「ぐはぁっ!」
転がり込むようにして巨木の陰に身を潜めた。背後では轟音が炸裂している。振り返れば──
「ギャオオオッ!」
「グオオオンッ!」
大地を砕く衝撃波が俺の頬を叩いた。赤い巨獣と岩の巨人が激突するたび、森全体が震えている。
グラウモン。
ギルモンの変化した姿は予想を遥かに超えていた。鋭角的なシルエットが鋼鉄製の如く重厚感を放ち、二本足で踏みしめる大地が蜘蛛の巣状に割れる。
その眼光──琥珀色の瞳孔は灼熱の溶岩を封じ込めたように煮え滾っていた。
一方のゴーレモン。
巨岩で築いた装甲は動く城塞そのものだ。丸太以上の太さの腕が風を切るたび衝撃波が生じ、触れた古杉が瞬時に炭化する。顔に彫られた嘲笑めいた表情が不気味に歪む。
「ちょ……ちょっと……何なのこれぇ……?」
女子高生が膝を震わせながら呟く。彼女の腕の中の白い犬─が怯えたように鼻を鳴らす。
「分からない、俺も分からない、けれど」
物陰に隠れながら、俺はグラウモンを見つめる。その勇姿に心打たれる。
(でも、あいつを信じるしかない!)
咆哮と共に両者がぶつかり合う。グラウモンの爪撃がゴーレモンの胸部を削るが岩石の硬度に阻まれる。逆に巨岩のパンチが左脇腹を直撃し血の匂いが漂った。
「ガハッ……!」
グラウモンがよろめく隙に岩石が上段から降ってくる!
(ヤバイッ!)
だが赤い巨獣は紙一重で回避。着地点の腐葉土が十メートル四方に吹き飛び周囲の樹林を根こそぎ薙ぎ倒す。枯れ枝や木片が雨霰となって降り注ぐ中、奴らは尚も怒濤の打撃戦を繰り広げる。
「キシャアッ!」
グラウモンの蹴りが巨岩の腹部にクリーンヒット。衝撃波で周りの苔生した巨木群が次々薙ぎ倒され粉塵が舞い上がる。その中に古井戸跡らしき漆黒の穴が覗く─まるで地獄の入り口のように。
ゴーレモンが堪らず後退するが巨体故に俊敏性に欠ける。岩石装甲越しにも痛覚があるようで歯を食い縛るかの如き呻き声。
勝負は決まった。
グラウモンが跳躍すると空中で四肢を畳む。まるで燃え盛る矢だ。
そして着地と同時に突っ込む。
しかし、ゴーレモンもまた反撃に転じた。口内から光弾を連射!紫水晶のようなエネルギー球が弧を描いて襲来する。
「ギャフッ!」
グラウモンが咄嗟に両腕をクロスさせて防ぐが肩甲骨付近の皮膚が剥離出血。だが怯まず距離を詰める。奴の真価はこれからだ。
突然、右前肢の肘部分が展開した。内部に格納されていた刃が露わになり──
稲妻!
蒼白い電光が迸りプラズマブレイドと化す。刃渡り三メートルはある長剣が形成されたのだ。
「プラズマブレイドッ!」
叫びと共に袈裟斬りが炸裂!
ゴーレモンの左肩部に深々と突き刺さる。その瞬間、接触面から眩い閃光と共に爆裂が発生。
「グォォ……ンッ……」
断末魔の叫びが鼓膜を引き裂く。巨岩の肢体が痙攣しつつ崩れ去っていく。バラバラになった石材が地面に落下し砕け散る音が小刻みに響く。
「……終わったのか?」
呆然と呟く俺の眼前で、巨大な赤い獣が雄々しく屹立していた。全身に浴びた血液も相まってまさに地獄の番人といった姿。
そして徐々に体躯が縮小し始め……
数秒後にはギルモンのサイズに戻っていた。
「ふぅ~危なかったー」
無邪気な声と共に尻尾を振る友人がいた。
「ありがとな……ギルモン」
安堵のため息と共に呟く俺。
女子高生が駆け寄ってきた。膝が微かに震えている。
「助けてくれてありがとう……えっと貴方は……?」
「俺はただ見てただけさ。本当に命がけで戦ってくれたのはこいつだ」
ギルモンを見やると満面の笑顔が向けられた。
「それよりも、君も迷い込んだよな!なぁ教えてくれ!!ここは一体、どこなんだ!!」
それと共に、俺は彼女に詰め寄る。
「ちょっ落ち着いて、私も知らないから」
「そっか」
俺の様子を見て落ち着かせるように言う彼女に対し、俺は冷静さを取り戻した。
「……そっか」
俺の狼狽ぶりを見て取ったのか、女子高生が落ち着いた口調で手を振る。その仕草さえどこか気怠げだ。制服のプリーツスカートが微風に揺れ、むっちりとした太腿のラインが露になる。
(これが巷で噂のゆるふわJKというヤツか……)
不謹慎な考えが浮かんでしまうほど異次元感覚だった。周囲には未だ焦土と化した森林の名残が煙を吐いている。
「とりあえず、お互いに名乗るところから始めませんかねえ」
気怠げな声と共に彼女は屈託なく笑う。
「あたしは宝多六花。普通の女子高生……だったんだけどなあ」
傍らで白いラブラドールレトリバーもどきが尻尾を振っている。
「こっちの犬はラブラモンっていうの。可愛いよね〜?」
言われるまま視線を送ると、確かに愛嬌ある目をして……いや待て。
「普通に犬に見えても君にとってもケモノガミなんだよな?」
俺の問いかけに六花ちゃんが苦笑した。
「そうそう。最初は飼い犬みたいに接してたんだけどさぁ。こいつ結構賢くて助かってるよ」
「ワンッ♪」
嬉しそうに吠える姿には確かに愛嬌がある。
「とりあえず、自己紹介くらいはしとかないとね」
そう言いながらも彼女はどこか遠い目をしている。
(こんな状況でも平常心保てるタフさには感服する)
「それじゃ、もう少し行った先に休める場所があるんだよね」
「本当か?」
思わず食い付いてしまった自分が恥ずかしい。
だが彼女は意に介さず続けた。
「そこならある程度安全だし情報交換とかできるかもよ?」
(なるほど。ここで野垂れ死にするより可能性がある)
迷っている俺を察したように六花ちゃんが続ける。
「一緒に来る?一人より二人の方が安心できるしね」
彼女の言葉には妙な説得力があった。孤独で死を待つより希望がある方に賭けたい──そんな打算もある。
「……ああ」
頷き返すと彼女がラブラモンを撫でながら微笑んだ。
「じゃあ案内するよ。ついてきて」
こうして奇妙な一行は歩き出す。
俺達を先導するかのように前を行き始めた。
鬱蒼とした森の奥深く。