マッドレオモンの巨体が唸りを上げて襲いかかる。黒光りする爪が風を切り裂く音が鼓膜を叩く。ギルモン――いや、グラウモンは正面からその一撃を受け止めた。
「ガアァッ!」
獅子の雄叫びと共に拳が炸裂する。岩盤をも砕きそうな威力だ。だがグラウモンは両腕をクロスさせて防御態勢を取っていた。火花が散るほどの衝撃で腕の装甲がひび割れる。
「あいつは一体」
「・・・マッドレオモン」
「えっ?」
さっき、狼のケモノガミに乗っていた少女がいた。
「あいつが言ったの」
「それって、どういう」
「・・・あのマッドレオモンが叫んだの。一緒にいた奴を食い殺して」
「えっ」
それを聞いて、驚きを隠せなかった。
「ギィ……」
短い呻き声。しかしその双眸は爛々と輝き敵を見据えている。マッドレオモンの体重を利用したカウンター。蹴りを放つその動きには一切の無駄がない。
「ゴフッ!」
腹部への強烈な蹴撃に獅子の巨体が吹き飛ぶ。しかし空中で体勢を立て直し着地するや否や再び突進してくる。体格的にはほぼ互角だ。
周囲の被害など眼中にないかのように木々を薙ぎ倒す攻撃はまさに災害レベルだ。
対して、グラウモンは俺達に被害を出さないように、防御に徹している。
「どうすればっ」
そう考えている時だった。
「ルガルモーン!!」
少女の叫びが響き渡る。
それと共に見つめた先には、先程までマッドレオモンに追いかけられていた少女だった。
その少女の声に応えるように、狼を思わせるケモノガミ、ルガルモンが動き出した。
「あれは」
見つめた先では、ルガルモンが木を破壊している。その姿はまるで舞踏だ。身軽に枝間を飛び移りながら次々と幹を切断していく。断裂面から溢れる樹液が雨のように降り注ぐ中、奴は一瞬たりとも足を止めない。
「ウオォォォン!」
雄叫びと共に放たれた爪撃が太い幹を真っ二つに断ち切る。重低音を伴って倒壊する木々がマッドレオモンの進行を阻む天然のバリケードとなりつつあった。
少女が声を張り上げる。その指示に従いルガルモンは巧みに敵を誘導する。怒りに燃えるマッドレオモンは遮蔽物など気にせず突進してくるものの、ルガルモンは軽業師のような機敏さで回避し続ける。
「グラウモン!チャンスだ!」
俺の叫びに応えてグラウモンは構える。
グラウモンの口腔に紅蓮の輝きが宿る。エネルギーが集中するにつれ空気が歪み、金属的な軋み音が喉奥から漏れ出した。
「グオォッ!」
獣の雄叫びとともに放たれる灼熱の火球。直径数メートルにも及ぶ炎弾が一直線に標的へ突き進む。マッドレオモンは反射的に四肢を踏み締めて身構えたが遅い。
衝突。
閃光が炸裂する。爆心地から放射状に拡がる熱波が肌を炙る。炎の舌先が漆黒の毛皮を舐め上げる。瞬く間に黒煙が立ち込めるなかで獅子の断末魔が轟いた。
「ギャアアアァッ!!」
苦悶に満ちた絶叫が森を震撼させる。焦げた毛先から漂う異臭が鼻腔を突き刺す。皮膚組織が炭化していく過程で肉が収縮し、関節の可動域を超えて不自然な角度に歪む。眼球からは蒸発寸前の液体が溢れ出し血の涙となって頬を伝う。
「やめろォォォ!!」
マッドレオモンは狂乱したように四肢を振り回すが制御不能だ。自らの炎によって引き起こされる苦痛に苛まれる姿は拷問器具に掛けられた囚人のようだった。
その悲鳴が突如として消える。代わりに獣特有の唸り声が遠ざかっていく。燃え盛る巨躯は最後の力を振り絞り森の奥へと遁走し始めたのだ。後方では倒壊した木々の瓦礫が燃え広がり始めていた。
「終わった……のか?」
六花が震える声で呟く。俺も安堵の吐息を漏らした瞬間だった。
「ルガルモン!」
鋭い声が響く。視線を向けると先ほどの少女が駆け寄ってきていた。傷だらけの狼型デジモンの傍らに屈み込み、その額に手を添えている。
「大丈夫?無茶しすぎだよ……」
少女の指先が優しく鬣を梳く。ルガルモンと呼ばれた獣は弱々しく尾を揺らして応えた。その光景が奇妙な親密さを醸し出している。
「あなた達は?」
突然少女が振り向き問いかけてくる。警戒心を剥き出しにした瞳には猜疑の色が濃い。
「ただの迷子だよ」
俺はできるだけ柔和な口調を心がけた。内心では未知の存在に対する恐怖と好奇心が入り混じっている。
少女はしばらく品定めするように俺たちを凝視していたがやがて小さく頷いた。
「生き残りが他にもいたなんて……信じられないけど助かったよ」
その言葉に偽りはないようだ。安堵の表情が浮かびかけたがすぐに翳る。
「それで、えっと、あなたは」
「・・・香坂アヤノ」
そう呟いた。