「あら……大丈夫?」
慌てて手を差し伸べるがティアーユは照れくさそうに俯いたまま。
「ごめんなさい……いつもドジばかりで」
彼女の声は低く落ち着いているがどこか幼さを孕んでいた。教師にしては若すぎる印象だ。
「私はティアーユ・ルナティーク。ここで遺跡の研究をしていました」
その説明に眉をひそめる。遺跡?ケモノガミ?彼女の話は核心に触れそうで触れない。
「生徒たちを捜していたんですが……」
彼女の表情が曇る。生徒たちが消えた事とケモノガミは何か関係あるのだろうか?
「それより君たちはどうやってここに?」
質問攻めに遭う前に俺も自分の境遇を説明する。だがティアーユはそれよりも遺跡への興味津々の様子だった。
「実はケモノガミ達の歴史にはいくつか謎があってね。私が研究していた文献によると……」
彼女の目は輝き始め知識欲が前面に出ている。まるで学者モードに入ったようだった。
遺跡の壁画を見ながらティアーユは熱っぽく語り続けた。
「面白いことに……この地方では古くから子供を捧げる儀式があったらしいの」
彼女の指先が大理石のレリーフをなぞる。
古代文明は性行為と信仰を融合させていたのだ。
「神隠しという言い伝えは……単なる失踪ではなく……」
言葉を濁したティアーユだが興奮は隠せない。その目は爛々と輝いている。生徒への心配よりも知識欲が勝っているのだ。
ふと氷室が口を挟んだ。
「つまり『神隠し』は故意の拉致だったと?」
「ええ……おそらくね」
二人のやりとりを聞く。
「信じられないよね……本当にこんなことが過去にあったなんて」
ティアーユはため息交じりに言う。
「でもね……」
彼女が身を乗り出して囁くように続ける。
「もし今もどこかで続いているなら……それはそれで興味深い現象よ」
氷室の眉がピクリと動いた。
「色欲の魔王……」
その名を口にした瞬間ティアーユの瞳孔が開く。まるで獲物を見つけた捕食者のようだ。
「彼女は特別な力を持つと言われています」
冷たく乾いた声とは裏腹に彼女の唇は潤んでいた。
「かつて世界を滅ぼしかけた七柱のうちの一つですが……」
ティアーユが意味ありげに沈黙すると壁画が映し出す光景が一層鮮明に浮かび上がる。
「彼らが求めるのは滅亡ではなく調和なのかもしれません」
ティアーユの声が徐々に湿度を増す。吐息すら甘くなっていた。
「少なくとも色欲は他者を滅ぼす意志を持たないでしょう、ただし……」
続けるティアーユ。
「気に入った者を自分の所有物にする習性があるようで……」
氷室は無言のままだが顔色が蒼白だった。何か重大な秘密を知っているようだ。
そう、考えていると、聞こえて来たのは遠吠え。
「この声は、まさか」