砂埃の切れ間に見えた女性の姿に、背筋が凍る。
ベアショルダーの袖が赤黒く染まっている。裂けた部分から露出した肩には無数の注射痕が紫斑を作っていた。彼女の目――虚ろだった。焦点が合っていない。まるで硝子玉のように濁りきっている。唇が微かに動くが、そこから洩れるのは意味不明な呻きだけだ。
視線を戦場に戻す。獣型ケモノガミが太刀を振り回すたびに肉片が飛び散る。その切断面からは本来の血液とは異なる液体――まるで腐敗した葡萄を絞ったような紫がかった粘液が噴き出し、乾いた砂地に染み込む。それがまた次の毒素を育むように地面を黒く変色させていく。
対するメガログラウモンの金属装甲も無惨な状態だ。胸部のプレートは獣の太刀によって抉られ、内部フレームが歪んでいるのが見て取れる。スラスターからは火花どころか黒煙が噴出し、
「このままじゃ、あの人もそうだけど、ケモノガミも」
「おそらくは魔王の影響を受けての暴走だとしたら、本当に」
少女も、ケモノガミも。
両者が被害者である事はすぐに分かる。
けれど、彼らを救う為の手段が未だに分からない。
現状、あのケモノガミの力に対抗出来るのは、一段上の進化を果たしているメガログラウモンだけ。
それも、何時まで保てるか分からない。
だからこそ、何かを考えなければならないのに。
「何で、またお前が」
俺は唇を嚙み切ってしまうんじゃないかと思うぐらい強く嚙む。ただ考える時間が欲しいのに、頭の中に嫌な考えが次々と思い浮かぶ。
まるで六花に犯された時の事やムジナとの情事を思い出してしまうぐらいに。
自分の感情に翻弄されてしまっていて。だからこそ。
「クソ」
メガログラウモンに対して指示を出す。あの女性も獣も助けなくてはならない。
しかし、その為には手加減をしなくてはならない。
その難しさにまた頭を悩ませてしまう。
獣型ケモノガミの咆哮が砂漠全体に響き渡り、それに呼応するように砂嵐が激しさを増す。メガログラウモンの防御姿勢が限界に近いのは明らかだった。関節部分から漏れる煙が濃くなり、スラスターの出力が不安定になっている。
「……ッ!」
言葉にならない焦燥が喉を焼く。何かしなければならない。しかし、何を?
「……キスしたら」
その一言を呟いた人物に、俺達は眼を向ける。
それは、ムジナだった。
「えっ、なんでキスを」
最初に反応したのはアヤノだった。
羞恥と混乱が入り混じった視線が俺に突き刺さる。
「ムジナ、どういうつもりだ? そんなことでケモノガミの暴走が止められるわけ―」
太田が理論武装で反撃しようとするが、途中で言葉に詰まった。彼自身も過去の経験から完全に否定はできないのだろう。
「試してみないとわからないでしょう?」
「どういう事で」
「・・・魔王の力で上回れば、もしかしたらの可能性がある。それが色欲の力ならば」
「いや、そんな事」
「ならば、このまま戦い続ける?」
それを聞いた瞬間、既に俺達に選択肢がない事を察する。
けれど。
「誰が?」
「いや、そんなの、あなたしかいないでしょ」
「えぇ」
そう、まるで最初から指名するように、俺の方に向けられていた。