「なんだ、あれは……」
戦闘の余韻が漂う中、突如として現れた巨大な口に俺たちは凍りついた。
ムジナの背後から伸びてきたそれは、漆黒の鱗に覆われた恐るべき存在だった。まるで山の稜線が動いているかのような規模だ。巨大なワニのような口からは腐臭に似た瘴気が漏れ出し、周囲の空気を淀ませている。そしてその奥底から響いてくるのは、聞き慣れない唸り声だった。
「リヴァイアモン……」
アヤノの震える声が耳に入る。彼女の顔色は紙のように蒼白で、その瞳には純粋な恐怖が浮かんでいた。
「あれが七大魔王の一体……」
太田も珍しく声を上ずらせている。いつも冷静沈着な彼でさえも、この存在の前では無力なのだと思い知らされた瞬間だった。
リヴァイアモンの目は虚ろで、まるで全てに興味がないようだった。その視線が俺たちを一瞥しただけで体中が凍りつくような感覚に襲われる。
「弱っちぃ人間共ねぇ……」
怠惰さに塗れた低い声が響き渡る。その声は空間を歪ませるように響き、聴く者の神経を直接蝕んでいくようだった。
「でもまあ、美味そうではあるわねぇ」
巨大な顎がゆっくりと開かれ、そこに広がるのは深い闇の世界だ。そこから漂ってくるのは腐敗と再生が入り混じった異様な匂いだった。
ムジナは何も反応せずただ虚空を見つめている。彼女の焦点定まらない瞳は、もはや自我さえも喪失しているかのようだった。
「ねえムジナちゃん、今回もよく働いてくれたわよねぇ」
リヴァイアモンの巨大な頭部がわずかに傾く。その仕草だけでも地震のような衝撃が走った。
「でもさぁ、ちょっと飽きてきちゃったなぁ」
気まぐれな子どもが玩具に飽きてしまったような無邪気な口調で告げられた言葉は死刑宣告に等しかった。
「うんざりしてきたからさぁ」
リヴァイアモンの巨大な口がゆっくりと閉じられる。そして次の瞬間、軽く鼻を鳴らす程度の動作だったにもかかわらず、爆風が吹き荒れた。
木々が根こそぎ引き抜かれ岩盤が粉砕される。爆音が鼓膜を打ち破るのではないかと思うほどの衝撃波だ。俺たちは必死に体を低くして耐えようとするが、吹き飛ばされる寸前だった。
「きゃっ!」
悲鳴を上げる間もなくムジナの体が宙を舞う。まるで紙切れのように軽々と飛ばされていく彼女の姿はあまりにも儚げだった。
反射的に俺は地面を蹴っていた。危険だとか理屈ではなく本能的に体が動いていたのだ。
「待てっ!」
伸ばした手が辛うじて彼女の袖を掴むことができた。勢いのまま二人揃って地面に転がる。その衝撃で全身に痛みが走るがそんなことはどうでもよかった。
「なんで助けるの……?」
初めて聞いた彼女の声には困惑の色が濃かった。虚ろだった瞳に僅かながら感情が宿っているように見える。
「死にたくないから助けたんじゃないのか?」
息を切らせながら尋ねるとムジナは首を傾げた。
「死ぬことも生きることもどうでもいいんだけど……」
その答えに寒気を覚えた。彼女の中には欲望も希望も絶望もない。ただ無機質な魂だけが存在しているのだ。
「そう。だって、私はもうお役御免だし」
飄々とした口調で言ってのける彼女の精神構造が全く理解できなかった。普通の人間ならパニックに陥るような状況でも眉一つ動かさない。まるで感情という機能自体が欠落しているかのようだ。
「ちょっとぉ〜邪魔しないでよぉ」
リヴァイアモンの不満そうな声が降ってくる。その巨大な影が俺たち二人を覆い隠すように立ち塞がった。
「せっかくのお楽しみタイムなのにさぁ」
巨大な爪先が地面を抉る音が響く。
だが、それを見て。
「巫山戯るなっこんなっ」
それと共に、俺はその態度に、怒りを隠せなかった。
「巫山戯るなぁ!!」
同時にメガログラウモンは、その身を炎が纏う。
そうして、現れたのは、メガログラウモンとは異なる竜が、その姿を現す。