夜になり俺たちはそれぞれ仮宿を与えられた。
全員が各々のプライベートを守れるように。ただ俺は少し離れた小屋に一人で居ることを選んだ。
「……って聞いてくれてる?」
「あっうん、聞いているよ」
こちらを見つめる。
「ほんとに?」
「うん、勿論だよ」
そう言うと彼女は安心したような笑みを浮かべた。
「ありがと。なんか色々あって疲れちゃったな」
「……そうだね」
俺は何と言ったらいいかわからず曖昧に答えるしかない。
窓から月明かりが差し込んでくる。薄暗い部屋の中で彼女の輪郭だけがぼんやりと浮かび上がっている。
「ねぇ」
突然声をかけられてビクッとする。彼女はこちらを向いたまま目を細めていた。
「なんで急にこんな場所に来ちゃったんだろうね?」
確かにその通りだ。俺たち学生グループが平穏な日常を送っていたと思ったら唐突に異世界に放り出されてしまったのだ。未だ理解しがたい現実に困惑しているところだ。
「というよりも、なんで俺の所に話を?」
彼女、八奈見杏菜がなぜ、ここに来たのか、心底疑問だ。
すると。
「うぅん、正直に言えば、私はここに来た時は異世界という事で失恋していた時のショックを考えていなかったの」
「そうなのか、というよりも失恋って」
その言葉に俺は疑問を持った。
「幼馴染みに振られたの」
「そうか」
どうやら八奈見杏菜は失恋によって、この世界に来たと言う。
「それで色々話したいと思って、あんたの所に来たの」
「そっか」
俺は相槌を打ちながら話を続ける。
「私の事を好きだと思っていたのにさ……彼のほうが私の気持ちなんて分かってなかったって事でしょう? ホント最低じゃない!」
彼女の剣幕に押されてしまう。確かに振られたばかりの頃は傷付くものだろうがここまで怒り狂っている理由がわからない。「まあまあ落ち着いて……」と宥めても無駄だったようで益々ヒートアップしていくばかりだった。
「あーもうムカツク!あんな男死ねば良いんだわ!」
そう叫ぶと両手を握り締めながら歯ぎしりしている様子だった。どうやら相当怒り心頭のようだ。
そんな彼女を見て複雑な気持ちになる。
「それで、あんたの好きな人はどんなタイプなのよ?」
唐突に質問されて戸惑ったが素直に答えることにした。
「・・・まぁ色々と経験している。六花との行為の後で」
俺は言葉を選びながら語る。彼女はまだ気づいていないようだが、ここ最近の俺達は生きるために必要な行為を越えた領域に足を踏み入れている。それが何かといえば性行為だ。六花との一夜は忘れられない出来事だったし、その後も彼女との関係は続いていた。
「六花ちゃんと・・・・・・?」
「ああ」
彼女の目が少し潤む。それが驚きによるものなのか嫉妬なのか俺には読み取れない。
「そっかぁ……」
小さな溜息が漏れる。その響きには何かを諦めたような空虚感が含まれていた。
「八奈見はどうなんだ?」
「私?私はただ振られただけ」
そう呟くと彼女は目を伏せた。失恋の辛さとストレスが重なり合っているのだろう。それが今の彼女を追い詰めている原因だとすぐに察することができた。
「失恋なんて……普通のことだろう?」
「そうだけど……普通じゃないんだ」
彼女の声が震える。そして次の瞬間――彼女は俺に近づいてきた。
「お願いだから慰めて……」
その言葉と共に彼女は俺に抱きついた。体温を感じた途端に理性が揺らぐ。
「慰めてって」
その言葉が耳に届いた瞬間、身体中の血流が加速した。鼓膜を震わせる声音には切羽詰まった懇願が込められていた。普段は元気いっぱいで周囲を盛り上げる彼女の姿からは想像もつかない脆さが露呈している。
柔らかい香りが鼻孔をくすぐる。
「や……やめろって」
抵抗しようと試みるが力が入らない。むしろ彼女の触れ方に惹かれる自分がいる。
彼女の指が俺の手首を掴み衣服越しに伝わる体温は心臓を狂わせた。鼓動は暴走し血管を締め付ける。頭蓋骨の中で警鐘が鳴り響いていた。
視界は狭まり八奈見の表情しか見えなくなっていた。長い睫毛が震え唇が微かに濡れている。
「ダメだって……これ以上は……」
言葉とは裏腹に俺は無意識に彼女の背中へ手を回していた。
温もりが触れた皮膚から直接侵入してくる。心拍数が上がり喉が渇く。汗ばんだ肌同士の摩擦感さえ心地良く感じ始めた。
「あたしも寂しいだけじゃないんだ」
囁かれた言葉には切実さよりも妖艶さが混ざっていた。彼女の手が俺の顎へ添えられ導かれるように顔が近づく。