君が無能くん?魔剣士学園に入学したのに『スキル無し』?ねぇ今どんな気持ち?努力したって報われないのに希望とかあるの?普通の青春を送りたい?あはっ! 無能には無理に決まってるじゃん 作:鳥稲のね
クラウディア魔剣士学園の門をくぐる頃には、空はすでに赤く染まっていた。
この時間になると、学園の敷地内を歩く生徒もまばらになる。
寮に帰る者、街へ出る者、貴族街の自宅へ戻る者、それぞれが自分の帰路につく。
授業が終わり、学園が閉まるギリギリの時間まで図書館で調べ物をしていたユノア・グランツバッハもまた、静かに帰宅の途についていた。
一般の生徒は寮暮らしをしている。
上級貴族の子女には、学園が提供する邸宅を一戸丸々貸し与えられる。
まるでお城みたいな豪華な屋敷が建ち並ぶ区域は、学園の敷地の中の貴族街と呼ばれている。
ユノアの家は王国最大の領地を持つ名門の公爵家でもあり、王族との繋がりが深い。
彼女が住まいとしているのは、中でも一番大きいの屋敷の一つであった。
ユノアの学園へ行き来する際に使用する道は、学園貴族街へと続く専用の道路。
一般生徒がこの道を通ることは滅多にない。
——だが、今日は様子が違った。
「ユノア様、ちょっと待ってくださいよ」
低い声が背後から響いた。
ユノアの足が止まる。
見ると、3人の男子生徒が取り囲むように立っていた。
昼間の連中とは違う——より粗暴な者たちだった。
「……何かしら?」
ユノアは振り向き、冷ややかな視線を向ける。
体つきは大きいが、多分魔法が得意ではない……いわば戦士タイプ。
「いやぁ、ユノア様は最近おひとりのようですしね、少しお話でもと思いまして」
「お家まで送らせていただきましょうか?それともホテルまで……そこならゆっくり話ができる」
「げひひひっ! それがいい」
男たちは一様に下品な表情を浮かべていた。
まるで獲物を見定めるような、厭らしい光が眼光に宿っている。
もしユノアがスキルさえ持っていれば簡単に追い払えるはずだった。
それができないことが悔しく、もどかしい。
「必要ないわ」
ユノアはきっぱりと告げ、歩みを進める。
——だが、男たちはついてきた。
「まぁまぁ、そう冷たくしないでくださいよ」
「絶対に損はさせませんから。なぁ……」
「俺たち、ユノア様のことを心配してるんです」
ユノアは眉をひそめる。
「だって、最近の噂、ご存じですよね?」
男のひとりが、わざとらしく肩をすくめる。
「ユノア様、スキルが使えなくなったとか」
「七剣姫の称号も、そろそろ危ういんじゃないかって」
「それならもう学園にはいられなくなるんじゃないかって」
「そんなことは——」
ユノアは言い返そうとした。
……だが、胸の奥がざわついた。
今の彼女は、スキルを使えない。
それが一時的なものなのか、それとも永遠に失われたのかすら、わからない。
その一瞬の迷いを、男たちは見逃さなかった。
「ほら、やっぱり」
「本当にスキルを失ったんですね」
「いやいや、それならなおさら、俺たちが守ってあげないと」
男たちが笑う。
ユノアは背筋に嫌なものが走るのを感じた。
「ユノア様が無能になったとなると、家の扱いも変わるんじゃないですか?ほら、俺たちなら、これからのユノア様の味方になれますよ」
言葉巧みに、ユノアの心を揺さぶろうとする男たち。
だが、彼女は冷静だった。
「……あなたたちのような小物に頼るほど、私は落ちぶれていないわ」
ピシャリと言い放つ。
その瞬間、男たちの表情が変わった。
それまでの親しげな態度が消え、代わりに露骨な苛立ちの色が浮かぶ。
「へぇ……まだ強気なんですね。無能になったくせに?」
「そんな態度で大丈夫ですか? 俺たちはあんたよりも強いんだぜ」
「まぁまぁ、それでもユノア様が素敵なのは変わらないですし……。この機会に、俺たちと仲良くなりましょうよ」
男のひとりが、不意にユノアの肩へと手を伸ばした。
ユノアは腕を振り上げ、その手を払いのける。
「触らないで」
睨みつけるユノア。
しかし、男たちは気にした風もなく、むしろ面白がるように笑った。
「おっと、怒らせちゃいましたか。でも、スキルがない今のユノア様に、僕たちを止められます?」
「そうそう、今までみたいに地面を操ったりはできないんですよね?」
「なら、大人しく——」
男たちが、さらに距離を詰めてくる。
ユノアは歯を食いしばった。
―――どうする……?
拳を握りしめる。
身体能力には自信があるが、純粋な格闘技術では相手の方が上回る可能性もある。
相手は3人だ。
明らかに分が悪い。
どうにかして、この場を切り抜けるには……。
……。
ユノアはそのまま駆け出した。
「あっ! 待て!!」
静かな道に足音が響く。
すぐに背後から荒々しい足音が追ってくる。
――――追いかけてきてる……!
前方に見えたのは、細く入り組んだ路地。
そこに飛び込めば、うまく巻けるかもしれない——そう思ったのが、間違いだった。
「……あれ?」
走り込んだ先は、袋小路だった。
「……嘘」
壁に行く手を阻まれ、振り返る。
「ははは、もう逃げられないぜ」
男たちが、入り口を塞いで立っていた。
「逃げるなんてひどいですよ、大地の公女 ユノア様」
笑いながら、じりじりと迫ってくる。
背後は壁。
前方には、男たち。
行き場がない。
心臓が速くなるのがわかる。
ユノアは静かに息を吸い込む。
視線はまっすぐ前を見据えていたが、その手のひらにはじんわりと汗が滲んでいる。
「さぁ、どうするんです?」
男の一人が、楽しげに言う。
ユノアは無言で睨みつけた。
だが、彼らはその反応すら楽しんでいるようだった。
「無能になった今のユノア様が、一体どうやって僕たちを追い払うのか——見せてもらおうかな?」
言い終えるが早いか……。
―――ガシッ
ユノアの腕が掴まれた。
「っ……!」
思わず振り払おうとする。
だが、力強い指が彼女の手首をぎりぎりと締めつける。
「……痛い!離しなさい!」
鋭い声を上げるが、男は口元に嘲笑を浮かべたまま、びくともしない。
「近くで見ると、ホント綺麗な顔してますね」
もう片方の手が、彼女の頬に触れようと伸びてくる。
ユノアの背筋が凍りついた。
力を込め、もう一度腕を振り払おうとする。
だが、相手はガタイのいい男だ。
体格差は歴然だった。
他の男たちもじりじりと距離を詰めてくる。
狭い路地の奥、ほんの数メートル先には、学園の外へと続く大通りがあるはずだった。
けれど、そのわずかな距離が、今の彼女には絶望的なまでに遠く感じられる。
「おとなしくしてくれれば、怖い思いをしなくて済むんですけどね」
男はそのままグッと力を込め、ユノアの体をぐいっと引き寄せた。
抵抗しようとしたが無駄だった。
男の胸元に顔をうずめるような形になってしまう。
「無駄ですよ、ユノア様」
ニタニタと笑う男。
その顔が、ぐっと近づいてくる。
——な……っ
——もしかして、無理やりキスをしようとしているの!?
顔を背けようとするが、顎を掴まれ、強引に正面を向かされる。
「いいじゃないですか、俺たちと仲良くしてくれても」
「そうそう、たった3人を相手にするだけなんですから」
「たっぷりかわいがってあげますよ」
生温かい息がかかる。
ぞっとするほどの嫌悪感が背筋を駆け上がった。
―――パァンッ!!
乾いた音が響いた。
ユノアの手が、男の頬を強かに打っていた。
「っ……この女ッ!」
男が弾かれたように後ずさる。
その顔には、鮮やかな赤い跡が残っていた。
しかし、状況が好転することはなかった。
むしろ——
「おい、抑えろ」
低い声が響いた。
次の瞬間、両脇から別の男たちがユノアの腕を掴んだ。
「っ……やめ……!」
必死に抵抗する。
しかし、男たちは容赦なく彼女の身体を押さえつける。
「気の強い女だな……! だけどな、もう逃がさねえよ」
両腕を抑えられ、身動きが取れない。
暴れようとしても、がっちりと押さえ込まれている。
「さっきはずいぶんなことをやってくれたな……」
頬を叩かれた男が、怒りに満ちた目でユノアを睨みつける。
指先で赤くなった頬をさすりながら、一歩ずつ近づいてくる。
「でも、俺に恥をかかせたんだから、その分、ちゃんと償ってもらうからな」
蹴りを入れようとするが、脚も押さえつけられ、ただ虚しく空を切るだけだった。
——このままでは、本当に……!