ドアノブを握った瞬間、指先が震えた。
部屋に入ると──
「お帰り」
六花が窓辺に佇んでいた。夕暮れの光が彼女の輪郭を琥珀色に染めている。いつもなら気だるい声が今日は奇妙に柔らかい。
「……なんでここに」
問いかけようとした矢先、足元がふらつく。シノンとの激しい行為の余韻が全身を蝕んでいた。股間にはまだ粘りつく熱が残留している。
六花は微笑んだ。それは見たこともないくらい妖しい微笑だった。彼女の目尻の隈が深い陰影を落とし、まるで夜の森に潜む狐の瞳のように炯々と光っている。
「来ると思ってたから」
何気ない口調なのに声帯の奥で淫靡な響きが揺蕩う。淡いピンクのブラウスから覗く鎖骨の窪みが妙に煽情的だった。
「疲れてるみたいだね。座ったら?」
彼女が手招きするソファは、昼間シノンと乱れたばかりの席だ。背凭れには乾きかけた白濁の染みが不吉な模様を描いている。
六花はゆったりと腰掛けた。スカートの裾が捲れ、小麦色の太腿が露わになる。そこには昨夜俺が付けた咬痕が薄く残っていた。
「シノンちゃんとは……良かった?」
突然の核心に触れられて息を呑む。彼女は小首を傾げながら細い指で自身の頬を撫でる。その仕草は子供のように無邪気でありながら雌狐のごとく狡猾に映った。
「すごく濃厚だったんでしょ? 中まで熱くて苦しそうだったもん」
背筋が粟立つ。一体いつから盗み見て……いや違う。彼女は最初から全て承知していた。そうでなければあの落ち着きようは説明できない。
「六花……お前は」
喉が乾く。唾を嚥下する音がやけに大きく響いた。彼女はゆっくりと靴を脱ぎながら俺を見据える。その視線には底なし沼のような引力があった。
「いいから。座って」
有無を言わせぬ声音。シノンのような剛直な支配ではなく、蜘蛛の糸のような搦め手で俺を絡め取る手腕だ。俺は引き寄せられるようにソファに沈んだ。
六花はスカートを正しながら身を乗り出してくる。甘酸っぱい果実酒の香りが鼻腔を満たす。香水? それとも彼女自身の体臭だろうか。
六花の指が伸びてくる。冷たい陶器のような指先が俺の顎を捕らえた。
「ふふっ……そんな怖い顔しないで」
彼女は俺の膝に腰掛けると囁いた。
「あなたには……特別なものがあるの」
彼女の瞳孔が金色に光る。
「たくさんの女の子と交わったでしょう? 時は満ちたわ」
六花の服が蜃気楼のように変化する。花魁姿だ。豪奢な着物の袖が俺の頬を撫でる。
「待っていたのよ……この瞬間を」
彼女が俺の首筋に牙を立てる感触。
「ワチキはリリスモン……色欲の魔王」
甘い声と共に毒が注入される。抵抗しようとしたが体が言うことをきかない。
「もう逃げられないのよ」
妖艶な花魁が舌なめずりをする。その口元には血の糸が伝っていた。