砂が容赦なく足首に絡みつき、一歩進むごとに体力を削ぎ落としていく。革靴の隙間から細かい粒子が侵入し、踵に当たって痛い。
「くそ……」
太田が毒づく。普段の知的な雰囲気はどこへやら、額には汗が玉となって浮かんでいた。彼の視線が地面に釘付けになっているのは、砂中に埋もれた奇妙な物体を追っているからだ。
それはかつて機械だったものの残骸。錆びた金属の欠片に絡みつく透明なプラスチック片。かろうじて原型を留めている小さなチップ状の物体は、かつて高度な文明が存在したことの遺物だろうか。この死んだ砂の海がかつて都市だったとは到底信じられない。
「何か……おかしい」
六花が突然立ち止まり、腕をさすった。露出した皮膚には無数の引っかき傷ができている。微細な砂粒が皮膚の柔らかな部分を擦り続けているのだ。
「何が変だ?」
「感じない? 」
砂粒が肌を這う感触に神経が尖る。
皮膚の表面を針のように刺す細かな粒子は、乾ききった砂漠の厳しい洗礼だ。汗は瞬時に蒸発し、塩分が結晶となって顔に残る。襟元まで閉めたシャツの下で皮膚が熱を帯びて疼いている。
――視線を感じる。
後方の岩陰からだ。確信はない。だが首筋を走る微弱な電流のような感覚が警告を発している。野生動物が草むらに身を潜め獲物を狙うときと同じ温度の無い視線。それは明確な殺意よりむしろ観察という名の飢餓感に似ている。
南西の方角。
太陽が砂丘の峰に沈みつつある時間帯だ。すでに砂は高温を蓄積し靴底を通じて足裏を炙る。アヤノが持参した方位磁針は砂埃で曇り使い物にならず、僕は日の傾きを目測で修正しながら進路を定める必要があった。
その視線がこちらを捕捉した刹那――
砂礫を蹴散らす獣の跳躍音と甲高い咆哮。
次の瞬間には風景全体が歪み始める。蜃気楼ではない。実在する恐怖による空間認識の狂いだ。眼球の奥で火花が散り思考が霧散しかける。
「伏せろ!!」
咄嗟に叫んだ声は自分でも意外なほど掠れていた。喉が砂で荒れているせいだけではない。肺腑の底から湧き上がる恐慌が音声を捻じ曲げているのだ。
地面に手をつくと掌に灼熱の砂が突き刺さる。しかしそんな痛みに構っている暇はない。首だけを巡らせ視線の源を探る。
――いた。
砂嵐が巻き起こる一瞬前、風の動きが変わった。北西の岩陰から黄色い影が飛び出した。太陽を背にしてシルエットだけが浮かび上がる――そのフォルムは4本の脚を持つ猛獣だが、決定的に異なる点がある。
腰に2本の大刀が提げられていた。
鞘もなく剥き出しの刃が夕陽を鈍く反射している。刀身には牙のような突起が無数に生えており、まるで金属でできた捕食生物だ。さらにその刃はケモノガミの体内から直接生えているようで、肌と一体化している。
接近するにつれてその全貌が明らかになる。全身を覆うのは獅子のような金毛だが、よく見れば1本1本が微細な棘状に尖っていて触れた皮膚を掻き毟りそうだ。目は琥珀色に光り、瞳孔が蛇のように縦長だ。口元には常に涎が滴っていて地面に落ちた瞬間、砂が泡立つように溶解していく。
最も恐ろしいのはその眼差しだ。人間のような複雑な感情は一切感じられない。ただ純粋な捕食本能だけが煮えたぎっている。獲物の肉質を吟味するかのように僕の身体を舐め回す視線――その圧力で喉仏が勝手に上下してしまう。
「こいつが、俺達を狙っていたのか」