その日の午後、小夜の私室には、甘く気怠い空気が満ちていた。
情事の名残が香る寝台の上、小夜は、満足げに煙管をふかしている。その腕の中では、隠密機動総司令官の厳しい仮面を脱ぎ捨てた砕蜂が、素直な黒猫のように丸くなり、穏やかな寝息を立てていた。
小夜は、その引き締まった、贅肉の一切ないアスリートのような体を、慈しむように撫でる。この鍛え上げられた鋼のような肉体も、それはそれで素晴らしい。しかし、彼女の脳裏に浮かんでいたのは、全く対照的な、もう一人の女の姿だった。
(…松本乱菊。あの、熟れすぎた果実のような体…)
砕蜂の体とは違う、圧倒的なまでの柔らかさと、豊満さ。その重みは、一体、どれほどのものか。
想像するだけで、小夜の喉が、くつりと鳴った。
やがて、腕の中の猫が、身じろぎをして目を覚ます。
「…ん…」
「お目覚めですか、私の可愛い雀蜂」
「……」
砕蜂は、まだ夢現な瞳で小夜を見上げると、その胸に、甘えるように顔をすり寄せた。小夜は、その髪を優しく梳かしながら、命令を下す。
「例の件、どうなりました?」
「…調べて、ある」
まだ眠気の残る、くぐもった声で、砕蜂は報告を始めた。「市丸ギンは…やはり、不審な動きが多い。特に、中央四十六室との間に、不可解な接触が、複数回…」。
その報告は、いずれ瀞霊廷を揺るがすことになる、大きな陰謀の尻尾。
小夜は、その内容に満足げに頷くと、褒美として、砕蜂の唇に深く、長いキスを与えた。
「ご苦労様。本当に、良い子ですね」
役に立てたという喜びに、砕蜂の頬が赤く染まる。その心も体も、もはや完全に、この女の意のままだった。
その日の午後、瀞霊廷には、冷たい雨がしとしとと降り続いていた。
非番の乱菊は、隊舎の喧騒から逃れるように、一人、人気のない東屋の縁側に腰を下ろし、手酌で酒を飲んでいた。降りかかる雨飛沫に、彼女の薄手の死覇装が、じっとりと肌に張り付いている。
それは、意図せずして、彼女の驚異的なプロポーションのラインを、くっきりと浮かび上がらせていた。大きく、重力に逆らうように張り出した胸。きゅっと締まったくびれ。そして、そこから滑らかに広がる、豊かな腰の曲線。
その光景は、まるで雨に打たれる、憂いを帯びた女神像のようだった。
そこへ、傘を差した小夜が、まるでその光景に引き寄せられたかのように、音もなく現れた。
「あら、乱菊さん。こんなところで、一人ですか?風邪を引いてしまいますよ」
小夜は、その女神像の姿に、思わず喉を鳴らす。濡れた布越しに強調された肉体は、普段よりも、さらに淫靡で、扇情的だった。
「…放っといてよ。あんたに関係ないでしょ」
悪態をつく乱菊の声には、いつもの張りがない。ギンとの心のすれ違いが、この冷たい雨と相まって、彼女の心を芯から冷えさせているのだ。
小夜は、構わずその隣に腰を下ろすと、懐から、温かい湯気が立つ、小さな瓢箪を取り出した。
「薬湯のあまりですが、よろしければ。こういう日は、内から温まるのが一番ですわ」
乱菊は、最初は警戒の色を見せたが、ふわりと鼻孔をくすぐる甘い香りと、小夜の有無を言わさぬ穏やかな雰囲気に負け、「…一口だけよ」と、それを受け取った。
ほんのりとした甘さと、体の芯にじんわりと染み渡る確かな温かさに、強張っていた心が、ほんの少しだけ、解けていくのを感じる。
小夜は、何も聞かない。ギンとのことも、その憂いの理由も。
ただ、静かに隣に座り、一緒に雨の音に耳を澄ませるだけ。その「踏み込んでこない」優しさが、逆に乱菊の心の壁を、少しずつ、確実に溶かしていく。
しばらく、沈黙が続いた後。
「…いつか、言いましたわね」
と、小夜が、雨を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「心が凍えてしまった時は、私が温めて差し上げます、と」
その視線が、ゆっくりと乱菊へと向けられる。その瞳には、からかいの色はなく、ただ、深く、そしてねっとりとした、慈愛とも欲望ともつかぬ光が宿っていた。
「…今が、その時ではありませんこと?」
その言葉は、もはや疑問形ではなかった。
乱菊は、何も答えられない。ただ、その熱のこもった視線から逃れるように、俯くだけ。しかし、その行為は、肯定以外の何物でもなかった。
冷たい雨が降る世界で、隣にいるこの女だけが、唯一の熱源のように思えてならなかった。
小夜の言葉に、乱菊は何も答えられなかった。
否定も、肯定も、できはしない。ただ、隣に座るこの女から発せられる、抗いがたいほどの熱に、なすがままに引き寄せられていく自分を感じていた。
冷たい雨、体の芯まで凍えさせるような孤独。その中で、小夜の存在は、あまりにも、甘美な誘惑だった。
「私の部屋に、もっと温まるお酒がありますよ」
それは、問いかけの形をした、決定的な一言。
乱菊は、もう、断ることができなかった。酔いと、寒さと、そして何より、この寂しさをどうにかしてしまいたいという、本能的な渇望に負けて。
無言で立ち上がった小夜の後を、ふらふらと、まるで夢遊病者のように、ついていってしまった。
案内されたのは、小夜の私室に併設された、湯気の立つ、檜の香りが満ちた豪華な風呂場だった。
「まずは、冷えた体を、芯から温めないと。そのままでは、本当に風邪を引いてしまいます」
小夜の言葉は、どこまでも親切で、気遣いに満ちている。しかし、その瞳の奥には、これから極上の晩餐にありつこうとする、飢えた獣の光が爛々と輝いていた。
「…一人で入れるわよ」
乱菊は、最後の抵抗とばかりに、強がってみせる。
「まあ、つれないことをおっしゃる。背中くらい、流させてはくださいませんか?貴女のような、素晴らしいお体を、間近で拝見できる機会など、そうありませんから」
その言葉には、からかいと、嘘偽りのない、純粋な賛美が入り混じっていた。
湯気の中に、乱菊は、ためらいがちに、一枚、また一枚と、濡れた死覇装を脱いでいく。
その衣服が剥がされるたびに、月明かりも届かぬ薄暗い浴室の中、まるでそれ自体が発光しているかのような、完璧な裸体が姿を現した。
小夜は、その光景に、賛嘆のため息を漏らす。
想像以上だった。大きく、しかし完璧な形を保った双丘。きゅっと締まったくびれ。そこから滑らかに広がる、豊かな腰つきと、丸い尻。どこか野性的でありながら、神々しささえ感じさせる、奇跡の造形。
「…本当に、見事な…」
小夜は、手ぬぐいにたっぷりと石鹸を泡立てると、その背後に回り、まずは滑らかな背中から、ゆっくりと洗い始めた。
背中を流す、という口実のもと、その手は、やがて体の前へと回り込んでいく。
そして、ついに、その豊満な胸を、まるで壊れ物を扱うかのように、下から支え、そっと触れた。
「…素晴らしい。まるで、熟れすぎた果実のようですね。重いでしょう?私が、支えて差し上げますよ」
その重み、驚くべき柔らかさ、そして手のひらに伝わってくる、確かな熱。
小夜は、まるで神の創造物を確認するかのように、その胸の形、張り、そして頂点の色と形まで、指先と目で、じっくりと検分する。乱菊は、羞恥と、今まで経験したことのない、あまりにも丁重で、淫靡な扱いに、声を失い、ただ身を強張らせるしかなかった。
湯船の中で、体が温まり、心も緩んでくると、乱菊は、ぽつり、ぽつりと、誰にも言えなかった本音を、漏らし始める。ギンが何を考えているのかわからないこと。側にいても、ずっと独りぼっちのような気がすること。
小夜は、ただ静かに相槌を打ちながら、その話を聞いていた。
そして、湯に濡れた彼女の金色の髪を、優しく指で梳かしながら、こう言った。
「辛かったでしょう。あの男は、実に罪深い。貴女のような素敵な女性を、こんなにも独りで泣かせているのですから」
それは、乱菊が、ずっと誰かに言って欲しかった言葉だった。ギンをただ非難するでもなく、自分を安っぽく慰めるでもなく、ただ、自分の「寂しさ」そのものに、寄り添ってくれる言葉。
彼女の大きな瞳から、ぽろり、と一筋、涙がこぼれ落ちた。
その涙を、小夜は、そっと、自らの舌で拭う。
「…しょっぱい味がしますね。ですが、これも、悪くありませんわ」
そして、そのまま、ごく自然な流れで、乱菊の唇に、そっと、自らのそれを重ねた。
それは、ひどく優しくて、温かくて、そして、全てを許してくれるような、そんなキスだった。
乱菊は、もう抵抗しない。いや、抵抗するという発想すら、もう彼女の中にはなかった。ただ、その温かい唇を、夢中で、貪るように、求め返してしまう。
風呂から上がり、柔らかな寝台の上で、二人は、ゆっくりと、しかし深く、一つになる。
小夜の唇は、再び、あの豊かな胸の頂へと向かう。まるで、巡礼者が、聖地を辿るかのように。
そして、ついに、その硬くなった蕾に、熱い口づけを落とした。
それは、もはや単なる愛撫ではない。完璧な美への、畏敬と賛美を込めた「礼拝」だった。
「あああっ…!」
その瞬間、乱菊の体は、雷に打たれたように、ビクンと大きく跳ね上がった。
今まで、誰にも、こんな風に扱われたことはなかった。自分の体を、これほどまでに神聖に、そして、これほどまでに淫靡に、味わわれたことは。
「ああ、乱菊…貴女は、自分がどれほど美しいか、分かっていなかったのですね」
小夜は、恍惚として囁く。
「私のものになりなさい。そうすれば、私が、毎日、貴女という名の女神を、崇め、奉り、そして、この快楽の祭壇で、生贄にして差し上げますから」
乱菊は、その言葉を聞きながら、何度も何度も、快感の波に打ち付けられる。
初めてだった。自分のこの肉体が、これほどまでの快楽を生み出すことを知ったのは。
自分が、「女」として、これほどの価値を持っているのだと、教えられたのは。
それは、彼女が「女神」として、真に覚醒した瞬間だった。
警戒心の強い女豹の皮は、完全に剥ぎ取られた。
今はただ、自らの美しさと、与えられる快楽に目覚めた、無防備な女神がいるだけ。
その女神が、全てを預けるように、小夜の腕の中で、甘く、蕩けていく。
その姿を、小夜は、最高の悦びと共に、心ゆくまで、味わい尽くすのだった。