まま、なんでこんなことをするの。痛いよ、ママ。なんで、なんで?
パパがでていったのも、ぜんぶわたしのせいなの?
◆
なんだかおなかがちょっとだけ痛い。
ずうん、て重たい感じ。
わたし、なにか変なもの食べちゃったのかな。
トイレに行きたくなって、ぱんつをおろしたらびっくりした。
ぱんつが赤かった。
血の色。
どろっとした、赤いのがついてる。
え、ておもった。なんでって。
ひざをすりむいた時とおんなじ色。でも、ころんでない。どこもぶつけてない。
なのにどうしておまたから血が出てるんだろう。
こわくなった。わたし、なにかの病気なのかな。このまま、死んじゃうのかな。
なみだが出てきた。どうしよう。どうしよう。
「ママ!」
わたしはママをよんだ。
「ママ、きて! たすけて!」
ドアが開いてママが入ってきた。手に茶色いお水が入ったグラスを持ってる。
お酒の匂いがした。ママは最近お酒をよく飲む。
「どうしたの、騒いで」
「ママ、ち、血が……!」
「血?」
「ここから、血がいっぱいでてるの! わたし、しんじゃうの……?」
わたしが自分のぱんつを指さす。
ママはわたしの足のあいだを見た。それからわたしの顔を見た。ママの目が、すうっと細くなる。
笑ってない。おこってもない。なにもないこわい目だった。
「あら。もうそんな体になったの」
「え……?」
「死なないわよ。それは病気じゃないから」
ママはグラスを置いた。カタン、て音がする。
「それはね、あなたがもう子供じゃなくて女になったっていうしるし。これから毎月、あなたを汚すものが始まっただけ」
「よごすもの……?」
「そうよ。これであなたも男を産める体になった。男を喜ばせるための体になったの」
ママは机の上の写真を見た。わたしとママとパパが笑ってる写真。
「男なんて」
ママがぽつんと言った。
「みんな同じ。汚くて、身勝手で、平気で裏切る生き物よ」
こわい。ママの声がこわいよ。
「あの人と同じ。優しい言葉を口先だけで並べて、その舌の根も乾かぬうちに違う女のところで同じことをする。そういう生き物なの」
ママの目が写真からわたしに移った。べたべたした、こわい目。わたしはちょっとだけぶるぶるした。
「あなたももう女になった」
「……」
「そしたらきっと男が寄ってくるわ。甘い言葉であなたを誘惑して、その体をめちゃくちゃにして、飽きたら捨てるの。パパが私にしたみたいにね」
ママが立ち上がって、どこかへ行った。戻ってきたとき、ママは黒くて長いものを持っていた。わたし、そんなもの見たことない。変な形。ベルトとその先に太い棒がついてる。
「だから教えてあげる」
ママがそれを自分の腰に巻いてる。カチャって音がした。
「男があなたに何をするか。男の汚い欲望があなたをどれだけ痛くさせるか」
「……ママ?」
「私が先に教えてあげる。そうすれば、もう誰もあなたを傷つけられないでしょう?」
ママが笑った。でも目は笑ってない。腰の黒い棒がぶらんと揺れた。
心臓がすごくドキドキする。うるさいくらい。なんで。なんでママはそんなもの持ってるの。なんでそんな顔してるの。
「さあ、始めましょうか。雪ちゃん」
その声はもうわたしの知ってるママの声じゃなかった。
「ママ、それ、なあに……?」
「なあに、怖いの?」
ママがお布団に近づいてくる。一歩、また一歩。腰の黒いものが、歩くたびに揺れてる。
「大丈夫よ。これはね、男の人の『アレ』と同じものだから」
「いや……」
「何がいやなの? これからあなたが何度も経験することよ。男にこうやってめちゃくちゃにされる運命なの」
「やだ、ママ、やめて」
からだが勝手に後ろに逃げた。でも逃げるところがない。
「いい子だから、動かないで」
「いや! いやだ!」
「うるさい」
ぱん。
ほっぺが、すごく熱くて痛い。ママがぶった。はじめて。
「どうして言うことが聞けないの? あなたのために言っているのに」
「ごめ、なしゃ……」
「分かればいいの。さあ、こっちに来なさい」
ママがわたしの腕をつかんだ。すごく力が強い。
「いや! はなして! ママ、はなしてよ!」
「暴れないで。服を、脱がせてあげるから」
びりびり。
わたしのパジャマが、胸のところから破れた。すうっと冷たい空気が肌に当たった。
「やめて! やだ、やだあ!!」
「あら、綺麗な体。でもすぐに汚されてしまうのよ、男にね」
ママはわたしをベッドに押しつけた。わたしの上に、ママが乗ってくる。ママのくさい匂いで息ができなくなる。
「まずはここからね」
ママの指が、わたしのおなかをなでる。そして、ゆっくり下に行く。
「ひっ……!」
「こんなところ、自分で触ったことある?」
「ない……! やだ、さわんないで!」
「男はね、こういうところをいやらしく触るのよ。こんなふうに、ね」
ママの指がわたしの足のあいだにむりやり入ってくる。やだ、なにをするの? やだよ、ママ……
「やだ! ママ! そんなとこ、指、やだあ!」
「嘘つき。体は正直よ」
ママはわたしの足を、うんと開いた。腰の黒いものが、目の前にある。大きい。
「さあ、よく見なさい。これがこれから貴方の中に入るものよ」
「むり、そんなの、はいらないよ……!」
「大丈夫。無理矢理こじ開けて、入れてあげるから」
黒いかたまりの先がわたしの足のあいだにあてられる。かたくて、つめたい。
「いい? これが男がすること。お前の都合なんて、何も考えていないの」
「いやあああああッ!」
「まずは、ご挨拶」
ぐりぐり、と先のまるいところが一番いやなところにあたる。からだが、びくんびくんて跳ねる。
「いやっ、あ、やめ……!」
「声が可愛いわね。もっと聞かせて」
「あ、ああッ! そこ、だめ……! い、ったぁ……!」
「男はね、こういう反応が大好きなの。嫌がれば嫌がるほど、興奮するのよ」
ママが笑ってる。たのしそう。わたしが苦しい顔をしてるのを見て、うれしそう。
「じゃあ、そろそろ本番ね」
黒いかたまりが、わたしの穴のところにぴったりくっついた。すごく大きくて、こわい。
「ママ、おねがい、ごめんなさい! ゆるしてください!」
「許す? 何を? これは、あなたへの『教育』なのよ」
「いやだ! しんじゃう! ほんとうにしんじゃうから!」
「死なないわよ。ママだって最初は痛かったの。でも死ななかったわ」
ずっ。
へんな痛み。ひふが、むりやり……いた、痛いよお……
「いっ……! いたい!」
「まだ先端だけ。こんなので音を上げないで」
「あがッ、ぎ、ぃ……!」
ぐぐぐ、ってなにかが入ってくる。からだが、びりびりするみたい。熱い。痛い。息ができない。
「ほら見なさい。こんなに簡単に入る」
「むり、むりむりむりッ!」
「もう遅い」
ずぶり。奥までいっきに入ってきた。
「いだあ゙あ゙ァァああああァっ!!!」
さけんだ。からだの中が、焼けるみたいに痛い。骨がおられそう。かたいものが、無理やり入ってくる。びぎっ、て体の中でなにかが切れた音がした。
「う、ぐ……あ……が……ッ!」
「やっと入ったわ。ほら、こんな奥まですっかり私の物でしょう?」
なみだが、とまらない。かってに出てくるなみだが、まくらをぬらしていく。
「どう? 男に犯される気分は」
「……ひぐっ……うぅ……」
「まだ泣く元気があるのね。偉いわ」
ママが、ゆっくり腰をうごかしはじめた。ぐ、ぐ、って体の中をなにかが動く。
「いたい……いたいです……」
「そうでしょうね。痛いのよ。男は、こうやって力で女を支配するの」
「う、あ……! あぐ……っ!」
「声、もっと出していいのよ。あなたの悲鳴、もっと聞きたいわ」
ずくん、ずくんて、何度も強くされる。そのたびに、からだの奥がすごく痛い。
「や、めて……もう、やめてください……!」
「あらどうして? これからが楽しいところじゃない」
うごきが、だんだんはやくなる。はげしくなる。
「あッ! あっ! ああッ!」
「そう、その顔。苦痛に歪んでみっともない。男は、その顔が大好きなのよ」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
「何を謝っているの?」
「わかんない……! でも、ごめんなさい……!」
「そうね。女の子に生まれたことが、あなたの罪よ」
ガン、ガン、てからだの奥のやわらかいところを、かたい棒がなんどもなんども叩く。
「ひぃッ! あ、あ、あぐぅッ!」
「気持ちいい? なんて、聞いても無駄よね。痛いだけだもの」
「……っ! ……っ!」
「返事もできないの。可哀想に」
ママはわたしの髪の毛をつかんだ。むりやり顔をあげさせる。なみだでぐちゃぐちゃのわたしの顔を、うれしそうに見てる。
「綺麗な顔が、めちゃくちゃ。かわいそうね」
「まま……」
「なあに?」
「どう、して……」
「どうしてですって? さっき言ったでしょう。あなたのためよ」
うそだ。これが、わたしのため? こんなに痛くて、くるしくて、いやなことが?
「あなたがいつかこうなる前に、私が練習させてあげているの」
「こん、な……こと……」
「感謝しなさい。これであなたは、男の汚さを体で理解できたのだから」
また、はげしい動きがはじまる。もう、ことばが出ない。ひっ、とか、うっ、とか、へんな声しかでない。
「あ……が……ぎぎ……うぐ……ッ!」
「ほらもっと。もっと汚い声で、鳴いてごらんなさい」
ママは今度はわたしをひっくりかえして、うしろから痛くしてきた。
「ひぐっ……! ごめ……なさい……ごめんなさい……ッ!」
頭が、ぼうっとする。からだの感じが、だんだんわからなくなってくる。痛みだけが、ずっとある。ママの顔が、にじんでみえる。わたしのしってるやさしいママはどこにもいない。
「あら、もう終わり?」
腰のうごきがとまる。
「つまらないわねえ。ねえ、聞いてるの? 終わり?」
ママはわたしの髪の毛を掴んで、顔を近づけてくる。
わたしがなきながら、「もう、やめて」とお願いすると──
ゆっくり、からだの中からいたいやつが出ていった。ぬるぬるしてて、きもちわるい。
「……はぁ……っ……はぁ……」
やっと、息ができる。でも、からだはぜんぜんうごかない。足のあいだが、じんじんしてすごく熱くて痛い。
「見なさい。あなたの初めては、私がめちゃくちゃにしてあげたわ」
ママは、腰の黒いものを見せてくる。さきっぽが、わたしの血で赤くなってた。
「これでもう安心ね。どんな男に抱かれても、今日のことを思い出せば決して快感なんて得られないでしょうから」
ママは、うれしそうに言った。それから腰のベルトをはずす。ぽいって、床に投げた。
「今日はもうやすみなさい」
ママはなにもなかったみたいに部屋から出ていった。パタン、とドアがしまる音。
わたしはよごれたベッドでひとりぼっち。
血の匂いがする部屋で、わたしはずっとずっと泣いていた。
ママ。
どうして。
どうして、ママはわたしにこんなことをするんだろう。
わたしが、なにかわるいことしたのかな。
パパがいなくなったのは、わたしのせいなのかな。
わからない。
なにも、わからないよ。
ただ、いたい。
こころが、からだよりずっといたいよ。ママ。
◆
雪の部屋のドアを、久美子は静かに閉めた。
背後のドアの向こうから、圧し殺したような嗚咽が微かに聞こえる。その音に久美子の胸の奥が氷の針で刺されたように小さく痛んだ。だが、彼女の表情は能面のように変わらない。
リビングに戻り、テーブルに置いたグラスを手に取る。
琥珀色の液体を一口煽ると、喉が焼けるような熱さが食道を下っていった。
アルコールだけが、ささくれ立った神経を鈍らせてくれる。
久美子はソファに深く体を沈め、目を閉じた。
瞼の裏に浮かぶのはあの男の顔。
夫だった男、高広。
久美子は彼を愛していた──心の底から。
久美子の世界のすべてだったのだ。
不器用で、口下手で、けれど笑うと子供のように目尻に皺が寄るその顔が好きだった。大きな手が好きだった。低い声が好きだった。高広の腕に抱かれて眠る夜が久美子にとっての幸福のすべてだった。
雪が生まれた日、高広は泣いていた。
「ありがとう、久美子。俺、父親になるんだな」
久美子の手を握るその手は、いつになく震えていた。その時の高広の涙を久美子は今も覚えている。この幸福は永遠に続くと疑いもしなかった。
崩壊はあまりに突然だった。
些細な変化だった。帰りが遅くなる。携帯電話を肌身離さず持つようになる。時折、知らない香水の匂いが彼のシャツからした。問い詰めても、高広は「仕事だ」「考えすぎだ」と笑うだけ。しかしその笑顔がいつからか張り付けたような、薄っぺらなものに変わっていったことに久美子は気づいていた。
そして、あの日。
「別れてくれ」
テーブルを挟んで、高広は言った。あまりに平坦な声だった。
まるで、明日の天気を告げるかのように。
「好きな人ができた。彼女と一緒になりたい」
言葉の意味が理解できなかった。頭が真っ白になる。
「待って、どうして。わたし、なにかした? 雪のことはどうするの」
「雪はお前が育てればいい。養育費は払う」
「そういうことじゃない!」
久美子は叫んだ。
「愛してるって、言ったじゃない! 永遠に一緒だって……!」
すがりつく久美子に、高広は心底面倒くさそうな顔を向けた。そして決定的な一言を放ったのだ。
「ああ、言ったな。でも、本気じゃなかった。お前といると楽だっただけだ」
久美子の世界が音を立てて砕け散った。
楽だっただけ。その一言が久美子の十数年をすべて否定した。愛も、献身も、幸福な記憶も、すべてが安っぽい偽物だったと突きつけられた。
高広は最初から久美子を愛してなどいなかったのだ。
それからの日々は、地獄だった。
家のすべてが高広との思い出を呼び起こす。笑い声が聞こえる。匂いがする。幻覚と幻聴。夜ごと、裏切りの言葉が耳元で繰り返され、久美子は眠れなくなった。
そして、憎んだ。
自分からすべてを奪い去り、新しい女と今もどこかで笑っているであろう高広を。
それと同じくらい、高広を忘れられない自分自身を憎んだ。
憎しみはやがて雪へと向かった。
娘、雪。
日に日に高広に似てくる。笑った時の目の形。少し頑固なところ。ふとした瞬間の横顔。そのすべてが久美子の癒えない傷をえぐり続けた。
この子は、あの男の血を引いている。
私を捨てた男の分身だ。
この子がいなければ、私はもっと早く、すべてを忘れて楽になれたのかもしれない。
憎い。
憎くて、憎くて、たまらない。
だから壊してやりたくなった。
あの男が残した、唯一の「宝物」を。あの男が父親面をして時折気にかけるこの娘を。
雪をぐちゃぐちゃに汚して壊してしまえば、あの男への最高の復讐になるのではないか。
──違う
久美子はかぶりを振った。グラスの中の氷がからんと虚しい音を立てる。
違う。それだけじゃない。
憎い。けれど、愛しているのだ。
雪は高広の娘であると同時に、久美子が腹を痛めて産んだたった一人の娘なのだから。
初めて「ママ」と呼んでくれた時の、舌足らずな声。小さな手で必死に久美子の指を握ってきたぬくもり。それもまた本物だった。
この憎しみと愛情の矛盾が久美子を狂わせる。
高広をまだ完全に憎みきれない自分がいる事に、心がばらばらに砕け散りそうになる。心のどこかであの幸福だった日々を忘れられずにいる。
だから高広との唯一の繋がりである雪を手放すことなどできない。
そして久美子はこう思う様になる。
──いつか雪も自分と同じように男に裏切られ、捨てられる。あんな地獄を、この子に味わわせてはならない。ならば、その前に自分が教えてやるのだ
と。
男の欲望がどれほど汚らわしいものかを。
体を繋ぐ行為がどれほど暴力的で、屈辱的なものかを。
愛なんて信じた先には、絶望しかないという事を。
自分が先に雪の心を殺しておけば、もう誰も娘を傷つけることはできない──そんな歪みに歪んだ、母親としての究極の愛を久美子は抱いた。
写真立てに目をやる。
幸せそうに笑う、三人の写真。
高広。雪。そして、まだ狂っていなかった頃の久美子。その頃の自分の笑顔を見ていると、久美子は何やらもう堪らない気持ちになる。
「うううう~!! ぐううううう……」
久美子は呻き、空のグラスに酒を注いだ。
(了)