なかなか酷い話で、是非これを題材にと思っていたのですが…。
僕…浩志と彼女…瑞希は、子供の頃からずっと同じ地域で育った幼馴染みだ。
本当に、幼稚園の頃からずっと一緒に育った。
僕の側にはいつも瑞希がいて、瑞希の側にはいつも僕がいた。
それが僕と瑞希にとっての”当たり前”だった。
ずっと一緒に居ることが”当たり前”だった。
だから思春期を迎えて、そういうことを意識するようになったら…
…”当たり前”のように、僕と瑞希は結ばれた。
”当たり前”と言ったけど、瑞希と結ばれたとき、僕は本当に、最高の幸せを感じだ。
結ばれてから一年、僕と瑞希は本当に幸せな一時を過ごせた。
そして高校を卒業し、僕は地元の大学に、瑞希は東京の大学に進学した。
遠距離恋愛という形になったけど、僕と瑞希は繋がり続けていた。
遠く離れていても、心は通じ合っていた。
近くに居なくても、心はすぐ側にあった。
この日、僕は一年ぶりぐらいに、瑞希と直接会うことになった。
「久しぶり!またかっこよくなったんじゃない?」
久しぶりに、一年ぶりぐらいに僕の前に現れた瑞希は、何て言うかちょっと…いや、だいぶエッチに見えた。
瑞希の裸も見たことはあったけど、それでもこの時の瑞希はとてもエッチで…僕は興奮を隠しきれなかったと思う。
瑞希は、二人きりになろうよと言って…僕を駅前のカラオケボックスに誘った。
「あっ!あっ!あっ!」
「あんっ!あんっ!おうっ!」
「おっ!おっ!おっ!」
…?
僕は何を見ているんだろう?
…瑞希のスマホ…画面…動画…瑞希の顔…体…裸…そして…知らない、男…。
「こ…これ…これ…?」
「どう?ちゃんと撮れてるでしょ?」
「結構大変なんだからね?ズレるし、ブレるし。」
「え…これって…な…何…?」
「え?何って…私と”ご主人様”の、ハメ撮りだよ?」
ハ…メ…撮り?
「…え…でも、僕たち、付き合って…るんだよね…?」
「うん!付き合ってるね!」
「でも、私には”ご主人様”がいるの。」
「ご主人…様…?」
「それ…どういう…」
「聞きたい?」
「なんでこうなったか…聞きたい?本当に?」
僕の心臓は、爆発しそうになっていた。
そんな中で、僕は唾を飲み込んで…頷いた。
「わかった、聞かせてあげるね?」
大学に進学して間もなく、瑞希は文芸サークルに入った。
そしてそのサークルが新歓コンパを催して、瑞希もそのコンパに参加した。
「参加しようか迷ってたら、行っておいでよって、言ってくれたよね…キミは。」
その新歓コンパで、瑞希は先輩…男の先輩に話しかけられた。
好きな本のことで、その先輩と意気投合した瑞希は…コンパが終わった後、その先輩を…自分の部屋に…。
そこで…。
「LINEでキミに相談しようと思ったんだけど…」
「…キミはゲームで忙しくって、すーっと生返事だったよね?」
「ああ、ごめんごめん、別に責めてるんじゃないよ?」
「責めるわけないじゃん、キミには期待してなかったから。」
…その一夜のことで、瑞希は徐々に変わっていった。
その夜のことを誰かに話すこともなく、瑞希は日々を過ごしていた。
先輩は大学の誰からも好かれていて、あの夜のことは夢か幻だったんじゃないかと、瑞希自身も思い始めていた。
でもあの夜のことは、夢でも幻でも無かった。
先輩が、もう一度瑞希の部屋に行きたいと言ってきた…。
そして、瑞希は先輩の求めに応えて…また…。
「それで、私…”ご主人様”のモノに…なっちゃったの。」
…ここには書けなかったけれど、瑞希は先輩との行為を、細密に、生々しく語って聞かせた。
瑞希の語る行為の詳細に…僕の…僕自身が…惨めにそそり立っていた…。
そして…僕は…。
「…ふふ…興奮したの?」
「良いよ?ここで自分を慰めても…」
「いっぱいいっぱい、慰めて良いよ?」
それから、大学に進学して初めてのゴールデンウィークの話…。
「キミは私が、ゴールデンウィークはどうしよう?って聞く前に…」
「…地元のお友達と、遊びに行く予定を組んでたっけねぇ…」
「キミは、私も大学の授業とか課題とかで忙しいだろうからって言ってたけど…」
「…そういうとこだよ?」
「だからゴールデンウィークは、”ご主人様”と旅行に行ってきたの。」
「ただの旅行じゃなかった。」
「ご主人様が、私を完全に自分の”メス”にするための旅行だった。」
「ゴールデンウィークの間中、朝も昼も夜も、私と”ご主人様”は交尾…そう、交尾に明け暮れたよ。」
「これ、本当に嬉しかった。」
「これで私、完全に、本当に”ご主人様”の所有物(モノ)になれたんだ。」
「キミは…ゴールデンウィークの間中、お友達と遊んでたんだったねぇ?」
…………。
「遠距離恋愛になってから、初めて迎えた私の誕生日…。」
「…キミからの連絡は無かったね。」
「お友達と遊ぶので忙しかったんだよね?」
「ああ、責めてないよ?謝らないで。」
「”ご主人様”はこの日、私にマーキングしたの。」
「意味、わかるよね?」
「”お前は俺のメスだ”って証になるように…。」
…………。
瑞希は話しながら、僕に動画を…”ご主人様”とのハメ撮り動画を見せ続けた。
瑞希の話を聞きながら、スマホの動画を見て、僕は…僕自身を…。
「ほら…ちゃんと見て?」
「見ろ。」
「キミの彼女の、本当の姿、ちゃんと見ろ。」
「目ぇ逸らすな。」
「キミ以外の男に”マーキング”されちゃう、情けない彼女の姿、見ろ。」
「あー…出ちゃう、出ちゃう、出ちゃう…。」
…そこで、僕は…果てた…。
…瑞希は、”ご主人様”に早く帰ってくるように言われてるから、と言って部屋を出ようとした。
僕は…息も絶え絶えという体で、どうにか瑞希に呼びかけた…。
「み…ずき…。」
瑞希はちょっとだけ振り返り、少しだけ思案して…。
「あー…うん…。」
「キミのことが好き。」
「好きだよ?ずーっと好き。」
「私の初めての彼氏、これからもずーっと一緒に居てね?」
それだけ言って、瑞希は部屋を出て行った。
それから後のことは…殆ど、否、何も思い出せない…。
…………。
…………。
…………。
…………。
女の声が、聞こえた…。
「それは構いませんが…なぜ私に?」
「え、あの…海上保安庁とか、海上防衛隊とかでお仕事をされてるんだったら、こう言うときの対処法もご存知じゃないかと思って…。」
「ふふ、それもそうでしたね…確かに仰る通りです、ここは任されましょう。」
「すみません、何か…押しつけちゃって…。」
「いえ、お気になさらず…お気を付けて。」
女は二人…一人は去って、もう一人は残った…みたいだ…。
そう思った所で、女の顔が、僕の視界に入った。
「…大丈夫か?」
女の顔が視界に入った時から、僕の記憶は再開された。
僕の顔を覗き込んで、大丈夫かと言ってきた女の人は、人間じゃなかった。
…艦娘の…戦艦武蔵、だった…。
「…意識は、あるようだな。」
「立てるか?」
聞かれて、僕はなんとか立ち上がった。
同時に武蔵も…武蔵さんも立ち上がった。
武蔵さんは僕よりも頭一つか二つ分背が高くて…僕は武蔵さんに見下ろされる形になった。
「…見たところ、体よりも心をやられているようだな…。」
「正直な所、ちと面倒だが…見てしまった以上、打ち棄てるわけにもいかん…。」
「取り敢えず、そこの店に入ろうか。」
「珈琲一杯程度なら、奢ろう。」
僕は流されるまま、武蔵さんと一緒に、喫茶店に入った…。
武蔵さんは、取り敢えずコーヒーを注文した。
コーヒーが、僕と武蔵さんの前に置かれた。
武蔵さんはコーヒーに口を付けると、目で、僕にもコーヒーを奨めてきた。
武蔵さんの視線に促されて、僕もコーヒーを口にする…。
温かいコーヒーが、僕の意識を少しだけはっきりさせた。
それを見計らったかのように、武蔵さんは口を開いた…。
「少しは落ち着いたようだが…」
「…少しばかり、お前はまだ危うく見える…。」
「お前は、どこから来たんだ?」
武蔵さんが話しかけてくる言葉に…声に…僕の心は…安らいだ…。
この声で問われたら、答えるのが当然…そう、思わせるような、声…。
この直前までの記憶が無い僕は…答えてしまった…話してしまった…。
……瑞希との、ことを…何も、かも…。
僕は話した…僕と瑞希の、何もかもを。
僕の話、その流れに溶け込むように、武蔵さんも時々言葉を挿んだ…。
何を言われたんだろう?…質問だったような…何かの確認だったような…。
そして僕は、僕と瑞希の何もかもを、武蔵さんに話してしまっていた…。
……武蔵さんは、少し思案して、コーヒーに口を付けて…改めて口を開いた。
「…差出口であることは承知の上で言わせてもらうが…。」
「まず、瑞希さんとは別れろ。」
!?
ここで僕の心に、全身に、衝撃が走った。
瑞希と…別れろ?
なぜ今知り合ったばかりの武蔵さんに、そんなことを…!
「な…なんで…そんなこと…言われなきゃ、ならないんですか…!」
「武蔵さんは…い、今ちょっと…話を聞いた…だけなのに…!」
「瑞希さんと離れなければ、お前は死ぬ。」
!?
し…死ぬ?
僕が?…バカな、いくら何でも…そんな…そんなことが…あるわけない…!
「死ぬ…って!」
「そんなこと!だって、僕は、僕はこうして…!」
「ならば問うが」
「ここは何処だ?」
?
…ここは何処か?
「…何処かって…き、喫茶店でしょう?」
「ならば、何処の、何と言う喫茶店だ?」
「何処の、って…」
「……?」
「最寄り駅は何駅だった?」
最寄り駅…そういえば、わからない…。
「さらに問うが」
「お前は今、私に捕まらなければ、どこに行くつもりだった?」
僕の…行き先…?
わからない…僕は、どこに行こうとしてたんだ…?
「もしかすると、お前は今日が何月何日かもわかっていないんじゃないか?」
「え…今日は…○月×日…でしょ?」
「違う、今日は○月■日だ。」
!
…あれから、何日も経っていた?
あれから、僕はどうしていたんだ!?
武蔵さんは、話を続けた。
「…お前は、精神に異常を来し始めている。」
「控えめに言っても、お前は自分を見失っている。」
「自分を見失うということは、ある意味でお前の死を意味している。」
「このままでは、お前は良くて廃人となり…悪くすれば、本当に死ぬことになる。」
「そしてその原因は明らかに瑞希さんだ。」
このままでは、僕は…死ぬ?
「それに言わせてもらうが。」
「やはりお前の心は、既に瑞希さんから離れている。」
「最早お前に、瑞希さんの側に居る理由はない。」
僕の心が、瑞希から…離れている?
そんなバカな!
「…何を、言ってるんですか…!」
「ぼ、僕と瑞希はっ…大学に進学してからも…ちゃんと…連絡し合ってたんですよ…!」
「どんなに離れていても、僕と瑞希の心は…!」
「しかしお前は、瑞希さんが”ご主人様”とやらに犯された直後のLINEに」
「ゲームをしながら、生返事で対応していたのだろう?」
「ゴールデンウィークの時も、もしかしたらこの時、久しぶりに会えるかもしれなかったのに」
「お前は瑞希さんに連絡もせず、地元の友達と予定を組んでしまった。」
「瑞希さんの誕生日に至っては」
「お前は瑞希さんに声をかけることすらしていない。」
「…………!」
「私はいわゆる、誰とでも寝る艦娘(おんな)ってヤツで…」
「…清い交際というものについては、わからないことの方が多い。」
「だが、そんな私の目から見ても、お前が打った手は」
「どれもこれも最悪の悪手だったと言わざるを得ない。」
「お前にとって、瑞希さんからのLINEなどは、最早ネット広告のようなものになっている。」
「…そう判断されても仕方がない。」
「やはりお前の心は既に、いつの間にか、瑞希さんから離れていたのだ。」
それでも僕は反論しようとした…けど!
「そう言えばお前の話の中に、クリスマスの話題が出てこなかったな。」
この一言で、僕の心は折られてしまった…。
遠く離れていても、心は通じ合っている。
近くに居なくても、心はすぐ側にある。
そんなこと、都合の良い思い込みに過ぎなかった。
現実の僕は、僕の心は、とっくに瑞希から…。
…僕、は…
「死にたくなったか?」
!!
僕は顔を上げ、武蔵さんの顔を見た。
武蔵さんと、目が合った…。
「確かにお前が打った手は、どれもこれも最悪の悪手だった。」
「自分で自分を死刑に処したい。」
「お前がそう思うのも、無理はない。」
「…………。」
「だが、お前の死刑は、既に執行された。」
「死刑にやり直しというものは無い。」
「この後、お前がすることは…」
「…生まれ変わって、刑場を出ることだ。」
「生まれ変わって、って…。」
僕の言葉が終わる前に、武蔵さんは右手の指先を、僕のこめかみに当てた。
「こっちを見ろ。」
「目を逸らすな。」
「あ…。」
僕は、武蔵さんの赤い瞳から目を離せなくなった…。
「…思い出せ、お前が大学に入ってから出会った人たちのことを。」
「その人たちは、どんな人たちだ?」
…大学に入ってから、出会った人…。
安藤先生、高橋くん、宮原さん、野中くん、神谷くん、斉藤さん…。
みんな…すごく良い人たちだ…。
みんな…いろいろ戸惑ってばかりだった僕のことを、助けてくれた…。
「思い出せ、お前が大学に入ってからも、一緒に遊んだ友人たちのことを。」
「その友人たちは、どんな友人たちだ?」
僕の…以前からの友達…。
野中、村岡、白石と…黒川さん、野々宮さん…。
みんな別の道に進んでも、僕と居るのが楽しいと言ってくれた…。
みんなと一緒に遊ぶのは、バカバカしくて、くだらなくて…それでもそれは大切な時間で…。
「…死ねません…やっぱり…。」
僕が声を絞り出すと、そこで武蔵さんは僕のこめかみから手を離した。
武蔵さんは、またコーヒーに口を付けて、話し始めた。
「もしかすると、お前は人の話を聞いたり、人からの手紙を読んだりするのが面倒だと感じているのではないか?」
「だから瑞希さんからの便りに対して、実を伴った対応が出来なかった…。」
「…………。」
そうかもしれない…いや、そうだ…。
「これは扶桑…私の同僚からの受け売りだが」
「人が誰かに何かを伝えるとき、中核になっているのは」
「”何が”、”どうなのか”」
「…この二つだけだ。」
「人が誰かに何かを伝えるとき、どれだけ多くの言葉を、単語を用いたとしても」
「その人が本当に伝えたいことは」
「”何が”、”どうなのか”」
「…この二つだけだ。」
「この二つ以外の言葉は、単なる但し書き、言い訳、言い逃れに過ぎない。」
「だから人の話を聞いたり、人からの手紙を読むことは」
「言葉の中から”何が””どうなのか”を取り出す…ゲームだと思えば良い。」
「こうして、ただゲームをしているだけでも」
「お前は、人の話や便りに対して、実のある対応をしていることになる。」
「…瑞希さんに対しては…もう手遅れだが…。」
「今、お前の周りに居る人に対しては、こんな風に接すれば良い。」
「今、お前の周りに居る人たちを大切に、な。」
人の話を聞くなんて、たったこれだけのことだったのに…僕は…。
「武蔵さん…。」
「…何だ?」
「……ありがとうございます。」
僕の「ありがとう」に対して、武蔵さんは黙って頷いた。
「それから、瑞希さんと別れる件だが」
「別れ話に際しては、いくつか注意点がある。」
「落ち着いて、決心が付いたら…。」
武蔵さんは、僕に名刺を差し出した。
海神警備・岩川台営業所
一等警備正 黒鉄 武蔵
営業所所在地:…
「この営業所敷地内にある甘味処・間宮へ来い。」
「私が居れば、そのまま私が説明するし…」
「…私が居なくても、店主の間宮さんに、文書にした説明を預けておくから」
「間宮さんからその文書を受け取ると良い。」
…こうして僕は、日常生活に戻ることが出来た。
…………。
…………。
…………。
…………。
それから一ヶ月ほどして僕は…また、瑞希に会うことになった。
「やあ、一月ぶり…ぐらいかなぁ?」
「悶々としてた?」
「私と”ご主人様”の最新動画、持ってきたよ?」
「彼氏のキミに、存分に楽しんでもらいたいなぁ…。」
(まずは余計なことは言わず、結論・要求を打ち出せ。)
「…瑞希…僕たち、もう別れよう。」
瑞希は一瞬、言葉を止めた。
何秒かの時間を掛けて、僕が言ったことを理解してから…。
「別れる?」
「なにそれ?どういう意味?」
「言葉の通りだよ。」
「僕はこんな状態には耐えられない。」
(基本的な方針は三つだ。)
(まず、自分に非があることを認めること)
(次に、話の流れに逆らわないこと…具体的には、下手に出ること)
(そして、それでも”別れる”という点は譲らないこと、だ。)
「…この前、瑞希に言われるまで自覚出来ていなかったけど」
「確かに僕は瑞希のこと、そんなに大事に思えてなかった…。」
「十年も近くに居たのに…心って、こんなに変わってしまうんだ…。」
「瑞希は、僕のこと責めてないよ、大丈夫だよって言ってくれてたけど」
「やっぱり僕は、最低な男だったんだ…。」
「最低な僕は、瑞希に相応しくない。」
「だから僕は、君から離れることにするよ。」
「…何?」
「私から、逃げようって言うの?」
「やっぱりキミって、骨の髄から”負け犬”なんだね。」
(罵倒や侮蔑が返ってきたら、むしろ好都合だ)
(瑞希さんがお前を罵倒、侮蔑してきたときは…)
「…うん、そう…そうだよね。」
「今の瑞希を見ていられない僕は、確かに負け犬で弱虫だ。」
「これは僕のせいなのに、でも僕にはどうしようもなくて…」
「こんな僕は、やっぱり瑞希には相応しくない。」
「…だから僕は、瑞希の傍から離れるよ。」
「もう、瑞希に連絡することもない。」
「さようなら。」
「ちょ、ちょっと、待ってよ?」
(必要なら、この一言を添えろ。)
「…瑞希にはもう、”ご主人様”がいるから」
この一言に、瑞希は固まった。
僕は、固まった瑞希の姿を確認してから…
「もう僕は、瑞希にとっては要らない存在だから…」
「本当に…さようなら。」
僕は瑞希に背を向け、速歩でその場を離れた。
…この時から、僕は瑞希と連絡を取っていない。
喪失感は大きかったけど、今、僕は穏やかに日々を過ごせている。
****************************************************************************************************
私に背を向けて、速歩で去ろうとする彼…浩志の姿に、私ははっきりと逆上した。
別れる?
そんなことが許されると思ってるの?
キミは私の幼馴染みで、彼氏なんだよ?
”ご主人様”には遠く及ばない、哀れで惨めな、セックスもさせてもらえない可哀想な彼氏なんだよ?
キミはそんな彼氏でなければいけないの。
私と別れるなんて、許されるはずがないでしょう?
私が彼を追いかけようとしたとき…突然、私の前に壁が現れた。
いや、それは壁ではなくて…人、大きな女の人だった。
「ちょ、ちょっと!退いてください!」
私がその女の人に言うと、その女の人が応えた。
「無駄ですよ、瑞希さん。」
「浩志さんの心は、既にあなたから離れています。」
!?
私は顔を上げて、その女の人の顔を見た。
…報道とかで時々見かける顔…艦娘の、戦艦大和…だった。
でも、何で艦娘の大和が、私と彼のことを…?
「な…何なんですか?あなた…!」
「…艦娘のあなたが、どうして私と、彼の名前を知ってるんですか?」
私に問われて、この大和は答えた。
「…人生の節目には、新たな出会いが付きものです。」
「浩志さんも人生の節目を迎えるにあたって、私と…私たちと出会った。」
「それだけのことですよ。」
「…丁度あなたも、大学進学を機に、”ご主人様”と出会えたように、ね。」
………!!
この大和…”ご主人様”のことまで…!
…だから、何?
彼は私の彼氏なの!哀れで惨めで可哀想な彼氏なの!
それが、当たり前、なの…!
「彼の心が、私から離れてる?」
「ありえません!」
「だって、彼は私の幼馴染みで!十年も一緒に育って…!」
「でも浩志さんは」
「あなたが”ご主人様”と”出会った”時も、等閑に対応しましたし」
「ゴールデンウィークの時も、あなたよりも地元のお友達を優先してしまいましたし」
「お誕生日の時なんて、あなたに声もかけてこなかった。」
「あ、そういえば、クリスマスの時は、どうしていましたか?」
「…まあ、確かに酷いお話ですけど…」
「これって、浩志さんの心が、もうあなたから離れてしまったという証ではありませんか?」
………!!
大和はさらに言葉を続けてきた…!
「それにあなただって、本当はこのことを認めているでしょう?」
「な…何を、言ってるんですか…!」
「そ、そんなこと、ありえません!」
「彼の心が、私から…離れてるなんて…!」
「それを、私も…認めてるなんて…!」
「あなたは、”ご主人様”の”メス”なのでしたね?」
「あなたは、”ご主人様”の所有物(モノ)なのでしたね?」
「これって、あなたとセックス出来るのは”ご主人様”だけで」
「彼氏である浩志さんには、あなたとのセックスを許さないってことですよね?」
「実際、この前にあなたが浩志さんと会ったときも」
「あなたは、”ご主人様”とあなたとの”ハメ撮り動画”を、浩志さんに見せ付けただけで」
「浩志さんを受け容れることもなく、その日は別れたんでしたよね?」
「…そ…それが…どうしたって…言うんですか…」
「私は…私は、”ご主人様”の…彼は…私の…」
「…ご覧の通り、私は艦娘です。」
「私は女の肉体を持ちながら、”妻”を持つことが出来る身です。」
「それで、私にも”妻”が、”妻”と呼べる相手が居るのですが。」
「私の”妻”は…まあ所謂、”ビッチ”でしてね…」
「私という”夫”がいるのに、誰とでもセックスをするんですよ…」
「…………?」
「ちょっと気が合っただけの相手と、ちょっと気持ちが通じただけの相手と、ちょっと心を通わせただけの相手と」
「…本当に、誰とでもセックスするんです…私の”妻”は。」
「だから…私の”妻”は、私とのセックスも、欠かさないんです。」
「…何が言いたいんですか…大和…さんは…?」
「いえ、私の”妻”は浮気性のビッチですけれど」
「それでも私の”妻”ですから、私とも心を通わせていますから」
「私からの求めを拒むことはありません。」
「ですから、そんな私から…私たちから見れば」
「浩志さんのことを”彼氏”と呼びながら、浩志さんに肉体を許さなくなったあなたは」
「本当に浩志さんを彼氏と思っているのか、本当に浩志さんと心を通わせているのか」
「…どうにも疑わしく思えます。」
「浩志さんは、本当にあなたの彼氏なのですか?」
「か…彼氏ですよ!き…決まってるじゃないですか!」
「なら、そのことを私に証明してください。」
「しょ…証明…って…。」
「世間一般に通用するような証明でなくても構いません。」
「今、ここに居る”私一人を”納得させてみてください。」
そんなこと…言われても…。
「”ご主人様”とのセックスを見せ付けて、浩志さんを苦しめておきながら」
「ただ苦しめただけで、何の癒しも与えないなんて。」
「私からすれば、どうにも理解に苦しむ話です。」
「あの子だって…私の”妻”だって」
「浮気性でビッチな自分に、お仕置きしてくれ」
「…なんて言って、私の情欲を受け入れ、求めてくれるのに。」
「本当に、全く、私には理解出来ない話です。」
「…………。」
「証明出来ない?」
「それなら、やっぱりあなたと浩志さんは、もう彼女彼氏の関係じゃないんですよ。」
「…………。」
「浩志さんの心は、既にあなたから離れていますし」
「あなたの心も、既に浩志さんから離れています。」
「…………。」
「あなたの側に、もう浩志さんは居ません。」
「あなたは”ご主人様のメス”なのですよ。」
「あなたは”ご主人様の所有物(モノ)”なのですよ。」
「…そしてあなたの側に、もう浩志さんは居ません。」
…そうだ…。
私は、”ご主人様のメス”…。
私は、”ご主人様の所有物(モノ)”…。
そして、彼はもう…。
…これが、私の現実…。