君が無能くん?魔剣士学園に入学したのに『スキル無し』?ねぇ今どんな気持ち?努力したって報われないのに希望とかあるの?普通の青春を送りたい?あはっ! 無能には無理に決まってるじゃん 作:鳥稲のね
ある日の朝のこと。
男子寮の前に出ると、すでに三人の美少女が僕を待っていた。
炎の王女 モモア・フレイム・アルトドルフ。
雷の皇女 リア・ヴォルデンベルク
大地の公女 ユノア・グランツバッハ
僕が姿を見せると、三人は恭しく膝をついた。
通学途中の生徒たちが、その異様な光景を目にしてざわめく。
僕の前に並ぶ彼女たちは、一人ずつ順番に僕の手の甲に唇を落とす。
最初はモモア、次にリア、そしてユノア。
手の甲にキスをするのは、相手に絶対的な忠誠を誓う……この世界の騎士道に基づいた行為。
前世の感覚では、手の甲にキスをしたからといって、それだけで絶対的な忠誠があるとは限らないと思うんだけど。
裏切る心を隠しながらも、この儀式を演じる者がいてもおかしくはない。
けれど、この世界の価値観では違うらしい。
「神に誓う」「女王に誓う」「君主に誓う」――それらを裏切った者は、死よりも酷い責め苦に遭うと思われている。
特に王侯貴族にとっては、この誓いの重みが強いらしく、少なくともこの行為をしている者は本当に忠誠を誓っているのだ。
もちろん、忠誠の深さには個人差があるのだろうけど。
僕は三人の美少女を見下ろしながら、そんなことを考えていた。
ふと、ユノアが小さなカバンを差し出してきた。
「アルト様……これ、受け取ってください」
「え? 何これ?」
カバンを開くと、ぎっしりと詰まった金貨が目に入る。
金貨の光が朝日に照らされ、きらりと輝いた。
「少ないですけど……わずかばかりの気持ちです」
「え? なんで?」
僕が理由を尋ねると、ユノアは少し頬を赤らめながら、丁寧に説明を始めた。
「その……アルト様の身分を馬鹿にするわけではないのですが、王侯貴族のような位の高い女性と、爵位の低い男性が付き合う、もしくは結婚する場合、上の立場の者から金品を渡す習わしがありまして……」
「そうなの?」
「はい。貴族は建前を重んじますから。爵位が下の男性が無理をして豪華なデートを繰り返し、破産してしまう……そんな事態を防ぐための慣習です」
「な……なるほどね」
建前を重視する貴族社会なら、確かにありそうな話だ。
つまり、僕とユノアの関係は貴族的には「婚約を前提とした付き合い」に近い状態なのか?
このお金を受け取れば、それを認めたことになるんだろうか。
――とはいえ、受け取らない理由はないな。
ありがたく頂いておこう。
そう思った瞬間、モモアとリアが慌てて口を挟んできた。
「ちょっと待って! アルト……私がこんなはした金じゃなくて、もっとお金を渡すから!」
「な……待ってください、モモア! 私の方がアルトにもっと多くの金貨をお渡しします! 」
急に、モモアとリアが慌てだした。
「忘れてたんじゃないわよ! 今どきそんな古い風習をやってる人がいないと思っていて!」
「そうですよ! ユノアは古文書を読むのが好きだから、おばあちゃんレベルの常識で止まっているんです!」
二人とも焦った様子で、口々に競うように金貨を差し出そうとしていた。
「古い……おばあちゃんレベル……!?」
ユノアの顔に驚愕の色が浮かぶ。
「古い」「おばあちゃんレベル」――その言葉がよほどショックだったのだろう。
僕はそんな三人のやりとりを見ながら、心の中で笑った。
三人の間に妙な空気が流れたが……
僕から見れば、"僕に金を渡すほどの忠誠を誓ったユノア"が一歩リードしていることは明らかだった。
よし、ここはユノアを優先しておこう。
「今日はユノアと手をつないで学園まで行こう」
僕がそう言うと、ユノアは驚いたように目を見開き、すぐに頬を赤く染めた。
「あ……ありがとうございます……!」
一方、モモアとリアの反応は対照的だった。
「な……なんで!? 私たちだって……!」
「そうですよ! アルト、なぜ今日はユノアなんですか?」
「昨日はリアとモモア、三人で手をつないで歩いて登校したけど、三人横並びに歩くと往来の邪魔になるでしょ?」
でも、剣姫二人(と地味な男子学生)が並んで歩いていたら、周囲の生徒たちは道を開けるしかなかったんだけどね……。
「だから、今日からは一人ずつ選んで僕のそばに置くことにするよ」
そう言って、僕はユノアの手を取り、指を絡ませるようにして握った。
「……っ!」
ユノアの手は少し汗ばんでいた。
彼女がどれほどこの瞬間を嬉しく思っているのかが、手の感触だけでわかる。
彼女の頬が熱を帯びる様子を見ながら、僕はゆっくりと彼女の額に軽くキスを落とした。
「……っ!」
ユノアは恥ずかしさに耐えきれないといった様子で、そっと俯いた。
「アルト様……」
「ユノアは本当にかわいいね」
ユノアは僕の言葉に、ぎゅっと手を握り返した。
そして、モモアとリアは、確実に悔しがっている。
僕に対して"憎しみ"の感情を持っていたはずなのに、今では互いに競い合うように僕を求め始めている。
……ふふ、やっぱり、ライバルなんだな。
僕を巡って競い合う姫たちの姿を楽しみながら、僕は優雅に学園までの道を歩き始めた。