようにするしかなかった。幸い僕の隣には誰も座っていなかった。
とてもきれいな音色だというのに。
多彩なアンナが奏でる、とても心を安らがせる音なはずなのに。
僕の心は、あろうことか、煮えたぎっていた。
こんな聖の場所で、あってはならない心の汚れを、耐えるどころか、ぶちまけていた。
今までは、少し興奮することはあっても……。
彼女を相手に、純粋に接することができていたのに。
彼女のオルガンの音色を聞くだけで……。
それは、人生で最も長い礼拝の時間だった。
神父さんの説教の内容も、修道女さんたちが歌う讃美歌も……。
アンナしか、見えなかった。
歌われる讃美歌の声も、もちろんその中にいるアンナの声しか聞こえなかった。
目をつむっても、いつの前にか目を開いて、まるで獣のようにアンナの姿を追っていた。
僕が人間でなかったのなら、すでにもうこの場をめちゃくちゃにしていたかもしれない。
礼拝が終わるまでの一時間以上、僕はただ、椅子の横で縮こまるほかなかった。
×
礼拝が終わって、人々が扉からぞろぞろと出ていく。
僕はその中に混じっていた。
はあ…………。
道へと出ながらうなだれる。
罪悪感……罪悪感がすごい…………。
最後の方はなんとか我慢できた。なんとか鎮まってくれた。もしかしたら僕を哀れに思ってくれた神様がなんとか鎮めてくれたのかもしれない。
けど…………。神聖な礼拝堂のなかで、ずっと、勃起してた…………。
最低だ……。
ていうか全然アンナに話しかけられなかった。礼拝中に彼女に話しかけるわけにもいかなかったし、ていうかずっと大きくなってたので立つ事もできなかった。
ほんとに僕の体はどうしてしまったんだろうか。
「勇者さまっ!」
アンナの声だった。
すぐさま振り返る。
アンナだ。扉の直ぐ近くに立って、僕を呼んでいた。
「勇者さまっ!」
「アンナ……!」
アンナはぱあっと顔を輝かせていた。そして駆け寄ってきて、僕の両手をぎゅっと握ってくれる。
どきっとした。
やわらかい………。
ふわっと包みこんでくれるような彼女の両手は、とても心地が良かった。
「ごめんなさい勇者さま、礼拝中、ずっとはなしかけられなくって……!」
アンナ、気づいてたんだ。
「ぼ、僕こそごめん。その、あんまり集中して礼拝できなくてさ……」
「ううん、いいんですっ。勇者さまが来てくれただけで、すっごくうれしいです……!」
いい子……ものすごくいい子だった。
アンナは、ずっといい子だった。
僕よりひとつ年上だけど、それでも彼女は僕をとても慕ってくれていた。
こんなにいい子に尊敬の眼差しを向けられている……それだけで、もう声にならないほどの嬉しさが昇ってくる。
そして、思わず口角が上がってしまった。
「うん……! 僕の方こそ……アンナのオルガンの演奏もとても上手だったし、歌声もとっても素敵だったよ!」
「ほんとですか!」
アンナの顔がまた一段と、晴やかに輝く。
「うん、アンナはほんとに多才だね。僕じゃとても……」
「ああっ、どうかそんなこと言わないでください。勇者さまはとてもお強いのですから」
ああ、まったく変わらない。
昨夜あんなことがあったばかりだというのに、彼女の純粋さはまったく、それ以前と変わっていなかった。
すこし桃色がかったやわらかそうな頬、そこに健気な笑みを浮かべて、僕の目を、その橙色の瞳孔でみつめてくれる。
それに比べて、僕は…………。
心の底に、罪悪感が渦巻いてしまう。
「あの、アンナ、僕にかまってて大丈夫? お仕事とか……」
「えっ…………」
アンナの顔が、ピタリと強張る。
「あ、アンナ……?」
「ご迷惑、でしたか、勇者さま」
アンナの言い方は、一言一句、伺うような口調だった。
「お仕事はもう、神父様が結構だとおっしゃってて……それで、勇者様とご一緒したくて…………」
一転、視線を伏せて、か細い声をアンナは出した。
とんでもなく不躾な発言をしてしまった。
自分だけ勝手に罪悪感を感じて、アンナに気を使わせてしまうなんて。
アンナは僕と一緒に過ごしたかった、のか。なら、僕は……。
「ううん、とんでもないよ。アンナさえよければ僕は…………!」
「ほんとですかっ!」
また見る間に、その顔が晴れていく。
「うん、もちろん」
アンナが僕の手を、ぐいっと引っばっていく。
「でしたら、宿に戻りましょう」
「えっ…………」
宿にもどる、って……。
「な、何をするの……?」
そうきくと、アンナは振り返ってくる。
そして、頭の上にはてなを浮かべて首を傾げた。
「冒険のご準備を、と思っていたんですが」
「あ、うん!」
そっ、そうだ。アンナがそんなこと想像するわけない。
やっぱりおかしいのは僕の方だ。アンナはしっかりとメリハリを付けているんだ……。
満足したはずなのに、ずっと、収まりが利かないような僕と違って。
「そうだね。行こうか」
「はいっ!」
アンナの可愛らしい返事、そして可愛らしく笑うその顔。
心がズグリと、痛くなる。
こんな彼女に対して、僕は…………ずっと、不浄な思いを向けていただなんて。
つくづく、自分の愚かさが嫌になる。
僕は自分の幼さを恥じた。僕は勇者なのに。
しっかりしなきゃ、メルア。
修道女=女性の僧侶的な職業
的な解釈です。一般のファンタジーモノなら神父や牧師的な聖職者が僧侶の職業を担うのかもしれませんが、女性の神父(神母?)や牧師は見たことがあんまりないので……。
一応古代ローマから続く中世的な世界観で作っているのですが、『エッチな作品なんだから細かいところ気にすんな』と思われるかもしれません……(それはそうなんですが)。でもこだわって書くと楽しいのでなにとぞ。
それと神父さんはガチの聖人なのでアンナに対してやましい心はガチで本当に少しもないです。本当のいい人です。