雨に打たれる廃ビルは、遠目にも禍々しい雰囲気を放っていた。鉄骨が剥き出しになった4階建ての構造物。
「本当にここで合ってるの?」
アヤノが震える声で尋ねる。彼女の指が自分の制服の袖を強く握りしめているのが見えた。
「間違いありません」
ホシノが短く答える。彼女自身も緊張しているのが明らかだった。
建物に近づくほど不穏な空気が濃厚になっていく。何かが私たちを拒んでいるような気配。
「感じるか?」
太田が囁く。その顔は蒼白だ。
「ええ」
私が答える。まるで粘つく液体の中を進むような感覚。肌に纏わりつく湿気が嫌な予感を増幅させる。
アンゴラモンが低く唸った。彼の毛並みが逆立ち始めている。
「どうやら当たりみたいね」
ムジナが苦笑いを浮かべる。普段は飄々としている彼女の表情にも影が差していた。
一歩足を踏み入れると空気が変わる。腐敗臭と硫黄臭が混ざった異臭が鼻腔を襲った。
「おかしい」
アヤノが呟く。廃ビル内の様子は資料で把握していたはずなのに、完全に様変わりしている。
本来は崩壊寸前のはずだった建物が奇妙に安定していた。窓枠や柱は歪んでいるにも関わらず全体としては崩壊を免れている。まるで見えない力が支えているかのように。
「誰かの意図を感じます」
アンゴラモンが分析する。彼の獣のような嗅覚が何かを捉えたようだ。
「油断禁物ね」
ムジナが武器を構える。彼女の周囲に漂う闇の粒子が活性化し始めた。
慎重に階段を上っていく。一段上がるごとに緊張が高まっていく。3階に差し掛かったところで異変に気付いた。
「聞こえる?」
小声で尋ねる。皆が頷く。
金属を引き裂くような音。呻き声。そして何かがぶつかり合う振動。これらが複雑に混ざり合いながら断続的に聞こえてくる。
「ここだわ」
4階に到達すると同時に確信した。扉の隙間から漏れる光が異様だった。紫色に脈打つエネルギーの波動が漏れ出している。
「どうする?」
太田が尋ねる。判断を委ねられているのを感じた。
一瞬だけ迷いが生じる。中で何が起こっているか予想できたからだ。おそらく想像以上に残酷な光景が広がっているはず。
「突入しましょう」
覚悟を決めて宣言する。逃げることは選択肢に無い。この任務を遂行するためには、どんな代償も払う覚悟が必要だから。
アンゴラモンが先陣を切り扉を蹴破る。粉塵が舞う中で展開された光景に全員が息を呑んだ。
そこには信じられない光景が広がっていた。
「こ……これは……」
太田が言葉を失う。目の前で展開されていたのは想像を遥かに超えた修羅場だった。
暗闇の中から突如現れたそれは、漆黒の鱗に覆われた巨躯を震わせていた。左腕に嵌められた鋼鉄の盾が鈍く光る。口元から漏れる呼吸は煤煙のように黒く淀んでいた。