※この作品はR-18です。

デジモン漂流記   作:ボルメテウスさん

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目的

暗い洞窟の中で三人の視線が一点に集まる。松明の揺らめく炎が投げかける影は不気味に伸び縮みし、岩肌に奇怪な模様を描いていた。

 

最初に動いたのは太田だった。彼は指で眼鏡のフレームを無意識に擦りながら低い声で切り出した。

 

「率直に言えば現時点での判断材料は不足しています」

 

その口調には普段の分析的な冷静さが戻っていたが、眼の奥には拭いきれない警戒が潜んでいる。

 

「ただし敵だった人物が突如味方になるというのは―」

 

彼の視線がちらりとムジナを捉えた。紫色の衣装に包まれた細い肢体は洞窟の闇に溶け込みそうだったが、松明の光を浴びて不自然な艶を放っている。

 

一方アヤノは違った。彼女は膝を抱え背中を丸めていた。戦闘時に燃え盛っていた凶暴性は鳴りを潜めているが代わりに一種の凍結した緊張が彼女を支配している。

 

呼吸が浅い。時折左手が鞘の上を彷徨う様子は自制を試みている証拠だ。しかしムジナの方を盗み見る度に眉間に深い皺が刻まれる。刀の鍔近くを指先で叩く癖が再発していた。

 

最も消耗しているのはおそらく俺本人だろう。泥と汗に汚れた顔面から滴る水滴は汗か地下水か区別がつかない。

 

「俺達の目的はなんだ?」

 

その言葉に太田は一瞬だけ目を見開いた。彼の眼鏡のレンズに松明の炎が反射してゆらめいている。

 

「我々の目的ですか……」

 

しばらく考え込むような素振りを見せた後、彼はゆっくりと言葉を選びながら答えた。

 

「もちろん元の世界に帰還することです。それが当初の目標でした」

 

横でアヤノが小さく頷く。彼女の刀の柄にかかる指先には力が入っている。

 

「でもそのためには……」

 

アヤノの声は少し震えていた。彼女が言葉を続ける前に太田が先回りする。

 

「我々は戦ってきました。敵を排除し生き延びるための戦いを。しかしそれが本来の目的ではありません」

 

彼らの視線が洞窟の壁に貼り付いた苔むした石畳へと落ちていく。誰もが無言になり火の爆ぜる音だけが響く。

 

「ムジナは……」

 

俺が名前を呼ぶとアヤノの肩がピクリと反応した。それでも彼女は顔を上げずに続けた。洞窟の狭い通路に男女が並んでいる。どれほど時間が経過したのだろうか。夜の帳はとうに下り、外界の光は遮断されていた。岩壁に染み付いた苔は妖しく光を放ち、じっとりとした空気が肌にまとわりつく。湿度が90%を超えているせいだろうか。誰かが唾を飲む音さえ響き渡るほどの静寂だった。

 

そんな中で最初に口を開いたのはアヤノだった。

 

「私達は……私達は……」

 

声が詰まり目尻に涙が浮かぶ。彼女は咄嗟に顔を伏せたが堪えきれず震える息遣いが漏れた。薄明かりの中でもその肩の震えは明らかだった。

 

太田も同様に身体を小刻みに震わせている。視線は宙を彷徨い焦点を結んでいない。まるで目に見えない恐怖に晒されているかのようだ。

 

「生きて帰ることが目的ですよね?」

 

太田が必死に理性を保とうとしているのが見て取れた。額から滴る汗粒が青白い顔を伝い落ちる。その尋常ではない様子に俺は彼を見つめ返した。この状況でなお平静を装おうとするその意志の強さに敬意さえ覚える。

 

「そうです。だからこそ冷静に判断する必要があります」

 

彼は眼鏡のフレームを震える指で押し上げた。そのレンズの奥には怯えと怒りが入り混じった複雑な感情が渦巻いているようだった。

 

一方アヤノは俯いたまま首を横に振った。まるで自分の感情を封じ込めるように堅く拳を握りしめている。彼女の膝上では布切れ一枚隔てた先に未知の存在があることを想像するだけで全身が震えた。

 

俺もまた沈黙した。確かにこれが単なる性欲処理の問題であれば容易に解決できるかもしれない。しかし目の前にあるのはただの生物ではなく明確な意思を持った存在なのだ。それを如何様に扱えばよいのか皆目見当もつかなかった。

 

「……仕方ありません」

 

太田が諦めたように呟いた。「現時点で最善策を考えましょう」

 

彼の声音には明らかな動揺があったものの努めて平静を装おうとしているのが伝わった。

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