※主にイブキちゃんがかわいそう
――えへへ、イロハ先輩! みてみて! これね、先生とイロハ先輩の絵!
花開いた笑顔が手に持ったイラストを見せびらかしてくる。くちゃくちゃに引かれた線はつたなくも人の形を成していて、書き手の懸命な気持ちが込められているのが見て取れるようだった。
こういう時のイブキを褒めてあげると本当に喜んでくれる。とても上手ですね、一生懸命描けていましたね。きっと先生も喜んでくれますよ……
――ほんと!? じゃああとで見せたいな……あっ! それじゃあ今からシャーレにいきたい! イロハ先輩、今日は当番なんだよね!
いわれるままにちらりと時計に目をやれば、針はすでに予定の時刻に差し迫っている。ここから近場の駅へ向かえば十分間に合う距離だ。
余裕はある。それこそ、自分よりも小さなイブキと一緒に手を繋いでも。
――じゃっ、じゃっ! いっしょにいこ! ……へへ~、久しぶりに先生とお仕事だー!
慌てちゃダメですよ。さ、荷物を用意して……忘れ物はありませんね。
――うん! ……えへへ、楽しみ!
お気に入りのバッグにお気に入りの筆記用具と画用紙を詰め込んで。無邪気さを絵に描いたような表情を向けてくれる。あどけない、天真爛漫な笑顔はいつも心を穏やかにさせてくれる。
小さな手をキュッと握って、はやる気持ちを抑えられずに足早になって引っ張ってくる。子供故の弱い力だから強く引っ張られることはなく、楽し気な気持ちに釣られてこちらの足も速くなっていく。
――イロハ先輩! イロハ先輩! 先生、イブキが来たら喜んでくれるかな!
もちろんですよ。きっと、先生も心待ちにしているでしょうからね。
――そっか……そうだよね!
無邪気に手を引っ張られて、ついこちらも顔をほころばせてしまう。
こんなに積極的に行ったら迷惑ではないだろうか。いやでも、あのお人よしな先生ならきっと大丈夫だろう。どんな生徒であれ、受け入れてしまうのが彼の美点であり欠点なのだからと……まるで気持ちを汲み取っているかのように、青年の心情を察しながら。自分の手を握る少女よりも負けないくらいに、気持ちを行き先へとおいていることに気づきながらも見ないふりをして……
そこで、夢は終わった。
※
噴きあがるように持ちあがった首が、まるで体から離れていくのかと言う程にグイッとつんのめっていく。迸る衝撃が、顔に向けて発生したと認識し、視界と鼻先が「ぷしゅっ」と噴き潰れた風船のごとく乾いた音を漏らした。
浮き上がるものが、自分の頭だと認識した。体を横にさせたまま、自分の頭が胴体に繋がっていながら、まるで持ち上げられるみたいに首だけを上につんのめらせて――その時になって、気づく。地についていた自分の頭が、蹴り上げられただけなのだと。
力を込めた渾身のキックは、少女ほどの小さな頭をサッカーボールのごとく軽く浮きあがらせ、軽快な音を無機質な壁に「くしゃっ」と鈍い音を残した。
地に落ちた頭は「ぷぐっ゛……ぐ、ぷぐっ……ん゛……っ゛」とくぐもった苦悶の声しか溢れない。血と肉片が交じり合う口内は痛みを表現しようとして喉からせり出そうとしていく。それなのに、全身を苛む激痛がいくら走ろうとも掠れた音しかひり出せないのが、『ソレ』の喉と口がもはや何の役にも立たないのだと答えを提示していた。
「へったくそ~~~~!!! ぜーんぜん声でてねぇじゃんよぉ~」
「うるっせうるっせ! しっかたねぇだろうがよ。この糞ゲヘナ、昨日あたりから反応鈍くなっちまったんだからさァ」
ひくりひくりと地面の上で微振動を起こす肌色の人型。微振動を起こすその姿は玩具店にあるバイブレーション機能を搭載した反応するおもちゃのようで、それらを薄暗い一室で十数人の少年たちが楽し気に眺めながらやいのやいのと蹴った張本人を責め立てていた。
もちろん、暴力による抗議ではない。へたくそなプレイングを見せつけた親友に対するじゃれあいのごときヤジである。
蹴り上げた少年は得意げなシュートを披露したつもりだったのだろう。小柄とはいえ年ごろの少女の頭部を球技用のボールのように蹴りをお見舞いし、物の見事に浮き上がり地面に落下。鈍い衝突音を奏で、芸術点の高いダメージを食らわせたはずが、悲鳴の一つも出ることなくくぐもった声しか出せなかったのである。
さて、そんなプレイングを披露してしまえばどうなるか。周囲からのヤジに「うるへぇうるへぇ!」と半笑いで言い返しながら、くるりと視線を元凶に向ける。怒りの籠った足先を目の前にぶつけるためである。
「ピぃ゛……ッ゛オ゛、ぃィィイぃ゛っ……っ」
乾いた蹴りの音が、細やかな体に軽快な肉音を打ち鳴らす。黒々としたシューズの足跡が、肌に尻に頭部――タバコとライターでちりぢりになるまで焼き尽くされ、毛根すらも丁寧に焼き上げた立派に無惨な禿頭へくっきりとしたスタンプ跡をいくつも残しながら。
痛みに悶えるさまは、これっぽっちもない。蹴りを見舞う少年は、飽きれたような声と怒りに満ちた蹴りでもって骨ばった体をへし折らんばかりに何度も踏みつけていく。
苦悶の声が肌色の禿猿から洩れていく。痛みを表現するための声は声として表現できず、音として流れていくだけ。抗議の声なんて、上がるはずもなく。
「あぁっ! 糞ッ、クソっ! こんの糞ゲヘナがよっ!! 」
傷と汚れにまみれた体に、尻の方には土色の汚れにまみれていて。下半身には出来るだけ避けて、仰向けになった腹部と胸元めがけて幾度もシューズの足裏の形をくっきりと叩き残す。肉と骨が口の代わりに悲鳴を上げて、細やかな体は硬い粘土のように汚らしい凹凸に変えられていった。
――もう、どれだけ閉じ込められただろうか。
ここにどれだけいるのか。もう、覚えていない。
ここでどれだけの暴力に晒されたか。もう、覚えていない。
無理やり裸にさせられて、殴る蹴るはもちろんの事、言葉では表現できない拷問の数々を受けさせられた。素っ裸のままにさせられたまま、ふわふわとしていた赤い頭髪は素手ですべて引き千切られて、そこにタバコとライターの火で毛根ごと焼きつぶされてしまった。火傷と抜けた頭髪のまだら模様で描かれた頭部には捕まる前の面影なんて一かけらもない。
これだけの事をしてくるような連中だ。暴力に晒された少女を――イロハの今後に対して慮る気持ちなんて一かけらも、一粒もありはしない。
直接的な暴力だけじゃない。衆目に晒されたままの公開排泄ショーに汚物の食事、性器と肛門はズタズタにさせられて自分の意志では止められないほどに緩くさせられてしまった。今ではどちらの穴も垂れ流しになってしまい、そのたびに半笑いで尻にめがけて蹴りを叩き込まれるようになってしまった。
尊厳も、姿も、何もかもを破壊され尽くして。逃げることもできないのだと悟って。何もかもを諦めてしまう。
それでも、それでもと。心残りは、あって――瞼の裏に焼き付く少女の姿が。自分の事を慕ってくれた笑顔が可愛らしい幼いあの子の事が。こんな時にも頭の中で過ってしまうのだ。
「……んー……思ったんだけどさぁ。ちょっとかわいそうになってきてない? ちょっとだけこの子に優しくしてあげたいなぁって思うんだよねぇ」
「んー? どうすんの?」
ジッとイロハを見下ろしていた少年の一人が、悩む素振りを見せながらうーんと唸る仕草で片割れに話しかけた。蹴りを見舞っていた少年の方は「ん?」と言った表情で提案をしてきた方に視線を向けている。
地べたに倒れこんでいるイロハが気に掛けることはできない。痛みを受けるためにリアクションを取る事への意味をもう見いだせない。虚ろな瞳は、自分の事を見てくすくすと笑う少年たちの姿しか映らない。
「……ねぇ、イロハちゃん。イブキちゃんに合わせてあげよっか?」
※
「はいはいみなさんお立合いー! これから世紀の大勝負! 大迫力の決闘が今、幕を開くよー!」
およそ品性をかなぐりすてたヤジ混じりの歓声が、無機質な一室に反響した。むき出しの好奇心と興味が部屋の中で満ちていく。湧き立つ少年たちの声は、今まさにこれから始まる死闘を心待ちにしているようだった。
どんっ! と鈍い音と共にべちゃりと床に転がっていく。血と泥にまみれた汚らしい禿猿が、両足共に毛がまみれでまともに立つことも着地できるはずもなく。顔からくちゃりと着地した表情は、物の見事に鮮やかな鮮血を鼻孔から噴出した。
ずるりと顔を上げて、「うぅ」と唸る。上げた顔を見て、少年たちはワッと湧いた。嘲笑と冷笑を交えながら、一戦の前の余興としては十分だった。
「えー、それではみなさん! 選手紹介のコーナーです! まずは一番手! 棗イロハ選手! いやぁ~やる気まんまんですねぇ! 今のお気持ちをどうぞ!」
楽し気にしている少年がマイクを近づけるようにしてフリフリと振っている。ケガで指先を動かすこともままならぬ少女の口元に近づけたところで、掠れた唸り声しか出てこない。案の定、痛みから逃げるために意識をほぼ手放している少女の唇は、生きた屍のように生気を感じさせる声を形作らない。
それで満足したのか、マイクを離す少年。セリフなんて求めてるわけではない。あくまで、どういったリアクションを取ってくれるかどうかの『煽り』でしかない。
悔しくなって言い返すだろうか。それとも涙目になって何も言い返さないのだろうか。そうして求めていたモノは少年たちの意志に反して、何ら返すことのない『無』でしかなかった。
それならそれで仕方ないだろう、と言えた。痛みを加えられ続けてきた少女の体はすでに限界を超えて、心の方は理性と意識をマヒさせて流れるままに身を任せてしまっている。耐えるための心なんて、どこにもないのだから。
「ん~~~……これは寂しいですねぇ。私としても棗選手の意気込みを聞いてみたかったのですがぁ……」
残念そうなそぶりで悩むフリをする実況者気取り。少女の反応を残念そうにしながらも、どこか地面に転がるぼろきれのような身体を汚らしい物を見るみたいに嘲笑する。
玩具として使い倒すために、ただいたぶって来ただけの人形。自分たちを満足させるために攫ったおもちゃは、少年たちの思い描いていたリアクションを取ることはなかった。
……それでいい。それでよかった。地面に寝ころぶ汚らしい少女だったものは、そう考えていた。
(っ……はんのう、しないように……しなくちゃっ……はんのう、しなければ……)
虚ろな瞳を浮かべながら、一点の光も宿していない。ぼやけた瞳はジッと地面を眺めるままで、無機質な鼠色の質感だけを視界いっぱいに映していた。
何物も映さない冷たい地面。ほこりとカスが落ちているだけで、汚らしい床。寝そべる体は横になったまま動くことができず、視線もただ下を向いているだけ。
それでも、自分の事を嗤う周囲の憎たらしい少年たちの顔を見るよりは、ずっとよかった。汚らしく、薄汚れたニタニタ笑いと厭らしい表情。その視線がジッと自分に向けられるたびに、何もできない自分の無力感を噛みしめるみたいで残りカスの自尊心を踏みつけられるみたいだった。
だから、顔を上げたくなかった。何もかもを放り捨てて、来るか分からない助けを心の中で願いながら。ただ、流れていくままに身を任せて――
「それではっ! 相対する選手の入場でーーーす!」
来た。自分を痛めつけるだけの暴力装置が。試合とは名ばかりの公開処刑ショーが始まる。
この戦いは戦いとは言っているが、相手にさせられるのは男子生徒ばかり。キヴォトスの生徒がどれだけ頑丈であろうとも、男女の対格差を持ちだされてしまえば簡単に覆すことはできない。ましてや、イロハは同年代の少女たちと比べて背丈は低い方であり、実際の戦闘も専用の車両による味方のサポートがメイン。そこに日常的に実戦にて戦ってる生徒が相手となれば結果なんて見えてるわけで。
だから、顔を上げない。もうされるがままでよかった。時間が過ぎるのを待つしかなかった。もう、何も考えたくなかった。
相手が、近づいてくる。足音だけでわかる。自分を処刑するために鎌を構えた死神が、刃先を振り下ろさんとばかりにすり寄っているのが。
……ふいに、その足音が小さいことに気づいた。
(……? これは……男子生徒じゃ、ない……?)
粗暴で粗雑で乱暴で、品のない足取りで自分を踏みにじるのが相手側の選手だった。だから、こうして相対する相手も、きっとそんな相手だろうと内心諦めていて……
それなのに、小さい。年ごろの少年であれば感じられる人一人分の足取りの重さ、その歩幅。地面を歩く足音がいつもよりも軽く感じられた。
……男子じゃ、ない。これは、もっともっと『小さい』もの。それこそ、『少女』のような――
「――……ぇ、ぇん、ぱいっ……? い、ろは、せんぱい……?」
沈んでいた瞳のハイライトが、くわっと見開くようにして光を取り戻した。
瞳が、動く。顔が、上がる。視線の先が、自分を見下ろしている相手の顔を捉えた――見るも無様なまだら禿げの猿が、自分を見下ろしていた。
あまりにも、惨めで醜く、二目として見ることができない醜悪なケダモノ。地獄の餓鬼が地上に這い出たかのような外見をしたソレは、SF映画でしかお目にかかれない怪物そのものだった。
ひょろひょろのヒョウタンのような胴体の形状に、細長いもやしのようなソレが手足だと気づけないほどに頼りない。相手をぱっと見で『人型』とだと判断できなかったのは、それほどまでにみすぼらしい外見と人として扱われていないがゆえに、栄養を満足に取れていないからこその状態だからだ。
体が酷ければ、頭部もひどかった。およそ、人として『毛』があると思われた場所は何もかも根こそぎ引き千切られている。丸みを帯びた肌色の頭頂部は薄汚れた黒いシミとボコボコの水膨れが混ざり合うように広がっている。毛髪を引き千切り、その上でライターなどで炙ったに違いないだろう。水ぶくれの状態を見るに、火傷を負って治るまでそれなりの時間がかかっているのだから、かなり長期的に『遊ばれていた』のが嫌でもわかってしまった。
――ふら……ふらっ……か、っちぃぃんっ……
「ひっ……! ぎ、ぃぃぃ゛っ……!!」
だけど、それよりも。その状態の相手を見て、目を奪われたのが股座から『生えていると』思わしき物。
一瞬、男性器に見えていた。ふらふらとぶら下げられているソレは、雑貨店で見かけるクラッカーらしきもの。金属製の二つの球状の物体が、相手の体の揺れに合わせて「かちん、かちん」と鳴り響いているのだ。
さながら、男性の陰部、陰嚢を思わせるみたいに。だけど、それを身に着けているはずの相手はかなり痛そうにしている。
無理もないだろう。生えているのではない――取りつけられている。少女にとって一番敏感な場所、クリトリスに。重量感があるであろうソレが、重みのあるソレが、クリトリスに針を通してそこそこ大き目な鋼鉄製の弾を吊り下げている。
かちん、かちんと弾がぶつかり合うたびに、振動が刺し貫かれたクリトリスに伝わっていく。鋭敏な神経が針によって容赦なく刺し貫かれて、鋭い激痛が金属製の音と共にかちん、かちんと。
「ひっ゛……! ぃ゛っ!! ぃ゛っ! いぃ゛! ぅ、ィィィィ゛~~~……!!」
だからこそ、苦悶の声なんて生易しいものではなく。
陰核に伝わる激痛は拷問以外の何物でもない。歩くだけで痛い。ジッとしてても痛い。何をどうしようと、地獄はどこまでもねばりついてくる。
かちん、かちんと。鋼鉄製の金玉をぶら下げている裸猿が、ジッとイロハを見下ろしている。その情熱的なまでの瞳に、熱い視線を向けられたまま、ついついぼやけていた頭を覚醒させてしまったまだら禿げの猿は――
「……ぃ、ぶき……?」
少女らしい声を、今まさに少年たちが求めていたリアクションを引き出してしまったことに気づかなかった。
「はい! 挑戦者は丹花イブキちゃんだー! やる気まんまんのイブキちゃん! 果たして自分より年上の相手に勝てるのか!? やれるのかぁ~~~!?」
わざとらしく盛り上げていく実況者に釣られて、周囲の少年たちもワッと場を温めていく。
活気に満ちた声がワイワイと盛り上がりを重ねていくたびに、中心部にいる少女二人――特に、寝そべっていた方の少女は顔を青ざめさせた。
そんな、まさか。いや、だって。まだ、まだ相手は子供なのに――相手がただゲヘナというだけで、悪戯気分でいためつけてくるような悪童たち。それでも、共に居たイブキはまだまだ幼い女の子のはずで、だから、せめて良心の呵責がブレーキとなって止めるはずだと。そう、思っていた。思って、しまっていた。
その結果がこれだ。がりがりにやせ細った体と腹部だけがなすびのように膨れ上がっている醜い体型。皮と骨で出来ているような両手足を見るだけで、碌な健康状態でないことが嫌でもわからされてしまう。
顔の状態は……もう、言う必要はないだろう。少女において魅力的と言える個所が欠片も残っておらず、まるで引きはがされた何もかもが手遅れなほどに彩られてしまった。
化け物、醜悪、怪物。一言では言い表せない何かが、かつて心より大事にしたいと思っていた存在のなれの果てなのだ。
「ぁ゛……ぁ、あぁあっ……ぁ、な、でっ……なんでっ……な、ぁ……」
「よ~~~~~し! それではお互い見合ったところでぇ~~~……!!」
空洞の瞳が、光を取り戻していく。目の前の光景を視界に映し、情報が瞳を通して注がれていく。状況を冷静に分析して咀嚼する頭脳と、感情が目の前を否定する悲しみが両立してしまう。嫌でも――大事な存在が、何をされたのかという現実を噛みしめてしまう、嚥下するしかなくなってしまう。
イブキ。大事な、かわいいイブキ。
いつもみんなの事を気にかけてくれて、任務の時は一生懸命部隊の人たちに追いつこうと真面目な女の子。周囲に可愛がられて、みんなからも気にかけられていた大事な子。
痛かったよね。辛かったよね。一緒に捕まっただけで、こんな目に合わせてごめんなさい。私だけでよかったのに――地べたを這いずる禿猿が、相対するまだら禿げの敵に涙交じりの視線を向けた。
ふらり、ゆらりと立ち上がって。ジッと見つめてくる相手に、イブキだと思われる相手に。手を伸ばして――
「レディっ! ゴーーーーーー!!!」
ぶんっ、と。戦いの開始を告げる実況者の声と共に、
「っっっ……ぁぁあぁァァァァ゛ーーーーーーーー!!!」
どんっ、と。イロハの体が、後ろの方に倒れた。
どしゃり。勢いづいた小柄のタックルに、思わず尻もちをついてしまう。小さなお尻が地面についたまま、へたりこむように座る姿勢へと移されてしまったのは、たとえ小さな体と言えども全体重をかけた突進はそれなりの威力があるからだろう。それも、高校生とはいえイロハも小柄に分類される体型ゆえに、目の前の衝撃から逃れることはできなかったのは必然だった。
痛みはない。相手が小柄なのだから当然である。これ以上の痛みは何度も受けてきた、何度も晒された。そのたびに消えることのない傷を負わされて、緩んだ括約筋は排泄物を垂れ流しにする体へとさせられてしまった。あの時の衝撃を思い出せば、この程度の痛みはなんてことはない。
問題なのは、それがほかでもないイブキにさせられたという事実。
あのイブキが、けたたましい雄たけびと共に体当たりをしてきたという現実。
「…………ぃ、ぶき……??」
困惑が、頭の中を満たす。
痛みはないのに、それ以上の衝撃が自分の体に襲い掛かったような気がした。尻もちをついたままの体は一切動くことなく、自分を見下ろしているまだら禿げの子猿――イブキに対し、困惑の視線を向ける。
どすん、と。勢いづいたまま馬乗りになってくる小柄な体が、じろりとイロハを睨みつけてくる。
敵意。刺し貫く鋭さが、煮えたぎる熱を孕んだ視線がどろりと堕ちる。およそ幼い少女の瞳から発せられるはずもない――イブキの視線からは、生涯無縁と思われた感情がどろどろと渦巻いている感情が、溶けた鉛のようにイロハの表情に向けられていて、
――ごずんっ……
鈍いパンチが、とんだ。
「じんじゃぇぇぇぇぇぇぇっ゛!!!! じんじゃえっ゛!!! じんじゃぇ゛!!! じんじゃぇっ゛!! じんじゃぇ゛!! じんじゃぇ゛!!!!」
硬く閉じられたものが浴びせられるように顔を叩く。それがぎゅっと握られた拳であることに気づけたのは、殴られてすぐあとだからだ。
マウントポジションを取ってからの降り注ぐ殴打。幼いながらも力の籠った拳は中々侮れない物で、振りかぶった太鼓のごとく落とされる女児の殴りつけは的確に押さえつけた物の顔を捉えていった。
瞼の上に、鼻っ柱に、口元に、頬に、喉に。目につくものにめがけてあらん限りの力を叩きこみ、柔らかな肉を叩く音を奏でていく。自分よりも年齢が上の少女に、女児の鉄拳が幾度も降り注いだ。
経過な音が鳴る。自分の顔から鳴らされる音を聞かされて、不思議とイロハの頭は冷静そのものだった。
無理もない。痛みなんて、ほとんどなかった。イブキがどれだけ叩き込んでも、彼女に致命的なダメージなんて与えられるはずもない。
「ぁ、ぁぁあっ゛、ま、ま、っでっ……い、ぅぶきっ……ま、っでっ……っ! た、たかないで、くださっ……ま、まっでぇ……」
「じんじゃぇ゛!!! じねっ゛! じねっ゛!! じねっ゛!!! よ、っぐも! よぐも、よぐもっ゛!!!」
感情の籠った一撃が、終わることなく少女の顔を叩く。痛みその物がほとんどない幼い拳は、僅かながらの青あざを残すことしかできない――できない、けれども。その衝撃は、ずっとずっとイロハの胸の奥に深く根深く刻まれていく。
痛いわけがない。イブキの細い指先をぎゅっと握りしめたところで、出来上がるのは小さく丸めた綿のように愛らしい手なのだから。クレヨンを握るための平手は、決して他者を傷つけるための物ではない。
ゆえに、痛みは染みていく。向けられたことのない敵意、殺意が。共に心を通わせ、守るべき存在から向けられるはずのなかった感情がむき出しとなって突き刺してくる。
「や、やめでっ゛……も、やめでぇ゛……!! や、め、ぇぇぇ゛……!!」
痛い。こんなの、耐えられない。
絶え間なく浴びせられる鉄拳も、灼熱の火責めで毛髪や肌を焼かれることをされてもマシとさえ言えた。愛する存在から向けられる敵意の意志は、絶対に向けられたくない相手から向けられてしまって……そんなの、耐えられるはずもなく。
自分に向かって圧し掛かってくる小さな重み。こんなの、僅かに力をかければはねのけられる。対格差はこちらの方が勝っているのだから、イブキほどの体躯は簡単に力負けする。
それゆえに、勝てない。肉体に向けられた痛みよりも心に向けて刺してくる痛みには耐えられない。一方的に晒してくる暴力は、ただの一殴りで立ち向かう気持ちを刈り取られてしまう。頬の痛みが、瞼を潰してくる衝撃が、現状を許容させてしまう。
あまりにも、身勝手な暴力。幼い身でありながら、子供とは思えない殺意は大人顔負けのソレだ。この時のイブキの姿は、ゲヘナらしい悪魔らしさが醸し出されていたに違いない。
ならば、なぜこうなってしまった? イブキを『こんな風』にさせた原因はなんだ?
そんなこと、もうとっくにわかり切っている。
「ァァァァぁあ゛ーーーーーーーーーっ!!! ぜんぱいがっ゛!! ぜんぱいがぁぁっ゛!! まきこんだっ゛!!! まきこんだからっ゛!!! いぶ、きがぁっ゛!! いぶき、ごんなめにぃぃぃっ゛!!」
「っっ゛……!! ぁ、ぁぁあっ……!」
答えは、出ている。
「いっばいぃぃぃぃぃっ゛!! いっばいっ゛!! いだいごどっ゛!!! ざれだっ゛!! いぶぎっ゛!! やめでって、なんどもいっだぁぁぁぁ゛!!! いだいごと、いだいごとぜんぶぜんぶざれだぁぁぁぁぁぁぁ゛!!!」
ぱち、ぽこんっ、ぺち、ぱちんっ……
「いっばいなぐれらだぁぁぁぁぁぁ゛!! いっっっっばいげられだぁぁぁぁぁぁ゛!! おといれのうんちも゛、たべざぜられたっ゛!! ライターで、あぶられだっ゛!!! つめ、むりやりひっこぬがれだあぁぁっ゛!! おまたっ゛!! おまめにおもいのつけられだぁぁぁぁぁぁ゛!!」
「ぁ、ぅ、ぁああぁ……っ゛、ぁ゛、ぁ、あぁっ゛……」
涙交じりの吐露が、吐き出されるたびに弱弱しい鉄拳が降り注がれる。最初の時の勢いはほとんどなく、涙交じりの声にも言葉を紡ぐほどの余裕がほとんどない。
仕方のない話だろう。子供なのだから、体力を維持できるはずもない。ペース配分を無視した全力の一撃は、おみまいするたびにイブキの体力を削っていく。
もはや最後の所にまで来てしまえばほぼ平手だ。ぺちぺちっ、とハリのない乾いた打楽器は打撃音とすら呼べない。それでも口の方は動かせるのか、あらん限りの不条理を叫びながら目の前の敵を攻めていく。あれだけ敬愛していた、姉代わりとさえ言える大好きだった先輩に向かって。
「ぜんぱいがっ!!! ぜんぱいがつかまったがらっ゛!! いぶきっ゛!! っっ……いぅぎぃぃぃっ……なんにもわるいごとっ゛!! じでないのにぃぃぃぃぃぃ゛っ゛!! じでっ゛、ないのにぃぃぃぃぃぃぃっ゛!!」
「っっっ゛……!!! ぁ、あぁぁぁぁあっ゛!! ぁ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! ぁあぁぁああああああああああああああああああああああ゛!!!!」
まだら禿げの猿がぺちぺちとおもちゃのように叩く。手に力はなく、だけど口は動くから言葉だけを紡いでいく。
その言葉は、深く深く下敷きになっていた子猿に鋭利に、的確に心の奥の刺さった。空洞のごとき瞳は光を取り戻し、空虚だったハイライトは――大粒の涙となって、感情を溢れさせた。
「ご、ごめ゛っ゛!! ごめんななざああああ゛っ゛!!! ごめっ゛!! あ゛!! ああああ゛ーーーーーーーーーーー゛ー゛ー゛ー゛!!! ごめんなざぃいぃぃぃぃぃぃぃ゛!! ごめっ゛! あ゛ーーーーーーーーっ゛!! あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
猿叫。喉を震わす雄たけびは、もはや取り返しのつかない罪を償うように。壊れたレコードのごとくガラガラと鳴らす。言葉で擦らない、音となって。
感情を捨てたはずの表情が、生気を取り戻す。能面のように艶めいていた顔は、再び感情を形として表すためにあらんかぎりくしゃくしゃに歪めさせていく。顔面の表情筋が哀に染め上げられて、開かれた口元からはガラガラの喉から血を吐くように謝罪らしき『音』を懸命にひり出していった。
ただの幼い子供がこんな目に合わされた。何の罪もないこの子が、こんな目に合わされてしまった。
そんなの、誰のせいかと言われたら周囲にいる少年たちのせいだろう。こうして久々に感情らしい感情を目にすることが出来たのか、周囲は捧腹絶倒。腹を抱えて爆笑の渦に叩き込まれている。自分たちの娯楽のために、こうして笑いものにするためにこんなことをしたのだ、こんなことをさせられているのだ自分たちは。
でも、それじゃあ、今こうして叩いてきているイブキは何のために殴ってきている?
そんなの、そんなの、自分が釣れてこられて、この子はついでに――
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーー! ごめっ゛!!! ごめ、ェェェェェ゛!!! ごめ、あ゛ーーーーーーーーーー゛!! あ゛ーーーーーーーーーーー゛!!!」
音が出る。声ですらない、感情の音が喉から出ていく。
なんの、意味もない謝罪と共に殴られていく。どちらと共に、それが状況を改善させるためのものにはならない。ただ、自分たちが受けた理不尽のぶつけ所がどこにもないから、こうして吐き出すしかないから――
「じんじゃぇっ゛!! じんじゃえぇぇっ゛! じんじゃ、んぶぇ゛ぐぅぅぅぇぇぇえぇぇ゛っ゛!?!?」
ぽんっ、と。空を切る音と共に、自信を苛む重みが消えた。
飛んだ、イブキの体が。人一人分の重みが、急に飛び上がるようにして自分から離れていった。痛みに苛まれて動けないはずのイブキが、なぜ飛べたか。
その原因が、ジッとイブキを見下ろしていた。自分の体に圧し掛かっていた重みを取り除いた人物。冷たい視線をごろりと寝転がる禿猿に落とし、深いため息と共に鋭い蹴りを『再び』見舞った。
「はいっ、助っ人参上~。っつーか調子にのんなっつーの。ワンサイドゲームなんて楽しかねーんだよ」
「お? そろそろやっちゃう? フィニッシュムーブ」
ニタニタと笑みを深めた複数人の少年たちが、地面に転がる少女を囲んでいく。
ひやりと、冷たい汗がイロハの頬を撫でた。痛みなんてない。だから、這いずって動くくらいは出来る。自分の非力な力でどうにでもできるはずがないのは分かっているけれど、それでも、止めたいと言う気持ちだけは胸の中に残っている。
……それが、無意味な行為だと分かっていても。
「はいっ!! それじゃあ御開帳~~~~!!」
がぱっ……複数の手が蜘蛛の糸のようにイブキを囲んでいく。がっしりと掴んだ多くの手が、肩に足にと小柄な少女の自由を奪い去り、ジッと床に張り付けにするみたいに押さえつけていった。
開かれた両足の中心。そこには、陰核に刺して吊り下げられた道具その物。先ほどまでに見せつけられた拷問器具のごときソレだが――見て見れば、秘部の方にも何か挿入されているのがわかった
「はーい! 俺の助っ人によりイロハちゃんの勝利が確定しましたぁ~! ……えー、ってことで。これから大胆なショーをお披露目するからね(笑)。勝利者の特権ってやつだよ! よーくみてあげてね!」
少年の一人がそっと指先をイブキの秘部に触れた。陰核に突き刺さった針――それらに繋がっているであろう糸は、秘部の方に挿入されている物と繋がっているようだった。
バイブ、のように思えた。幼い膣穴を押し広げてぴっちりと詰まっている『何か』。その部分には、見て見れば指にひっかけるためのリングらしき部分がある。そこに、指を通し始めた。
「……ちょっと解説するね? これね、特性ディルド。いまイブキちゃんのおまんまんの中には、これがぱんっぱんに詰められてんの。これだけだったらただの性玩具にしか思えないよね? ……とーこーろーがー?」
解説途中に少年の指先が自分の懐をまさぐる。仕込んでいたであろうスイッチらしきものを見せびらかし、先ほどよりも悪戯めいた笑みを浮かべた。悪魔のような、微笑みを。
「……このディルドね。ナカに特製の『かえし』が出てくる機能があるんだよねぇ。ネコのペニスって知ってる? 棘の生えているおちんちん! これをぽちっと推した途端……中のディルドからかな~~り鋭い棘……しゃきんっ! ってね!」
「――……っっっっ゛!?!? ぁ、ああ゛ーーーーーーーーーーー!゛ あ゛ーーーーーーー! やっ゛!! やだっ゛!! いぶぎっ゛!! も、いだいのやだっ゛!! やだやだやだやだぁぁぁぁぁぁ゛!!!!!」
自分の中にねじ込まれた無機物の正体。備え付けられた機能が、今こうしてナカで圧迫しているものが動きだしたら――
「ま、まっでぇェェェェェぇ゛!! まっでっ゛!!! やめでっ゛!! やめでぐだざっ゛!! やめでっ゛! やめっでぇぇぇぇぇぇぇ!゛!!!」
「お! イロハちゃんえらいなぁ! 敗北者に情けをかけてあげるなんてさ! でもダメだよ! 一生懸命戦ったイブキちゃんに対する侮辱みたいなものだからね! そういうのはさ!」
殴られたことも襲われたことも忘れて、声を張り上げるように願う、願う。だが、届くことはなく……
「さ! イブキちゃん! 準備は出来たかな!? ちょーーっと痛いけど頑張ってね!」
「だ、だずげでっ゛!! イロハせんぱいっ゛!! イロハぜんぱいぃぃぃぃっ゛! ひゃだっ゛!! やだやだやだやだやぢゃぁぁぁぁぁぁぁっ゛!!!! も、医大のやぁぁぁ゛ぁぁぁぁ゛ぁ゛!!!」
――かちっ……
「――ッ゛ッ゛! ッッッ゛……!゛?゛!? ッぎぃぃぃィィィィィィ゛!!! ぎっぴ゛ィィ゛ィィィィィィィィぃ゛ぃぃぃ!! んぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ゛ーーーーーー!!!???」
「あ゛あああああああああっ゛!!! いぶぎっ゛!! いぶぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ゛!?!?」
絶叫、咆哮。幼い子の喉からは決して出ることはない、命を削ってまでひり出される魂の叫び。
みっちりと膣穴を押し広げている無機質なディルドから押し出される鋭い針。反り返った『かえし』のハリはかっちりと膣肉に内側に食い込み、釣り用のハリのごとくしっかりと幼い膣壁を刺し貫いていた。
ヒダへと食い込み激痛が鋭く広がっていく。陸にあげられたマグロの如く跳ね上がる体を複数人の少年たちが押さえつけ、暴れるたびにしっかりとイブキを地面へと押し付けていった。痛みに悶える体を誤魔化そうとすることすら、今の敗北者には許されない。
――ぐいっ……ぐいぃぃぃぃ……
「ギョッ、ッぉォオオオぉ゛っ゛!?!? オ゛ぎゅぉォォォォォッぉおお゛っ゛!!!!! ギョォォォォぉおおおお゛ッ゛ッッ゛
「……ぁ、ぃ、ぅきっ……いぶ、きぃ……!!」
ぐいっ、ぐいっと。詰め込んだディルドを引っ張り出そうとして、力を込めていく。
体液が、噴き出ていく。目元から溢れる大粒の涙は力が込められているのか、眼球から血管が浮き出て血の涙すらあふれていく。頬を流れていく脂汗と共に、鼻水とよだれがぶるんぶるんっと垂れ流し状態。顔面の筋肉が必死の形相を形作り、舌を突き出しながら愉快な咆哮を溢れさせた。
――ぐっ、っぐ、っ……っぐぅっぅぅぅぅ……!!
――ぎゅっ、ご、ぢゅっ……ぎゅ、っぽんっっ゛!!
「ンぽぉぉぉ゛ぉぉぉぉぉっ゛!!!! ぼッ゛ッッ!! あ゛おぉッぉおおおおぉお゛ーーーー゛!?!?! あぁ゛ォォォォオオオぉ゛ォォォォォ゛ォォおおおおおおおお゛ーーーーーーーー!?!?!?」
かえしのついているねじ込んだディルドを僅かに半回転させ、一気にずるりと引っ張り上げる。肉にひっかけていた針はそのまま膣壁の肉を抉りながらひり出され、ナカの肉を巻き込むように絡めとりながらずるぅ゛りっ……と。鮮やかな膣壁が、子宮を巻き込んで飛び出てきた。
ぶくぶくと血の泡を噴き出して、白目をむきながら幼い少女は意識を手放した。それでも死なないのはさすがキヴォトスの少女と言ったところか。
「…………い、ぶき……いぶ、き、ぃ………………」
「いやぁ~~~遊んだ遊んだ! ……じゃ、イロハちゃん! 特別サービスってことで今日はイブキちゃんと一緒にいてもいいよ! なんたって、今日の主役は君だからね!」
ようやく遊び終わって満足したのか、少年たちは次々とイブキから離れていく。鬼のような形相を浮かべたまま、両足を広げて赤ちゃん部屋を引きずり出されたまま放置されている玩具。大事に想っていた大切な子の末路をジッと見せつけられて、それでも、視線を外すこともできないままで。
どさりと、小さな体はそのまま倒れているおもちゃに寄り添った。こんな姿では、もう表では生きてはいけない。少女として、女としての幸せもつかめないだろう。助かったところで、お互いに生きていくうえでのハンデを背負い過ぎてしまった。
「……ぁ……ぁ、ぜ、んぱ……」
「……ここに、ここにいますよ……私は、ここにいますからね……」
「……ォ゛、ご、ぉ、めんなざ……」
「……いいです。いいです、から。わかってます。いっぱい痛かったですよね……ごめんなさい……ごめんね……ごめんね……」
さめざめと泣きながら、ここにきてようやく謝ることが出来た。互いに、一緒に、逃げることのできない地獄に閉じ込められてしまったまま。
それでも、明日は来る。逃げることのできない明日が。だから、それまではずっと。一緒に手を握り合った。